その優しい星で… Navi:28
シンとなる朝のひと時。冬の透き通った空気は、どこかしら身体まで浄化してくれる気がする。
深呼吸して、体の中の空気を入れ替える。剣先は違えず、まっすぐに地平線を向き、微かな呼吸とともに微細に動くだけ。
周りの空気ごと巻き込んで、緊張を張る。キシキシと針金を引き裂こうと力いっぱいに引くような感覚。音。
「――――」
伏せていた目を徐々に開いていく。朝日が細く街を照らし、俺も照らされる。
構える双剣が、てらりと鈍く光った。
「――――ふ」
深呼吸した息を細く吐き出した。
瞬間、弾ける剣閃。朝日に剣閃が踊り、煉瓦敷きの大地を跳び駆ける。
空想の相手を斬っては殺し、殺しては斬っていく。想像する相手は自分より弱い相手。徐々に、その数を増やしていく。
ひとり相手にすれば、ふたり。ふたり斬れば三人。三人斬れば四人。十に届いた瞬間、創造する相手を強くする。
最後に届く相手は、自分より遥か高みにある存在。――英霊。
「じゃッ!!」
防ぐ、精一杯に防ぐ。とにかく防ぐ。
防戦。戦局を傾けるような攻撃が入らない。いや、出せない。
相手は常に必殺の一撃を放ってくる。防御、防御。固めろ、崩させるな。
続く剣劇。途切れることのない攻撃を受け続ける。そして――――
「――――っくぁ」
負けた。
頭を鼻から上にかけてバッサリ。その後、心臓を一突き。
即死だ。
双剣を消し、一息つく。
汗が冷たい冬風に触れて、妙に気持ちいい。さらさらと流れる横脇の水路の音が爽やかに耳に届く。
夏も、もうとっくに過ぎてしまった。すっかり、なんて言ったら秋に失礼だろうか。
そんな時間の流れの中で、今はもう冬になった。
「はぁ……」
吐く息には、随分前から白いもやが混じっている。
そんな季節なんだ。
…………さて。朝の日課も終わったし、帰って朝飯でも作るかな。
朝日が昇り始めたネオ・ヴェネツィア。
この景色を見るのも、2度目。
「あぁ、そうか。もう2年も経ってたのか」
呟いて、早いものだ、と微笑んだ。
ただ変わらない、今日の日を心に刻んで、か。
さて。俺は一体どれほどの“今日”を刻んでこれたのだろうか。
「……なんてな」
改まってみると、考えるだけ馬鹿らしい。
それだけ、いつの間にか俺の心には“今日”が刻まれていた。
* * * * *
「日が落ちるのも早くなってきたなぁ」
「そうですねー。ほら、もうお星様がいっぱい見えますよ士郎さん!」
「あらあら、うふふ」
寄り添うように、まるで兄妹を見ているような気分になる。
士郎さんと灯里ちゃんが笑って、それを見てるだけで幸せだと感じる。
「アリシアさーんっ、ほら、あれってマンホームですよねっ?」
「あらあら、本当。今日は見える日なのね」
空にぽつりと、少し青みがかった光を放つ天体が見える。
それは間違いなくマンホームだった。
冬になって空気が澄んでくると、時々だけどマンホームが見える日がある。
幽かな青い光はそれはそれは宇宙に溶けてしまいそうで、アクアの一部の人たちはよくこういう比喩をする時がある。
――――“藍緑玉[アクアマリン]”と。
名前の通り『海の水』を意味し、古くから『水の惑星』と呼ばれていたマンホーム――地球にはうってつけの名前だと思う。
また、きっと宇宙という、新世紀に入ってからの“海”ともかけているのかもしれない。
それと対比して、アクアはマンホームから『星色の青玉[スターサファイア]』とも呼ばれているらしい。マンホーム以上に地表を水で覆われた惑星『AQUA』は、マンホーム以上に青く空に映るそうだ。その輝きと青さを讃え、この呼び名がついたらしい。
でも、これはごく一部の通称で、通じる人は少ないらしい。残念なことだと思う。
