背徳の炎 track:26
「まったく、何という無茶を……」
詠春は山の一角のあまりの有様を見て、肩を落とす。
リョウメンスクナノカミを封印していた要石のあった湖周辺は、数百メートルにわたり煤で真っ黒。
湖自体の再生ならば水符をありったけつぎ込めばなんとかなるだろうが、森の再生をしようとすれば、むこう数十年、長ければ百年近い時間を要するだろう。
「これは……しばらくは人避けが必要みたいだ……」
ついて来させていた部下数名に指示を飛ばし、湖周辺に人避けの呪符を貼り付けていく。
詠春自身は湖の中心部、要石があった場所まで来ていた。水底であった地面は溶岩が固まってしまったような形になってしまい、上手く歩くことが出来なかった。
そんな水底を歩くこと数分。要石が鎮座していた場所まで来た。
見事に黒い尖塔を築いていた。
要石が溶解し、さらに下に流れてしまうことで擬似的な塔が出来上がっていた。
要石が完全に破壊されたというのに、スクナの気配は一切感じられずにいた。
「……鬼神すらを焼却する炎。神という存在に対する背徳行為。……背徳の炎」
奇しくも、詠春が何気なく呟いた言葉は、ソルのギアとしての真名。
彼自身そんなことを知る由もないし、知ろうとも思わないだろう。
詠春は深く息を吐き、空を見上げた。黒い大地とは裏腹に、真白い雲が悠々と流れている。
死闘から一夜。劫火に包まれていた世界はどこかに消え、微風が木の葉を揺らす。詠春はポケットから煙草を一本取り出し、火を点けた。胸一杯に紫煙を飲み込み、吐き出す。
スクナの完全消滅。
それは紛れもない事実であり、また、隠さねばならない事象。これが『魔法の国』に伝われば、一体どんなことになるか。
詠春は考えただけでぞっとした。隠していたことがばれたら首が飛ぶどころじゃないな、とも。
「本当になんて奴を増援で寄越すんだ、お義父さんは……」
雲がゆらりと、陽炎に揺れた。
* * * * *
「……まぁ。なんつーか、あっという間だったわな」
「そうですね」
京都駅、そのプラットホームで隣に並びながらネギと話す。
ゆっくりできると思っていた昨日はエヴァちゃんに連れ回された。ダンナはあの夜から機嫌が悪いまま――まぁいつも悪いようなもんだが――だし……。ただよかったと思えたのは、セツナちゃんとコノカちゃんの和解。堅苦しい空気が完全になくなったわけじゃなかったけど、幾分か和らいだ気がした。
「親父さんの手掛かりだってな?」
「はい。これで見つかるなんて思ってませんが、けど、近づける……ううん、近づいて見せます!」
「おっ。言うねぇネギ。ちょっとカッコよくなって……イイ男に磨きがかかったな」
「そ、そうですか? あ、ありがとうございます」
少し嬉しそうに、少し悲しそうにネギは笑った。
やれやれ。顔に出すぎっつーか、なんつーか。ネギの頭を力いっぱいグシャグシャに撫でてやった。何が何だかわからない、という表情でネギは見上げてきたが、こちらは自信満々に言っておく。
「ま、早く探し出してよ。今のセリフ、親父さんにちゃんと言ってもらえよな」
「あ――――は、はいっ!!」
今度こそ目一杯に嬉しそうに笑って、目を輝かせた。
となると、気になってくるのはイノの存在だ。
これで諦めるほど、諦めのいい奴じゃないってことはわかってるつもりだ。次がいつかはわからない。
けど、絶対にもう一度襲ってくる。
「…………学園祭、か」
仙人が言ってた2ヶ月後、というのは学園祭の時期のことだった。
タカネちゃん曰く『世界樹の大発光』と同時に『魔力』がありえないくらいに膨れ上がるらしい。そのタイミングでしか、俺たちは帰ることが出来ない。その補助と強い力のぶつかり合いによる次元跳躍、なんて頭の悪い冗談にしか聞こえない。
しかし、それしか方法が思いつかない。
帰らないと、めぐみにももう会えない。
「アクセルせんせーったら、修学旅行終わったばっかなのにもう学園祭のこと考えてるー!」
「中間試験だってまだなのにねー」
「とと。なんか、大きいお祭りらしいじゃん? だから楽しみで仕方無くてなー」
とりあえず、話しかけてきたマキエちゃんとユーナちゃんに本当のことの一部を言っておいて誤魔化しておく。
楽しいよー、と笑いかけてくれる彼女たち。しばらく雑談して、ミスター・ニッタが号令をかけたところで列に戻るように言う。
…………そうだ。もし、イノが言う通りにジャスティスなんかを呼び出されたりしたら、こんな時間すらなくなってしまう。聖戦時代に飛んだときは、本当に死に物狂いで逃げたものだった。
「……アクセル先生、ネギ先生〜。締めの一言よろしくお願いします〜」
「はぁーい。行きましょう、アクセル先生!」
「そうだな」
ネギは駆けて、俺はその後ろを追うように歩いて前に出ていく。
途中でネギがこけたが、それもお約束。まったく、一昨日の威勢はどこに行ったんだか。
「みなさん、修学旅行お疲れ様でした。楽しめましたか〜?」
『はーいっ!!』
ネギの問いかけに、全員が応える。
本当に平和だなぁ。
「大変だったこともたくさんあったと思いますが、それ以上に楽しいことがあったと思います…………」
ネギが淡々と話を続けていく。
それを右から左に聞き流しつつ、考えることはひとつ。
――――俺にも出来ることがあるのか?
