背徳の炎 track:27
「マスター、どうして……ネギ先生を」
「あん? 茶々丸、お前日和ったか?」
「いえ……。いつも暇だ暇だと嘆いていらっしゃるので、その……ネギ先生の相手をするくらいなら暇つぶしになるのでは、と」
「ククク。茶々丸ぅ……なかなかいい思考回路を積んでもらっているな、お前。だがな、浅慮だ。あんなガキの相手をしていたら暇つぶしにはなるだろうが、まぁ、ストレスが溜まるだけだよ。そう思ったからあの金髪に師事しろなんて言ったんだ」
はぁ、と気のない返事を返す。
一度ぺこりと頭を下げてから下がっていく。
入れ替わるようにカイ・キスクが部屋に入って来る。
「話とは何ですか?」
「あぁ。まぁ、お前のその正義感が私の事を邪魔をせんようにだけ、釘を刺しておこうと思ってな。いいか、私は土曜日、ぼうやに試験を与える。その内容がどんなものであれ、お前が手を出すことは許さん。否定的な声ひとつあげてみろ。永久凍土に葬ってやる」
その脅しにもどこ吹く風。
カイ・キスクはため息をひとつ吐いた。
「人の試練にわざわざ口を出すほど無粋ではありませんよ。ですが、それも度が過ぎれば……」
「ふん。まぁ、“どちらにしろ”ぼうやがどこかに外傷を負うことはないだろうよ」
「……?」
「独り言だ。気にするな」
肩をコキリと鳴らし、カイ・キスクの隣を通り過ぎる。
リビングまで降りて、茶々丸に話しかける。
「ひと眠り前に散歩に行くぞ。花粉も朝ならまだマシだろうしな」
「はい、マスター」
「あ、あの……っ」
玄関を向いて歩き出そうとしたとき、茶々丸のさらに後ろから声がかかる。
カイ・キスクと一緒にウチで預かることになった半端者――ディズィーと言ったか――がそこにいた。
何の用だ、と振り返って佇んだ。
「私も、行ってもいいですか?」
「どうして?」
「全然出たことがないから。翼も尻尾も、ある程度なら隠せます」
「まぁ、いいだろう。茶々丸、着替えを用意してやれ。出来るだけかさばる服装がいい。翼と尻尾を隠しやすいからな」
「了解しました。ディズィーさん。こちらに」
リビングのソファに座りこんで、着替えが済むのを待つ。
かさばる服装、と言っておいてなんだが、そうなると時間がかかる。出来れば日が昇り切る前に出発したいものだ。
待っているうち、カイ・キスクが2階から降りてきた。
「紅茶でも入れましょうか?」
「いい。世話になってるから、とかそういう認識でいるな。お前たちを預かっているのは、私個人の“暇つぶし”だ」
「ふむ」
「それに、ティーセットに勝手に触って茶々丸の機嫌を損ねるのも七面倒くさい」
「なら仕方ありませんね」
対面のソファに座って、テーブルの上にある新聞を手に取り、すぐに置き直した。
カイ・キスクの顔を見ると、どことなく悔しそうだった。
「ふふん? 日本語の読み書き聞き取りが出来ないんだったか」
「ある程度なら分かりますよ。聖騎士団時代の前団長がジャパン贔屓だったもので」
ただ、文法や意味がさっぱり。――だそうだ。
わざわざ教えてやる気にもなれんし、こいつらが自分らの世界に戻った時の事を考えれば、教えるべきではないのかもしれない。
あくびをひとつ挟んで、伸びをする。
「ふぅ。……それにしても、なんだ。お前らの世界の住人は怪物ばかりだな」
「ギアのことですか」
「いいや。個人の強さのことだ」
「すべては《魔法》の発見からでしょうね。そこから人は法力を見つけ出し、そし対ギア組織・聖騎士団を創立した。極端な話、おそらく、聖騎士団一個大隊でこの世界の国ひとつを潰せる程度の能力を持っていたでしょう」
「よくそれで内紛等にならなかったものだな」
「全世界共通の、最凶の敵が存在していたからですよ。ギア。その司令塔、ジャスティス」
またジャスティスだ。
話を聞いてきた限りでは、今のアメリカすら容易く武力制圧出来てしまいそうな実力を持っているらしいな。
まぁ、そこまでスケールがでかい敵と戦ってきたのだ。こいつの実力も頷けるというものだ。
そうか、ジャスティス……。会いたくはないものだ。
「それと長年に渡って戦い続けていたのが、前団長クリフ=アンダーソン。竜族を数多く屠り、ついた名が『ドラゴンキラー』。よく言ってましたよ。『ギアなんぞゲンコツ一発で十分じゃ!』と」
なんだその怪物爺は。
麻帆良のクソジジイとは比べ物にならんのではないか。主にカッコよさとか。
まぁ、とにかく。こいつらの世界の住人はびっくり箱だということだ。あのディズィーとやらもどれだけの力を持っていることやら。
あとは、あのメイだったか……。
「マスター、準備が整いました」
「ああ。……ほぉー。なかなか似合ってるではないか」
「あ、う……」