「……素敵ですよね。あそこにもいっぱい人が生きてるんだって考えると、なんだかロマンチックです」
「そうだな」
士郎さんはそう言って、懐かしむようにその光を見上げた。
人という尺度で測るのなら、未だにマンホームとアクアは限りなく遠く、でも隣合うように近い場所。
人が到達した場所という意味では、もう近い距離になる。ほんの海外旅行のような気分でアクアへ来ることが出来るようになった。
「…………そうだな」
「行ってみたいですか?」
思わず声が出ていた。
士郎さんはゆっくりとこちらを向き直し、二コリと、けれどどう見ても苦笑いでしかない笑顔を向けて言った。
「いいや、そうじゃないよ」
もう一度、士郎さんはマンホームを見上げて続ける。
「ただ、そうだな。遠くから見なければ、本当に大切なものもわからないことってあるんだな……ってな」
失くしてから気付く、という意味で言ったのだろう。
私にはなんとなく、士郎さんが言いたい事がわかる気がする。でもきっと、分かってなんかいないんだと思う。
いつもいつも、士郎さんは遠くを見ている。もしくは、遠くから見ている。
届かないものに手を伸ばして、それでも諦めないで、手を伸ばし続けて。
でも、そう。いつかきっと届くと信じているから、その手を伸ばし続けられて……。
「士郎さん。今日はもう、お暇しますね」
「ん。送ろうか?」
「いえ。すぐ前ですから、大丈夫ですよ」
「でも、もうすっかり日も落ちて随分暗いぞ」
「あらあら。それじゃ、お願いしようかしら」
「了解」
士郎さんが、ちょっと子供っぽかった。
駄々をこねる、まではいかないけれども、ちょっとワガママ。
からかうことも出来たけれど、止めておいた。
だって、言ったらきっと私の方が恥ずかしくなる。
「じゃあ、おやすみアリシア」
「はい。おやすみなさい」
また、“今日”が過ぎていく。
* * * * *
「うー、うー、うー」
「藍華先輩、でっかいうるさいです」
「ううううさぶいいいいいいいいいっ」
なにもないのに身体がガタガタと震える。
今日は特に冷え込んでる。さすがの地元民の私でも耐えられる寒さと耐えられない寒さがあんのよっ。
ていうか、なんで後輩ちゃんはそんな平気な顔しとりますか……。
「あれ、藍華先輩貰ってないんですか?」
「貰うって、何?」
「灯里先輩の持ってる水筒の中身ですよ」
「あんだって?」
見てみると、灯里は自分のゴンドラの上でなにやらほこほこと温かそうな飲み物を飲んでいるではないか。
どれ、私にそれを飲ませなかったバツとして冷たい手で驚かせてやるんだから。
「それぃっ」
「はひぃ――――!?」
灯里の背筋がピンと伸びる。う、やけにほっぺたがあったかいわね。
手を離すと、灯里はすぐにこちらを向いた。
「ど、どうしたの藍華ちゃん?」
「どうしたもこうしたもないっ。灯里、後輩ちゃんにはあげて私にはあげないってどういうことなのよ?」
「あの、この前は藍華ちゃん、動けば寒さくらいへっちゃらだーって言ってたから、てっきり」
「てっきりもこっきりもないってーの! 私にもちょうだいよー」
「うん、いいよ。士郎さんの特製ホットココア」
「やたっ」
水筒から出てくるココアをコップで受け止め、その香りに目を輝かせた。
火傷はしないように、少しだけ啜るように一口飲んでみる。
ふわっと広がる香ばしい香りと、甘くとろりとした飲み心地。体の芯からジワリジワリと温めてくれているのがよく分かる。
指の先まで、じん、とくる。
「うぅ〜ん、おいすぃ〜」
「あはは」
「うん、ありがと。さて、体も温まったところで、練習行くわよ!」
『おーっ』
朝の練習は本当に眠い上に寒い。
寒いと眠くなるってアレ本当なのね。ていうか、きっとアレよ。ベッドから出たくなくなって、で、二度寝とかしちゃうからそういうこと言われるようになったんだわ、きっと。
