その優しい星で… Navi:25 後編
「こんばんわ!」
「どうも、本日はお世話になります」
「どうぞどうぞ」
初めに着いたのはキサラギ母子だった。背伸びをした感じのおしゃれをしているアミが実に可愛らしい。
母親の方は、別段何を着飾ったわけではなく、いつも通りの服装だった。きっと「普通でいいのよ?」「やだ!」というやり取りがあったに違いない。
「席はご自由にどうぞ。時間になりましたら出発します」
「はーい!」
アミと母親の手を取り、船内へ導く。
そういえば、母親の名前を聞いていなかったか。いつまでもアミの母親、なんていうのも失礼だし、だからといって「お母さん」などと呼ぶわけにもいくまい。変な誤解をされるのも勘弁してもらいたいからな。
「失礼。まだお名前をお聞きしていなかったと思いまして」
「あら、そうだったかしら。アミの母親の、アキナです。よろしくお願いします」
深々と頭を下げての挨拶。いやに丁寧で、こちらが委縮してしまうほどだった。
人の上に立つような仕事をしているのかもしれない。そこまで聞こうとは思わないが。
「キサラギ・アキナさん、ですね。こちらこそよろしくお願いします」
一通りの挨拶を終えて、俺は船の外へ戻る。
数分程待っただろうか、キョロキョロと挙動不審なスーツで全身を固めた、いかにも場違いな奴が来た。
言うまでもない。アントニオだ。
「っす」
「なんだ、その格好」
「スーツっす」
「何を着ているかを訊いてるんじゃない。なんでスーツなのかを訊いてるんだ」
「やっぱ……勝負服っすね」
「……燕尾服でも着て出直して来い」
全力で皮肉ってやった。アイナだったらお固いスーツより、イジリがいのある燕尾服の方がウケるだろうと思っての発言だったのだが、どうやらアントニオは本気にしてしまったらしい。オドオドとさらに挙動不審になって、どうしましょう、とすがってきた。
「どうしましょうってな、真に受けるな。冗談だ。ただスーツは着替えて来い。さすがに固いぞ、いつも通りでいい」
「そうっすかねー?」
「うんうん、スーツは固いね君。エミヤンの屋台船だし、ちっちゃい子もいるみたいだし、ね」
「ほああああ!?」
アントニオは驚きの余り飛び上った。比喩ではなく、本当に。
その拍子に、アントニオが陸と船とを繋ぐ連絡通路から足を踏み外し、
「あ」
どぼん!
そのまま海に落下。急いで引き上げるも、当然スーツはびしょ濡れ。必然的に着替えは必要になる。
なんてベタな奴。しかも今にも泣いてしまいそうだ。そりゃ、このアイナのどこを見たのか“天使”“女神”と称する彼女の前でこんな無様を見せてしまえばしょうがない気がしないでもないが、当のアイナはケラケラ笑ってるぞ、気がつけアントニオ。
彼はそのまま走り去ってしまった。帰ってくるだろうか……。
「ねね、あの愉快な彼は一体どこのどなた様?」
「花屋の倅のアントニオって奴だよ。仲良くしてやってくれ」
「エミヤンの頼みなら断れないなぁ。しょーがない、面倒みてやるぜ!」
「…………今日は妙にテンションが高いな」
「そうかな? 気のせい気のせい、気にしたら負けだよん」
「気にしたらって、やっぱり何かあるんじゃないか」
なんでもなーいなんでもなーい、と歌いながら、勝手に船に乗り込んでいく。
アミもいるし、変なことはしないだろう。きっと。幸先が不安になってきた。こんな状態で成功するのか、俺のレデントーレは。
これ以上何も無いことを祈りたい。
次に来るとしたら、誰だろうか。
いや、待て。その前に誰かを忘れている気がする。
「…………アイナ。お前、女将さんはどうしたんだ?」
「ぎっくり腰」
返ってきた答えはこれ以上ないほど簡潔なものだった。
荷物運びで無茶でもしたんだろうか……。どうか養生してほしい。
しばらくすると、船の中からは談笑が聞こえ始めた。
やはりアイナがいるといないのとでは場の雰囲気が違うらしい。こういう点では呼んで正解だったかな。
俺だけだとどうにもここまで盛り上げる自信がない。
「エミヤン、エミヤン! ねぇねぇ、このお酒あけてもいいの〜? 食前酒〜」
「おい、何勝手に物色してるんだお前は! 我慢しろ、我慢! アミだって待ってるのに大人のお前が堪えなくてどうする?」
「ちぇー。なんだー。けちー、けちー、どけちー」
「ケチじゃない、我慢しろって言ってるんだ」
「お金じゃない、時間の事を言ってるのよ」
「屁理屈言うな、いい加減にしろ」
「ありがとうございましたー」
あははは、うふふふ。
アミとアキナさんが笑う。アイナはふんぞり返ってどんなもんだい、とえばっている。
なんでいつの間にアイナと漫才してる事になってるんだ。
こいつ、実はもう出来上がってるんじゃないだろうな……。心なしか顔が赤い気がする。
誰か、女将さんの代わりになるストッパーが必要だ……。こいつは止めないと加速し続けるに違いない。
「……すみません」
「あ、はい」
声をかけられ、振り返ると見知らぬ女性が立っていた。
深い藍色の膝まで伸ばした長髪に、グラデーションのかかった薄赤い瞳。どちらかというと、落ち着いた感じの女性である。そんな彼女の服装は、なんとシスター服であった。
はて……?
