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2009-12

B.A.C.K   Act:6-5

 
 -0:00:42
 
 
 世界に、ひとつの花が咲き穿った。
 その花が散らす輝かしくも猛々しい咆哮は、世界を。
 その花が散らす輝かしくも猛々しい咆哮は、穿ち。
 その花を散らす輝かしくも猛々しい咆哮は、咲き誇った。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 1:15:43
 
 
 シスター・シャッハとの分断。
 向こうは無事とのことだが、戦闘機人が相手。シスターを侮っているワケではないのだが、それでも分断されたのはマズイ。
 出来るだけ早く合流を、とのことだが。
 
 私の目の前にも、戦闘機人が一人。
 地上本部強襲の時に戦った戦闘機人の一人。
 淡い桃色の髪の毛の、戦闘機人。
 
 「お帰りなさいませ、フェイトお嬢様」
 
 「――――」
 
 歯噛みする。
 あの時もそうだった。一方的な“仲間意識”。
 
 「……その様子では、どうやらご帰還というわけではないのですね」
 
 「犯罪者の逮捕。それが私の目的だ」
 
 「……そうですか。ですが、それも私を倒すことが出来ればの話です」
 
 ガチャリ、と巨大なブーメラン型のブレードを取り出す。
 あくまで戦うつもりなのか。
 
 「ナンバーズ・ナンバー7。セッテです」
 
 「……フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。あなた達を、逮捕します」
 
 弾ける。
 視界が溶け、一瞬で相手の背後に回り込む。
 この距離、もらった……!
 
 「――――!!」
 
 シールドを展開したところで、もう遅い。
 そのシールドごと、叩き斬るつもりでバルディッシュを振り下ろす。
 これで――――!
 
 「もらったッ!!」
 
 しかし。
 
 「な、ぁ!?」
 
 通らない、ワケではない。
 魔力刃自体は、シールドに食い込んでいる。
 問題は、私の電撃。
 リミッターを完全解除した私の電撃付与の攻撃は、シールドの上からでもその麻痺性を発揮する。
 シールドを介している手前、確かに効果は直撃時よりは劣る。しかし、それでもおかしい。
 
 電撃が、まったく通らない。
 
 「どう、してっ!?」
 
 「私が言っていたはずです。今度会うとき、あなたでは私たちには勝てないと」
 
 並列学習、か。
 私の電撃を、リミッターを外した状態での能力も計算して、完全遮断が出来るレベルまで持ってきている。
 魔導師や騎士には出来ない、戦闘機人という人種だからこそ可能な対処法。
 こういう、意味か……!!
 
 一旦距離をあけ、考えを整理する。
 シールドで防御されれば、ほとんどのダメージを無効化されてしまう。
 バルディッシュのザンバーフォームは私の変換資質に合わせて調整されているから、電撃に頼っているところがある。だからと言って、今からハーケンに変えて、この戦闘が有利になるかと言えば否。
 今度は耐久力の問題が出てくる。ハーケンでは、あのブーメランの一撃を受け止め切れない。捌ききれない。
 そして、このAMF濃度。負荷が大きい。
 
 使うべきなのだろうか、真・ソニックとライオット。
 いや、ここで使ってどうする。敵を侮っているわけではない。ただ、可能性の話だ。
 推測するに、ミルヒアイスがここにいる可能性が一番高い。協力してくれるだろう、とクリームヒルトは言っていたけど、それは彼女が正常ならば、の話。
 もしもに備えて、ここで負担の大きいライオットを使うわけにはいかない。
 
 それに、なにより、スカリエッティがまだ残っているのだから。
 
 「すー」
 
 息を吐く。
 落ち着く。なにも絶望が目に見えているわけじゃない。
 防御されれば、の話だ。防御されれば、ダメージはほぼ通らない。衝撃を伝えるだけで、ダメージらしいダメージにはならない。
 防御されれば、だ。
 
 私の得意分野はなんだ、と自問自答。
 私の得意分野は、ヒット&アウェイの、高機動戦闘。
 “防御出来ない”速度で攻撃を与えることが出来れば、なにも問題はない。
 そこで問題になってくるのが、一体どれほどまでのスピードに反応するか、だ。
 さっきの踏み込みは、結構本気。出来れば一撃で仕留めたかったから、スピードは遅くはなかった。
 だが、まだ上がる。
 
 「…………」
 
 「――――」
 
 お互いが睨み合った状態でいる。
 私がいつ動いてもいいように、セッテは構え、自ら動こうとしない。
 なぜなら、避けられるからだ。彼女の攻撃は、決して速くない。空間支配型の、殲滅系。
 その点を取って考えれば、閉所での戦闘は私以上に不向きだといえる。
 開けた空間で、なおかつ相手との距離が自分に有利であって初めて自分から動けるようになる。
 後の先、なんていうらしい。後手必殺、というやつだ。
 
 迷う必要はあるのだろうか。
 それともないのだろうか。
 あるとすれば、私は何を悩んでいるんだ?
 ――――迎撃、か。
 
 彼女の反応速度がわからない以上、カウンターが怖いのだ。
 それとも、隠し玉を持っているかだ。
 
 バルディッシュを構え直す。
 悩んでいる暇なんかない。臨機応変。迷って踏み出さないのは、ただの逃げ。
 逃げない。私は、逃げない……!!
 
 「はっ」
 
 視界が伸びる。
 一瞬で懐に飛び込む。
 今度はバルディッシュを振りかぶらず、柄頭で鳩尾を狙う。
 振りかぶる動作がない分、コンマ数秒ほど相手に届くまでの時間が短縮される。
 一撃必殺でなくてもいい。初撃で態勢を崩すことが出来たなら、そこからたたみかけられる。
 
 「ッ!」
 
 わずかにずらされたものの、態勢を崩すことはできた。
 イケる。このまま、一気にカタを着ける!
 
 崩れた相手に、さらに蹴りを入れる。
 態勢は大きく崩れ、バルディッシュを十分に当てられるだけの時間を作った。
 防御される前に、振り抜く……!
 
 「ハぁッ!!」
 
 横薙ぎにバルディッシュを振るう。
 視線を上下に分けるように、魔力刃が奔り抜ける。
 確実に捉えた。そう思っていると、ふっ、とセッテの姿が消えた。
 バルディッシュが空を斬る。まさか、この子も移動系が得意なのか?
 周囲を見回してみても、それらしい影はない。まさか、幻影? ステルス?
 と。
 
 「私は高速で移動することも、幻術なんて器用な真似も出来ません。が、戦闘技術は姉妹の中でも、2・3を争えるスペックを持っています」
 
 私の真正面から声がした。
 なんでもないようにセッテがその場に立っている。
 一体、なにが起こった?
 
 「……理解できませんか? 私が無事でいること」
 
 「なんだと?」
 
 「単純な話です。私は態勢を直すのではなく、崩したからこそこうやって立っているのですから」
 
 崩したからこそ。
 それはつまり、あの態勢を崩した状況で、“わざと”より大きく態勢を崩したというのか?
 こけることで、私の攻撃を避けた、と。
 
 「どうしました、フェイトお嬢様。この程度で動揺するなんて、あなたらしくないのではないのですか?」
 
 「……っ、あなたに私らしいがどうのなんて、言われたくない……!」
 
 「それもそうですね。失礼しました」
 
 だけど、本当にそうだ。
 焦り過ぎているのだろうか。今の私は、どうにも急いている。
 確かに、スカリエッティを早く逮捕したいと思っていることには思っている。それは否定しない。
 だけど、目の前の敵に集中できないほど、なにを焦っているんだ。
 と。
 
 カツん、と。
 背後で足音がした。
 シスターが来たのか、と思って止めた。
 それにしては、足音が“軽すぎる”。
 
 「……見えぬプレッシャー。無意識のうちの意識。あなたは、なにに怯えているのですか、フェイト執務官」
 
 拙い、けれど、それ以上に鋭利な声。
 幼さの残る声色。
 
 「あなたは、ミルヒアイスに恐怖を抱いている。そう推測されますが?」
 
 「な、ん……?」
 
 「でなければ、あなたはセッテを見くびり過ぎていたのだ」
 
 振り返る。
 灰色のロングコートを着た、少女と言って差し支えない年齢の戦闘機人がそこに立っていた。
 眼帯で右目を隠し、残る左目で私を見据えている。
 手に武装らしき武装はしておらず、コートはステルスなどの非戦闘用のものでもない。
 
 暗器。
 見えない武器。見せない武器。
 私とは決定的に違う意味での、高速の武器。
 それがどこから飛んでくるのか、わからない。
 
 「ナンバーズ・ナンバー5。チンクだ。妹がお世話になっていたようだ、フェイト執務官」
 
 「チンク姉様……お体はもう大丈夫なのですか?」
 
 「心配をかけたな。こうして、出しゃばれる程度には回復した」
 
 前後での会話。
 まずい。このAMF状況下で、しかも戦闘機人を2体相手にし、そのうちの一人はおそらく暗器使い。
 そのうえ、挟み打ち。
 
 「――――、ちぃ」
 
 四の五の言っている場合ではないのかもしれない。
 スカリエッティや、ミルヒアイス。あとの2人のことを考えていては、おそらく、目の前の2人に負ける。
 そうなってしまっては本末転倒。
 なにが目的でここまで来てしまったのかがわからなくなってしまう。
 
 「……大規模騒乱罪、テロリズムへの加担。あなたたちはそれら以外にも手を罪で染めた」
 
 「そうなのだろうな。だが、フェイト執務官。悪と正義は逆転し得るのだということを、理解しておいた方が今後のためだと思うのだが、いや、犯罪者の言うことなど聞く耳持たんか」
 
 「……あなたたちを、拘束します。今すぐ武装を解除し、こちらの指示に――――」
 
 「武装解除か。わかった、従おう」
 
 「!?」
 
 チンクと名乗った戦闘機人は、あっさりと、あまりにもあっさりと私の警告を聞き入れた。
 コートの裾や懐から、ぞろり、と投擲用のナイフがごまんと出てくる。
 それを私の足元めがけて、バラ撒いた。それになにか規則性でもあるのか、と疑ったが、そんなこともない。
 本当に、素直に聞き入れたのか?
 そんなはずはない。だって、だとしたら?
 
 「IS発動……」
 
 「え?」
 
 歯車を模したテンプレートが、チンクの足元に展開する。
 まさか、物質操作系――――!?
 しかし、ナイフに変化はない。だとしたら、一体なんの能力なん――――
 
 「ランブルデトネイター」
 
 りぃぃんッ!!
 
 「ッ!!」
 
 《Blitz Action》
 
 視界がにわかに白熱した。
 鉄の質量をもって迫る爆炎と爆風。
 閉所での、大爆発。この施設そのものが瓦解してしまう可能性も孕んでいるというのに、彼女は躊躇なく爆破させた。だが、私が見た限り、チンクは防御用のシールドを展開していなかった。あれでは、自分が巻き込まれておしまいなのではないのか?
 
