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2022-08

その優しい星で… Navi:1

 
 見上げる夜空は、戦場の焼けるモノによる煙でよく見えない。
 もしかしたら、自分の目が、もう見えなくなるところなのかもしれない。
 
 自分は今、立ち尽くしている。 
 またひとつ、十の内の一を切り捨てた。
 またひとつ、アイツに近付いてしまった。
 
 違うと思いたい。違うと、信じたい。
 だからまだ、俺は諦めない。
『正義の味方』は、いつだって諦めない。
 全てを救う、『正義の味方』になると誓ったんだ。
 だったらまだ、ここは通過点。
 今まで切り捨ててきた十の内の一の人の分も『正義の味方』になって救ってやる。

「そうだろ、セイバー」
 
 俺のために剣となり、盾となって戦ってくれたあの少女。
 もうきっと、会えない。
 だけど、あいつの中に見た、決意と悲しみ。
 それはまだ、俺の中に鮮明に息衝く。
 
 だから、そのセイバーに恥ずかしいところなんて見せられるもんじゃない。

「……行こう、立ち止まってなんかいられない」

 第5次聖杯戦争……あの地獄から、10年が経っていた。


 *  *  *  *  *  


『前略 ―――――
 こちらはお仕事にも慣れ始めて、やっと一息ついた感じです。

 今朝はとっても摩訶不思議な夢を見ました。
 どう言う風に?と聞かれると困りますけど ……

 そこは夕暮れで私の知らない丘の上。
 夕暮れの空に負けないくらいの真っ赤な服を着た人が、たくさんのお墓と立っていた。

 覚えていたのはそこまで。そこで起きました。
 でも、なんだか悲しくて、気付いたら泣いていて ……
 アリア社長とアリシアさんに迷惑かけちゃいました。

 あの夢は何だったんでしょう

 今日は大変なことが起きちゃいそうです。
 
 それでは、また
                          水無 灯里』

「おーい、あーかーりー!先にいくわよー?」

 キラキラと海面を照らす朝の太陽は、上から下から眩い。
 水平線を彼方に、手前には一隻の黒いゴンドラ。

「はひっ!? ちょっと待ってよ藍華ちゃ―ん!」
 
 そのゴンドラに乗る一人の少女は意地悪く笑って、すいすいと先へ進む。
 その後ろを追うように、もう一人の少女は同じくもう一隻の黒いゴンドラに乗り移り、追いつこうと必死で漕ぐ。

「水無灯里、今日も頑張ります !! 」
 
 
 *  *  *  *  *


 山道、とは言い難い獣道を歩む
 進めど進めど、木、木、木。
 と、木の枝が弾けるように折れる音。乾いた音が響く。
 
「誰だ?」

 両手には干将・莫耶を投影。
 相手は、音の位置からして真正面
 
「誰だ……とはご挨拶だな衛宮」
「橙子、さん?」
「ああ」

 くわえタバコから紫煙を漂わせ、夜の闇からスルリと出現した女性。
 臙脂色のロングコートを着、中はパンツスタイルのスーツ。
 右手には旅行用の中型のトランク。折りたためば人も入りそうだ。あながち、それはない、と言い切れないのが怖いが。
 
 蒼崎橙子。
 稀代の人形師にして、天才とまで言われる魔術師。
 魔術に関して言えば、第4魔法に最も近い家系のアオザキの中でも抜きん出て凄まじいらしい。
 その才覚故か、魔術協会からは封印指定され、日本にある『伽藍の堂』で隠居中のはず。
 
「なぜ、ここに?」
「なぜも何もない。遠坂嬢に頼まれて、協会に見つかることを承知でここまで来た、としか」
 
 やれやれだ、と肩をすくめ、呆れ顔をする。
 いや、それよりもだ。

「遠坂が……?」
「そうだ。とにかくついて来い。遠坂嬢と合流する」

 遠坂凛。
 聖杯戦争時共闘し、その後ロンドン『時計塔』に共に留学。
 最後に会ってから、もう4年になるか。
 ある情報筋からは、 “宝石剣” を受け継いだ、とある。

 
 そこは周りを森に囲まれた、忘れ去られて久しい洋館だった。
 館の壁には蔓がへばりつき、屋根に到っては、所々剥げ落ちている。
 窓は割れ、扉と言えるものもない。
 子供が見れば 「幽霊屋敷だ!」 と言ってはしゃぎそうではある。
 
 だが、感じる。結界だ。
 多分遠坂が擬似的にここを工房代わりに使用しているんだろう。

「来たわね」

 館の扉のあっただろう場所をくぐると、正面の闇から声がかかった。
 4年振りに聞く、盟友の声だ。
 
「久しぶり、遠坂」
「ええ、本当に」

 彼女は昔のように髪を結んではおらず、腰にまで届く長く艶やかな黒髪を、館を吹きぬける風に弄ばせている。
 そして、まぁ …… 相変わらずの胸は何とも言いようがない。

「なによ?」
「いや、なんでもないよ」

 ムスッとする遠坂。
そんな顔をされても、自身のために思ったことは口にはしない。殺される。

「再会を喜ぶのも良いが …… 早く本題に移った方が賢明だと思うのだが、どうかね?」

 肺に溜まった紫煙をふぅっと吐きながら、呆れ気味に橙子さんがぼやく。
 
「そうね。じゃあ士郎、単刀直入に言うからよく聞いて。あなたを並行世界に飛ばすわ」
「なんでさ!?」

 少々なりとも怒気を込めて言い放つ。
 それは遠回しに、けれどはっきりと、この10年の歩みを消すということか。
 そんなもの、ちゃんとした理由がなければ飲み込めない。

「理由、あるんだろ……?」
「あるに、決まってるじゃない……」
 
 遠坂の顔が一変、凛々しいそれから、今にも泣きそうな顔になる。
 
「ふむ。理由については私が説明した方が良いな。
 簡単に言おう。君を封印指定にすることが正式に決定した。まぁ、これは遅すぎたと思っているがね。
 ここもでよく持ったと言える」
「そんなのは関係ない。今まで通り、俺は人を救う」

 封印指定が何だと言うのだ。
 もし邪魔をするというのなら……その先に救える人がいるのなら、俺は相手を無力化し、時に斬り伏せ、進む。
 今までと、何ら変わりない。
 
「並行世界なんかに飛ばされる謂れはない」
「士郎、聞いて。覚えてるでしょう、私が聖杯戦争で誰のマスターだったかぐらい!」

 覚えているさ。そう、アーチャーのサーヴァント。

 真名を “エミヤ” といい、そう遠くない未来の衛宮士郎の可能性のひとつ。
 だからこそ、俺が変えてみせたい運命のひとつ。
 
「私は見てるの …… 彼の過去を、ひいてはアナタの未来を」
「遠坂嬢の言うには、それになる可能性は、いまの衛宮士郎の中で一番大きい。
 ほぼ確定といえる道を歩んでいるとのことだ」

 思い出す。
 この道を歩むと決めたとき、遠坂が言っていた事を。

『アイツ …… アーチャーは命を救った人に殺されたのよ。
 だから、アンタはそういうことがないように人を救いなさい』

 俺の未来が、そうなると?
 確かに、今までも救った人々に憎まれることもあって、ときには刃を向けられたこともある。
 だけど、その刃を許すことはなかった。俺が出来るのは、せめてその想いを背負うこと。
 彼等が向ける刃はこの身ではなく、我が心を抉る。
 そんな、危なっかしい想いを背負って生きる、覚悟はある。

「保険よ」
 
 遠坂がまた泣きそうな声を振り絞り、細々と言う
 
「私は …… 貴方が救われることのない、世界の守護者になるのが許せない。
 でも、そんな “もしも” がもう近い。
 貴方の理想が、貴方の夢が。
 士郎の 『正義の味方』 が潰されるのが、私は絶対許せない。
 だから、まだその 『正義の味方』 を追ってほしいから …… でも、でもこの世界じゃもう時間がない。
 だからせめて …… 私が出来ることをしてあげたい。
 時間を、あげたいから!!」
「遠坂 …… 」
 
 痛々しいほど愚直に、彼女は肩を弱々しく揺らして必死で叫ぶ。

 解っていた。
 もう時間がないのも、俺がアイツに近付いてることも。
 目の前の女性が、決して自分を否定しないこと。

 遠坂凛はそういう人柄であることも。

「……俺は何人も殺した。直接的にも、間接的にも。
 だけどそこは問題じゃないと思う。
 もちろん俺は 『正義の味方』 を諦めたわけじゃないし、殺すことを仕方ないなんておもってもいない。
 ……無意識だったんだよ。十の人間のうち、より多くを救うため、一を切り捨てる。
 きっと、これが衛宮士郎の、動かせない悪夢。
 無意識に、認めていたのかもしれない」
「衛宮、少し違う。運命なんてものは決まったリアクションしか起こさない。わかるか、リアクションだ。
 いわば運命とは、道が違えど、幾つかある終着点のひとつに集まる。選択し、選択する。マルチシステムのようなものだ。
 悪い意味だけじゃない、終着点はそれこそ無限だ。だから、理解していても、行動しなければ変わらない。
 ほら、よく言うだろう 『悔いは残すな、全力でやれ』 云々。
 確かに、その場での選択が意に介するモノよりは、すっぱりと悔いのないほうが後腐れしない分余程よい。
 ……では問おう、衛宮士郎」