「衛宮士郎さまの屋台船はここで?」
「はい。ところで……?」
「あ、申し遅れましたね。アイラ・フェンデ・バラライカと申します。以後お見知り置きを」
どうもご丁寧に、とこちらも頭を下げながらの挨拶。
「……と、挨拶はこのあたりで。アイナから聞いてはいませんか?」
「アイナですか……?」
「彼女は学友です。今回のレデントーレは教会側でも出していて、私もそちらへ顔を出す予定だったのですが……。親友の頼みとあっては無下には出来ません。そうでしょう?」
頷いて返しておく。
なんとまぁ、アイナの友達だったのか。それにしちゃえらく落ち着いた女性だ。そう言ったらアイナに失礼ではあるが、まぁ構わんだろう。
「アイラ! 久しぶりっ、元気してたー?」
「アイナ……! えぇ、そちらもお変わりなく」
屋台船からアイナがひょっこり顔を出してきた。どうやら声を聞きつけてきたらしい。
「衛宮士郎さま、今日は楽しませてもらいますね」
先程までの感覚はふっと消え、打って変って、歳不相応の少女のような笑顔で言う。
いきなりだったのと、その笑顔の可憐さとで、少しドギマギする。
上手く返事を返せたは分からないが、アイナとアイラは姦しく船内へ入って行った。
そういえば、女将さんが行けなかったら友達を呼ぶ、なんて言ってたなぁ。
「ただいま戻りましたー」
「あぁ、おかえりアントニオ。そろそろ船を出すから、中で待っていてくれ」
アントニオが戻ってきた。
というかよく戻ってこれたな。それほど諦めらめられない、ということなのだろうか。
衣服も普段のカジュアルな格好に戻っており、薔薇の花束がその手に握られていた。
「? 花なら買っただろう。今さら何に使うんだ?」
「告白っす、告白。もう、失うものは何も無いんすよ……あと捨てるものがあるならば、それは彼女への愛。しかし! この愛だけは決して捨てること敵わない……なぜなら! その愛は、オレの魂に根深く住み着いてしまったのだから……!!」
ばさばさっ。
手振り身振りでその愛の大きさを伝えてくる。手に持たれた薔薇の花束が右に左に上に下と飛び回る。
おかげで花弁が散り、彼の周りにだけ花吹雪が吹雪いていた。
「役者にでもなったらどうだ」
精一杯の皮肉のつもりだった。
しかし、その言葉になぜだかアントニオは感激したらしい。俺の手を持ってぶんぶん振ってくる。
「旦那ぁ、あんたは本当に出来た人だぁ……! 親に話しても『そんな夢語ってる暇があったら花の一本でも手入れしてろ!!』っていうんですよー!!」
「役者になりたいのか……」
意外なところで皮肉が裏目に出たようだ。
アントニオのこの大仰な身振り手振り、感受性があれば決して敵わない夢だとは思わないのだが……それでも親は親として心配しているのだろう。もしくは、アントニオの父親は、彼が自らの言葉に逆らうことを待っているのかもしれない。そうしてまで説得しようという気がないのなら、はじめからそんな夢はどぶに捨ててしまえ、と伝えたいのかもしれない。
なんだかんだで親はやはり、子思いなのだ。
しかし、『親の心子知らず』という言葉もあるわけで……。
「どうやったら、親父は許してくれるんすかねぇ」
見知らぬアントニオの父親さん。貴方の息子は、まだもう少し時間が必要なようですよ。
口には出さず、空を見上げて心の中で言う。
「まぁ、とにかく頑張れ。応援してやろう」
アイナには悪いが、勝手に応援させてもらおう。
それから、出発時間ぎりぎりに、いつものスーツ姿でアレサ女史がやって来た。
仕事上がりだろうか、少し疲れて見える。
「こんばんは、衛宮さん。今回はお招きありがとうございます」
「いえ。以前からお誘いは受けていたので、いい機会かな、とも思っていましたし」
「む。私を誘ったのは、そういう……その、事務的な理由だけなんですか?」
「? いえ。私は元々知り合いと言うか……誘えるだけ親しい人物もそうそういないので、貴女にもと思っていたのですが」
「そ、そうですか……! し……親しい、ね」
どことなく、嬉しさ半分、悔しさ半分のように見える。
なにか拙かったのだろうか……。
「とにかく、どうぞ。もうすぐ出発します」
「はい」
さて、あとはアテナだが……まさか迷ってなんかいないよな……?