 その考えも一気に消えた。
 爆炎の中から、ナイフが5本投擲される。
 チンクは無事。そして、追撃を投げられるほど、冷静でいて、私の姿をはっきりと確認している。
 
 「IS発動」
 
 「――――っしまっ!?」
 
 「スローターアームズ!」
 
 前門の虎、後門の狼。
 爆発能力のインパクトが大きすぎて、思考回路がセッテを思考の外にはじき出していた。
 挟撃。
 
 《Sonic Move》
 
 なんとか回避。挟撃状態からも脱出できた。
 だが、敵から離れてしまったのはかなり痛い。
 能力から推測して、相手はどちらも中距離殲滅、空間制圧などを得意としている。
 そのうえ、片方は爆弾という、限りなく空間的有利が約束されている武器を使っている。
 その爆破に巻き込まれても、問題なく動けるだけの防御力も持ち合わせているときた。
 
 「だけど、手はまだ残ってる」
 
 あの爆風に突っ込むのは、はっきり言って得策じゃない。
 あの火力に突っ込むというのは、つまり、なのはの砲撃に射線上、真正面から突撃していくことと同義。
 防御が高くない私には、決して出来ない芸当である。
 
 残っている手。
 それは、二人同時に行動が出来ないという点。
 爆風がブーメランの軌道を邪魔し、ブーメランが飛んでいれば爆発はさせられない。
 そこに、きっと活路がある。
 
 プラズマランサーでナイフを迎撃しつつ、隙を窺う。散りばめられたナイフは、それだけで爆発物としてばら撒かれていることになる。
 撃ち落とせば落とすほど、そこに自分で地雷を置くことになる。
 ナイフという武器の特性上、そこまで連射が効かないのが救いか。
 
 「集中が過ぎますね」
 
 「っ!」
 
 爆発させないということは、つまり、ブーメランは飛んでくるという意味。
 両脇に回り込むように、ブレードを光らせながらブーメランが飛来する。
 避ければナイフが、ナイフを弾けばブーメランが。
 同時に撃ち落とせば、なにも問題はない――――っ!!
 
 「ランサー、クイックターン!」
 
 ナイフ迎撃に当てていたプラズマランサーのうち、数発をブーメランに飛ばす。
 回転の支点を貫くように、ランサーを当てる。
 
 それと同時。
 撃ち落とされ、バラ撒かれていたナイフが一斉に爆発した。
 至近距離。閃光弾にも似た発光のあと、爆風。同じく、ブリッツアクションを発動して後ろへ飛び退いた。
 
 周囲の壁や、壁の先にある土などが爆発で巻き上げられ、煙となって視界を埋める。
 すこぶる視界が悪い。元々そこまで明るくなかった、洞窟のような施設だ。こうなってしまっては、暗闇に放り込まれたも同然だった。
 
 「フェイト執務官。先程の言葉の意味、わかるかな?」
 
 土煙の向こうから、怒鳴るような声量の声が聞こえてきた。
 そうでもしなければ、施設内を反響する爆発音で聞こえたものでもないからだ。
 
 「悪と正義は逆転し得る、という言葉ですか?」
 
 「そう。今はフェイト執務官が所属する管理局が法を管理する、いわば正義だ。しかし、ドクターの楽園が出来上がったとき、それは逆転する。より強い者が正義となり、その強き者に楯突く者が悪と生る。それはどこか、革新者に似ているとは思わないか、フェイト執務官」
 
 「……」
 
 答えない。
 地球でも、学校でもそういうことは教わった。
 下克上や、革命、新技術。人々が受け入れるまでは悪とされたモノも、生活の中に溶け込んでしまえば、それも正義となり得る。そして、潰されていった上流階級や、古い技術は悪、役立たずとして虐げられる。
 人という生き物は、結局多勢に傾く。
 
 「私は見てみたい。戦闘機人でも、人と並んで過ごせる時間を」
 
 「な――――?」
 
 「それなら管理局に協力しろ、と言いたいのだろう。はたして、管理局はそのように動いてくれるのだろうか。君がいい例だよ、フェイト執務官。君の兄上や上司に隠されてはいるものの、君も結局は“違反物”でしかない。君自身がどう思っていようと、どう感じていようと、君の体は、管理局が表向き禁止している生命操作技術で造り出された“アリシア・テスタロッサ”のクローンでしかないのだから」
 
 「!!!!!」
 
 「私はそれを見てみたいと言っているのだ。誰が誰であるから、この世にはあってはいけないなどという世界ではなく、何者をも受け入れる世界というものを、姉は見てみたいと言っている!!」
 
 「そ、そんなことをする人ばかりじゃ、ない。管理局は、そんなことをする場所じゃ……ッ!」
 
 「違うと言うのか、“アリシア・テスタロッサ”!! 君は自分自身がなにを言ったか分かっているのか。『そんなことをする人ばかりではない』と言ったな、君は。『そんなことをする人間もいる』という意味だぞ。君は認めてしまっているのだ。『そんな人ばかりじゃない』というのは、偽善なんかじゃない。それは立派な悪だよ、“アリシア・テスタロッサ”。君は、優しい世界で生き過ぎている。だから、“救える命も救えない”!!」
 
 「だ、黙れッ!!!」
 
 「図星を言われて怒るなど、それこそ認めてしまったようなものだぞ、“アリシア・テスタロッサ”!」
 
 「私を、私は――――、私はフェイトだ、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだ!!!!」
 
 「それは“うわべ”だと言っているんだ、“アリシア・テスタロッサ”!!」
 
 「う、ううううううオオオオオオオオオオオオオオオオオオオああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
 
 《Sonic Drive》
 
 バリアジャケットをシフトする。
 ただ速く、誰よりも疾くを追求したソニックフォームの究極型。
 真・ソニックフォーム。
 
 今さら、火力がどうした。
 なのはの砲撃に正面から立ち向かうなんて、何度となく経験した。
 
 「ライオットッ!!!!」
 
 《Riot Blade》
 
 ザンバーの魔力刃が収縮。魔力刃自体の硬度と密度が爆発的に高まる。
 片手剣サイズのライオットブレードを、さらに二分割。シグナムとの模擬戦を重ねに重ねた結果、生み出された私だけのカタチ。
 ――――そう。
 真・ソニックフォームと、ライオットブレード。
 このふたつは、私の存在証明。私が私であるために、私が私であるからこそ。
 
 「駆け抜ける……ッ!!」
 
 それは雷。
 一歩の踏み込みは、稲光。
 一振りの斬り込みは、雷閃。
 
 この身一つは、雷人怒濤。
 
 推して参る……ッ!!!!
 
 「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
 
 視界が白ける。
 瞬き一つで景色が変わる。言葉一つで景色が消える。
 この身一つで、世界が変わる。
 
 その世界の名は、『神速』。
 
 誰もを置き去りに、存在を唯一として。
 これこそが存在証明。私が私でいると理解する速度。
 誰もいないのなら、そこにいる私はそれこそ本物。
 
 世界に私がただひとり。
 だから私は、“かみさま”だ。
 
 「疾・風・迅・雷!!!」
 
 交錯は一瞬にも満たない。
 刹那も短い、涅槃寂静の交わり。
 
 「――――――――――――――――I」
 
 何かが聞こえる。しかし、聞こえない。
 一瞬は長すぎ、そうなれば、それこそ一秒など永遠。
 視界が白けすぎ、体を包む“何か”なのかさえ、わからない。
 
 視界が戻ってくる。爆発の反響音が耳に近い。
 まるで鼓膜の内外で同時に叩かれているようなやかましさがあった。
 
 「ハぁ、はぁ、は、あ――――、ぐ」
 
 反響音とは別に、荒い息遣いが聞こえる。
 白けていた視界にようやく景色らしい景色が映るようになってきた。
 目の前には、チンクが立っていた。見降ろすようなカタチで。
 
 「あ――――れ?」
 
 「まったく、こちらも、無茶、させてもらった」
 
 そういうチンクの右腕は、ボロボロになっていた。
 まるで、爆発物が至近距離で暴発したような傷つきようだった。
 
 「まさか、君があれほど、激情家だとはな」
 
 「なに、を……?」
 
 「なる、ほど? あの速度のなかでは、覚えている記憶も、瞬きのうちに消える、か」
 
 チンクは荒れた息を整え、改めて話す。
 
 「時間にして15分。君は眠っていた。私も、御覧の通り痛手を負った。腕だけなら良かったのだが、いかんせん、応急手当しかしていなかったからな。体全体に衝撃が伝わり、補強していただけの上半身が動かなくなってしまった」
 
 「ハ――――ぁ?」
 
 「つまりだ、フェイト執務官。君は私の口車に乗って、まんまと地雷原を突っ切ってきた、というわけだ。その過程でバリアジャケットはぼろ布同然にまで擦り減り――むしろ、これは君の速度がゆえだろうが。セッテを行動不能にし、その後私を狙ってきたところを右腕を自爆させて、君を吹き飛ばし、ことなきを得た、ような気になっているだけだ」
 
 自分の姿を見下ろした。
 いつの間にか、バリアジャケットが真・ソニックから、インパルスフォームに変わっていた。
 それを不思議に眺めていると、チンクが笑った。
 
 「君に羞恥の感情があるなら、そのデバイスに感謝するんだな。私でも直視できないほどに“丸出し”だったところを、そのデバイスがバリアジャケットを着替えさせることで隠したのだからな」
 
 「ふむ。そうなのかい、チンク。プロジェクトFの遺産は、どれほどの外見をしているのか、興味があったのだがね。残念だよ」
 
 「――――ッ!!」
 
 こつこつ、と高らかに靴音を鳴らし近づいてくる影。
 だんだんとその姿がシルエットから、知っている顔に変わっていく。
 
 「ジェイル・スカリエッティ……!!」
 
 「やぁ、ごきげんよう。フェイト・テスタロッサ執務官。ご機嫌いかがかな?」
 
 「っく……ぅ!」
 
 身体を持ち上げる。
 ガクガクと膝が笑い、バルディッシュを杖にして、ようやく立てるほどだった。
 だいぶ、キてるな。
 
 「君は、本当に母親に似ているね」
 
 「なん、だと?」
 
 「一途なところが実にソックリだ。君ほどの美人に想われて嬉しいと思っていいのかは、甚だ疑問ではあるが」
 
 「ふざけるな……!」
 
 「ふざける……? ふざけてなんかいないさ。私はこう言ってるんだ。君は、壊れる手前のプレシア・テスタロッサによく似ていると」
 
 「それのどこがふざけていないっていうんだ……っ!!」
 
 「一途なのはとてもいいことだよ。かくいう私も一途だからね。でも、いきすぎると、否定される側になってしまうんだよ。プレシアや、私のような、ね」
 
 「母さんと、お前を一緒にするな……」
 
 ああ、嫌だな。
 ここに来てから、こんなことを言われっぱなしじゃないか。
 どうしてなんだろう。私が、私として生きてはいけないのだろうか。
 それとも、元から私なんていう存在はなかったのだろうか。
 
 なのはや、はやて。シグナム、ヴィータ、シャマルさん、ザフィーラ。
 お兄ちゃんに、リンディ母さん。アルフに、リニス。プレシア母さん。
 
 それらが全部。
 全部嘘だったのだろうか。
 私は、否定されるために生まれたんだろうか。
 私っていったい、誰なんだろうか。
 
 「君と私は、あぁ、よく似ているんだよ」
 
 「え?」
 
 「お互い、自分だけでは『存在不確定者』なのさ。私は自分の作品に囲まれ、その作品を見、また見られることによって、自分を確立させる。そして君だ。君も自分だけでは、自分が何者なのか確定できない。誰かに寄りかかり、寄りかからせる人物を創り、そこで初めて君は君という存在を確立できるのだよ」
 
 「そ、んなこと……違う、私は、私で」
 
 「知っているかね。他人は自分の鏡などというものだが、私たちは違う。“他人が自分”なのだよ。“投影依存”という心理的逃げの概念がある。が、私たちは逆だ。“自己投影依存”が、私たちの存在を確立しているのだよ」
 
 「違う、違う違う……!!」
 
 「違わないねぇ? 私たちは、他人を自己に投影することによって、その存在を立てられるんだよ。君は誰かから八方美人などと言われたことがあるのではないか? 当たり前だ。他人に嫌われてしまっては、自己を確立するための鏡がなくなるのだからな。ああ、いいね、その表情。必死に否定したいのに、存外当たってしまっているから、そこまで絶望に表情を染めているんだろう? どうだい、自分の存在が、人以上に儚いことが理解できたかい?」
 
 違う。
 私は、そんな在り方をしていない。
 誰かに頼らないと自分を保てないなんてこと、そんなことない。
 だって、ほら、私は名前だって言える。自分の名前だって、言う事が出来るじゃないか。
 私はそんなことにはなっていない。
 
 「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。フェイトフェイトフェイト……………」
 
 「……何度も言う。君は自分一人では自己を確立できない。君に成長はない。君の成長は、つまり周りの成長だからだ。君は君にはなれない。君は君じゃない。君はただの人形なんだよ」
 
 「違う、違う違う違う違う違う違う違う…………ッ!!」
 
 私はフェイト。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。
 間違いじゃない、私がそうなんだ。私が、フェイトなんだ。
 私は私で、他の誰かなんかじゃない。
 私は、私、は……!
 