「そういえばさ、藍華ちゃん、アリスちゃん」
「あによ」
「昨日マンホームが見えたよねー。ねぇ、見た?」
「あー、見てない。しまったなぁ」
「私は見ましたよ」
「なぬっ」
後輩ちゃんめ、いつも美味しいところはしっかりいただいてるんだから。
あー、それじゃあ今度見えるのはいつなんだろ。今日はちょっと曇ってるからなぁ……見えそうにないしなぁ。
まぁ、いっか。
「今度見える日があったら、連絡頂戴よね」
「うん」
「了解です」
さて。
約束も済んだところで、練習行ってみますか。
「ゴンドラ、通りまーすっ!」
* * * * *
「あー、さむっ」
店の中に入って一番、これはどうかと自分でも思う。
昼食を取りに入った店は、かなり暖かかった。暖炉の中がよく燃えている。
オーダーを取りに来たウェイターに適当に注文をして、あとはぼぅっと待つだけ。
昼は3時から予約が入ってるから、結構ゆっくりできるな。うん。
「いらっしゃいませー」
「おう、アテナじゃない」
「晃ちゃん」
同席するように手をこまねく。
向かい合うように座って、笑い合う。
「久しぶりね」
「そうよねー。どれくらいぶりだっけか」
「たぶん、4ヶ月くらい」
「前会ったのは秋の終わりだったか。そりゃ寒くもなるわ」
「うん。私も今日はベッドから出たくなかった」
「私はアレだ。藍華を蹴りだしてやったけどな」
「相変わらずね」
「アテナもな」
くすくすと笑い合う。
そうこうしているうちに私の頼んだ適当なメニューがテーブルに届き、アテナはそれを見て「同じの」と注文を済ませた。
まぁ、お品書きとにらめっこし続けるよりかはマシだけどさ。
「後輩の面倒ちゃんと見れてるか?」
「うん、たぶん。でも、私よりも衛宮さんの方に見てもらってるみたいだけど」
「あいつは面倒みたがりなんだって。まぁ、それは私も同じなんだけど」
「面倒みたがり?」
「ち、違う! 藍華のことだっつーに」
何を言い出すんだか。
衛宮と私が似た者同士って、ありえないから。うん。
まぁ、とにかく。ここいらでちょっとお礼でもしといた方がいいんじゃないのか、って話しなんだけどね。
……ブラウニーの事もあるし。
「お礼?」
「そう。お礼よ、お礼。まぁなかなか思いつくもんじゃないんだけどさ」
「……そうね。私もアリスちゃんがお世話になってるし……」
「じゃ、なんか一緒に考えるか?」
「そうね」
まぁ、ひとりでするのはなんて言うか……恥ずかしいし、ちょうどよかった。
それにひとりでダメならふたりで。それでもダメならアリシアも引っ張り込む。
うん。
それでもダメなら後輩全員を総動員して考える。
そんで、衛宮の嬉し恥ずかしな顔を拝んでやるとするか。
「よっし、そうと決まったら徹底的に喜ばせるとするか。なんてったって私たちは接客業。お客様に思い出をプレゼントするウンディーネ……それもトッププリマだ。それがふたり、三人って集まればいいものが出来ない筈がない!」
「アリシアちゃんも誘うの確定済みなんだ」
アテナにしては珍しい、ちょっとだけいたずらっぽい笑顔だった。
それにいっぱいの笑顔で返して、残った紅茶をくいっと飲み干した。
「この後時間あるか?」
「うん。今日は午前中と夜の予約だけだから」
よし、と頷いて、紅茶を追加注文する。
今日は時間の許す限り話し合うとしよう。
こんな調子じゃいつになるかもわからないけど、まぁ、時間がかかってもいい。
ちゃんとしたものを、贈ってやりたい。
* * * * *
『て、わけなんだけど。アリシア、もちろん付き合うよな?』
「あらあら。うふふ」
『よーし、そのあらあらうふふは了解と取るぞ、にゃろー』
受話器の向こうで、晃ちゃんが嬉しそうにドスの利いた声を出している。