さすがに同じ場所だと間違える人もいるだろうから、ARIAカンパニーの近くの船着場を使ってるし、迷うことはないと思いたいがな……。
「こんばんは、士郎さん」
突然、隣から声をかけられた。
その声は、つい最近聞いたばかりの優しくて包み込むような――――
「グランマ……」
「貴方の船も出てるってアリシアから聞いてね。なかなか楽しそうなレデントーレになりそうでよかったわ」
船の中ではついに我慢しきれなくなったのか、アイナが食前酒をみんなに振るまい始めている。
止めようかとも思ったが、止めておいた。せっかくの空気を壊すのも悪い。
というか、グランマはわざわざ俺のところまで様子を見に来てくれたのか……。
「すいません」
「あらあらあら。どうして謝るの? 私は私で好きなようにしたのよ」
「それでも、すいません」
「ほっほっほっ、しょうがない子ねぇ」
それから2分程の世間話をし、グランマはそろそろ時間だから、と灯里達の屋台船の方へ向かった。
その背中を見送りながら、こちらもそろそろか、と考える。そう考えだすと、アテナのことが余計に心配になってくる。
本当に迷ってないだろうな……。
「ふむ……よければ一曲謡ってもらおうかとも思っていたんだがな」
残念だけど、時間だ。
こういう選択も、久しぶりかもしれないな……。あの頃よりも、だいぶ楽ではあるけど。
「す、すいませんっ」
「お?」
振り返ると、遠くから駆けてくる姿。
アテナだ。
「お、遅れましたっ」
「いや、ギリギリセーフかな。さ、どうぞ」
アテナと一緒に船内へ入っていく。
が、その中たるや、すでに宴会気分だった。食前酒でよくここまで盛り上がれるものだ。
「すまないな、こんなので」
「ううん、楽しいですよ」
「そうか」
全員に合図して、出発する。と言っても、そこまで遠くに繰り出すわけじゃない。
近隣の、混んでいないところに停泊させて、改めて挨拶とする。
「えー、今晩の時間を私に預けて下さり、どうもありがとうございます。去りゆく夏の一夜の宴、どうぞお楽しみください。では、皆様、グラスを拝借」
すっと全員がグラスを掲げる。
アミのグラスにはしっかりとジュースが入ってあるのを確認してから、一声。
「乾杯!」
『かんぱーい!!』
どっと声が膨らむ。
挨拶に傾けていた神経を、食事と会話につぎ込んでいるのだろう。
しばらくは場の流れに任せ、俺もその空気を堪能するとする。
アイナとアイラは寄り添うように座り、和気藹々と話しこんでいる。
アイナの方の酒のペースが早く、アイラが程ほどに制しながら食事もつまむ。なんだかんだでいいコンビなのかもしれない。
そして、件の青年アントニオ。
彼女らの会話をじっと眺めている。手元には薔薇が持たれたままで、まだ告白にまでは至っていないようだ。おそらく、アイラの存在が予想外だったに違いない。
なにより、本人は早く酔いたいらしく、酒のペースがアイナよりも遥かに早い。すでに顔が赤くなってきている。
キサラギ親子はオレンジぷらねっとの二人と話していた。
アレサ女史は最初アテナを見たときはぎょっとしたのだが、それもどこ吹く風、今は何でもないように振舞っている。
アテナとアミはどちらが年上なのか、よく分からないやり取りをしていた。小皿に分けた料理をアテナがつまみ、時々ホロリと落ちる時がある。それをアミが拾って、「きをつけてね」と微笑んでティッシュにくるんでごみ箱へ捨てに行く。
なかなか雰囲気が良かった。
「うーい、エミヤン全然飲んでないじゃーん」
「主催だからな、酔ってちゃ働けない」
「相変わらずだねぇー。ほら、飲みなさい飲みなさい」
こいつは話を聞いていたのだろうか。
あっという間に俺のグラスに並々と発酵酒が注がれていた。
注意しようとも思ったが、俺自身としては別に弱いわけではないので、軽く口に含んでから改めて注意することにした。