 さっきまで吸っていたタバコを床へ落とし、グリグリと靴底で火を消し、こちらを向き直す。
 まるで 「お前の答えなぞ知っているよ」 と言わんばかりの笑みを浮かべ、その問いを口にする。

「お前は、どうした?」
 
 究極に単純な質問を投げかけられた。

「『無意識』なんて関係ない。お前は、どうした?」
「 …… 俺、は」
 
 息を呑む。
 そんなの、俺は嫌と言うほどしてきた。
 
 と、突然、遠坂が素っ頓狂な声をあげた。

「囲まれてる……」
「なッ!?」
「動きが早いな……。まぁ、魔術を秘匿せず使用するようなヤツをのんびりと放っておくこともないしな。
 妥当な対応速度か」
 
 私もいるしな。と変わらない調子で話す。
 ギシギシと古い床を鳴らして扉のあったろう方向に歩いていく。

「時間は私が稼ごう。さっさと用事を済ませて、帰りたいんだ。私も暇じゃないからな。
 ……あぁ、そうだ」

 思い出したようにこっちに向き直り、コートのポケットに手を突っ込み、何かを取り出して、放り投げ、俺に渡す。

「これは……」
「餞別だよ。君は無茶が目立つ。いざという時に飲み込めばいい」

 昔の自分の髪の色のような、赤銅色の宝石。
 それが彼女の投げたものだった。

「……? 何してるんだ、遠坂?」
 
 自分の着ている衣服のポケット、否、穴という穴をパタパタと叩いて回っている。そして、それを見てニヤつく橙子さん。

「橙子さん!」
「はははっ!衛宮、達者でな!!」
「な、俺も手つ………ッ!!」

 橙子さんはこちらを睨むと、無言の圧力だけを残して外へ、ゆっくりゆっくりと面倒くさそうに出ていった。
 でも、それでも一人なんて無茶だ!
 手伝おうと一歩を踏み出すと、その次の一歩を遠坂が遮った。

「遠坂!!」
「信じて! 信じなさいよっ」
「え……?」
「私達を! なにより、アンタが今までしてきたことを!! そして、これからも……っ!
 アンタはこんなところでダメになっちゃダメなのよ……だから、私が時間をあげる。
 アンタは黙って受け取りなさい。
 アンタはずっと、追っかけなさい!」

 彼女は一歩退いて、懐から輝かしい七色の短剣を手に取る。

 
 宝石剣 “ゼルレッチ”


 第2魔法を行使するための魔術、否、魔法礼装というべきか。

「遠坂……」
「幾つか、約束しなさい」
「……あぁ、なんだよ」

 一生懸命にいつもの彼女であろうとする努力が伺える。
 ……でもな、遠坂。目、涙がたまってるぞ。

「絶対に向こうで答えを見つけなさい。
 絶対にこっちへ帰ろうなんて思わないで、絶対に向こうで幸せになりなさい」

 ひとつひとつの約束を交わすたび、涙は頬を伝い顎、中空、床へと零れていく。
 一粒、また一粒。

「忘れてなんていわないわ。時々、思い出して」

 すぅ、と宝石剣が弧を描いて振られる。
 現れるのは輝く光の切断面。
 その光が俺を包む。

「了解」

 光は俺を飲み込んでいく。
 あぁ、そうだ。言うことは、まだある。

「俺は、俺のしたことを間違いだと思っちゃいない。それでも“こっち”に傾くんなら、俺の終着点は決まってたのかもしれない…………だから、ありがとう凛。
 宝石も、ありがたくもらうよ」
 
 体の半分以上は飲まれた頃、彼女は最後にもう一度、そう。
 遠坂凛の、遠坂凛らしい笑顔を見せて。

「さよなら、士郎。来世でね」
「あぁ …… さよなら凛。来世でな」
 
 未来、しかも来世というわけのわからない未来への約束。
 どうだろう、これが叶うならば、そう。
 
 
 正に…………“奇跡”だ。


 目の前が光に埋もれ、不思議な浮遊感のあと、激流にでも流されたときのような暴力的ベクトルの渦。





 
 
 
 
 
『さよなら、士郎。私の愛しい人………』

 
 俺は “世界” から旅立った。


                     Navi:1 end

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その優しい星で…  Navi:2

 
 考えるのは今朝の夢。
 でも、夢じゃ片付けたくない。
 
「……り! あか……!!」
 
 あの人は誰でどんな人なんだろう? 知らない人だったと思う。
 何であんなトコロにいたんだろう? お墓参りかなぁ。

「前ッ!」
「へ?」
 
 ―――― ゴンッ

「あっちゃ~……何してんのよアンタは、まったく」
「はひ……ごめん」

 いけない、いけない。
 いくら気になるっていっても、今は練習中だ。しっかりしないと!

「よし!」
「何が『よし!』よ、何が」

 てへへ、と笑って誤魔化しとこう。

 
 ―――― ゴンッ

「何回目!?」
「えっと、6回目かな……?」
「どうでもいいから! いくら何でもおかしいわよ」

 やめやめ! と怒って、手頃な船着場を見つけ、ゴンドラをそこに停めると、藍華ちゃんは仁王立つ。

「休憩するわよ。そこでぼっとしてるわけ、話してもらうから」
「はひぃ……」
 
 その顔は正しく仁王様の憤怒の表情だった。


 近くのカフェに腰を下ろし、私の座る正面にはとっても機嫌の悪そうな藍華ちゃん。
 どうしよう、心の準備が……

「さて、と。灯里?」
「はひっ」
「なぁんで練習だっていうのにあーんなぼぅっとしてたのか……話してくれるわよね?」

 反射的に体を強ばらせてしまう。
 藍華ちゃん、顔だけじゃなくて声まで怖くなってるよう……

 でも、これは話してもいいのかな?
 それこそ、“夢”なんだから……

「……っ」
 
『そんなことで練習に集中してなかったの!?』という呆れたような顔をして、心底アンタはすごいと思うわ、といった反応が容易に想像できる。

「あによっ」
「な、なんでもないよ!」

 じっと見ていたら藍華ちゃんが不思議そうにこっちをニラむ。
 と、藍華ちゃんが態度を変えて、今度は心配をしてくれているような声色で

「あの、さ。なんか悩みがあったりすんなら、私にも言いなさいよ。すこしくらい、力になれるかもしんないし」
「あ……」

 うん、決めた。やっぱりナイショはよくないもの。

「えっと、実は……」
 
 今朝の夢のこと、夢の中の場所のこと、夢の中のあの人のこと、それを見てなぜか悲しくなったこと。それで、その夢がただの夢には思えなくてずっと気にしていて、練習に集中できなかったことを、洗いざらい藍華ちゃんに打ち明ける。

 案の定、藍華ちゃんはポカンと呆けたようにその話しを聞き入っていた。
 この後の反応が少し怖い。

「それ、私も見た」
「はひ?」

 予想外の反応に、私のほうが固まった。
 同じ夢をみたのだろうか。

「ちょっと違うんだけどね。お墓じゃなくて、剣……なのかなアレ。だったと思うのよ」
「うん、そう言われててみればそんな感じだったような、なかったような?」

 なにせ夢の記憶が曖昧だ。はっきりそうとは言いきれない。

「灯里もみてたんだ、アレ。私はさすがに『変な夢』で終らせたけど、灯里まで見てるとなっちゃねぇ……あ~っダメダメ、私も気になってきたじゃない! 灯里、午後の練習はお休みしよう。お互い気になって練習どころじゃなくなるでしょうし」
「そうだね」

 そういうわけで、午後の練習はお休みに。
 ついでだから、「ここでお昼も食べよう」ということになりまして、たまたま入った店にも関わらずおいしくて、すこし得した気分になりました。



 夕方。ARIAカンパニーのバルコニー。
 もう時間で言えば夕食の時間。ひとつ下の階のキッチンではアリシアさんがご飯の用意をしてくれている。
 手伝います、と言ってもアリシアさんは「休んでいて」の一点張り。今朝のこと、まだ気にしてくれてるのかなぁ。

「……すぅ……すぅ……」

 イスの背もたれに体を任せて、夕焼け空のふわふわあったかい光をお布団に、藍華ちゃんは可愛い寝息をたてて寝ている。
 私も少し前まで寝ていたようで、起きたとき目の前にアリシアさんがいて、私の顔をのぞき込んで笑いながら「おはよう」と言ってくれた。
 そのときに夕食の用意をするといったので、手伝いますの流れになる。

 藍華ちゃんは『水先案内人 [ウンディーネ] 』の先輩で、最も長い歴史を持つ老舗『姫屋』の所属。
 少し強引なところもあるけど、本当は優しいって知ってる。
 本人は自他共に認める(?)アリシアさんLOVEで、私たちが出会ったきっかけも藍華ちゃんがアリシアさんに会いに来たときだった。

 そしてそのアリシアさんは、私の上司で、先輩のウンディーネ。
 きれいで、ゴンドラを漕ぐのも私なんかじゃ到底敵いっこない。そのうえお料理も上手で、なんでもできる、すごい人。
 藍華ちゃんは『アクアのウンディーネナンバー1はアリシアさん』と声高に言ってたのを覚えている。