かさばる服装、と言った時からというか、こいつのようなサイズの服は人形用の物しかない。
その人形用の服も、私の趣味に一貫されているわけで、自然とゴシックになるわけだが。
だがまぁ……ここまで似合うとはな。
「似合ってますよ、ディズィーさん」
「あ、ありがとうございます。カイさん。行ってきます」
こっちはこっちで甘い空気を本人たちは気付かず作り出してるし。
さっさと行くとしよう。時間はあるが、朝日が昇り始めている。
「ほら、行くぞ」
「はい、マスター」
「あ、は、はい!」
家を出ると、空が明けかけていた。
それでも花粉はあまりないようで、安心して外出できそうだ。
しばらくは他愛もない世間話をしながら歩いていると、遠目に見える世界樹広場にぼうやと佐々木まき絵の姿が見えた。
ぼうやのカンフーを佐々木まき絵が覗いている、という図だ。
カンフーねぇ。別にいいけど。
「おはよう、ネギ先生」
皮肉げに、たっぷり含みを持たせて呼びかけてやる。
ハッとしてこちらを向いたぼうやは、一呼吸入れてから力強く仁王立った。
「おはようございます、エヴァンジェリンさん」
「ずいぶんと熱心だな。体を鍛えているのか?」
「はい。魔法だけじゃ……これから先、どうなるかわかりませんし」
「いい心掛けだな。さて、茶々丸、ディズィー。私たちは帰るとしよう。そろそろ花粉も飛び始める」
ふたりを引きつれてその場から離れていく。
そうだ。その殊勝な心掛けに免じて少し猶予を与えてやろう。
「土曜から日曜日に試験を伸ばしてやろう。場所はここ、世界樹広場。時刻は0時だ。しっかり鍛えるんだな」
「あ、はい!」
後ろからは踏み込みのパン、という音が聞こえ始める。
本当に熱心なことだ。
「マスター、試験の内容ですが……一体どのような?」
「気になるか、茶々丸?」
「興味程度に」
「なら、少しヒントをやろう。ぼうやのやっているアレ。アレは無駄な行為だ」
親指で後ろ手にいるぼうやを差す。
茶々丸がぼうやの方を確認してこちらに向き直ると、続きを話す。
「まぁ、無駄とは言わんか。身体を鍛えるということは、つまりそういうことだ」
「???」
「ぼうやはガキ過ぎる。これから戦おう、力を手に入れようというだけの覚悟をまだ持てていない。大いなる力に伴うのは勝利でも栄光でも、敗北でも衰退でもない。“責任”なんだよ。ふふ、つまり、そういうことだ」
私が何を言わんとしているのかは理解しているようだが、そこから試験の内容まで察しろというのは、さすがに無理があったか。
人の心理的な部分だ。たかが機械が考えるには余りある。わからないなら考えなくていい、と茶々丸に言っておく。茶々丸以外に言えばかなりおちょくった言い草だが、まぁ、こいつは私の従者だからな。言わずともわかるだろうよ。
「ディズィー、だったな。お前は覚え考えておけ。強さを持つことの意味、その真髄を。お前はヒトの部分を持っている。考えられる脳みそを持っているだろう」
「あ、はい」
「よろしい。あぁ、それから試験当日、カイ・キスクにも言ってあるが……なにがあっても手を出すんじゃないぞ。死にたくなければな」
「はい……」
従順、とはまた違うな。
右も左も分からない、つまりは赤ん坊の反応だ。
それでも、ぼうやよりは頭が冴えていそうだがな。そのうち放っておいても分かるだろう。
「さて、帰って寝るとするか」
「マスター。今日はメイさんの転校初日です。学園長や高畑先生にも着いてやるように依頼されています」
遠まわしに「寝てる暇などありません」と言っていた。
まったく、なんでこの頃ガキの世話が多いんだ。世話するこっちの身にもなってみろ。
どうせ授業なんてあってないようなものだというのに。
「わかったわかった。授業中に寝るとする」
微妙な顔をしながらも、頭を下げている。
さっさと帰って優等生らしく登校してやろうじゃないか。
* * * * *
「〜〜〜〜〜〜」
扉の向こう。
ネギという名前の少年が私の紹介をしているらしい。
……不安だ。
――『ここは日本じゃ。君らの世界では滅亡したらしいがのぅ』
……ここが、ジャパン。
信じられない。並行世界、とかいうらしい。
ボクは自分の事を、ジャパニーズだとか、そんなことを言われたことがある。世界が違っていたとしても、ここはボクの故郷と変わらない景色と匂いとがある……はず。
なのに、なんでこんなに不安なんだろ。
「ジョニー……大丈夫かな。ジェリーフィッシュのみんなも……無事かな」
それだけが気掛かりと言えば気掛かり。
こんなことろで、ボクなにしてるんだろう……。
「Please come on!(入ってきてください!)」
教室がシンと静まり返る。
一度溜息を吐いてから、扉に手をかけて一気に開けた。