じわっと広がるしっとりとした旨味に、発酵酒独特のツンとくる香り。そこまで発酵酒が好きだというわけではないが、これはなかなか、自分で選んだからだろう、しっかりと旨いと言える。
……さて。
「アイナ、人の話を聞け。酒を嫌がる人にあんまり無理矢理勧めるんじゃない。その人が単なる酒嫌いだったらまだいいがな、アルコール耐性の低い人だったらどうするんだ。急性アルコール中毒っていうの、知ってるか?」
「アレサさーん、これ美味しいですよー、飲んで飲んでぇー」
「言った傍から」
「……衛宮士郎さま。許してやってくれませんか」
立ち上がろうとしたところで、アイラに止められる。いくら親友だからと言って、これだけは譲れない。
だが、向こうの言い分もあるだろう。一応聞くとする。
「御覧ください」
そう言われて、アイナの方を見る。
すると、不思議なことに、お酒は遠慮する、と言ったアレサ女史に対しては、すんなりと引き下がった。
そのままアミ達のところに行って、ワイワイ騒ぎ始めた。
「アイナは、あの子はきっと、貴方のためにと……そう言う子ですから」
「……まったく。おしゃべりなのに言葉が少なすぎるぞ、あいつ」
「ふふ、そう言う子ですから」
そう言うことらしい。
「……学友って言ってたけど、学生の頃のあいつってどうだったんだ」
「変わりませんよ、今と、全然。少々騒ぎ過ぎで教諭に怒られることが多かったですが、私達学友は知っています。彼女がただ意味もなく騒ぎたてることなどないことを。だから、きっと衛宮士郎さまへの行為も、きっとなにか意味があるんですよ。それが公的なものか私的なものかはまったくわかりませんけど、ね?」
さすがだな、と思う。
俺は、そこまでアイナの事を知らなかった。本人を見た時の性格と、女将さんから聞かされた話だけ。
…………アリシアのことは、どうなんだろうか。
「ん?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんでもない」
……どうしてここでアリシアの名前が出たんだ?
人と人なんて内側が分からないことが当たり前なのに、なぜアリシアに限って“知っているだろうか”などとおもってしまったのだろうか。
「…………」
アリシア、と考えるだけでパッと顔が鮮明に思い出せることも不思議だ。
どんなに仲のいい友人同士だとしても、顔なんてぼんやりとしか思い出せないのに、だ。
どれだけの間ワイワイと騒いでいただろうか。
料理も出し尽くし、酒の足も停滞気味。会話も、アイナでさえしゃべり疲れたのか、はたまた酔ってしまって上手くしゃべれなくなったのか、しん、と静まり返る。
波と、風。そして屋台船に吊るしておいた風鈴が涼しく鳴り響く。
ぽそっとアテナに耳打ちする。
「舟謳、謡ってくれないか?」
「え?」
「ダメか? 俺は聴きたい」
「…………っ」
なぜだか急に俯いてしまった。
やはり、事前に了解を取っておくべきだったか……。
「いや、無理強いはしないよ。すまないな、急にこんなこと」
「構いません。謳は、誰かに聴いてもらうためにあるから」
そう言うと、彼女は音もなく立ち上がった。
全員が、声にも出さず彼女に注目する。彼女のお腹がすぅっと膨らむ。
「La――――」
口蓋垂――俗に言うのどちんこ――が引き上げられ、鼻を通して声が爆発的に広がる。
俗に言うところの“いい声”である。
マイクなどの拡声器を介さず、自らの体のみで発音する。それは声ではなく、音でもなく、つまることろ“歌声”なのだ。
決して聞き苦しいことなどなく、甘く、切なく、楽しく、悲しい。感情が溢れ出し、歌声に乗る。
技術云々ではなく、誰かに、何かを感じさせることの出来る謳こそが、本当の意味で“歌”と言うのかもしれない。
ふわっ、と声が夜に溶けた。
しっとりと謳の余韻が場を支配し、誰も何も言えなくなる。
アイナの口がぴくりと動いたかどうか、というタイミングだった。
――――ひゅるるるる…………どどん!!