「ふ……むぅ?」
「あ、おはよー。もうすぐご飯だから一緒に食べようってアリシアさん言ってたよ」
「うん。たべるー」

 まだ少し寝ぼけた様子で目をこする。
 口をおおきく開けて、あくびをひとつ。

 と、カッと目を見開いて、空を見つめる。

「どうしたの?」
「いや、でも …… まさか?」
 
 今度は頭をブンブン振って目をごしごしと強くこすった。
 気になって私もその方向を見上げてみると、固まった。


 人が、落ちてきている。


「「きゃああああああああああっ!!?」」

 と、二人して声を張り上げても事実は変わらない。
 人影はぐんぐん海面に近付いていく。
 あと数秒もしないで海面にあたる。
 文字通り、■の海になる。

「「ひゃあああああああああああああっ!!!」」

 海面まであと10mない。あの勢いと姿勢は致命的。
 
 しかし
 
 ――――くるっ

 足から落ちるよう、空中で気を付けの姿勢。

 ――――じゃぼんっ

「あ、ああああああ灯里!! いくわよ!!」
「ううう、うん!!」

 いくら姿勢を正したからといって、あの高さ、あの勢いなのだから少なくとも無事じゃない。

 どたどたと転がるように降り、さっきの音は何かしら? と悠長にしているアリシアさんにさっき見たことを話すと、みるみるうちに顔が真っ青になっていく。
 ならば急ごうと私たちはそれぞれのゴンドラに乗りこんで、出せる限りのスピードで進む。
 私は逆漕ぎでアリシアさんとほぼ変わらない速さで、すこし遅れて藍華ちゃんが続く。

「ちょっ、灯里ずるい!」
「はひっ!な、なにが !?」

 この状況ですら私に突っ込む藍華ちゃんはある意味、大物だと思う。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
「うわっ!?」
 
 瞳の中、光に埋まっていた視界が急に景色を捉えた。
 空が近い。
 真っ赤な空は、多分夕焼けなのだろう。
 こんなに綺麗な夕日はいつ振りだろう。

 だけど、どうして。
 いつになっても背中に地面の感覚がやってこない。
 不思議な浮遊感のあと、ストン、と落ちる感覚。
 
「嘘だろ……?」
 
 くるりと反転、地面のある方を向く。
 案の定、海面が遥か下方にある。
 …… あのさ、遠坂。
 こんなところで、つい『うっかり』殺されちゃたまらないわけで。

「なんでさああぁぁぁあああぁぁぁ!!!」
 
 重力に逆らえるはずもなく、ごっ!という風切り音と共に、俺のこの理不尽に対する疑問の叫びが木霊する。
 このときだけは遠坂との約束を破ってめで帰って、アイツを一発ぎゃふん、といわせることを考えたのはナイショだ。

 とは言うものの、慌てても仕方ない。
 
 落ち着いたからと言って、今の状況が変わるわけでもないが、眼下を観察するぐらいの余裕ができる。
 
「……綺麗なところだ」
 
 見ればなんと素晴らしい景色か。
 夕焼けに照らされた海は燃える炎のように揺らめき、その海に浮かぶ街並もまた、ひとつの絵画のようにその存在を主張している。
 とくの目を惹き付けたのが中央近く、海に面する広場である。
 広く、全体的にL字型をなし、人々が笑顔を振り撒いている。その光景がなぜこんなにも心をうつのだろうか。
 久しく平和という空気を吸っていないからだろうか。
 いや、それだけじゃないはずだ。
 本能、というやつか。

「……ん?」
 
 次に目に付いたのはその広場に面する、大きな聖堂。
 ギリシア十字形プランは典型的な、かつ完全といえるビサンチン聖堂をなし、十字形の四つの頂点、十字の重なる中央部には計五つの円蓋を配しているその造り、これではまるで ……

「サン・マルコ大聖堂!? じゃあここはヴェネツィアなのか!!」
 
 と言うことは、あの広場はサン・マルコ広場だっていうのか。
 
「もしかして、平行世界とかじゃなくて、ただ空間転移しただけじゃないよな……? はは、まさか」
 
 遠坂のうっかりも流石にそこまでひどくない。と、願いたい。
 ……まあ事実、レバノン辺りにいたと思えば、イタリアに飛ばされるというとんでもない転移をしている手前、ないとはいえないのが悲しい。
 
「………」
 
 何か変化か、もしくは俺のいた世界と違う何かがないか、強化した目でヴェネツィアの街をなめるように見渡す。
 変わらない。見つけたと言えば、古来から黒で統一されているゴンドラの中、真白いゴンドラがあるくらいか。でもこれじゃ決定打にならない。俺が知らないだけで、近頃白いゴンドラが出回っているのかもしれないからだ。
 それを含め、移動手段、有名なヴェネツィアンガラスの製造所、ましてや人の形が違うこともない。人の形が違っていても、それはそれでいろいろ困るが。
 
 閑話休題。
 
 嘘だと誰か言ってくれ。
 なにかなにかと探せば探すほど、いやらしいほど何もない。
 ……………何もない……………?
 今、俺の目は強化しており、大体4km先まで “良く” 見える。
 大雑把でいいなら、12~15kmぐらいまでなら見える。
 それでも『何もない』のだ。
 
 ぼんやりと見えるのは水平線。
 地平線がなく、それは大地が海の底であることを指す。
 
「な、に……?」
 
 気付いたものがもうひとつ。巨大な島だ。
 なぜあんなところのあるのか、どう言ったものなのかは、とても気になるが、今はそこじゃない。
 
 これらはある事実に結びつく。
 つまり、ここは元いた俺の知る世界じゃないこと。

 ひいては、平行世界への移動の成功だ。
 
「……って、ほっとしてる時間もないか」
 
 海面まであと500mない。
 このままいけば、グシャッで終了。
 それはいけない。約束が守れなくなる。
 
 戦闘後、2時間ほどでこちらに飛ばされたが、幸い、あと何回かの強化、投影が可能だ。
 とすれば選択肢はいくつかあるが、ここは一番燃費のいい方法でいくとしよう。
      
「――――同調、開始[トレース・オン]」
 
 体全体をまんべんなく強化していく。
 次は内臓。特に肺を強化する。
 
「よし」
 
 強化の過程は終了。
 後は姿勢か …… 。
 足を下に直立し、片手で鼻をつまんで、目をつむる。
 
 ――――じゃっぼぉぉん
 
 骨が軋みはしたが、どこも折れてはいない。
 耳抜きをして、目を強化しなおしてから海面を仰ぐ。
 大体20mくらい沈んだのか。
 肺の中の空気は十分。
 水をゆっくり捉え、ひとかきひとかき確実に上がっていく。

(久しく海なんて入ってなかったからな……気持ちいい)
 
 それに、平行世界とはいえ、ヴェネツィアの海ならなおのこと。
 海の中は言うまでもなく美しく、海上にはない幻想的な空気がある。
 
「ぷはぁっ」
 
 それを惜しみながらも海面へ顔を出す。
 と。
 
「灯里! ちょっ止―――――!!」
「灯里ちゃん前、いや後ろ!?」
「はひ?」
 
 姦しい声が聞こえたと思えば、後頭部に凄まじい衝撃を与えられ、強化していたとはいえ不意打ちで軽い脳震盪。
 
(まず……)
 
 何の恨みもないが海に頭突きをかまし、俺の意識は海へ沈んでいった。


 *  *  *  *  *


 ―――― がつんっ
 
 本日7回目の衝撃は、人の頭でした。
 
「は、は、はひ―――――――!!?」
 
 ぷかぁ …… と波打つ海面に浮かぶ人。
 色の抜けたような白髪に、焼けた肌よりの黒い肌。
 
 顔をアリシアさんと藍華ちゃんの二人へ向けると、二人とも真っ青な顔をしてこっちを見ていた。
 
「ど、どどどどどどどうしよう!?」
 
 二人は真剣な顔でこちらを見る。
 
「灯里……」
「灯里ちゃん……」 
 
 あぅあぅと慌てる私を落ち着かせるような優しい声がかけられる。
 ほっとする。大丈夫。落ち着いて …… 。
 
「「自首しなさい」」
「え …… ?」
 
 言われた意味がわからず、もう一度浮いている人を見る。ピクリともしない。ただただ浮いている。

「えええぇぇぇぇ―――――っ!!?」
 
 再び見た二人の顔は、心なしか、哀れみが滲んでいた。

             

                       Navi:2  end

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その優しい星で…  Navi:3

「………ぐ……ぅ」

 波と波がこすれ、また波と壁がこすれ合う。
 静かに、だけれども近くに聴こえ、耳に優しく届く波の音。

 目を覚まし、体を起こすと、上半身に服はなかった。
 はて? と思い、周りを見回すと、どうやら建物の中ようだ。受付らしいカウンターや、スケジュールボードらしいものがあることを見ると、どうやらここはなにかの会社らしい。
 
「助けてもらったのか……?」
 
 遠坂のおかげで海へ落ち、その途中でここが平行世界で、無事に飛んだのだと確信。それもヴェネツィアらしい。
 そして着水。海面に出てきて……
 
「どうなったんだっけ……」
 
 記憶がそこで途切れている。
 だがそれだけで、身体には何の問題もない。
 
「っぐし!」
 
 くしゃみを一発。
 服がないうえに、どうも、なかなかに冷え込んでいるようだった。寝ている間は毛布を掛けてもらっていたらしく、その分には大丈夫だったらしい。
 と、すれば服である。