「アクセル先生、次お願いします」
「あ、はいはいっと」
生徒の視線が一気にこちらに集まる。
咳ばらいをひとつ挟んで、声を出す。
「しんどかった人っ!」
ばばばっ、と過半数の生徒が手を挙げた。
よしよしと頷いてから、手を下ろすように伝える。
「だけど楽しかった人っ!」
ざばっ、とほぼ全員が手を挙げた。
二ヤリ、と笑い続けた。
「俺もしんどかった。朝は早いし、夜は遅いし。そのうえお前らは騒ぐし」
若干の心当たりを持つ生徒数名が苦笑いをした。
それを見つつ深呼吸をして、大声で話を続けるとする。
「出来れば、もうちょっと落ち着いた修学旅行にしたかったけど……ま、結果オーライってこった!」
適当に切り上げて、場を無駄に盛り上げてしまったようで、ちょっと後に怒られたのはまた別の話。
新幹線に乗り込んですぐ、生徒の大半が寝付いてしまった。
俺は麻帆良学園が占領している車両よりさらに前の車両に移り、ある人物の隣に座った。
「よぉ、兄ちゃん。どうだい?」
「どうと言われましてもね。さて、説明はいつしてくれるのですか?」
「今からするさ。メイちゃんとディズィーちゃんは?」
「もう少し前の座席で寝てます。たぶん、疲れたのでしょうね」
指差した座席には確かにふたりの姿があった。
それを確認してから、改めて目の前の男を見る。さすがに聖騎士団の制服は目立ち過ぎるからか、今はシャツとスラックスという簡単な格好をしている。着飾ってるわけでもないのに、この野郎は雰囲気からイケメンだ。妬ましいぜ、ちくしょうめ。
「じゃあ、話すぜ?」
「えぇ、どうぞ」
「っつっても俺だってよく分かってないんだけどな。ダンナから聞いた話や俺自身の推測も混じってるから判断はアンタに任せるぜ?」
「わかりました」
「そんじゃ、まずはこの世界のことからだな。『魔法』っつー、技が存在するんだ」
「“技”? 《魔法》は技術のことでしょう」
「聞け聞け。ここは俺たちがいた世界じゃない。わかるか、ここは俺たちの世界じゃない。別の世界、つまり、SF映画とか、そういう奴の並行世界ってやつだ。この世界の説明をするぞ。かなり似てるが、ここは全く違う世界だ。科学が広まっていて、まだ世界は《魔法》を知らなくて、ギアの恐怖さえ知らない。イノが言ってたらしいんだが、ジャスティスを復活させるつもりだとかなんとか」
団長さんは首をかしげ、しかし、口は挟まずに聴きに徹底してくれている。
遠慮なく続けていく。
「ダンナはイノと一緒に飛ばされて、俺は時間跳躍のときにたまたま巻き込まれちまったみたいだ。ここで質問なんだが、あんたらはこっちに飛ばされる前、何をしてたんだ?」
「ディズィーさんの生い立ちを調べている最中でした。そのとき終戦管理局に襲われ、量産型と思われるジャスティスに撃たれ、それを防御した折、おそらく……」
「……まぁ、そういうこった。どうしてだか俺たちがいた世界の捌け口みたいになっちまった世界が、ここ」
団長さんはなんとか理解しようと頭を働かせている様子だった。
しばらく黙ったままでいると、車両の前の扉の方からダンナが現れた。さらに前の車両に乗っていたみたいだ。
「ソル……」
「坊や、どうだ。てめえのお固いオツムでも理解できたか? なんならトロトロに溶かしてやってもいいんだがな」
「いや、彼のおかげでだいたいのことは把握した。ここは並行世界で、イノはここを私たちの世界と同じに……私たちの世界の二の舞
にしようとしている……そういうことだな?」
「ほぅ。だったらすることはわかってるな?」
「……イノを倒し、その計画を阻止すること。また私たちが、自らの世界に帰ること」
「上等だ。せいぜい足掻くんだな」
ダンナはそれだけ言ってからまた前の車両に帰って行った。
団長さんは深く息を吐いて、座席に深く腰掛けた。
「信じられない。この乗り物ですら《魔法》の動力ではないのですね。確か、電力でしたか」
「新幹線、な」
「…………なるほど。私なりに解釈はできました。星丸ごとがツェップのような所だということですね」
「ざっくり言っちまえばな」
まだまだ問題は山積みなんだ。
納得させることが出来たなら、次は話を進めなくちゃな。