花火だ。
時間を見れば、ちょうど日が変わった時刻、零時。
次々に打ち上がる火の玉。弾けては消え、弾けては消え……。とめどなく続く火炎の花。
暗い水面に鏡のように花火が映り込む。
空に咲く花は、水面にも咲く。まるで、ここが水面ではなく、ちょうど真ん中。
不思議な浮遊感。屋形船が、空を飛んでいる。そんな気分。
「…………綺麗」
アテナが呟く。
綺麗なものが“キレイ”なのか、綺麗だと思う心が“キレイ”なのか。
そんな問答は『鶏が先か、卵が先か』と問うようなものだ。
綺麗だから、綺麗だと思う。
つまり、どちらとも綺麗で、どちらともが鶏なのだ。
「あぁ、綺麗だ」
うつろうつろして眠りかけていたアミも、これには目を覚ました。
ぼんやりとした瞳は、次第に輝きを取り戻し始めた。
「わぁわぁわぁっ」
ピョンピョンと船の上で跳ねまわり、みんなの微笑みを誘った。
「ほら、落ち着きなさいアミ。座って、ね」
「はぁーい」
アキナさんに促され、アミはすとんと座り込んだ。
花火が途切れ始める。また、同じように静かな時間が訪れ始めた。
「はーい、エミヤンちゅうもォーく!」
若干呂律が怪しくなっているアイナが俺を呼んだ。
空から視線をそらすと、アイナを中心に、全員がグラスを掲げこちら見ていた。
「きょーはっ、お招きいたらき、ありがとォーございましたっ」
周りの人はアイナに苦笑しながらも、ひとりひとりが頷いている。
ありがとう、と言外に言っているような気がした。
「ほんのささやかれは、ありましゅが……っ、脱がせていたらきます!」
「あぁ、ありが…………はい?」
一気に場の温度が下がる。
気がついたときには、アイナは服を脱ぎかけていた。酔っていて上手く脱げないのか、まだ下着は見えていない。
アントニオが目に入った。彼は期待半分、見てはいけないという理性がもう半分を占めているようだった。止める分には彼に期待できそうもない。と、そこで突然アイナがふっつりと倒れた。
気を失っていた。
他全員は倒れたタイミングと、突発性からもしやと疑い、駆け寄るも俺には見えていた。
一番後ろでニコニコと微笑んでいるアイラが、アイナの首筋に手刀を入れていた。一般人には認識できないほどのスピードで、だ。
しかも接近してではなく、それなりに遠い距離を、リーチギリギリで鞭をしならせるように。ともあれば、スパン、と音を出してしまいそうな速度を以て。
「大丈夫ですよ。この子、昔っからこうなんです」
くすくす。
そういって彼女はアイナを寝かせた。
代わりに、彼女が音頭を取り始めた。
「ほんのささやかではありますが、この乾杯をお礼とさせてもらいます」
乾杯、とみんながグラスを掲げた。
「あ、あぁ……。ありがとう……」
アイナのおかげであまり感動的とは言えなくなってしまったが、ありがたかった。
その夜、俺たちは最後まで楽しんでいた。
* * * * *
「士郎さん!」
「あぁ、おはよう、灯里」
レデントーレの翌朝、半日ぶりくらいで士郎さんに会った。
士郎さんは、ぼうっとして空を見上げているところだった。
「どうでしたか、昨日は」
「あぁ、成功したかな。楽しめたよ」
「はいっ、私もです!」
士郎さんはまたぼうっと空を見上げることを始めた。
なにかあるんだろうか、と私も見上げてみても、鳥が朝焼けの中を飛んでいただけだった。
「……綺麗だな、ここは」
「?」
「アクアさ。景色はもちろんだけど、まぁ、なんていうんだろうな……」
恥ずかしそうに、頬をかく。
ぎこちない笑顔を向けて、士郎さんは言った。
「なぁ、灯里。俺は、ここにいてもいいと思うか?」
「もちろんです!」
「それは、どうして……?」
「えっと、だって、士郎さん言ったじゃないですか。『ここは綺麗だな』って。それだけあったら、きっと。でも、本音を言うと、私がいて欲しいだけって言うのも……あるんですけどね」
言っててちょっと恥ずかしくなった。
いくら士郎さんといっても、男の人にいて欲しい、なんていうのはやっぱり恥ずかしいから。
士郎さんは、今度こそ声を出して笑った。
「はははは……! そうか、そうだよな。いてもいいんだよな」
士郎さんは、笑っていた。
Navi:25 後編 end
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学