「……………ないな」
 
 もう一度部屋をぐるりと見渡すも、自分の服がない。
 ……どうやら、気絶している間に魔力は幾分か回復したらしく、仕方なく聖骸布を投影。それを身に纏って誤魔化す。
 
 が、自分の服があるに越したことはない。外にでも干しているんだろう、と目星をつけ、流石にカウンターのシャッターを開ける訳にもいかず、扉を探す。
 その途中でカレンダーを見つけた。
 
 「8月、か。ここら辺の気候は日本とそこまで変わりないはずだから………冷夏か? …………ん?」
 
 このカレンダー、よく見ると厚い。
 今までの7枚を入れるとぴったり2年分あるようだ。

「2年分のカレンダーか。珍しいな」

 俺はその時、少しでもいいからそのカレンダーに興味を持って最後まで目を通すべきだったのだが、当たり前のようにこのときの俺は知らず、『ただの』2年分のカレンダーと決め付け、扉を見つけたので外へ出て行ったのだった。
 ああ、俺の馬鹿野朗。


 *  *  *  *  *


「……ん」
 
 目が覚める。
 いつもとは違う天井に、あれ? と疑問をもつのも寝ぼけた数秒。

「あの人がいるから、こっちに泊まったんだったわ」
 
 体を起こし、ベッドの端で丸まって寝ている社長を起こさないように、静かにベッドから下りる。
 床には、敷布団で寝ている灯里ちゃんがうんうん唸って寝ている。たぶん、夕方に彼のことで「自首しなさい」なんて、自分でも言ったことにビックリした、所謂いぢわるでこうなってるんじゃないかな?と思うと、少しおもしろい。
 
 と、一階から歩く音が聞こえた。
 彼が目を覚ましたのだろうか?
 枕もとの眼鏡をかけて、カーディガンを羽織ったところで扉の開く音。
 
 まさか立ち去るつもりだろうか、と邪推はしたが、次の瞬間、それはない、となぜか心から否定した。
 
 あの人は、そういう人じゃないと思うから。

 「あ、そうだわ …… 」
 
 ハンガーにかけて乾かしていた服を触る。まだ少し乾ききってはいないけど、ないよりはあるほうがいい。

「…………………」
 
 たたんだ服を持って、思い出す。
 彼の体に深く刻まれた傷痕。肩から胸までの大きな痕。銃で撃たれたような痕もあった。それを合わせて、ひとつ、ふたつなんて数じゃない傷という傷。
 灯里ちゃんとアリア社長は氷枕を作りに行ってもらってて見てはいないけど、手伝ってもらっていた藍華ちゃんはトイレに駆け込んでしまった。
 
 彼は、何者なんだろう
 
「あぁ、早く持っていかないと」
 
 春も終わりに近いけど、今夜はとくに冷え込んでいるから。
 服をきゅっと抱いて小走りになる。
 階段を降りて、扉を開くと、彼はそこにはいなかった。

「あら……?」
 
 通路を伝ってシャッター前へ。まだいない。
 さらに階段を上って、バルコニーに出てみるも、やっぱりいない。

「あらあら?」
 
 変だわ。とは思いつつ、彼がどこかへ立ち去った可能性は微塵も頭にはない。それも、不思議なところ。
 すると、上から声がかかった。
 
「こんばんは。あなたが助けてくれたんですか?」

 ビックリして声のした方を向くと、屋根の上に彼はいた。
 どこから持ってきたのか赤い布をからだに纏っている姿は、どこか、魔法使いのようだった。
 
 
 二人を起こすのも悪いので、一階のオフィスで話すことにした。
 
「どうぞ、まだ冷えますから」
「? ……あ、あぁ。ありがとうございます」
「……? (私何か変なこと言ったかしら)」

 私の言葉のどこがおかしかったんだろう?
 彼は顔をしかめながらも、ホットミルクを受け取ってくれた。
 一口、口にして

「あ、おいしい。ホットミルクなんて、久しぶりだ」
「あらあら」
 
 思わず笑ってしまった。
 だって彼、子供みたく喜ぶんだもの。

「おかわり、ありますよ」
「本当ですか? ………いや、すいません。なんかがっついちゃって」
「いえ、いいんです。私もちょっと嬉しいだけですから」

 自然と顔がゆるむ。
 たぶん、灯里ちゃんが来たとき以上にニヤニヤしてると思う。
 ちょっと、はしたないかしら。
 
 目の前にいる彼は、子供みたいな表情で、思慮深そうな瞳をホットミルクに注いでいる。

「そういえば、今年は平均的に涼しいですよね?」

 彼は突然そんなことを口にする。
 そういえば、そんな気もするけど。夏はこれからが本番で、私たちのとても忙しいシーズンだ。
 
 なぜこんな事を聞くんだろう

「そう、ですね。去年と比べると、過ごしやすいですよね」
「ですよね」
「ええ、このまま夏のシーズンも過ごし易かったら、うれしいですね」
「え?」
「はい?」

 彼は急に疑問の声を出す。
 私、また変なこと言ったかしら。
 このまま、変な女性なんて思われたらどうしよう。

「……今、8月……で、間違いないですよね?」
「ええ。春の終り、晩春の8月ですよ?」
 
 口をあんぐり開けた彼は、何とか今の状況を理解しようとしている。
 あ ……私、変なこと言ってませんよね? ちょっと、自信なくなってきちゃった。

「……ここ、イタリアのヴェネツィアで間違いないですよね?」
「半分正解………です、けど」

 また、信じられない。といった表情をつくる。
 もう、ハッキリといったほうが良いんじゃないかしら。

 「イタリアのヴェネツィアといえば、昔、地球[マンホーム]にあったというこの街の“モデル”になった街ですよね。
 ここは火星 [アクア] のネオ・ヴェネツィアです」

 えぇえ? と言って彼はガシガシ頭を掻きながら頭をかかえ、机に突っ伏す。
 
「なんでさ? マンホームって何ですか。アクアってなんですか」
「???」
 
 こっちも彼が言いたいことが解らない。
 どうしよう、かわいそうな人かしら。と思った矢先。
 
「俺、信じてくれとは言いませんけど………この世界の人間じゃないようです。
 全く別の、つまりその……パラレルワールドから来た人間です」

 どうしよう、かわいそうなうえにイタイ人かしら、と思ったら今度はすっと立ち上がり、数歩退がり

「……。俺は、魔法使いです」
 
 と、何かを小さく呟いたと思ったら、彼の両手にいつのまにかモノクロ一対の剣が握られていた。

「あ、あらあら……手品がお上手なんですね?」
「いえ、信じられないと思いますけ ……これが俺の魔じゅ……魔法、『投影』です。本物と寸分違わぬ贋作を創り出す魔法」

 今度はこっちがはしたなく口をあんぐりと開ける番だった。
 少し、信じられないと人間の本能的にこの事実を否定してはいるが、目の前で起こっていることは、まぎれもない魔法というものなんじゃないなだろうか。と認めようとする自分もいて。
 さて、どうしたもんですか。

「とりあえず、簡単に、魔法とか抜きで言うとですね……」
 
 困惑している顔でもしてたろう私に、彼は説明を続けてくれる。

「俺はこの世界の常識も、歴史も、強いてはここがどこだかも分かっていない、ってことです。困ったことに」
 
 つまり、彼はかわいそうでも、イタイ人でもなく。『困った』人だということなのだろうか。

「あの、そういうことでしたら……私で良ければ説明、とまではいかなくても大まかに話せると思います」
 
 すると、喜ぶ反面、驚いてるようだったので、どうしたんだろう? と疑問に首をかしげると、彼はそれを察してか、言葉を紡ぐ。

「いや、聞かないんだな、と思いまして。体のこととか、『信じられない!』って突っかかってくると思ってましたから……」
「あらあら。私がそんな女(ヒト)に見えましたか?
 ……それに、確かに信じられないとは思いますけど、あなたがそう言うのなら、そうなんじゃないんですか?」
「! ………はは、参ったな。そうですよね、そうなんですよね」
 
 彼はまた嬉しそうに微笑む。
 その顔がまた子供っぽくて激しくギャップを感じてしまう。
 
 体の傷は何?
 その瞳の鋭さは?
 魔法使いって言うのは本当?
 異世界はどんなところ?
 とても気になる。けど、この答えのほとんどが最初の疑問で解決する。
 あの傷だけで、彼の瞳の、魔法の、異世界のことが容易く想像できる。

 だから、私は聞かない。
 そう、決めた。

「じゃあ、順に話していきましょうか」
「よろしくお願いします」


 *  *  *  *  *


 ハッキリ言って、彼女の言うことの方が自分の言ったことより数段信じられる内容で、もちろん真実味もあった。的確に処処をかいつまんでの説明は、まるでガイドさんのようだ、などと思うほどだった。
 