 「う、っう、ぐ……ひ、ぃ。ち、が……う……、違う、よぉ……っ、わたし、わた、しは……っ」
 
 「こちらに来ないか、フェイト・テスタロッサ?」
 
 「え、う?」
 
 「君に意味を与えてあげよう。君が君だという証明を、私が与えてやろう。私が、“君を本物にしてあげよう”」
 
 「ほん、とうに?」
 
 「ああ、私は出来ないことは言わないよ。君を本物のフェイトにしてあげようじゃないか」
 
 「わたしが、わたしになれるの……?」
 
 「ああ、なれる。なれるとも。君は立派な――――」
 
 その時だった。
 施設全体が大きく揺れた。チンクの爆破能力か、と思われたが、それはない。
 スカリエッティが話しているのだ。それを中断するようなことはしないだろう。
 だとしたら、一体なにが起こっているのか。
 
 「――――ごきげんよう、ドクター・スカリエッティ?」
 
 「おや、ごきげんよう。体の調子はいかがかな?」
 
 「すこぶる悪いわね。あなたのおかげよ、ドクター」
 
 背後から声が聞こえる。
 凛々として鈴の音を思わせる声色と、その中に一本通った芯の強さ。
 足音はその一歩一歩が自信に満ちている。否。それだけではない。
 
 天上天下唯我独尊。
 
 その言葉が似合う、尊き強さを兼ねている。
 一般に、『天上天下唯我独尊』という言葉は誤解されている。
 傲慢知己な、『ただ我唯一がこの世界で尊い』という意味で捉えられるこの言葉の意味は、本当はそうではない。
 
 『三千世界、輪廻巡リシコト在レド、我ト等シキ命ナシ』
 
 その本当の意味は、『過去にも未来にも、自己と同じ価値の存在などいず、故にその一つ一つの命が尊いのだ』という、唯一人を尊重する言葉ではなく、世界を祝福する言葉なのだ。
 その意味を、ただその存在の中に宿している。
 背後の人物は、自己超越者。
 自己という概念に縛られることのない、世界を統べる力を持った人物。
 
 「ご挨拶だね、ミルヒアイス=ブルグンド=ギプフェル」
 
 聖王がその口で『聖帝』と称した人物。
 竜をその身に宿した、古代ベルカの生き残り。
 
 「覚悟は出来ているかしら、ぼうや?」
 
 ユーリの探し人。
 その人だった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 0:54:06
 
 
 「む」
 
 目の前の二人が静止する。
 見据える。
 
 「……」
 
 「何用だ。俺は、見ての通り急いでいるのだが」
 
 「理由をお話頂けないでしょうか。でなければ、通すモノも通せません」
 
 「話している暇など、ない」
 
 「ですが……」
 
 「うっせェ! 似た顔でごちゃごちゃ言いやがって、会話なんてのァ、騎士のすることじゃねェンだよ!!」
 
 「騎士とかそういう話じゃないんですっ!!」
 
 「黙れバッテンチビ!」
 
 「黙りませんッ!!」
 
 「黙れ、リィン。話が進まん」
 
 「あぅ……」
 
 「へへーん、怒られてヤンの!」
 
 「お前もだ、アギト。しばらく口を閉ざしておけ」
 
 「う、ご、ごめん」
 
 両者の融合騎が黙ったところで、お互いに見つめ合う。
 交わす言葉は、きっと多くはないだろう。
 
 「どうしても、行くのですか」
 
 「会って確かめねばならん事がある」
 
 「それは、どうしても、ですか」
 
 「それは、どうしても、だ」
 
 お互いが握りに手を置く。
 ただそれだけで、空間が緊張で割れてしまいそうになる。
 眼力に乗せた殺気をぶつけ合い、イメージの中で戦う。
 
 踏み込んだ先は、お互いの絶殺領域。
 死線をくぐってこそ、相手に届く。振り抜いた刃は、頬を掠り、突きだされた槍の穂を、首の皮一枚で避ける。
 お互いが蹴りを繰り出し、弾かれ合う。距離を離し、しかし、一瞬で斬り返す。
 搗ち合い、鍔迫り合いで火花が散る。額と額をなすりつけ合い、文字通り、眼と鼻の先にあるギラついた瞳を除き合う。
 薙ぎ払うようにお互いの刃を弾き合う。
 一合、二合、斬り結ぶのは幾重にも重なる渾身。
 交錯は瞬間、しかし、ゆっくりと世界が流れる。
 気迫と気迫がお互いの精神を削り合い、相手の瓦解を見逃すまいと眼球がギラつく。
 
 「旦那……?」
 
 「シグナム……?」
 
 融合騎の声で構えを解く。
 イメージとは言え、その刃に宿る信念に曇りはなかった。
 しかし、その刃は懐疑に染まっていた。
 確かめたい事、その答えが欲しいと、飢えていた。
 
 「震えを読み取る。フ、古代ベルカの騎士の剣楽すら出来るのか」
 
 「なに……?」
 
 「お前は無意識にしている事なのだろうが、剣を交えて相手の心中を感じ取るなどと、出来ることではない」
 
 「…………なにを疑っておられるのですか」
 
 「疑いがあることは読み取れても、その内容は無理、か」
 
 「……話して、頂けませんか」
 
 「断る。お前には関係のない話だ」
 
 「致し方ありません。――――抜け、ゼスト・グランガイツ!!」
 
 「受けて立つ。――――シグナム!!」
 
 剣と槍を抜き放ち、構える。
 そして、同時に叫んだ。
 
 「リィン!」
 「アギト!」
 
 状況の変化についていけない二体の融合騎が、慌てて準備に入る。
 魔力を昂らせ、同調する。
 温かな変化のもと、叫ぶ。
 
 『『《《ユニゾン・イン!!》》』』
 
 ユニゾンの光が尾を引きながら、増幅した魔力が交錯し弾ける。
 カートリッジが炸裂する。シュベルトフォルムから、シュランゲフォルムに。
 
 「《シュランゲバイゼン・アングリフ!!》」
 
 火炎を伴った、剣鞭の壁。
 殺到する火炎の壁を前にして、ゼストはしかし、後退しなかった。
 
 《炎熱消去、衝撃加速ッ!!》
 
 「オオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
 
 衝撃波。
 単純ゆえに、その威力が直接伝わる攻撃。
 炎熱を無効化して、迫りくる剣鞭すらを弾き飛ばした。
 
 「っく!?」
 
 《マズイです!?》
 
 シュランゲフォルムを解除して、刃を急いで巻き戻す。
 
 「《うおおおおおおおおおおッ!!》」
 
 突撃してくるアギトとゼスト。
 巻き戻しは間に合わない。
 
 「リィン、合わせろ!」
 
 《は、はいです!?》
 
 巻き戻しが間に合わないなら、迎撃するまでだ。
 
 「囲え剣界……ッ!!」
 
 《ケーフィヒデスシュベルテス!!》
 
 巻き戻しの途中だった剣鞭が息を吹き返す。
 今度は、壁ではなく檻のカタチで相手に殺到する。四方八方からの挟撃。
 迫りくる剣の檻に、ゼストは後退した。
 仕切り直し。レヴァンティンの巻き戻しも完了し、振り出しに戻った。
 
 「いい騎士だ。惜しいな、まだまだ戦っていたい」
 
 「同感です」
 
 お互いが必殺の構えを取る。
 レヴァンティンを鞘に納め、ゼストは槍を腰だめに構える。
 
 「しかし、時間がないのでな……一気に決着をつけさせてもらう」
 
 「止めてみせる……!!」
 
 お互いのデバイスが同時にカートリッジを吐き出す。
 渾身を込めた決着のための一振り。交叉は一瞬。その一瞬に全てを賭ける。
 
 「烈火……!」
 
 《一陣……!》
 
 脚に力を込める。
 踏み込む距離は、間合いの中まで。
 叩き込むチカラは、魂の奥まで。
 弾ける――――!!
 
 「《紫電一閃――――ッ!!》」
 
 「《う、おおおおおおッ!!》」
 
 衝撃が周囲を蹂躙する。
 鍔迫り合い。交叉すると思われた剣閃は、見事なまでに受け止められていた。
 魔力が迸り、刃と刃が擦れ合い火花散る。お互いの力が拮抗し、握り締める手は小刻みに震える。
 
 震える。
 剣と剣がぶつかり合った時に出る震えではなく、デバイスそのものの意思ともいうべき震え。
 それが伝震。デバイスの意思を介して、担い手の魂が伝わる。
 
 「ゼスト・グランガイツ……今一度問おう」
 
 「何度問いただされようと、答える義理などはないぞ!」
 
 「なにも言葉で語れとは言っておらん! 騎士なら――――」
 
 「剣で応えろと、ハハッ、実に惜しい……ッ!!」
 
 斬り払い、お互いが頭を振り上げる。
 ご、と鈍い音がして、頭突き合う。
 
 「アギト、お前の全てを俺に託せ。お前の炎を操りきれぬとも、その心と駆け抜ける!!」
 
 《お、おう! ガッテンだ、旦那ァ!!》
 
 「《猛れ炎熱・烈火刃!!!!》」
 
 爆発する勢いで炎が噴き上がる。
 融合相性が悪いなどと、嘘にしか思えない熱量を秘めて、刃に火炎が宿っている。
 
 「リィン、行くぞ。ここまで来て言葉はもはや無粋でしかない。託せ、私に!!」
 
 《了解ですっ、行くですよぉ!!》
 
 「《唸れ炎熱!!!!》」
 
 レヴァンティンの刃に、うねる蛇のような轟炎がのたうつ。
 文句無しの、私たちが出せる最高の炎熱。燃え尽きては生まれいずる無限の炎。
 紫電一閃を超える。切り拓く剣閃は、私の手で斬り伏せる剣熱として。
 対テスタロッサ・なのは用に開発した、私が持つ、最高の剣閃奥義。
 その名を――――、
 
 「《ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!》」
 
 「《煌牙・結一閃ッ!!!!》」
 
 お互いが斬り抜けた後、ロウソクが風に吹かれるような音が周りを支配する。
 ぼ、ぼぼ、ぼ、ぼぼぼ、と、不規則な音がやけに心地のいい音楽のように聞こえた。
 
 突然。
 びしり、とひび割れる音。
 残心。
 振り返るのは、私。
 
 「よい、本当によい騎士だ」
 
 「勿体ない言葉です。あなたこそ、素晴らしい業を持っている」
 
 「いい“居合い”だった」
 
 「では…………」
 
 ああ、とゼストはこちらを向いて手を差し出した。
 ユニゾンも解き、出てきたアギトがぎゃあぎゃあと喚いている。
 潔く、逮捕される、という意思表示なのだろう。
 私はその手を取り、言った。
 
 「行きましょう。地上本部へ」
 
 「なに……?」
 
 「聞こえませんでしたか? ならば改めてもう一度。地上本部へ行きましょう」
 
 「自分が何を言っているのか、理解しているのか?」
 
 「理解ならしている。確かめたい事があるのでしょう」
 
 突然、握った手が震えた。
 アギトが心配そうにゼストの顔を覗き込んだ。
 
 「…………すまない。ありがとう」
 
 騎士ゼストの眼には、涙が溜まっていた。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 0:44:59
 
 
 「ぼうや、か。確かに、君から見れば私なんて赤ん坊もいいところなのだろうね」
 
 「とりあえず殴らせなさい。話はそれからよ」
 
 拳骨を作って、それにはぁ~、と息を吹きかけている。
 どこか古臭いその仕草に、一瞬私は何で何をどう悩んでいたのかがわからなくなった。
 ハッとして、思考の海に引きずり込まれる。
 それを、
 
 「さっきからごちゃごちゃ何を話しているか知らないけど、大の男が女の子虐めてるんじゃないの。まったく、あなたもあなたよ。なにそんな“当たり前”のことで悩んでるの。その“自己投影依存”があなたの在り方なら、それをまず認めなさい。自己否定ほど馬鹿なことはないわ。こう見えて、この男は本物だからね」
 
 「御褒めにあずかり恐縮至極」
 
 「いい皮肉ね、ドクター。その男前の面に決めたわ、殴るの」
 
 ツカツカツカ、と高らかにブーツの音を響かせ、スカリエッティに近づいていく。
 何の戸惑いもなく、スカリエッティの目の前まで歩くと、拳を宣言通り顔面に叩き込んだ。
 あり得ない速度で壁に吹っ飛んだスカリエッティは、ぴくりとも動かなくなってしまった。
 え、ええー?
 