意外と言うわけではないけど、まぁ、照れ隠しなんだろうなぁ。
「それで、集まれる日とかは?」
『あのなぁ。私らはプリマだぞ。休日を合わせようとしてたら本当に企画倒れになる』
「それもそうね」
『だから、基本的には電話で進める。お前が一番バレる危険があるんだから、気をつけろよ』
「うん。じゃあ、またね。おやすみ、晃ちゃん」
受話器を置く。
それからすぐに食卓に戻って、席に着いた。
「誰からだったんですか?」
「ん。晃ちゃんよ。ちょっとしたお話。今度暇が出来たら会おうねって」
「あはは」
「こないだアテナちゃんが来たでしょ? それで、なんで私も呼ばなかったんだーって」
「あいつらしいな」
そう言って、士郎さんは苦笑した。
晃ちゃんが言うには、こういうことらしい。
――ビックリ企画で、衛宮にお礼をするぞっ。
一言に集約された、彼女らしい、とても簡潔な言葉だった。
細かいことは決まっていないけど、今日のお昼にアテナちゃんとたまたま会った時に思いついたそうだ。
突拍子もない、というか……思い立ったが吉日、というか。
「なんだか、とっても楽しみにしてました」
「ああ見えて結構可愛いですよね、晃さんって」
「そんなこと言って、知られたらどやされるぞ灯里」
「はひっ。自重します……」
「あらあら、うふふ」
あと言ってたのは、もしかしたら後輩三人にも手伝ってもらうことになるかもしれない、ということ。
はてさて、どんなビックリ企画になるのだろう。
楽しみだし、なにより、そう言えばこうして明確な意思を持って“お礼”なんて言うことをしたことがない気がする。
それもこれも、士郎さんの性格ゆえなんだろうけれども、それにしたって、だ。
お互いに持ちつ持たれつが続き過ぎていた気がする。だから、お礼をしたいと、私はこの時強く思っていた。
「士郎さん、お茶のおかわり、いかがですか?」
「あぁ、もらうよ。ありがとう」
彼のカップにお茶を注ぐ。
当り前になり過ぎた日常。そんなに望んでもいないのに、とても焦っている心がある。
この気持ちを、ずっと抱えたまま過ごして、この空気を壊したくない。
この気持ちを、いつか彼に打ち明けて、なにかを彼に求めたい。
「……」
バカみたいな考えだなぁ、と思う。
今のままで満足しているのに、これ以上を欲しいと思い、願う心。
あぁ、だからそう。
私は、どうしようもなく彼を――士郎さんを好きでいる。
「? どうした、アリシア。難しい顔してる」
「えっ。そ、そうですか?」
「ああ。なんだか……らしくない顔してた」
「…………ん」
眉間をマッサージをした。
それでなにかが変わるわけでもないのに、とにかく丹念に。
「私らしい、って、なんでしょう」
「え?」
「あ……ごめんなさい。忘れて、ください」
「…………本当は誰からの電話で、どんな内容だったんだ、電話」
ドキリとした。
特にバレたわけでもないのに、心臓が止まってしまうんじゃないかと思った。
「電話は、関係ないんです」
「……そっか」
ならいいんだ、と士郎さんは事もなげに頷いた。
あぁ、ダメだ。風邪でもないのに、熱もないのに……。
また、士郎さんに抱きつきたい。抱いて、ほしい。
彼の体温を、感じたい。
「――――すいません。今日は、もう帰ります」
このままいたら、きっと、崩れちゃうから。
一晩離れるだけで、きっと元に戻る。
「おやすみなさい、士郎さん」
「あぁ、おやすみアリシア。……辛かったら、言えよ」
「はい」
元に、戻るから。
きっとそれで、明日から元通り。
ちゃんとお礼も言えて、笑い合って、ずっと、ずっと……。
この、時間が続いてく。
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学