 常識は俺のいた世界となんら変わりない。
 変にぶっ飛んだものがなくてほっとした。
 まぁ、星間旅行が普及してるのには驚いたが。
 ………………あ、嫌な予感。

「では、次は歴史について、ですね。どのくらいから話せば良いですか?」
「そうですね……君でも『これは大きな変化だ』と思う辺りから、でいいかな」
「じゃあ、“惑星地球化改造” [テラフォーミング] ぐらいからですね」
 
 テラフォーミング?
 マンガやアニメでよくある、あのテラフォーミングか?
 ………………予感を通り越す勢いで悪寒がする。
 
「マンホーム、つまり旧名・地球の人々はアクア、つまりこの星、『火星』の惑星開拓に成功。
 その際、火星極冠部に堆積していた氷が融解。いまではその溶けた氷により地表の9割が海に覆われました。ゆえに旧名・火星は現在水の惑星 “AQUA” [アクア] と呼ばれています。
 それが今から約150年前になります。
 そして、あなたの言うイタリアのヴェネツィアは21世紀前半、温暖化もあいまった大規模なアクア・アルタにより水没。今ではマンホームの地図からは姿を消しています。
 ですが、ヴェネツィア出身者が入植時、配分された島に故郷と瓜二つののこの再現都市 “ネオ・ヴェネツィア” を建造。
 地図からは消えた都は、まだここに歴史として存在しています」
「……なるほど。こっちは科学技術が数段発展しているし、何より時間軸が先行しているのか。なるほど。テラフォーミングね」
 
 嫌な予感は的中した。
 レバノンからイタリアではなく、地球から火星へとオマケ転移していたのか。
 しかし、あのあかいあくまめ………
 『うっかり』で片付けられる距離じゃないぞ。っていうかこの距離の空間転移なんてもうすでに魔法の領域なんじゃないのか。

 すごいじゃないか、遠坂。
 ふたつの魔法を擬似的とはいえ、たとえ『うっかり』とはいえ同時行使したんだ。
 きっと魔法の同時行使なんてお前がはじめてだよ。

 閑話休題

 この世界の歴史は大体理解した。
 自分のいた世界から魔術を抜いて、2世紀ほど未来に来たと思えばいい。 …… 軽く言ってはみたが結構なことじゃないか?

 さておき、生活のことも聞いておきたい。

「ここは会社、みたいだけど」
「はい。ここは水先案内人 [ウンディーネ] の会社のひとつ、ARIAカンパニーです」
「う、うんでぃーね??」
「えーっと……マンホームでは確か昔ゴンドリエ―レと呼ばれる職業のことかと。
 ネオ・ヴェネツィアでは女性のみがなることの出来るこの街の観光ガイドのことです」
 
 なるほど。ガイドさんみたいだ、と思っていたら本当にガイドさんだったのか。
 しかし、俺の知ってる限り、ゴンドラというのはとてつもない筋力、つまり力が必要で、人を複数人乗せて1時間近く漕ぐゴンドリエ―レにはそのせいで男がなるもので、その彼等の腕は力を入れれば軽く太もも近くの太さになる。
 この細腕にそんな力があるのか……? 強化なしで腕相撲でもしたら負けはなくとも苦戦するかもしれない。
 ある意味おそろしい職業だ。
 
 いや、でも未来 (と仮定できる) なんだから超軽量化されたゴンドラで、女性の細腕でも割と楽に漕げるのかもしれない。

「失礼ですけど、片手でどのくらいのものまで持てますか」
「え? そんな質問されたことないから………そう、ですね。オールが大体10~15kgぐらいだったはずでしたから、そのくらいまでは大丈夫だとは思います。けど、いっつも両手で持ってますから片手で、となると……ちょっとわかりません」
「どうも、すいません」
 
 ご都合主義と言うヤツか。


 その後、地球にはない特殊な職業を紹介してくれた。
 アクアの気候管理、調整をする『火炎之番人 [サラマンダー] 』
 アクアの地下に住み、重力制御を行う『地重管理人 [ノーム] 』
 エアバイクという乗り物で空中高速配達をする『風追配達人 [シルフ] 』
 これにネオ・ヴェネツィア観光のエキスパート『水先案内人 [ウンディーネ] 』。
 四大妖精の名を冠する各々の職業は、どれもがネオ・ヴェネツィア、強いてはアクアの生活には必要不可欠な存在だと言う。
 
「と、こういうところです」
「ありがとうございます」
 
 まだいろいろと知らなければいけないことが多いだろうが、今それを全て知ってしまうのはもったいない。
 なにより、俺も彼女もいろいろと限界がある。
 
「あぁ……」
「?」
 
 笑みがもれる。
 自然な、それでいて朗らかな笑顔。
 ここには、守らなければいけない幸せが溢れている。
 そう、『幸せ』だ。
 今まで俺は十の内、九の『命』を救ってきた。こう言ってはいるが、けして十全てを救うのを諦めた訳じゃないぞ。
 

『アイツ……アーチャーは命を救った人に殺されたのよ。
 だから、アンタはそういうことがないように人を救いなさい』


 遠坂、ごめんな。
 そういう意味だったのか、ってやっと解ったよ。


『十の内、全ての人の『幸せ』をすべからく考え、『命』と一緒に救ってあげなさい』


 お前は、俺に期待し過ぎだ。
『正義の味方』のさらなる頂を目指せ、って言ってたんだな。
 
 肉が舞い、血が大地を染める戦場にいた俺。
 だが違った。
 戦場を離れて、ようやく気付いた。
 目標は定まった。あとは弓道と同じ。
 
『中る』という結果が見えたから中る。
 
『成す』という結果が見えたから成す。

 そういう約束だったんだ。
 
「あ、そういえば。敬語」
「はい?」
「見たところ私より年上ですよね。別に敬語じゃなくても良いですよ?」
「え?」
「うふふ。私、19ですよ?」
 
 驚いた。
 大人っぽ過ぎるからタメではなくとも20台前半くらいには思っていた。
 正直言うと、23・4歳ぐらいだと………。なんて失礼な。
 
「ごめん」
「いえ。うふふ」
 
 彼女の雰囲気はどこか自分の妹分によく似ているな、という思考が頭をよぎる。
 やんわりと、やさしい笑顔なんか、特に。
 
「士郎。衛宮士郎だ。よろしくな」
「え?」
「自己紹介。まだだったろ?」
 
 ハッと気付いたように笑う。「そうでしたね」 と。
 
「アリシア・フローレンスです」
 
 きゅっと握手。
 
「よろしく、アリシア」
「はい、士郎さん」
 
 つないだ手は毎日のゴンドラ漕ぎで少々かたく、しかし、これが彼女の、アリシアの誇りで幸せなのだろうか。
 この、水の妖精の名に恥じぬ美しい少女を筆頭に、俺は誓おう。

 
 
 みていてくれ。『幸せの護り手』に俺は成ってみせよう。



                   Navi:3  end


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その優しい星で…  Navi:4

 朝。
 いつものように窓から入る朝日で目を覚ます。

 下の階からはいつも通りの朝食の香り。
 アリア社長がいない、と言うことに気付いて、私は今日とんだ寝ぼすけさんらしい。
 
「あわわわ………!」
 
 慌てて制服に着替えて、サイドだけを長く伸ばした自分の前髪をまとめ、それ以外はまだボサボサのまま階段を駆け降りる。

「す、すいません、遅れました!」
「あぁ、いいよ。君もそこらへんで寛いで待っててくれ。もうすぐ出来あがるからさ」
「はひっ すいません!」
 
 気にしないで、と言われたけど、やっぱり寝坊は寝坊だ。
 しかも自分は入社してまだ一ヶ月も経っていない。
 否が応でも気が滅入るんです。
 
「気にしなくていいのよ。昨日が昨日だったんだもの、ね?」
「はひぃ。すいません、アリシアさん。今度からは気をつけます……」
 
 いつものテーブルに腰掛けて、正面にはアリア社長を抱くアリシアさん。
 それにしてもネコさんが社長なんていまだに信じられません。
 火星猫は喋れはしないけど知能が人間並らしいんですけど、それにしたってこんな珍しいことをしてるのはウチの会社ぐらいじゃないのかなぁ。
 
「アリシア、皿ってどこにあるんだ?」
「あ、その正面の棚の上です」
「了解」
 
 ニコニコと笑って対応するアリシアさんはやっぱり、流石だなぁと思う。
 私も早くアリシアさんのような立派なウンディーネにならなくちゃ!
 