 「さ、あなた。管理局の魔導師でしょう。さっさと立って、こいつを逮捕しちゃいなさい」
 
 「え、あの……あれ?」
 
 さっきまで、シリアスな展開と言うか……。
 え、なに、この流れ?
 
 言われるがまま、戦闘機人とスカリエッティを拘束、逮捕まで漕ぎ着けた。
 それに関しては、作戦成功といえるのかもしれない。
 
 と。
 
 「む?」
 
 施設全体に揺れが起こり始めた。
 なにが起こったのか、分かりかねる状況に、一人が口を開いた。
 
 「クアットロだ。あいつがここの破棄を決めたんだろう」
 
 チンクだった。
 唯一意識を保ったままその場に拘束されているチンクが、そう教えてくれた。
 
 「ちょっと待って。ここにはスカリエッティだっているし、あなただって……!」
 
 「私やセッテはただの駒程度にしか思われていないだろうし、ドクターに関しては、“あちらにもいる”」
 
 「……どういう、こと?」
 
 「そこにいる王女様に訊いた方が詳しく聞けると思うぞ。私はそちらには明るくないのでな」
 
 チンクにそう言われ、ミルヒアイスの方を向くと、二コリと微笑みかけられた。
 シグナムにそっくりな顔で、さらにシグナムがしなさそうな笑顔を向けられ、面食らう。
 首を横に振り、余計な事を頭から放り出して、チンクの言っていることを確認した。
 
 「簡単よ。ドクターは自分の“スペア”を用意しているの。記憶を共有した、自分のクローンをね。まぁ、それがクアットロとかいう奴のところにもあるってことでしょう?」
 
 「そうなる。ここにいる我々は用済みだということらしい」
 
 「……ふぅん。まぁいいわ。さ、魔導師さん、逃げましょう」
 
 「……ま、待って下さい! ここにはまだギンガが、生きている人もいるはずですっ、助けなきゃ……!」
 
 「助けるって、ここはもう崩れるわよ? どうするつもりなのかは知らないけど、物好きね」
 
 と、言いながらもミルヒアイスも残る気でいる。
 それを不思議に思いながら、首をかしげると、ミルヒアイスは皮肉そうに笑った。
 
 「だって、あなたがここにいる人を助けるんでしょ? だったら急がなくても、あなたがここにいる限り、この施設は崩れないってことでしょう。急いでも疲れるだけだもの」
 
 それは、私を信じてくれているという事なのだろうか。
 それとも、死んだらお前のせいだから、という、ある意味での脅しなのか。
 真意は測りかねるが、それを言及している暇もない。
 
 コントロールパネルを展開し、施設の自爆装置にアクセスする。
 ズラズラとプログラムの羅列が流れていく。解除するには、まずこれらを整理して、自爆プログラムを見つけ出す。そこから、解除式を導き出し、入力すればここの崩落は止まるはず。
 ただ、整理するにしても、一人だけじゃ時間がかかりすぎる。ミルヒアイスは手伝ってくれそうにもないだろうし、チンクだって敵だ。易々と教えてくれるはずもない。のだが、今は藁にもすがりたい。
 
 「チンク、解除式を知っているなら教えて。あなたもこんなところで死にたくないでしょう?」
 
 「もちろんだ。だが、そう思うだろう故に、私たちは解除式を教えられていない。頑張ってくれ、フェイト執務官。私たちの命もかかっている」
 
 「……く」
 
 キーを叩く叩く叩く。
 情報を処理して、整理して、組み立て直す。
 一人じゃ、間に合わない。
 
 「シャーリー、聞こえる?」
 
 『はい、フェイトさん!』
 
 すぐに返事が返ってくるところを見ると、このあたりの通信妨害も弱くなっているのかもしれない。
 それは重畳、と頷いて、シャーリーに現状を伝える。
 二つ返事でシャーリーが頷くと、割って入る声が聞こえた。
 
 『フラウ・フィニーノ。そちらの解析、全部ワタクシに回しなさい。あなたが100人いてもワタクシの方が早いでしょうし』
 
 『なっ?』
 
 クリームヒルトだった。
 ほとんどハッキングする形でシャーリーに送信中のデータを自分の手元へ転送させていた。
 その手際を見て、シャーリーには悪いが、確かにそうらしいと感じ、シャーリーに断りを入れて手伝ってもらうことにする。
 と。
 
 「クーじゃない。起きたのね」
 
 『ミーア!? やはりそちらにいましたか……無事なんですの?』
 
 「まぁね。ここ5日程飲まず食わずで暴れてたから結構キツイけど」
 
 『呆れた生命力ですわね、相変わらず。それよりも、『ゆりかご』が出ましたわよ』
 
 「聖王ちゃんは? いなきゃ動かないでしょ、あの子も」
 
 『その後ろで伸びている変体科学者がクローンを作ったそうですわ』
 
 「ふむ」
 
 聖王ちゃんって言いましたか。
 いや、別にそれはどうでもいいんだけど、喋ってないで作業をしてほしい。
 こっちは命がけなのに。
 
 『はい送信。解析完了ですわ』
 
 「え、もう!?」
 
 『もうって。お恥ずかしながら、こんなチンケなものに24秒もかけてしまったのに』
 
 手元のモニターにデータが送られてきた。
 それを入力してみると、ごご、と一際大きく揺れた後、その揺れがなくなった。
 めちゃくちゃだ、とは思いつつ、これで安心してみんなを助けだせる。
 
 「手伝ってもらえますか。一人じゃ抱えきれそうにないんです」
 
 「それなら心配いらないんじゃないかしら。お仲間が来たみたいだけど?」
 
 ミルヒアイスが私の背後を指差す。
 足音も聞こえないし、姿も見えない。首をひねり始めたところで、初めて足音が聞こえ始めた。
 足音の数はふたつ。
 
 「フェイト執務管!」
 
 「大丈夫かい!?」
 
 「シスター・シャッハ、アコース査察官!」
 
 遠目に見える声と姿は間違いなくその二人だった。
 ただ、シスターは足に怪我を負ったのか、ひょこひょことした走り方だった。
 
 「って、シグナム!?」
 
 「どうして君がここに……って、違うね。ミルヒアイス=ブルグンド=ギプフェルか」
 
 アコース査察官がそれに気がつく。
 流石というべきか、それとも、女性だから見分けがつくのか判断に困るところだった。
 とにかく、二人に説明しないと。
 
 「あ、あの、二人とも……」
 
 「女性の名前を知っておいて、自分から名乗り出ないとは、無礼な紳士もいたものね?」
 
 うわぁ、端っからケンカ腰とかやめてください。
 アコース査察官は、やはりシグナムの顔でそういう台詞が出たことに驚きがあるのか、一瞬固まり、こほん、と咳払いを入れて改めてミルヒアイスと向き合った。
 
 「失礼。ヴェロッサ・アコースと申します。以後、お見知りおきを」
 
 「結構。よろしくね、ヴェロッサ」
 
 「なんともまぁ、フランクだね」
 
 「あなたは人のことを言えないでしょう、まったく」
 
 確かに、とシスターの突っ込みに頷きつつミルヒアイスを視界から外さないようにする。
 正直、結果的に助けてもらったことになっていても、油断はできない。
 あと、個人的なものなら、自分の存在のことにしこりが残る。自分はなんなんだろうか、と。
 シスターとアコース査察官を前にすると、余計にそんなことを考えてしまう。
 
 「お話は道すがらしましょう。早く出たいのよ」
 
 「それもそうだね、こんなところに長居は無用だ」
 
 「あ、そ、それで二人に手伝ってほしいことがあるんだけど」
 
 「培養機の中の人たちの救出、でしょう。お安いご用ですよ、フェイト執務管」
 
 元からそのつもりですから、とはシスター・シャッハ。
 そこからは三人が手分けして生体反応が出ている培養機を周り、優先的に外へ運ぶ手はずになった。
 残った人は、残念だけど、生体反応がない。後から来るだろう捜索隊に任せておくとする。
 
 
 行きと違い、障害がないからスイスイと地上まで戻ってこれた。
 そこにはたくさんの医療スタッフが所狭しと走り回って、怪我をしている隊員の面倒を見ていた。
 私たちが帰ってくると、その場の空気がワァッと明るくなり、みんなが活気づいた。
 背中のスカリエッティや、戦闘機人たちも関係しているのかもしれない。
 
 「シスター・シャッハ。確か、『聖王のゆりかご』を止めるのでしたわよね?」
 
 「え? ……はい。スカリエッティの逮捕が完了したので、あとは向こうの『ゆりかご』をどうにかすれば、この事件は終わり、間に合わなければ、膨大な死傷・損害が予想されます」
 
 「なら、私が壊してあげるわ」
 
 「え?」
 
 シスターとミルヒアイスの会話を聞いていなかった私は、一瞬反応が遅れた。
 ゾクリ、と周囲の空気が変わって初めて行動に気がついた。
 圧倒的な威圧感と、圧倒的な重圧感。
 
 強い。
 そんな感想しか出てこない。
 なにがどう凄いかと訊かれれば、凄いとしか言い様がないことが、凄い。
 絶対的な強さと、無尽蔵にも感じる魔力の巡り。
 
 「レヴァンティン、ボーゲン」
 
 《Ja》
 
 シグナムと同じデバイスの名を呼び、柄頭と鯉口を合わせ、剣のカタチから、大弓のカタチへ。
 ミルヒアイスはそのまま上空まで飛びあがり、叫んだ。
 
 「離れていなさい。下手に近づいて、巻き添えを食らっても責任は取りませんよ」
 
 世界が反転した。
 バリン、と何かが割れる音がする。
 まるでガラスが割れた音にも似たそれは、一瞬の間を置き、連続で鳴り響いた。
 
 「殲滅砲撃だって!? ……なんだ、これは……!?」
 
 アコース査察官が唸る。
 殲滅砲撃。魔導師や騎士個人が撃てる砲撃ではなく、戦艦や、古代希少種が持つ、大威力砲撃の名称。
 それを、目の前の騎士は、ひとりで撃とうとしている。
 それよりも、この距離で『ゆりかご』を撃つ気なのか?
 
 「『星天穿つ謳歌の咆哮、天貫きて大宙を、地貫きては心臓を、我に力を、来たれ咲き誇りしもの』」
 
 ゴォんッ!!
 詠唱とともに、巨大な召喚魔方陣が描かれる。
 ただ、召喚されるべき存在の姿がなかった。
 
 「『解放せしは皇竜の咆哮』、天蓋劫火ッ!!」
 
 爆発的な魔力光が漏れ出す。
 紅いはずの彼女の魔力光が、密した魔力の多さから漆黒に染まって見えた。
 どす黒い紅色の魔力光を宿しながら、矢は、空に狙いを定めた。
 
 あれは、マズイ。
 
 直感がそう言っていた。
 そもそも、だ。予告もなしにあの砲撃を撃っても見ろ。
 被害は、計り知れない。
 違う。私が本当に恐れているのは――――
 
 「なのは……ヴィヴィオ、はやて……ヴィータ!」
 
 彼女らが、まだ『ゆりかご』にいる。
 あれを撃たせては、みんなが――――、
 
 「バルディッシュッ!!!!」
 
 《Yes,sir》
 
 自分が危険だろうがなんだろうが、関係ない。
 なのはたちに向かって撃たせるなんてこと、許せるはずがない。
 私は、みんなを守るんだから――――!
 