「たぶん、イノはコノカちゃんっていう娘を狙ってくる。莫大な魔力とかいうのが、世界を飛ぶのに必要なエネルギーになるかもしれないらしい。で、その魔力をコノカちゃんは十二分に持ってるんだ」
「主に、その子を守らなければいけないということですか」
「依頼内容的にはな。俺個人としては、誰であろうと俺らの勝手で襲われるなんてゴメンだけどよ……」
「私も同意見です」
やっぱり、こいつもそうらしい。
正義感の塊みたいな奴だから、そう言うのはわかってはいたけど、やっぱり安心する。
ダンナは極力、手際を優先している。目標達成を主に考えて、被害が広がることを防いでいる。山奥の戦闘だって、ダンナがいなかったらどうなっていたか、実際わからない。焼け野原で済んだのは僥倖かもしれない。
対して、俺はダンナの考え方とは逆。甘ちゃんの考え方。目標達成の前に、誰もが傷つかないようにと思う。安全策で行くが、しかしそれでは後手の対応しかできなくなる。怖がって縮こまっている、臆病者。
「だからなんだっつーの」
臆病者万歳! ――――なんて言うつもりはない。
だけど、嫌なんだ。人が死ぬのを見るのは。人が傷つくのを見るのは。
元々、俺はそのために力を手に入れて来たんだから。
「カッコつけなきゃ男じゃねえぜ」
座席を立つ。
団長さんに一時の別れを告げて元の車両へ戻る。
そこここから気持ち良さそうな寝息が聞こえ、くすぐったく耳に届く。
この時間を奪わせやしねぇ。あんな地獄、一度辿れば十分だ。二度目なんていらない。
俺が護るなんて大言壮語を吐くつもりはない。
ただ――――
「俺が護れるんなら、精一杯護ってやる」
ただ、それだけ。
* * * * *
「え?」
「あん? 聞こえなかったのか。まったく、花粉症でしゃべるだけでも疲れると言うのに……っぐしゅ!」
ぼうやが呆けてこちらを見ている。
どうやら聞こえなかったのではなく、“理解できなかった”らしい。
「……答えは否だ。誰が貴様なんぞを弟子にするか呆け者め」
「な、なんでですかっ!?」
「“なんでですか”だと? は。それもわからんのならお話にならんな。さぁ帰った帰った。余計な花粉を家の中に連れ込みよってからに。巻き上げる前にさっさと帰れ!」
適当にあしらいながら、茶々丸にハーブティーを入れるように指示する。
まったく、吸血鬼が花粉症などと情けない。学園に戻った途端これだ。あぁ、京都に住んでおきたかった。
「な、納得できません! 僕は……!!」
「まだいたのか。だから弟子なんぞとらんと言っとるだろうが。戦闘技術ならそこにいる金髪にでも頼め。技術だけなら私よりは上だろうよ」
悔しいことに、その通りだった。
この金髪――カイ・キスクは馬鹿げた戦闘技術を持っていた。四属性のまほ……《法術》だったかを使いこなし、あまつさえ“気”らしきものまで少しだけ操って見せた。
それだけならなにも驚くことはない。私だってそれなりの属性魔法は使えるし、少なからず“気”も扱える。まぁ、基本的に魔力でしか戦闘はしないのだが。
閑話休題。
卓越した剣捌き、洗練された体捌き、鍛え抜かれた不屈の精神力。どれを取っても超一級の剣士。
お互いが身体能力強化だけで戦えば、十中八九負けるのは私だろう。合気柔術で抑えられるような奴ではない。
「わ、私ですか?」
「そーだ。ぼうやと呼ばれてる者同士、気も合うだろうよ。クソ真面目なところとかがそっくりじゃないか、え?」
そう私が言うと、ぼうやとカイが見詰め合った。やめろ、気持ち悪い。
だが、思わぬところから反論が飛んできた。
「ちょっと待ちなさいよエヴァちゃん! そもそもネギって魔法使いじゃない。そこのお兄さんとかどう見ても魔法使いじゃないでしょ!?」
「当たらずとも遠からずだ、神楽坂明日菜。カイは剣士であり、また術支援も行える。おそらく、魔法戦をするまでもなく、比べるべくもなくそっち方面でもぼうや以上の実力を持っているだろう」
「ていうか、なんで昨日会ったばかりの人のことそこまで知ってんのよ……」
「闘ったからな。軽く」
昨日、学園に帰ってきてすぐに別荘に籠ってカイと手合わせしていた。
そこである程度の実力を計った。結果、条件付きで別荘にいる私に勝てる程度の実力であることが分かった。
それも本気ではないだろう。いちいち「女の子に手はあげられません!」などとほざいていたからな。