「はい、お待ちどおさま」
「わぁ! とってもおいしそうです!」
「あらあら。うふふ」
 
 テーブルに並べられるのはトースト、オムレツにほうれん草のソテー、ウィンナーなどなど。
 一式の洋風朝ご飯。
 
「じゃ、いただきます」
「「 いただきます! 」」
 
 つ、とオムレツを切り分けると、中からはトロリとした卵が流れ出る。とてもひとつの卵で作ったとはおもえない。
 ぱくん、と口に入れると、ほわぁ……と広がる卵の旨味。なんて贅沢な朝ご飯なんだろー…… 。
 
「おいしーです、これ」
「ええ、本当に。おいしいわ」
「ぷいにゅ~っ!!」

 3人共全員が顔を赤くしての大絶賛です。
 アリア社長なんて本当にほっぺが落ちそうな顔をして……幸せそうだなぁ。
 
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」

 また、朝ご飯はオムレツに限らずその全てが絶品で、アリア社長は食べ終わったあと感動で泣いていました。
 かくいう私も少しだけ涙が出たのはナイショです。
 
「食後の紅茶ぐらい、私が入れますから」
「あ、あぁ。そうかい? じゃあ頼むよ、アリシア」
 
 アリシアさんがキッチンへ向かっていくなか、私はアリア社長と二人きり。
 
「今日は昨日の分まも練習がんばりますよ~」
 
 きゅっと社長を抱き上げると、思わず「うっ」ってなる。
 
「社長。ちょっと太りすぎじゃないですか?」
「それは俺もそう思うな。少し控えた方がいい」
「ぷ、ぷぷいにゅ~っ!?」
 
 さっきの食事のこともあってなのか、社長は心からその言葉に恐怖していました。
 もう号泣です。
 
「じゃぁ今度作るときは社長だけ特別メニューにしておこうか。それなら文句ないだろ?」
 
 ぽんぽん、と私の抱き上げているアリア社長の頭を軽くなでてあげている。
 はひぃ………大っきい人だなぁ…………ぁ、あ、れ?
 
「ん? どうかした?」
「あ、あ、あ………」
「あ?」
「あああああああああ――――――っ!!!」

 自分でも思った以上に大きな声が出た。
 そりゃもうアリシアさんが飛んでくるほどに。とかそんなことじゃなくて!
 ぼてっというアリア社長の落ちる音がした。

「ど、どうしたの? 灯里ちゃん!?」
「あぅ、あっあっ!!」
 
 指で目の前の人を指差す。
 アリシアさんが視線を向け、そしてまた私に戻す。
 とても心配そうな顔をしている。
 
「彼がどうかしたの?」
「ゆっ、ゆ、ゆゆっ ……… 幽霊です!!」
 

 *  *  *  *  *
 
 
「すいませんでした」
「いや、いいんだよ。気にしなくていい」
 
 彼女はなかなか落ち着いてはくれず、「幽霊が! 幽霊が!」と連呼していた。
 さて、落ち着くまで何分かかったっけ?
 
「じゃあ改めて。衛宮士郎だ、よろしく」
「みっ、水無灯里ですっ!」
 
 がばっと頭を下げる彼 ―――灯里と呼ぼう―――は勢いよくアリシアを向き直した。
 
「えっと……この方はどうゆう方なんですか? 話してるときとか、アリシアさんの知り合いなんですか?」
 
 それはアリシアじゃなくて俺に聞くべき質問なんじゃないのか?
 いや、いいんだけどさ。
 と、アリシアが困ったようにこっちを見ている。
 どう言ったもんか、わからないんだろうな、きっと。
 
「灯里、俺はね、魔法使いなんだ」
「はひ?」
 
 昨晩と同じ。
 爺さん、つまり義父である衛宮切嗣もこう言っていた記憶があって、何でそんな風に言ったのかを聞くと 『そう言った方がわかり易い』 って言っていたのもまた同じように覚えている。
 だから、俺もそういう意味で使わせてもらった。
 
 もちろん、俺は魔法使いじゃない。魔術師だ。
 こういうとわからない人には同じに聞こえるだろうが、そうじゃない。
 このふたつは全く違う。
 
 魔法使い、つまり魔法は、現存する技術でいくら時間をかけようと、いくら金を注ぎ込もうと成すことの叶わない 『奇跡』 のことを言う。
 遠坂が使ったのは第ニ魔法。この通り、並行世界へと飛ぶチカラだ。
 魔法は全部で五つあって、知っている魔法使いと言えば、遠坂の師匠にあたるかどうかは別として、そういう位置にいる魔道元帥、万華鏡[カレイドスコープ]の二つ名を持つ『宝石のゼルレッチ』
 あと、橙子さんの妹さんもそうらしい。
 俺って何気にすごい人らと知り合いなんだな。再確認。
 
 閑話休題。
 
 そして魔術師、つまり魔術は、ぶっちゃけて言うとライターだ。そう、タバコに火を点けたりするアレ。
 現存する技術に時間も金も費やせば、いつかは成せるというもの。
 それを我が身と己が魔力のみで実行するのが魔術。
 日常における行動ではそういう『技術』の方が圧倒的に効率的だが、時と場合によっては『魔術』の方が効率のいいことがある。
 
 例えば、ここにダイナマイトの材料と、ダイナマイト並の火力が出せる魔術師がいるとする。
 さて、ある廃墟を吹き飛ばすならどちらが早いか?
 もちろん魔術師である。高位の魔術師なら数十秒足らずでやってのけるはずだ。
 対してダイナマイトはニトログリセリンをその他硝酸ソーダや、低硝化綿薬などと化合して粉状やゲル状にして、雷管に詰めるやら、設置、安全確認、秒読み。と言う段階を経てやっと爆破。
 これは魔術に比べるとかなりの手間だ。
 まぁ、つまりそういうことだ。
 
 なんてことを話しても魔術自体を知らない人には、ちんぷんかんぷんであることは火を見るよりも明らかだ。
 だから 『魔法使い』 で済ませる。
 
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ。まぁ半に―――」
「じゃあ、空とか飛べるんですか!?」
「いや、飛べない」
「じゃあ、変身とか!」
「出来ない」
「マスタースパークとか!」
「撃てな……いや、なんだそれ?」
「じゃあ、なにができるんですか!?」
 
 瞳をキラキラ輝かせ、羨望の念を込め見つめられる。
 いや、まさかここまで食いつくなんて思ってもみなかった。
 今度はこっちがアリシアに助けを求める番になってしまう。
 
「灯里ちゃん、失礼でしょう?」
 
 すかさずフォローを入れてくれるアリシアに感謝しつつ、灯里を向き直す。
 
「いかんせん、半人前でね。この身が行使する魔術はそう多くはないんだ。来るべきときが来れば見せるさ。今はまだナイショだ」
 
 なんとなく、できるだけ魔法使いっぽい喋り方で答えておく。
 単なる気まぐれであって、そう言った方がこの子には伝わるんじゃないか、なんて思っただけだ。
 
「そうなんですか~」
 
 少し残念そうにこの場は引き下がってくれた。
 俺のいた世界では、こんな機会あってないようなものだったから、こういう反応は新鮮だ。
 こちらも少し楽しい。
 
「おーい、灯里ー!!」
「あ、藍華ちゃんだ」
 
 外から灯里を呼ぶ声が聞こえた。
 友達なんだろうか、足取り軽やかにかけて、灯里を呼んだろう本人の元へ急ぐ。
 ふむ………藍華、と言えば。
 
「士郎さんを見つけてくれたもう一人の子ですよ。それと、その………」
「あぁ、うん。なんとなく気付いてはいるんだ。うん、俺も会ってくるよ」
 
 灯里のように軽やかとは言えない歩みで件の彼女へ会いに行く。
 
 昨晩、アリシアから聞いたことのうちの一つ。
 灯里と藍華という少女について。
 
 落ちてくる俺を見つけてくれ、助けたのはその二人だ、ということ。藍華については嫌な思いをさせてしまったらしい。
 謝罪を兼ねたお礼をしないと、ともらしたとき、アリシアが少し変な反応をしたのは何だったんだろう。

 とにかく、会うだけ会っておこう。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 さて。
 ここ、ARIAカンパニーに来ていつもの如く、というかもうクセとして定着してしまったのか。
 
「おーい、灯里ー!!」 
 
 呼んでしまった。
 いや、灯里を呼ぶこと自体はまずいことじゃないんだけど。
 ……あの人だ。
 
「…………」 
 
 怪しい。怪しすぎる。
 あの気持ち悪いぐらいのキズ。
 どう見ても普通じゃない。
 
「おはよー、藍華ちゃん」
「ん。おはよ、灯里」
 
 あの様子だとまだ起きてないのかも。
 これは好都合だ。
 
「灯里! さ、練習いこう。昨日の分もやるんでしょ? じゃあ早く練習いこう!」
「そ、そんなに急がなくても……紹介したい人がいるのに」
「なぬ?」
 
 嫌な予感というのはこうゆうのを言うんだろう。
 そして、案の定。
 すっと出てきたのは長身で、浅黒い肌をして、白髪なあの人。
 
「えっと、こちらは、えっと……」
「衛宮士郎だ、よろしくな」
「そう! 魔法使いなんだって!!」
 
 まゆを寄せてじっとあの人を見つめる。
 魔法使いぃ? 手品師かなんかじゃないの?
 