 
 0:29:44
 
 
 「世界を、穿孔する」
 
 《Durch Blühen》
 
 間に合え、間に合え――――!!!!
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 0:29:39
 
 
 空に、隙間が出来ていた。
 それとほぼ同時に、大規模の地震が発生。
 スカリエッティの研究施設はその揺れに耐えられずに崩壊。
 幸い、探索隊はまだ施設内には入っていなかったので、その崩壊に巻き込まれた者はいない。
 
 空に隙間が出来ていた。
 その奥に広がるものは虚数空間。
 魔法の一切が使えず、堕ちれば上がってはこれない。
 それが、空を切り裂くように開いている。
 ミルヒアイスの放った殲滅砲撃『デュルヒ・ブレッヒェン』。それに尾を引く形で、それは『ゆりかご』の船底に届き、食い千切るように穴をあけた。
 ただそれは、射線軸がズレたために船底をえぐり、数百の管理局員を飲み込むに収まった。
 もし、射線軸がズレず、直撃していた場合、『聖王のゆりかご』前方半分は飲み込まれていただろう。
 つまり、聖王の鍵『ヴィヴィオ』を狙って放った砲撃であったといえる。
 
 もちろん、それと同時刻、玉座の間で戦っていた高町なのはすら飲み込んでいたはずだった。
 
 「はぁッ、はぁッ」
 
 「……魔導師。なぜ邪魔をしたの?」
 
 「あなたは――――ッ!!」
 
 「あの戦艦は、主がいなくなっても戦い続ける。もし上昇を許せば、デュルヒが直撃した以上の被害が出ることくらい、あなたにも判るでしょう?」
 
 フェイト・T・ハラオウンが、その射線軸をズラさないでいれば、この事件は“最低限の被害”を犠牲に、無事に終結していただろう。
 高町なのはと、ヴィヴィオ、下手をすれば八神はやてやヴィータまでをその“犠牲”に含んで。
 
 「あの中には、まだ人がいた! 脱出する過程まで作戦に含まれていました!」
 
 「作戦? 知ったこっちゃないわ。私怨なんて好かないんだけど、私には責任があるのよ。あの戦艦を壊すことが出来なかった過去と、あれに屠られていった同志たち。そして、今を生きる人々。すべては、私が聖王の傲慢を止められなかったゆえの結果なの。尻拭いくらい、自分でする」
 
 「あなたの責任を、勝手に道理になんてするんじゃないッ!!!!」
 
 フェイト・T・ハラオウンは叫んだ。
 それはほとんど慟哭に近かった。普通に話しているようでいて、その実、ミルヒアイスからの重圧は一切の手加減がない。古代ベルカの、聖王統一戦争を戦い抜いた一人の王を目の前にして、フェイト・T・ハラオウンは、その重圧からくる恐怖に、あふれ出る涙を必死に堪えながら、慟哭していた。
 
 「この世界は私たちの世代だ、あなたが生きた時代じゃないっ。私たちが引き起こしたことは、私たちが処理するっ。あなたが出しゃばることなんか、ひとつもないんですっ!!」
 
 「いうじゃない、魔導師。じゃあ、今の私もあなたにとっての“障害”のひとつってことね」
 
 ミルヒアイスはゆっくりと弓を下げる。
 パキン、と割れる音がしてその姿が剣と鞘に戻る。
 
 「魔導師、身の程を知りなさい。死ぬことになるまでその程度が解らぬのなら、今ここで殺してあげましょう」
 
 「――――私は、屈しません。今、解った。私が“自己投影依存”なんていう人格を持っているんなら、私は戦います、私は皆(わたし)を守るために、戦いますッ!!」
 
 フェイト・T・ハラオウンの手に、力が戻る。
 迷い、見失った自分を“見つけた”。自分自身が、他人を投影することでしか成り立たないというのなら、それもまとめて、すべてが自分。彼女を取り巻くすべての人物は、彼女の一部。
 それを守るために、彼女は戦うのだという。
 
 「魔導師、お前が挑むのは人でもなく、竜でもない。未知の恐怖を畏れぬのならば、かかってこい!!」
 
 「皆を守りたいから、私が私でいたいから、行きますッ!!」
 
 迅雷の魔導師と、いにしえの魔人。
 ただ少しのすれ違いから、蹂躙は幕を開けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Act:6-5  end
 
 
 
 
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

リンク追加のお知らせと拍手レス。

ども、草之です。
 
今回はリンク追加のお知らせです。
 
『夜の運河』
 
ガンヘッドさんが管理しているサイトです。
取り扱っているのは多重クロス。
 
正直、仮面ライダーとかウルトラマンとか大好きですが、知識がにわかレベルなので、登場人物とか設定とかよくわからずに読んでいましたが、それでも楽しめる作品だと思いました。
取り扱ってる作品のほとんどがにわか知識しかないものでしたが、知識がちゃんとあればより楽しめると思いますよ。
興味がある方はぜひ。足を運んでみてください。
 
 
 
 
 
以下独り言。
さて、『B.A.C.K』がいよいよ最終章に突入です。
ということで、そろそろ『背炎』を解凍する予定。
予定としては、新年一発目を『背炎』更新にしたいとか思ってます。
例によってソルはたぶん出ませんけど(笑)。けど、ソルは学園祭編で大活躍してもらう予定なんだっ!
 
ということで、以下拍手レスです。
草之でした。
 
 
 

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

参戦なんだな、これが。そして拍手レス。

ども、草之です。
 
いやね、もうバカだろ(いい意味で)。
公式サイトを広げてみると、昨日とは違う音楽が流れてくるじゃありませんか。
なになに、ほう、前作にはなかったOPアニメがつくのか。そりゃすごい。
ああ、主題歌が水樹奈々だし、アニメがつくのは道理だったか。失念でござる。
 
キャラクターも更新されてるなァ。
またどこかから参戦する、なんてこと聞いてたし、どこのだれが増えましたか。
 
…………。
……………………ん?
 
この赤わかめは……アホ、もといアクセルじゃないかッ!?
ていうかアルフィミィだとぅ!?
 
さて、みなさんこんにちはこんばんわ、そしておはようございます。
改めまして、草之です。
 
さて、なんの話だバカ野郎な雰囲気で始めましたが。
 
『無限のフロンティア EXCEED』
 
ですよ。
もう前作でもかなりよかったのが今回では増し増しだということでね。
おっぱいカットインからお尻カットインに変わったとかね。
個人的にはスズカの腰が大好きなんですが(笑)。
 
新キャラクターが、アクセルにアルフィミィだということらしいです。
スクリーンショットとかでもしっかりアクセルとアルフィミィの姿が確認できる。
あの怖い怖い麒麟のお兄さんですよ。神奈の兄貴がちゃんと演じてますよ、これがな。
 
これはますますDSを買い替えなくてはならなくなってきた。
ウチのDSは、本当にDSですからね。“l”でも、“i”でもない、ただのDSですからね。それ以上でも、それ以下でもありませんからね。
むしろ希少価値がつくかもしれないほどのものですよ(笑)。
PSPもいまだに1000だし。
 
限定版はどうしようかな、と思ってますけどね。
草之、OG2詰んでる状態ですし。あのワカメ野郎に。なんつー増援してくれてますか、と。
全滅プレイ覚悟で資金繰りしてもいいんですが、どうにも。SPがもってくれない。
OGの方はまだ簡単だったのに。外伝もしてない。
 
 
アクセル参戦で一気にテンションあがってしまった草之でした。
以下、拍手レス。
 
 

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

その優しい星で…  Navi:34 後編

 
 『本日は、太陽系航宙社、大阪=ネオ・ヴェネツィア便をご利用いただき、まことにありがとうございます。当機はまもなく、大気圏に突入します』
 
 機体がにわかに揺れ始めた。重力制御を行っているらしい。
 がががが、と細かい振動音が、ロンドンへ渡ったときの飛行機のエンジン音にも似て、自然と笑みがこぼれた。
 船内すべての壁という壁が透き通る。
 実際に透き通っているのではなく、全方位カメラで撮影した外の風景を見せているらしい。
 船内自体がモニターの働きをなしている、というだけで、俺からすれば驚きの技術だった。
 
 『かつて、水の星と言われた我らが母星。旧名を地球といい、現在のテラフォーミングによる惑星移民が始ってから、この星地球は“人のふるさと”という意味を込め、マンホーム、と呼ばれるようになりました。遥かに進んだ天候操作技術や、機械文明。一時期、地球温暖化という惑星規模の問題を抱え、滅びの一途をたどる運命にあったこの星は、2087年6月。二酸化炭素を排出せずに動く反永久機関、『反応炉』の開発に成功。世界で唯一の反応炉は国連によって管理され、世界各国への平等なエネルギー供給を同年12月に開始。さらに翌年、反応炉の第2号が完成。エネルギー供給はよりスムーズなものとなり、果ては、現在の文明を支える大きな存在となりました』
 
 アナウンスが現在の地球のなりたちを説明してくれている。
 地球には、その反応炉が今では10機存在するらしい。そのどれもが海中深くに存在するとのことだ。
 反応炉がどうやって出来ていてどうやって動いているかは、国際機密にまでなっているらしい。ただ、それが暴走してしまった場合、原発のメルトダウンや放射線事故などは比べものにならないほどの被害が出る、ということだけは発表されているらしい。
 ゆえに、反応炉にはどの国も不干渉を貫くことを徹底されており、独占もできない。
 
 一部の噂によれば、反応炉の燃料は核廃棄物だとか。
 甚だ疑わしいことではあるが、実際、世界中の核廃棄物がいつの間にかなくなっていた、という話も上がっているらしい。
 だが、核廃棄物が燃料なら、半永久、などではないはずだ。
 確かに大量の廃棄物があるのだろうが、それでも、半永久など大袈裟なものでもないだろう。
 せいぜい数百年がいいところか。なんせ、たった10機で世界中のエネルギーを支えているのだから。
 
 ポン、と軽い音が鳴る。
 頭上のモニターに、残り約10分で到着、と文字が出ていた。
 
 船内の映像を見まわしてみる。
 俺のいた時代では考えられないほどの、澄んだ海だった。
 『反応炉』が完成し、それへの不干渉が世界的に常識になって間もなく、本格的に海での遊泳が全面禁止された。
 それに伴って、全世界共通で『大洋清浄化計画』と銘打ち、海の大清浄計画が実行されたという。
 だからだろうか。ここがハワイだとか、グアムだとか、グレートバリアリーフだといわれても、今なら信じてしまいそうなほどに、日本の海が澄んでいた。
 今は夏だ。俺のいた頃じゃあ、夏なんて海は濁っていて仕方なかったというのに。
 
 それを見ただけで、俺の心に絡みつく鎖が一本、千切れたような気がした。
 
 
 『ようこそ、関西国際宇宙港へ! 京都・奈良への観光のお客様は12番出口を右に――――』
 
 周りの観光客、または帰省客がキャリーバッグをガラガラと引いている中、軽装の俺は逆に目立っていた。
 ベルトコンベアー(いつの時代になってもこれは変わらないらしい)にリュックサックが流れてきた時のほかの客の反応といったらなかった。
 
 『国際空港をご利用の方は、1番2番ゲートを直進して……』
 
 ガヤガヤと聞こえてくる客の会話は、やはりというべきか、関西弁だ。
 その中をひとり歩きつつ、空港から覗き見える地球の現風景を眺めた。
 まるでSF映画でも見ているようなビル群が橋の向こう、だいたい5キロ先に見えていた。
 普通の人では普通に見える距離ではないのだが。
 