「…………でも」
「……そこまでして、どうして私にこだわる? 私はお前の敵だ。魔法使いならタカミチもそうだし、じじいもああ見えてそれなりの実力者だ。なぜ、私だ?」
「それは……」
「……惚れたわけでもあるまい。言え。内容によっては考えてやる」
そういうと、ぼうやはいきなり顔色を変えて詰め寄ってきた。
ゲンキンなんだか、なんなんだか。腹立つ奴だな、本当に。
「憧れたんです、修学旅行で見たエヴァンジェリンさんの強さに! あんな力があれば、僕も……僕だって!」
「ほほーぅ。力を欲するがために私に師事したいとな?」
「? あの、最初からそう言ってたんですけど?」
「違うな。違う違う。そういう意味じゃない。なるほどなるほど……。それはなんのためだ?」
え? と硬直する。
いきなり過ぎたか。咳ばらいを間に挟み、もう一度ぼうやに問うた。
「なぜお前は力を欲する? そう訊いたんだ」
「それは――――」
「偽善はいらんぞ。正直なことを言え」
「僕の生徒を……友達を、みんなを守りたいから!」
思いっきり机を蹴り飛ばしてやった。
ぼうやは驚いて床にへたり込んでしまった。
「貴様、私の言葉を聞いていなかったのか? 偽善はいらん、と言ったんだ」
「う、嘘なんかじゃないです!」
「偽善と嘘は同義ではないわ、戯け!! 強さを欲する、その心は!?」
ぼうやと神楽坂明日菜はたじろぐ。
正直に言うと、今私はすごく卑怯な話をしている。天才少年だか何だか知らんが、所詮、元は10そこらのガキだ。しかも今まで微温湯に浸かってもいないような、青いガキ。それに力を持つ意味、その何たるかなど解る筈もない。
くやしそうに唇を噛むぼうやは、とうとう顔を伏せてしまった。
「…………ふん。そういうことだ。貴様はまだまだ誰かに弟子入り出来るところにも立っていない」
私がトドメにと放った言葉を聞いて、伏せていた顔を上げた。
その眼には涙が溜まっていたが、なぜだろうか。瞳が、ギラギラと燃えていた。
「どうすればいいですか……?」
「あん?」
「どうすれば、僕を弟子入りさせるに値する人物だと認めてくれますか?」
「自惚れるな。つまり、お前はテストをさせろとでも言いたいんだろう? ふざけるのも大概にするんだな。その行為ですら、するに値しないと言っているんだ。自覚しろ、ぼうや。お前はクズだ。ゴミだ。塵芥だ!!」
その言葉にキタのか、ぼうやは見せたことのないような獣じみた眼光で私を睨み上げてきた。
「違います!」
「違わぬ! 害虫めが、偉そうな口を叩くんじゃない!」
「違います!」
「何が違わない? 言ってみろ、何が違わない?」
「だって……!」
「だってなんだ、あ!?」
「だって……!!」
「だってなんだァ!! 言ってみろ、えぇ!?」
ぼうやは吐き出しそうになった嗚咽を飲み込みながら、掠れ切った声で声高々に叫びをあげた。
「僕は、僕は……サウザンドマスターの息子です! あなたを倒したサウザンドマスターの、息子です!! 現に僕だってあなたを、エ
ヴァンジェリンさんを倒した……!! どこが足りないっていうんですか!?」
つくづく、このガキが何を考えて行動しているのかがわからなくなる。
どうしてそこでサウザンドマスターの名前が出てくる? どうして自分ではなく、他人を引き合いに出す?
――――ふん。いいだろうとも。
「来週土曜日、ここに来い。そこまで啖呵を切ったなら、それなりの覚悟があるってことだろうな。サウザンドマスターの名まで出し
ておきながら、なんの覚悟もしていないなど、ある筈がないよな?」
「も、勿論です!」
「よぅし。ならもう今日は帰れ。気分が悪い。花粉症だとも、あぁ、そうだ花粉症だ。泣きたいくらい花粉症だ!!」
茶々丸に言ってふたりを放りだすように伝える。
そのままベッドに潜り込んで考える。
どうやって、一体どうやって壊してやろうか。
どうやって壊してやろうか……ぼうやの、心を。体を。プライドを。
どうやって、天狗の伸び過ぎた重い鼻をぶった斬ってやろうか、と。
track:26 end
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学