そのまま生徒の顔は見ないようにツカツカとネギの横に着く。眼を閉じて、ネギが合図してくれるまで待つことにする。
「〜〜〜〜〜〜」
また分からない言葉――日本語、というらしい――で何かを話している。
耳を澄ませば、ちょっとだけざわついている。というか囁き合っているのがよく聞こえる。
「It explained your circumstances. Please introduce yourself(事情は説明しておきました。自己紹介してください)」
「Okay(オーケー)」
パッと顔を上げる。
一番先に目に入ったのは、教室の一番後ろでニヤついている金髪ロンゲ。
ジェリーフィッシュのみんなと会ったら何かとちょっかいを出してくる、スケコマシ。
一瞬だけ顔がゆがんだ気がするけど、気を取り直して。
深呼吸を一回。
「My name is May. My best regards(ボクはメイ。よろしく)」
簡単なことでいい、と言っていた。
見回してみると、結構な数の女の子がずらり。それを見て、ちょっとだけ安心した。
まるでジェリーフィッシュ快賊団みたい。見た限り、ジャパニーズばっかりじゃないみたいだ。
茶々丸はヒトでもないらしいけど……。
ネギは横で同時通訳をしてくれていたから、みんなにわからないということはないと思うけど。
なんか、固まってるよ?
まさか、なんか悪いことしたとか?
よろしくって言っただけなんだけど……態度がよくなかったとか?
まぁ、受け入れてくれないならそれはそれでいいんだけどね。どうせここにも長くはいないだろうし。
結局、ここはボクたちからしてみれば嘘の世界なんだろうし……。
――と。
ひとりの子がすっと手を挙げた。
窓際の一番前の子だ。
「あー。えっと、ウェアーディッジューカム?」
うん?
隣のネギを見る。苦笑いをしながら、訳してくれた。
「She says, "Where did you come?"(彼女は、「あなたはどこから来たんですか?」と言ってるんです)」
「Ah-ha. I traveled around …… all over the world and turned(ああ。ボクはそうだね……世界中を旅して回ってたよ)」
ネギがまたペラペラと訳していく。
質問した子はなにやらメモ帳に必死に書き込んでいる。数秒足らずで書き終わり、その後、いくつかの質問をしてきた。
――――好きな食べ物は?
「If it is a dish of the Miss Leap, anything is loved(リープおばさんの料理ならなんでも大好きだよ)」
――――暇なときは何してる?
「It washes or the dish is made. Housework help(洗濯とか、料理とか。家事手伝いだね)」
――――嫌いなものはある?
「Bald head!!(はげ!!)」
――――趣味は?
「Thing to think of Johnny!(ジョニーのこと考えること!)」
――――ジョニーって誰ですか?
「My husband in the future(ボクの未来の夫)」
この質問に対して、ネギはしどろもどろになりながら訳していた。
たぶん、だけど。ちゃんと訳してないと思う。絶対クッション挟んだ言い方した。
そういう気真面目っぽいところが感じられる。まるでお兄さんみたいだ。
それでもきっと英語をそれなりに出来る人には伝わっていたのか、ニヤニヤしてる人がいる。
ふふん。羨ましいでしょ。
「Please sit down at the seat on the side of Miss Eva it. The class is started(それじゃあ、エヴァさんの隣の席についてください。授業を始めます)」
「O.K」
知り合いが隣だとやり易いもんね。
とすん、と座ってエヴァに挨拶をする。
「私は眠いんだ。精々生涯初めての授業を楽しむことだ」
「いいけど、ネギって先生なんでしょ? 怒られないの?」
「怒られるもんか。怒られたら教室を出ればいい。屋上の影が差す場所での昼寝などなかなかいいものだ」
「そ? まぁ、ならテキストだけでも置いといてよ。そういうのがいるんでしょ? マンガでみたことがあるからさ」
「どうでもいいが、貴様らの情報収集源が心配になってきたぞ」
「お構いなく。単なる娯楽で読んだだけだから。知識はジョニー仕込みよ、学校の授業なんてメじゃないわ」
「ならいいけどな」
バサバサっと鞄をひっくり返してテキスト一式を机の上にぶちまけた。
勝手に取れ、ってことなんだろう。ネギは英語の教師だって言ってたから、これね。
――――……なに、コレ。ぜんぶ日本語……?