 「……さて、と。確か、5番ゲートか……」
 
 リュックを肩にかけなおして、目的の場所へ歩を進めていく。
 ここから、確かめるんだ。
 ここが、俺のいるべき場所なのか、どうかを。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「う、……ん?」
 
 板張りの天井が見える。
 全身が重く、頭を起き上げようという気力すら起きない。
 倦怠感が体にまとわりついている。頭痛もする。もう一度瞼を閉じれば、またたく間に眠りにつけそうだ。
 
 「おはよう」
 
 「あ――――?」
 
 「まったく、来たと思ったらさっそくこれだもの。親不孝者ねぇ」
 
 視線だけを声のした方にむける。
 困ったような、安心したような、ぱっと見ただけではよくわからない表情をしたグランマがそこに座っていた。
 
 「丸々4日間、よく眠ったわね」
 
 「4日……やっぱり、離れるとダメだな」
 
 喋ることはできたが、ガラガラ声だった。
 舌も重くてうまく動かない。
 
 「なにをしたか、訊く気はないけど、心配だけはさせないでね」
 
 「……ああ。きっともう、大丈夫。もう、使うことなんて、きっとない」
 
 「そう。ならいいの。今は私だけだから良かったものの、これをアリシアの前でしてごらんなさいな。あの子まで倒れちゃうわよ?」
 
 「違いない」
 
 苦笑する。
 アリシアがそうなることを想像して、自分のしたことを少し申し訳なく思う。
 だけど、後悔はしない。自分で作って、渡したかったからだ。
 
 「それは?」
 
 「宝石だよ」
 
 「不思議なものね。触れてもいないのに、温かいわ」
 
 そういうグランマの顔は、とても穏やかだった。
 さっきまでの話はもう終わり、と、話題を俺の手に持つ宝石に移した。
 
 「この4日ね、あなた、ずっと寝てても、その手だけは離さないでいたのよ」
 
 「え?」
 
 俺が手の中の宝石をじっと見つめていたからだろう。
 グランマは不意にそういって微笑んだ。
 
 「紅縞瑪瑙に似てるけど、なんだか、違うものにも見えちゃうわ」
 
 「……そう、か」
 
 俺が『幻想強化』を使ったのは、この宝石の存在。
 元々、魔力補充に運用するため渡してくれた遠坂の魔石だったが、その存在そのものを捻じ曲げ、俺が創り上げた『この世に存在しない石』。
 魔力を補うだけだった存在概念(ベクトル)を、守護石(タリスマン)としての機能への概念に捻じ曲げたもの。
 その工程で、概念だけではなく、その概念に合ったものへと石それ自体が変化を起こす。
 大きくなったわけでも、小さくなったわけでもない。見た目に関しては、ガーネットのようだったものが、紅縞瑪瑙、サードニクスのようなものに変化したことだろうか。
 それとは別に、今回はこの宝石自体が微熱を帯びるようになってしまった。その宝石の色合いのこともあり、見た目から熱せられた鉄のような印象を持つことが出来る。
 あるいは、錆びた鉄。
 
 とんだ皮肉もあったものだ、と苦笑する。
 
 「大切なものなのかしら?」
 
 「ああ。俺がこっちに来るときに、俺の師匠……いや、俺の“親友”がくれた石なんだ」
 
 「あらあら。それで、それを、どうするの?」
 
 「クラダリングは、知ってる?」
 
 「"Let Love and Friendships Reigen"。愛と友情に支配させよ、ね」
 
 「さすが。……正確にはアイルランド製のものじゃないとクラダリングにはならないんだけど、それでも、これを使って、創りたいんだ、リングを」
 
 「素敵な話だわ」
 
 「ありがとう」
 
 指輪というのは、実は魔術的にもかなりの力を持った礼装だ。
 そもそも、つける指にして、それは顕著に表れている。
 遠坂から聞いた話になるが、人間の薬指は、人体で最も魔力が集まる場所なのだそうだ。
 それは薬指が心臓、つまり、魂・精神に直結しているから、との考えが古代エジプト人にはあったという。
 だからと言って、例えば、ガンドは人差し指で撃つが、あれは“ガンド”という呪いが人差し指に由来しているからであって、薬指で撃てば威力が上がる、というわけではない。むしろ、“呪い”としての威力が弱まるどころか、下手をすると自分の魂にまで呪いが逆流しててくる可能性があるので、愚かしいにもほどがある、らしい。
 当時、遠坂にこの話でそういう質問をしたあと、怒鳴られた覚えがある。「少し考えたら解るでしょうが!」と。
 今思えば、たしかにその通りだ。
 “魔力がもっとも集まる場所”=“魔術をもっとも強く放てる場所”というわけではない。
 逆にいえば、そこが弱点にもなりえるのだ。
 
 また、今回の守護石を使った指輪を創りたいと思ったのは、それだけではない。
 
 薬指は、傷や病を治す力があると信じられている。
 また、それは魔術的にも肯定事項であり、真実なのだが。
 古代の人々が傷や病を治すのは、儀式や魔法その類だったことは、魔術師でなくとも調べればわかる。
 では、その魔法はどこで行使するか?
 もちろん、“もっとも魔力が集まる場所”である、薬指である。
 それを見た当時の人々は、『薬指には病を癒す力が宿る』として文献などに残していったのだろう。
 
 そして、ここでタリスマンの話に戻す。
 このことから、薬指には実際に“魔力があつまる”ということは解る。
 ともすれば、守護石であるタリスマンの効果を上乗せするなど他愛もないほどに。
 魔力のあるなしに関係なく、それを実行することが大切なのである。
 
 ――――つまるところ照れ隠しなのだが。
 
 そんな長ったらしい前置きをして、俺は完成した指輪をやっと渡せるのだろう。
 アリシアが面白そうに笑うのが見て取れるようだ。
 
 起きたのがちょうど昼だったらしい。
 すぐにおかゆが運ばれてきて、食べなさい、と強めに言われた。
 かなり心配させてしまったらしい。
 
 もそもそとおかゆを食べ、最低夕方まではじっとしてなさい、と言われたので、ずっとグランマの――しいては俺の家にいた。
 影の伸び具合の変化や、雲の流れるさま、果ては暮れゆく空の色。
 まるで病床についているようだ、と思ってしまった。
 
 「ホトトギスでも鳴けば、結構な皮肉になるんだがな……」
 
 あいにく、今は夏も始まり、ホトトギスが鳴くような頃ではない。
 だからといって、鳴いてほしいわけでもないのだが。
 
 空が真っ赤になって、やっとグランマが帰ってきた。
 手にはトウモロコシをかごに入れて抱えていた。手伝う、といっても、頑として手伝わせてはくれなかった。
 いいから待っていなさい、と。
 そして、夕食。
 
 「……ごめん。こんな迷惑、かけて」
 
 「滅多なことをいわないで。ほら、ご飯冷めちゃうわよ」
 
 「でも……!」
 
 「じゃあ、一言。確かに、私は怒っているわ。でもね、もしかしてあなたが自然に私を頼ってくれているからじゃないのか、とか思ってね、うれしいの。子どもはね、いるだけで親の幸せなのよ。子どもの迷惑はね、親への信頼の裏返しなの。きっと、ね」
 
 自分は今は親だから、断言はできないわ、と。
 そう言われて、俺自身うれしいのか、とんでもなく申し訳ないのかがわからない。
 そのまま、黙ったままの夕食を食べて、後片付けは手伝わせてもらえた。
 
 「これから生きていく中で、今日以上に悩むことがあるでしょうけど、あなたはあなたが正しいと思ったことをしていきなさいね。それは、自分でもよくわかっていることでしょう、『正義の味方』さん?」
 
 「え?」
 
 「とってもむつかしい顔してるんだもの。優しいわね、本当に」
 
 「…………ありがとう」
 
 顔を見ることは出来なかった。
 ただ、そう。
 ありがとう、といえたことが、俺の中で、今一番大事なことだった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「5番ゲート、5番……」
 
 ぶつぶつと呟きつつ、10番ゲートを通り過ぎていく。
 5番ゲートまで、あと1分くらい歩けばたどり着くだろう。
 リュックを肩にかけなおし、ガラス越しに飛び立っていく星間旅客船を眺める。
 今、俺があれに乗っていたなんて、ちょっとしたSF体験とでも言うか、なんというか。
 
 「お、いたいた」
 
 5番ゲートの外でそわそわとしている少女の姿を見つける。
 長く艶やかな黒髪を、特徴的なおさげにしている。すれ違う人がハッとして振り向きそうなほどの美少女。
 遠坂凛、その人だ。
 
 「久しぶりだな、遠坂さん」
 
 「あ、衛宮さん!!」
 
 ゲート前に立って挨拶すると、たたっとこちらに走り寄ってきた。
 だが。
 
 ビ――――ッ!!
 
 「あう!?」
 
 アナウンスが言う。
 
 『ここは出口専用です。中に御用の方は20番以降のゲートをご利用ください』
 
 とのことらしい。
 久しぶりに会えてうれしいのはお互い様だが、まさか出会いがしらでいきなりこんなドジを踏まれるとは。
 ゲートをくぐりぬけて、改めて挨拶を交わす。
 
 「わざわざ悪いな、遠坂さん。……ああ、そういえば大学生になったんだってな」
 
 「はい! おかげさまで、世間に出ても恥ずかしくない程度の大学へ入学できましたよ」
 
 「俺はなにもしちゃいないさ。君の努力の結果だよ」
 
 「アクアに行きたい一心で勉強も頑張りましたしね、そういう意味ではおかげさまですよ」
 
 「なら、そう受け取っておくとしよう」
 
 話していると、どうやら、遠坂さんには姉がいるらしい。
 正直、嫌な予感しかしない。俺の知っている世界の年齢的には妹であるはずなのに、姉と言われてなぜか嫌な予感がする。
 遠坂さんが俺の知ってる遠坂から“これ”なのだ。
 もし、そうだとしたら……。覚悟を決めるしかないらしい。
 
 「お姉ちゃん、お待たせ!」
 
 黒色のミニバンに駆けより、遠坂さんが中にいるお姉さんに話しかけていた。
 ……フルスモーク?
 
 「遅いってばァ。ったく、お前の姉ちゃんはタクシーじゃないのよ?」
 
 運転席から、けったくそ悪そうな声がした。
 だというのに、その声音がやけにほんわかとしていて、見事に口調のけったくそ悪さを中和していた。
 
 遠坂さんと同色の黒髪。長さは肩口までのセミロング。
 見てもわかるその身のこなしの軽さは、武道を嗜んでいるからだということが解る。
 プロポーションは遠坂さんとどっこいどっこいだが、筋肉がついているぶん、遠坂さんよりもしなやかな印象が強い。それひとつが弓のような体だった。
 
 ――――のはいい。
 もっと言えば、彼女、髪はボサボサの寝癖をつけたまま。服装もしなびたTシャツ、ジャージのズボン、と明らかに人前に出るような格好ではなかった。
 
 さらに言えば。
 
 「初めましてー。お、なになに、いい男じゃん」
 
 ――――はたして。間桐桜に、そっくりだった。
 
 「ああ……」
 
 「あー、ごめんね、衛宮さん。お姉ちゃん、何回言っても直さなくて」
 
 本当はお母さんかお父さんに頼んだ方がよかったんだけど、と遠坂さんはうつむく。
 今日は学生にとっては夏休みでも、社会人にとっては、夏休みなどではない。
 仕方なく、この姉を頼ったのだという。
 
 「遠坂桜、29歳独身でーす! お兄さん、どう、私をもらわない?」
 
 「お姉ちゃん……」
 
 桜、お前、どんな奴だったっけ?
 こんな、恥ずかしげもなく人前にだらしない格好で現れ、あまつさえ初対面の人を口説けるような度胸を、お前は持っていたっけ?
 ……ていうか、29歳?
 今、学生は夏休みだけど、社会人って……普通に会社に行ってる時間じゃないのか?
 