「恥ずかしいセリフ禁止!」
「えー! 恥ずかしくないよ、ホントだよー」
「半人前だけどね。そういうこと」
 
 付け足すように言って、苦笑い。
 むむぅ、ますます怪しいわね。
 そもそも魔法使いって子供じゃあるまいし。
 
「証拠は?」
「はひ? だって士郎さんが言ってるんだよ」
 
 はぁ、この子はまったく。
 人を疑うってことを知らんのかね……
 じっと彼を見据えて、覚悟を決めて質問する。
 
「飛べたりとかするんですか?」
「いや、残念ながら」
「変身とか?」
「できないんだ」
「火遁・豪火球の術とか」
「中に人などいない!」
「じゃ、なにができるんですか?」
「とっても少ないよ。半人前って言っただろ?」
 
 この人本当に手品師じゃないだろうな。
 上手な人って 『魔術師』 とか呼ばれてるわけだし、あながちペテン師なんてことも……
 
「あのさ、顔に何かついてる?」
「へっ?」
「朝ごはんがついたままなんじゃないですか?」
「灯里、そういう意味じゃなくて。いや、怪しいと思うのは当然だと思ってる。急に空から落ちてきたうえに、魔法使いなんて言ってるんだからな」
 
 ニコリ、と。
 あの鋭い瞳からは想像もつかない子供っぽい笑顔。
 
 そんな笑顔を思いもしなかった私は呆けてしまったわけで。
 と、いうより「なんだ、コイツ」って感じだ。
 
「あ、藍華・S・グランチェスタ……です」
「あぁ。よろしく、藍華」
「よろしく、お願いします」
 
 そんな私は無意識に自己紹介をしていた。
 笑顔ひとつで認めたって?絶対ない、と思う。
 とりあえず、一種の職業病のようなものなんだ。と決め付けておく。
 
 ま、まぁ? あんな笑顔をする人が悪い人だとは思わないけどさ。
 
「あとね、藍華ちゃん! 士郎さん料理もすっごい上手なんだよ!」
「なぬ?」
「洋食なら俺より上手いやつがいたし、中華だって上はいた。でも、和食は得意だぞ。まだ負けてなかった」
 
 どこか懐かしそうに、でも自信満々にいう衛宮さん。
 その、おいしいご飯は食べてみたくはあったりする。
 一応、自炊したりすることがある身としてはレシピのひとつぐらい教えてほしくもある。
 
「あー……ところで。君たち二人が助けてくれたんだってね?」
 
 ……あ、そうか。
 あの衝撃であすこの記憶だけがすっ飛んでるんだ。
 都合いいなぁ、うん。
 
「あすこで灯里があた――――――」
「あわわわわわっ!! 藍華ちゃんっ!!」
 
 やっぱりか。
 ふふん。弱みを握ってやったわ。
 
「? ……とにかく。お礼でもしたいんだけど、どうかな」
「あ、じゃあ私たちの練習についてきてくれませんか?」
「でも、それじゃあお礼にならないだろ?」
 
 灯里がこちらを向いて、なにかアイコンタクトで伝えたがっている。
 ………。あぁ、そういうことね。
 
「ご存知だとは思いますが、私たちウンディーネは接客業ですから。お客さま役として同乗してほしいってことでしょ、灯里?」
「うん、そうなんです!」
「なるほどね。まぁ、君たちがそれでいいって言うんなら一緒に行くよ。喜んで」
 
 渋々、といった感じが抜けきってなかったけども、「ちょっとだけ準備してくる」といって社内へ戻っていった。
 灯里にしては気が利いてる提案でだなぁ。

 でも、アンタいきなり実践練習なんてしても大丈夫なの?
 
「おまたせ。行こうか」
 
 戻ってきた衛宮さんは別になにか準備したという風ではなく、多分連絡かなんかをしただけだろう。
 そして、その衛宮さんを入れた3人での一日の練習が始まった。
 
 
 
 追記。
 灯里が緊張でグダグダになった、ということは言うまでもない。
 
 
 
          Navi:4  end


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その優しい星で…  Navi:5 前編

 ――――― 前略。
 士郎さんが来てから、もう早くて2週間が近くなります。
 泊まるところのない士郎さんがARIAカンパニーに下宿するようになって、毎日のごはんが楽しみになりました。あ、アリシアさんと交代で作ってるから毎日ってワケじゃないか。
 
 誤解のないようにいっときますけど、ごはんだけが士郎さんのいいところじゃないです。
 優しいし、親切だし。とってもいい人なんです。
 アリシアさんがぽつりと 「ぶらうにー」 って言ってるのが聞こえたんですけど、 『ぶらうにー』 ってなんですか?
 
 でも、ここに泊まるって決めるまでは大変 ………… だったのかなぁ。
 

 ―――――― ……
 ―――― ……
 ―― ……
 
 
 「そう言えば、士郎さんって泊まるとこあるんですか?」
 
 「あ、無いな。どうしようか」
 
 「あらあら、それじゃあここに泊めてあげるっていうのはどうかしら?」
 
 さらりとアリシアさんは言ってのけた。
 普通に考えたらそうなりますよね。
 けど、士郎さんは何か納得がいかないのでしょうか。顔をしかめた。
 
 「ダメですよ。灯里が下宿してるんでしょう? そこについ昨日現れたどこの馬の骨だかもわからない不審者極まりない男を泊めるなんて」
 
 全力での否定。
 しかも自分からそこまでの不審者宣言もどうかと ………
 
 「わ、私はいいですよ? だって、士郎さんいい人じゃないですか!」
 
 「うふふ。それともいい人を演じて食べちゃうつもりだったんですか?」
 
 「? 食べるって、なにを ――――― 」
 「そんなワケ無いだろ!! 人をからかうのもいい加減にしてくれ」
 
 「あらあら。じゃ、問題ないはずですよね?」
 
 「それとこれとは話が別」
 
 かたくなに断り続ける士郎さんと、
 
 「う~ん。じゃあ、そうね ……… 」
 
 考えを巡らせ、どうにかしてここに泊めようとするアリシアさん。
 もしかして、ガンコ同士で二人は似た者同士?

 てゆうか、私の意見なんか聞く気もないですね、そうですか。
 住んでるのは私なのに ……
 まぁ、問題なんてないんですけど。 

 「あ、じゃぁ ――― !」
 
 「イヤです」
 
 「なにも言ってないのに、ひどいわ」
 
 「ぐっ」
 
 「住み込み家政夫さん、なんてどうかしら?」
 
 本当にショックを受けたような顔をしたかと思ったら、ぱっと表情を変えてニコリ。
 
 は、腹黒クロシアです …… っ
 
 「もちろん家政夫なんだから、お金だって払います。だから …… ダメですか?」
 
 アリシアさんは信じきった顔でニコニコと。
 士郎さんはむつかしい顔で。
 私は二人の表情をキョロキョロと確認する。
 
 「 ……… あぁ、参った。アリシアには何を言っても曲がりそうにないしな」
 
 お手上げ、の文字通り両手をあげ、俯いて軽いため息を吐く。
 アリシアさんはいつも通りうふふ、と笑っていた。

 こんな感じで士郎さんのARIAカンパニー下宿が決定したのでした。
 
 
 ―― ……
 ―――― ……
 ―――――― ……
 
 
 はたして大変と言えるのかどうなのか。
 それからもこの2週間はめまぐるしい早さで過ぎていきました。
 
 特にビックリしたのが床上浸水 …… じゃなくて、アクア・アルタと呼ばれる高潮現象。
 毎年、春の終りに発生して、街の全てが機能を停止する …… とかなんとか。アリシアさんと士郎さんが教えてくれました。
 
 そして、今日はと言うと藍華ちゃんとの合同練習はお休み。
 昨日も用事とかって言ってたけど ……… なんなんだろ?
 
 「むにゅう …… 」
 
 ともかく、いつもより少しお寝坊さんになれることが、今はなによりしあわせ~ …… 。
 
 「こら」
 
 ぺちぺち。
 
 「はひっ!?」
 
 ほっぺをぺちぺちされて、はっと体を起こすと、そこには三角巾と、ピンクのエプロンをつけた (妙に似合っている) 士郎さんが。
 
 「練習が休みだからって、朝食は休みにならないぞ! それと、お客だ」
 
 「お客?」
 
 「そのままでいいから、行ってこい」
 
 はぁ、と気のない返事をして、寝起きのおぼつかない足取りで二階へと降りていくのでした。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「じゃーん」
 
 灯里に窓を隔てたベランダに立つ藍華がどこかうれしそうに両手を突き出す。パーで。
 
 灯里は寝ぼけ眼をこすりこすり。
 藍華は期待と喜びに満ち満ちた顔でずぃっと迫る。
 
 ……… おや。藍華、手袋が片方だけになっているじゃないか?
 確かアレは、って。
 
 灯里が何を勘違いしたのかは知らないが、ぶんぶんと力強く握手している。
 灯里らしい、と苦笑い。
 
 「違 ―― う。手袋 手袋」
 
 しばらくポケーっと藍華の両手を見つめた後、ざわわっと髪が逆立った。元から寝癖がついてたから余計にひどい。
 
 「ああ ――――― っ片手袋[シングル] だぁ ―――――― 」
 
 「ふっふっふ~。一人前のウンディーネになるのも時間の問題っ」
 
 アリア社長を挟んで、灯里と藍華の二人はきゃっきゃっと騒ぐ。
 
 「藍華、おめでとう」
 
 「はいっ! ありがとうございます!」
 
 「あと、水を差すみたいでなんだが、なんでウンディーネが一人前に近付くにつれて手袋を外していくか、知ってるか?」
 
 「いえ、知らないです」とは灯里。
 
 「はい! はい! 私知ってます!」と手を挙げて主張するのが藍華。
 
 なんだ、俺ってば灯里よりウンディーネについて知ってるのか?
 ………………… シュールだ。
 かくいう俺もアリシアからの入れ知恵なんだけど。
 
 「じゃあ、藍華」
  
 「はいっ。えっと、余分な力を入れずに、上手くゴンドラを操れるようになれば、手に余計な傷やマメをつくらなくて済むからです!」
 
 「はい、正解」
 
 灯里と俺で拍手を送る。
 ちょっと照れくさそうに頭をかく藍華は、けれども誇らしそうに胸を張って、未来のプリマがなんだと言う。
 
 「で、ここからが本題だ。藍華、時間の問題 時間の問題と調子に乗って、ケガや、ましてや手に傷やマメが増えるようなら本末転倒だぞ。せっかくのシングルが台無しだ」
 
 そう注意すると少しムッとする藍華。
 まぁ、いいから聞けって。
 
 「お前が言う時間の問題は今はまだ慢心でしかないが、ここからだ。ここからがお前のスタートライン。確かにな、俺なんかと違ってお前等は才能がある。絶対に一人前になれない俺とは違って、努力如何で一人前になれるさ。
 でもな、半人前の先輩から言わせてもらうとだ。藍華、お前はどうも近道を探す節がある。悪いとは言わないさ、けど、近道って言うのはそれ相応のリスクを伴う。
 初心忘れるべからず。日々是精進。
 遠回りでも、近道でもない、真っ直ぐな道をお前達には進んで欲しいんだ。俺みたいにはなって欲しくは無いからな。
 このふたつを忘れないこと。俺が言いたかったのはそれだけだ。本当に、おめでとう」
 