後ろを向いた。
金髪兄さんがニヤニヤとこちらを向いている。
「……ちょっと癪だけど、読んでくれない?」
「今度団員の誰か紹介してくれるって約束してくれんなら喜んでやるぜ?」
「…………。わかったわ」
ジャニス(猫)かマーチ(赤ちゃん)を紹介してやる。
嘘じゃないもんね。頭の使いようって奴だもんね。
こうして、一日の授業が終わった。
ハッキリ言って、ジョニーの方が教えるのが上手いし、頭に入る。
日本語がわからないってのを差し引いても、学生ってこんなにレベルの低いことしてるんだ。
理科とか、メイシップいじってたら物理も余裕だし、化学なんて覚えるだけでしょ?
社会もジョニーが言ってた通りのことだし、いまさら覚える必要もなさそうだ。
数学は余裕。公式に当てはめたら終わりじゃない。
まぁ、日本語はちんぷんかんぷんなんだけど……。
「疲れるだけでつまんないものだね」
「分かってるじゃないか、メイ」
なぜか、嬉しそうに笑っていたエヴァが頭から離れなかった。
* * * * *
「――――よく来たな、ぼうや」
「時間通り、やって来ましたよ……!」
「予想通り、ギャラリーもいるいる……“よろしい”ことだ」
わらわらといるわいるわ。
佐々木まき絵に、明石の娘、大河内アキラ、和泉亜子、バカイエロー。
ぼうやの取り巻き、もとい仮契約者の神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、と。
「ついて来てしまって……ダメだったでしょうか?」
「いいや。大いに結構。……言っただろ、“よろしい”ことだとな。仲間の声援という奴は、ときにリミッターを外す鍵となる。また、心強いものだ。その点で言えば、ぼうやの潜在能力が垣間見れるかもしれん。楽しみだ」
「ケケケ。心ニモナイコト言イヤガッテ」
「いいや、チャチャゼロ。そうでもないさ。ジャパニメーションを見てみろ。愛、勇気、希望……! 様々なファクターに支えられ、主人公は成長していく。それはもう……立派な立派な“偽善者”にな。――――とは言うものの、そういうものがあるからこそ、戦意が保たれるというのも事実だ。大概最後には邪魔になるんだがな」
下をちらりと見てみると、静かに開始の合図を待つぼうやがいた。
なんだ、取り乱しもしないのか。つまらん。……いいや、焦ってるな?
こんな会話をして、一体どんな試験を受けさせるのかと。
「もう一度確認しよう。外野の奴らにルール説明だ。ぼうや側の奴らには特に規定はない。勝手にするがいい。仮契約を含め、ぼうやの実力だからな。制限を設けるのはこちら側だ。カイ・キスク、ディズィー、メイ、茶々丸、チャチャゼロ。お前らは決して手を出すな。否定的な言葉を一言でも発した瞬間、この試験は中止、ぼうやの弟子入り話はなしだ」
ぼうやの表情がどんどん曇っていく。
手にした杖が固く握られているのがよくわかる。
いいね、その焦り切った表情。ここにソルがいたら笑い飛ばしてもう帰っていることだろう。
さて、本題を切り出すとしよう。
「ぼうや。ルールだ。ぼうやはどんな手段を使ってもいい。朝日が出るまでくたばるな。それと、これから言う言葉を一言でも言った瞬間にこの試験は中止、ぼうやの弟子入りはなしだ。いいかよく聞いて、よく言わないように気をつけておけ?」
――『やめて』
――『ごめんなさい』
――『許して』
「このみっつだ。心の準備はよろしいか、ネギ・スプリングフィールド?」
「…………は、はいっ」
ここからでもぼうやの動悸が分かるようだ。
ああ、とても愉快だ。
愛とは、つまり裏切りへのスパイス。
勇気とは、つまり逃走へのスパイス。
希望とは、つまり絶望へのスパイス。
さぁ、お集まりの紳士淑女の皆々様。
今宵、素敵なパーティーを、どうかどうぞごゆるりと……。
「――――始め」
お楽しみましませ……!!
track:27 end
テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学