 「え、衛宮士郎です」
 
 「やーん、声も渋い~。ねね、こんなちっこいの放っておいて、あたしといいとこ行かなーい?」
 
 「ちっこいって……お姉ちゃん私よりちっちゃいじゃん」
 
 「お黙り! 男くらい姉に譲りなさい!」
 
 意味が解らん。
 ……ああ、そうか。遠坂さんは、彼女を反面教師にして育ってきたに違いない。
 
 「すいません、衛宮さん。こんな姉しかいなくて……」
 
 「いや、個性的でいい、んじゃないか?」
 
 我ながら無難な返答だった。
 若干どもってしまったが、それはそれで喜んでもらっているようで、まぁ、よかったとしよう。
 それにしても、桜、ねえ……。
 
 「んーじゃ、さっさと送ってくよ。神戸だったっけ?」
 
 「あ、はい。お願いします」
 
 黒のミニバンに乗り込む。
 助手席に座ろうとした遠坂さんを桜さん? が押し退け、俺を無理やり座らせた。
 正直、男が助手席に座ってるのって、個人的には情けない気がする。
 だからと言って俺は免許を持っているわけじゃないから、助かると言えば助かるのだが。
 
 俺がよく知っているキーではなく、カードキーをスライドさせてエンジンをかけていた。
 予想はしていたが、エンジン音など皆無。滑るように走りだす。
 高速道路を流れるように走っていく。交通整理もすべて機械任せらしく、渋滞などは絶対に起こることはないらしい。さらに、桜さんは言う。
 
 「悪いねー。ウチの家、こんな骨董品しかなくってさぁ」
 
 「骨董品?」
 
 「やだ、こいつよこいつっ」
 
 バンバン、と彼女がハンドルをたたく。
 はて、どこが骨董品なのだろうか、と首をかしげていると、桜さんは続けた。
 
 「きょうび、こんな自分で運転する車持ってんのはウチくらいよ」
 
 「衛宮さん、アクア育ちらしいから知らないんじゃないの?」
 
 「あ、ああ。こっちの事情はよく知らないんだ」
 
 「そ? いやね、今の時代、ガソリン自動車を運転しようとしたら国家資格が必要だし、この水素自動車だって、ガソリン自動車ほど厳しくはないけどちゃんとした免許がいるのよー」
 
 聞くと、電気自動車が今の主流で、ほとんど自動操縦ということらしい。行き先を入力して、あとはAI任せの自動運転。
 水素自動車は俺のいた時代の自動車と同等の扱いらしい。ただ、電気自動車よりも馬力が上なので免許を取るのは、元の時代の免許習得よりは難しい位置づけらしい。
 それを考えると、このだらしなさそうな桜も実は優秀なのかもしれない。
 
 そして、ガソリン車。
 これの運転手は、もうむしろ職業として成り立っているらしい。
 電気自動車のAIは完璧ではないらしく、ときどき起こるバグによって暴走してしまうらしい。
 それを止めるのが、ガソリン自動車運転手。
 
 「ふむ。機械化が進んでも、問題は起こるものなんだな」
 
 「そりゃそうよ。ネット犯罪なんて、21世紀初頭なんかとくらべたら月とすっぽんよ?」
 
 それでも、と桜さんは優しい声音でつぶやいた。
 
 「各地の紛争、飢餓問題、その他もろもろの国同士の面倒事なんかは、『反応炉』のおかげでなくなったわ」
 
 「……そう、なんですか」
 
 「…………そう。なんていうかね、世界で一つのもの、なんて出来たらそれこそ第三次世界大戦、なんてもんが起こるんじゃないかって言われてたんだけどね、逆。一致団結ってね。あれでしょうね、半永久ってところがその理由なんでしょうね。枯渇することはなくて、全世界に分け隔てなく供給されるエネルギー」
 
 「……それと、それが暴走した場合のリスクもあって、ですか」
 
 「そゆこと。まぁ、人間団結するときゃあ、団結できんのよ。温暖化がどうのこうのって言ってた頃が嘘みたい」
 
 ラジオからこの時代のポップスが流れている。
 軽快な音楽と一緒に、ラジオのDJのトークが織り交ぜられている。
 
 「なんか、お姉ちゃんらしくないよ?」
 
 「……あんたねぇ、あたしが衛宮さんを落とそうと必死なの見たら解るでしょ、ばか」
 
 本人の前で言っているあたり、あまり本気というわけではないようだ。
 それに、桜さんには悪いが、今の俺をどれだけ誘惑してもなびく可能性は微塵もない。
 アリシアが待ってる。
 
 「それで、衛宮さんは神戸まで行ってどうすんの? 観光?」
 
 「まぁ、そんな感じですね」
 
 「よかったらウチに泊まったらいいのに。この前行った時のお詫びとかしたいし」
 
 「凛、あんた、迷惑かけたの?」
 
 「ち、違うよ? そんなまさか、ねぇ、衛宮さん?」
 
 「ああ、そうだな」
 
 生返事をして、高速道路から見える街並みを眺めた。
 空を飛ぶ車、というものがないのが不思議だと思うほどに、俺から見た街並みはSFじみていた。
 訊くと、飛ばすこと自体は不可能ではないらしい。アクアとかのエアバイクを見たらわかるでしょう? と、言う。
 
 「全体的に危険なのよ。アクアとかの、背の低い建物が並んでる中でのエアバイクの飛行じゃなくて、ビルとかの背の高いヤツの合間を縫ってエアカーが飛行するんだから。広いところにちっさいのが飛んでても気になんないけど、狭いとこにデカイのが飛んでたら危ないっしょ~? そういうこと」
 
 だから製造禁止なの、と桜さんは言った。
 ほかにも、この時代の技術や文化を道々教えてもらった。
 だが、あくまでも遠坂さんに頼んだのは道案内だけ。
 
 神戸に着けば、あとは俺だけ。
 
 「ありがとうございました」
 
 「いいのいいの。妹がお世話になってんだから、これくらい」
 
 これくらい、といっても結構な距離である。
 たかが知り合いにそこまでするのは、珍しい気がする。
 
 「遠坂さんも、知り合いってだけでこんなこと頼んで、悪かったな」
 
 「え?」
 
 「え、って、なにかおかしなこと言ったか?」
 
 「む……、はい」
 
 と、言われても、はっきり言ってなにが悪かったのかがわからない。
 困った顔でいると、見かねたのか、桜さんが苦笑した。
 
 「凛ちゃんはどうやら、知り合い以上の仲だって思ってたみたいだけど?」
 
 「は?」
 
 「ちょっ、お姉ちゃん!!」
 
 「だって、今回も入れて会ったのは3回だぞ?」
 
 「へーい、ないすがい。じゃあ、なんであんたはここにいるんでしょう、か?」
 
 「なんでって……」
 
 そう言われて、気がつくまでは長くはなかった。
 今回は、それを知るためにここまで来たんだということを、思い出した。
 
 「ごめん、忘れてたよ。……ありがとう、遠坂さん」
 
 手を差し出す。
 ぽけっとそれを眺めてから、にっと笑ってくれた。
 彼女は両手で俺の手を握り、激しく上下に揺さぶった。
 それを笑って見ていた桜さんにも、同じように手を差し出した。
 
 「……」
 
 遠坂さん以上にびっくりして、その手を眺めていた。
 
 「あなたも同じですよ。ありがとう、桜さん」
 
 「ありゃりゃ、こりゃあ、本当にいい男じゃん」
 
 そう言って苦笑し、恐る恐るといった感じで俺の手を握ってくれた。
 力強く握り返すと、気がついたことがあった。桜とそっくり、というところから、もしかしてとは思っていたが。
 
 「弓道、してるんですね」
 
 「あ、わかっちゃうんだ。やっぱり女の子の手は柔らかいほうがお好き?」
 
 「なんでさ。その手も立派な女の子の手だよ」
 
 「うわー、よくいえるね、そんなセリフ」
 
 そういう彼女の顔は、赤かった。
 なんというか、弓道がまだこの世に残っていることがうれしくもあり、その弓道をしている人が目の前にいるというだけで、無性にうれしかった。
 そもそも、弓道は嫌いじゃない。やめたのだって、ほかの人を嫌な気分にさせないためだ。
 自分がしていたことだから、余計にそう思うのかもしれない。
 
 「じゃあ、またご縁があれば会おうね、衛宮さん」
 
 「じゃあねーん」
 
 「ああ、遠坂さんも、桜さんも、お元気で」
 
 車が遠ざかっていく。
 それを見送って、改めて街に目を向けた。
 知らない景色と、知らない臭い。
 地球と火星でこれほどまでに違う文明と文化。そして生活体系。
 
 真上を見上げるようにしないと、ビルの屋上が視界に入らない。
 まるで渓谷の谷底にいるような錯覚を覚える。
 それがすべて人工物だというのだから、驚きを隠せない。
 
 しばらくは、あてもなくブラブラと歩いていた。
 レストランや定食屋などもあったし、なんの店なのかもわからないものもあった。
 
 ちょっとした浦島太郎気分だ。
 さびしいと思う反面、心に絡みついていた鎖が一本、また一本と千切れていく。
 それは、俺が本当に確認したいと思ったこと。
 
 
 ――――ここが、俺のいた世界ではないということ。
 
 
 夕方まで、立ち止まることなく歩き続けた。
 星間旅行をしてきたという感覚はない。ただ、これは今からの俺に必要なことなんだ。
 そして間違いなく、俺は今“寂しい”と感じ、その心の中に、一人の女性を描いていた。
 
 アリシア・フローレンス。
 
 それから数日の間、関西各地を転々とした。
 本屋に行って地図を買おうとしても、本屋自体が見つからず、仕方なく交番に尋ねてみると、一瞬なにを言ってるのかわからないという顔をされ、また一拍おいて「アクアから来た方ですか? マンホームは初めてですか?」と訊かれたので頷くと、本屋ではなく、近所の観光会社に行くようにと勧められた。
 それに逆らって何が出来るというわけでもないので、従うことにした。観光会社に着くと、対応してくれた女性社員は懇切丁寧に教えてくれた。
 
 「マンホームは39年前から紙媒体の記録物をすべてデータ化し、個人が持つ携帯端末から昔でいうところの週刊誌などの雑誌の情報をダウンロード、利用しております。それらは無制限というわけではなく…………ざっくりと簡単に言ってしまえば、昔のマンホーム、地球時代の財布、携帯電話、家や車の鍵、それら生活必需品を全てを一緒くたにしてしまったものが、携帯端末『CHP(チップ)』です。正式名称を『Convenience High-speed Portable terminal』と言います。交番でこちらをお聞きした、とのことですが、我々はあなたのようなアクアからの観光客などに、簡易版のCHPを無償で貸し出しているからです」
 
 それで、もらったのがトランプくらいの大きさで、薄さはポケットに入れても存在の主張をしないほどのものだった。
 超小型で薄型のテレビなんかを想像してもらえばいいと思う。
 取り扱いも教えてもらった。タッチパネル式とのことだ。アクアでもタッチパネルのものはもちろんあるから、その辺りは大丈夫だった。
 さっそくそれで日本地図を出してみると、愕然とした。
 
 日本列島が、大きく形を変えていた。
 想像していたよりも、面積が大きく減っている。
 北海道なんて、丸っこくなってしまっていた。
 
 恐る恐る、次は世界地図を出してみた。
 太平洋や、大西洋が広くなっていた。見てわかるほどに、広くなっていた。
 
 「……ああ」
 
 思わず、声がこぼれた。
 片っぱしから無料配信していたニュースを読み漁っていく。
 桜さんが言っていた通り、今や飢餓が問題となることなどなく、各地の紛争も、地雷で四肢をなくす、命を亡くす、なんてことも起こっていない。
 ネット犯罪や、映像麻薬、いわゆるサイバーテロが昨今の悩みの種らしく、ニュースで出てくるものも、そういったものがほとんど。
 
 この世から、“戦争”という言葉が、消えてなくなりつつあった。
 今や戦争とは、火器が唸りを上げる硝煙の独壇場ではなく、情報がすべての、血が決して流れないネット上、架空空間による駆け引きのことを指していた。
 