 ぽん、と藍華の頭をなでてやる。
 と、その瞬間。藍華はポロポロと涙を零しながら、泣いてしまった。
 もちろん、焦る。
 
 「お、おい。俺言いすぎたか?ごめんな、な? あぁ、くそ。俺の悪い癖だよ、まったく」
 
 頭を抱いてなでてやり、背中を優しくこすってやる。
 えぐえぐとむせび泣きながらも、藍華はしゃべり出した。
 
 「違 …… っんぐっ違うん、ですゅっ …… えぐっ、そのっはぐっ、まだ少ししか会った …… こと、な、ないのにっ …… ふえっ …… 私のこと、そんなにィっひっ考え、てくれて ……… っ」
 
 「少ししかとか、そんなの関係ないよ。ちょっとキツかったかもしれないけど、心から藍華のこと応援したかったから、言ったことなんだ。だから、お前が泣くことなんてないのに」
 
 ぽんぽん、と背中をあやすように叩く。
 
 「あわわわ ……… !」
 
 「灯里も、何でそこまで慌ててるんだよ」
 
 
 少し落ち着いて、まだしゃっくりのような嗚咽を軽く残しながらも 「大丈夫です」 と言って離れる。
 
 「ホントに大丈夫か?」
 
 「 ………… う、はい」
 
 そのまま離れて、後は走り寄ってきた灯里にまかせよう。
 「大丈夫? 大丈夫?」 と一心に藍華を気にかけている灯里は、本当に優しい子なんだなと改めて実感。
 
 「よかったぁ …… !
 ふふ、でもさっきの士郎さんと藍華ちゃん、兄妹みたいだったなぁ …… なんて。ちょっとうらやましいかも」
 
 と、急にそんなことを言い出す灯里。
 それ、いろいろとマズイ発言だな。やめてくれよ、冗談でも。と、目で訴えると灯里はひるんで、藍華はというと。
 
 すぅー、と息を吸い上げる。
 
 「恥ずかしいセリフ禁止 ――― !! うわあああああああん!!」
 
 叫びと一緒に涙もぶり返す。
 ていうかさっきよりヒドイ。涙と鼻水で顔がぐしょぐしょだ。
 
 「灯里ーっ!!」
 
 「ひぃ~んっ!ごめんなさーいっ!」
 
 その後、藍華が本当に泣き止むまでは15分程度を有した。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 あのあと、藍華ちゃんはすたこらと帰っていってしまった。
 結局、試験内容を聞くような余裕はなかったなぁ。自業自得な気もしないわけじゃないですけど。
 
 
 「そう、藍華ちゃんはもう半人前になったの」
 
 さすがねー、と少しなにかを考えるように呟くと、アリシアさんは私をじっと見てから
 
 「どーして一人前に近づくにつれて手袋を外すか、わかる?」
 
 「あ、士郎さんに聞きましたよ。
 えっと、確か余分な力を入れずに上手にゴンドラを操れるようになったら、手にマメとか傷とか余計な怪我がなくなっていくから、でしたよね?」
 
 「そうよ」
 
 「んー。私の手、まだマメだらけです」
 
 ぐぃ~っと伸びをして、手を重ねながら空に向かってかざす。
 見上げた手のひらの、手袋の下にあるマメを考える。
 
 やっぱり、まだまだだなぁ~。と思っていた、その時。
 
 「よしっ。ピクニックに行こう、灯里ちゃん」
 
 カウンターにもたれかかっていた体を起こして、決定と言わんばかりの気合の入れよう。
 反対はしないですけどね?
 
 「ピクニック?」
 
 思わず聞き返してしまった。
 また急な話だなぁ …… 。とか思いながら。
 
 「そっ。とっておきの場所を教えてあげる」
 
 ウィンクをしながら、人差し指をピッとたてる。
 はわ~。どんなことしても似合う人は似合うんだなぁ。
 
 「士郎さーん!」
 
 「はいはい?」
 
 ちょうど降りてきた士郎さんにも声をかける。
 それにニッコリと笑顔で答える士郎さんに、これまたいい笑顔のアリシアさんが続ける。
 
 「士郎さんも、ピクニック。行くでしょ?」
 
 「君が言ったことに俺が拒否権を持ったことがこの2週間であったか?わかってるさ、行くよ。弁当も作ろうか」
 
 と、キッチンへ戻っていく士郎さん。
 それを追いかけるようにアリシアさんもキッチンへ駆けていく。
 途中、階段の半ばぐらいから身を乗り出して私に笑顔を向けながら
 
 「灯里ちゃんはゴンドラの準備しといてね。すぐ行くから」
 
 そう言って、士郎さんを追っていったのでした。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「すぐ行くんだろ?なら、サンドイッチとか、だな」
 
 「そうですね」
 
 サンドイッチなら手間はそこまでかからない。
 ましてや二人いるなら、三人と一匹分くらいなんてすぐだ。
 
 さて、材料だが …… 。
 冷蔵庫にはベーコン、トマト、レタス、卵にハム。
 とまぁ、用意周到としか思えない品揃え。
 
 まずはレタスの葉を数枚氷水に浸しておくとして、この間に他の準備だ。
 鍋に水を入れ、コンロのひとつで湯を沸かす。
 その隙にベーコンをバターをひいて熱したフライパンでカリカリになる程度に焼く。焼き上げた後は余分な油が染み込まないようにすばやく引き上げる。
 トマトを切って、レタスを2、3枚取り上げる。
 それらをアリシアにパスして耳を切り取った食パンに挟んで2等分。
 残ったパンの耳はビニール袋に入れて冷蔵庫へ保存。また今度揚げた砂糖菓子として茶請けにでもすればいい。
 この作業を数回繰り返したところで湯が沸く。
 温度もちょうどいい感じ。六個ほど鍋に入れ、時間を計る。
 ……… 3、2、1、引き上げ。
 三個は輪切りにして、残りの三個は潰す。
 輪切りとハムとを挟んでのサンドイッチと、潰したものはそれだけで済ます。
 残った調理もやっつけ、バスケットに詰めこむ。
 
 …… ふぅ。
 
 「完成、と」
 
 「 …… はぁ …… 」
 
 嵐のようなスピードで調理完了。
 その時間15分足らず。
 
 「うふふ」
 
 「なにさ?」
 
 アリシアが突然笑うので気になって聞いてみる。
 目を細めて、本当に嬉しそうだ。
 
 「本当に魔法使いなんだなぁって」
 
 「なんでさ。魔術なんてこれっぽちも使ってないぞ?」
 
 ふるふると首を振るので、なにがどういうことなのか?と首をかしげていると
 
 「台所の魔法使いですねって」
 
 「な ……… っ!?」
 
 自分の顔がかぁっと赤くなっているのがわかる。
 まったく、自覚を持ってこんな笑顔をしてるのか、天然なのか。
 
 「上手いこと言ったつもりか …… 」 
 
 コツ、と額を小突いて誤魔化しておく。
 対して、うふふ。といういつもの笑い声。
 
 「ほ、ほら。灯里が待ってるぞ」
 
 バツが悪くなってこれまた誤魔化すようにそそくさと灯里たちの所へと向かう。
 まだクスクス笑いながらもアリシアもついてくる。
 
 「士郎さん、ピクニック、楽しみですね?」
 
 「アリシアがからかいさえしなければ、な」
 
 「あらあら、うふふ」
 
 どうやら、彼女にも一生勝てそうにないな …… 。と心の中でひとりごちた。
 
 「今日コレから行くのはウンディーネの間で 『希望の丘』 と呼ばれているところなんです」
 
 「へぇ …… 希望の丘、ね。なんかいわくがありそうだな」
 
 「実は特になかったりするんですけどね」
 
 たはは、と苦笑い。
 けど、そう呼ばれているからには、なにか感じることもあるんだろう。
 希望、か。
 なにか、誰かに会えそうな ―――――――
 
 「どうしたんですか?」
 
 「いや、なんでもないよ。さ、行こうか」
 
 ―――――――― そんな、気がした。
 
 
 
             

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現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

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