 「あ、ああ」
 
 思わず、CHPを握りつぶしそうになった。
 この感情は、一体どこへ持っていけばいい。
 この感情は、一体どこへ向ければいい。
 
 解っていたはずなのに、その事実を目の当たりにして、そして。
 
 
 「……――――見つけた。答え」
 
 
 “わからないということがわかった”。
 その“わからないこと”の答えが、鮮明に胸に刻まれた。
 この瞬間から、俺は俺であり、俺ではなくなった。
 “えみやしろう”は、“衛宮士郎”であり、“エミヤシロウ”ではなくなった。
 それこそが、この答え。
 
 マンホームに来て、実に10日が経っていた。
 その10日間で関東へ渡り、東北、北海道、九州へ行った。そのほとんどが自分の知っているようで、知らない景色が広がっていた。どこへ行っても効率化され尽くし迷うようなことは微塵もない街並みと、見上げるようなビルの群れ。天を衝くようなそれらは、日の光を遮る、鋼鉄の大樹のようだった。
 
 それから、急いでロンドンへ飛んだ。
 今や超高速旅客機は当り前らしく、数時間とかからずに到着した。
 走り回った。時計塔のあるだろう場所、ロンドン時代に寝泊まりした場所。あった場所に、なかったモノ。
 なかった場所に、あったモノ。見たことがあるような人が横を通り過ぎて、振り返ってみても、その人は振り返らない。バキん、と鎖がひとつ千切れた気がした。
 3日が経っていた。
 
 さらに飛ぶ。
 中東で走り回ること、実に2日。
 地域紛争が絶えなかった地域ですら、そこには笑顔があふれていた。もやもやとかかる違和感と同時に、とても、心から、それが愛おしいと思えた。どうしてなのかはわからない。
 ただ、笑っている子供たち、親たちを見ていて、胸が熱くなってくる。じわりと、熱が広がるように、唐突に、俺は、本当に、無意識に、叫んでいた。
 
 世界中を急ぎ足に、それでも見逃すまいとひとつひとつを目に焼き付けていく。
 俺の知っている世界から変わりきった世界で、ただひとつ、どこにいても変わらないモノがあったことに、なによりも心が満たされていた。
 
 笑顔だ。
 喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。
 そのすべてを含めても、それらを超えて、笑顔なのだ。
 
 心に絡まり、錆ついて解きほどけなくなっていた鎖が、音を立てて千切れていく。
 
 目を開けた。
 
 「…………」
 
 マンホームへ着いた最初の場所。
 関西国際宇宙港。そのホームで、俺は静かに座りこんでいた。
 マンホームへ来て、実に、21日目の昼である。
 
 「……疲れた」
 
 久し振りに聞いた独り言は、それだった。
 なんといっても、21日。
 ほとんど休む暇もなく、マンホームを駆けまわっていた。
 夜はネットカフェにもぐりこんで、一晩中歴史のデータを読み耽る。
 寝るのは移動中。主に航空機の中で寝ていた。
 
 「……ここは、どこだ」
 
 自分自身に問いかけるように、つぶやいた。
 
 「俺は、どこにいる?」
 
 ぼんやりと、しかし、はっきりと。
 それは、言葉となって甦った。
 
 ――――『正義の味方』は、一人じゃないんですよシロウ。そうだと信じてくれる、支えてくれる人がいるから、『正義の味方』なんですよ、きっと。
 
 「『正義の味方』は、一人じゃない。俺は、一人じゃない」
 
 立ち上がった。
 リュックサックを肩に担ぎなおし、空を見据える。
 火星と呼ばれなくなって久しい、水の惑星。
 
 「“衛宮士郎”は、ここにいる……!!」
 
 詩を謳う声が聞こえた。
 それは、どこか懐かしい響きで、満月の夜を思い出した。
 その詩はこう、謳っていた。
 
 
『お前の脚は、立つだけのものではない。
 お前の脚は、前へ勇ましく、憂いを断って進む脚。
 
 理想は捨てるのもではない。だが、捨てられるものでもない。
 胸へ宿せ。お前の魂の原動力を。
 
 幸せは貰うものではない。だが、与えるものでもない。
 腕へ宿せ。お前の魂の歯車を。
 
 『正義の味方』は成るものではない。だが、成れるものでもない。
 魂へ宿せ。お前の全てを包むように』
 
 征け。その足で、踏みしめ今を。
 征け。その足で、踏みしめ辿れ。
 
『いざ行こう。過去へ歩みを寄せて。
 
 いざ行けよ。未来へ希望を寄せて。
 
 いざ進もう。全てが巡り会う現在へ。
 
 いざ進めよ。全てが輝く明日の日へ』
 
 俺は、もうずっと前から。
 俺は、もうずっと前から……!!
 
 俺は、ここにいる。
 俺は、確かに、ここにいる!!
 
 さぁ、今こそ“えみやしろう”が“衛宮士郎”となって。
 いざ、征こう。
 
 「あの、優しい星へ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:34 後編   end
 
 
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

なんだこれは、なんだという。そして拍手レス。

ども、草之です。
とりあえず、『アルトネリコⅢ』の公式が病気過ぎる(笑)。
なんで真剣に脱ぐことについて語ってるんだろう……。
 
しかも、CEROが、『C』ってどういうことなの。
 
Cで収まらないだろ、どう考えても(笑)。
いやー、これはいよいよ漲ってきましたねー。
ムゲフロも楽しみだし、来年の始めは面白いことが目白押しだ。
 
ということで、以下、拍手レスです。
結構たまってしまっていた。
 
 
 
 

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

B.A.C.K   Act:Last-1

 
 「魔導師、お前が挑むのは人でもなく、竜でもない。未知の恐怖を畏れぬのならば、かかってこい!!」
 
 「皆を守りたいから、私が私でいたいから、行きますッ!!」
 
 フェイトは一気に上昇する。
 それをミルヒアイスがやけにゆっくりした速度で追う。
 下の隊員たちに被害が広がらいないように、というフェイトの気遣いだったが、彼女自身、あまち意味をなさないだろうことはわかっての行動だった。
 
 障害物のない広さを利用して、ミルヒアイスを包囲するようにプラズマランサーを配置する。
 一斉射撃。フェイトの叫びとともに、プラズマランサーがミルヒアイスに殺到する。ミルヒアイスはそれを一瞥した後、わずらわしそうに体をずらし、手甲で弾きを繰り返した。
 一発、二発、とそこまではよかったが、三発目ともなると、ミルヒアイスも顔をしかめた。
 フェイトのプラズマランサーには、電属性が付与されている。直接当たらなくても、その麻痺性は強烈なものがある。例え、いにしえの魔人であろうと、それは変わらない。
 しかし、それでもミルヒアイスは表情一つ変えない。
 レヴァンティンを腰に差し、両手を使ってプラズマランサーを迎撃し始めた。両拳に炎熱変換された魔力を纏わせながら、プラズマランサーを食い千切るように撃ち落としていく。
 
 フェイトは必死にプラズマランサーを全方位から撃ち続けていた。
 ヴィータや、クリームヒルト、ユーリらの話を総合して考えて、近接戦闘は明らかに不利。そもそも、シグナムと“剣”で戦って不利なのだから、ミルヒアイスと打ち合うなんて愚の骨頂。
 中距離から、射撃魔法をメインに据えて弾幕で制圧する。一発でも当たれば、いや、一瞬でもいい。とにかく、相手の動きを一瞬だけでも止めることが出来れば、その一瞬に叩き込めるだけのランサーを叩き込む。
 完璧にスタンしたミルヒアイスに、砲撃か、時間があるようならばファランクスシフトで追撃する。
 
 それが、フェイトの取った戦術だった。
 ミルヒアイスはそれに気がつかないほど、劣悪な戦術眼を持ってはいない。
 それがわかった上で、そして、余裕を持って迎撃しているはずのミルヒアイスがしかし、動けない。
 それは一重にフェイトの弾幕の張り方にあった。
 高速機動による戦闘を得意とする彼女である。もちろん、自分の動きについていけるだけの動体視力は持っている。変態的な動きでプラズマランサーの弾幕を撃ち落とし避けるミルヒアイスの、特に側面を狙って弾幕を厚くする。
 正面や背後と違って、迎撃する際に体が完全に開く形になる側面は、相手のミスを誘いやすく、さらに言えば死角になりやすい場所といえた。
 
 「――――く」
 
 魔人が嗤った。
 
 「く、はははははははははっははははは!」
 
 拳に纏った炎が鎌首をもたげた。
 まるで生きているようなそれは、炎の大蛇に違いなかった。
 
 「シュランゲ・デア・フランメ!!」
 
 ミルヒアイスが大きく腕を薙ぐ。
 それに合わせて、うねる炎鞭が大口を開けてフェイトに襲いかかってきた。
 フェイトはそれをバレルロールで避ける。視界の下で炎の蛇が勢いよくうねっている。
 
 「バルディッシュ!」
 
 《Plasma Lancer》
 
 ガン! と今までで一番の反動が体を貫く。
 単発仕様のプラズマランサー。今までが小口径のマシンガンのようなものなら、単発のプラズマランサーは大口径のスナイパーライフルのようなもの。
 威力と速度。連射性を犠牲に、強烈な一撃を放つ。
 
 炎を蛇の胴体を貫いて、その先のミルヒアイスめがけて直線軌道を描く。
 しかし――――
 
 「ぜぃアッ!!」
 
 ミルヒアイスの抜刀。
 強烈な威力と速度を持ったプラズマランサーを、真正面から斬り伏せる。
 若干の拮抗が見られたが、それも一瞬。綺麗な線を以て、雷光の弾丸は真っ二つに断たれた。
 驚きにフェイトの体が支配される。その一瞬がまずかった。
 
 「天蓋劫火……ッ、堕ちろ!!」
 
 まさに一瞬。
 踏み込まれたと思った時には、刃がフェイトの目の前にまで迫っていた。
 
 《Blitz Action》
 
 首の皮一枚繋がった、というところか。
 バルディッシュが任意に発動させたブリッツアクションで紙一重で避けることに成功した。
 
 「う、ヅっ!?」
 
 だというのに、フェイトの肩口から鎖骨にかけて、薄く斬り傷がつく。
 じわりとした灼熱感がフェイトを襲う。
 ドクドクと流れてくる血液に、改めてフェイトは恐怖を見た。
 
 「当たってなかったのに」
 
 剣圧と、熱風が生み出す真空波。
 それはもはやただの魔法に留まらず、剣戟の極致といえる。
 
 「…………どうしたの、呆けて。私を止めるんでしょう? じっとしていたら、止めたいものも止められないわよ?」
 
 それは余裕か、それとも油断か。
 呆けたフェイトに斬りかかることなく、そして無視して『ゆりかご』に向かうこともなく。ただそこに佇んでいるだけだった。
 フェイトはそれを、「最悪だ」と心の中でつぶやいた。
 
 「さぁ、止めて御覧なさい。私はほんの爪垢ほども本気になってなんかいないわよ」
 
 隙だらけだった。
 フェイトが見て、それは隙だらけの構えだった。レヴァンティンの柄から手を離し、納刀し、そのうえ、両手を大きく万歳させていた。
 最速を謳われた自分を以てすれば、仕留められない距離ではない。
 バルディッシュを握り直す。ぴくり、とミルヒアイスが反応した。しかし構えはそのままで、腕は上げたまま。
 フェイトの踏み出す一歩は――――、
 
 「これでッ!」
 
 迅速雷電。
 一足でミルヒアイスの懐に潜り込む。視線がぶつかる。見下げるミルヒアイスと、見上げるフェイト。
 ハーケンセイバーを、レヴァンティンを携えてない右側から振り抜く。ぞん、とミルヒアイスの体を一閃する。
 
 「ハハッ」
 
 後ろから聞こえる笑い声。斬ったのは残像。後ろへ回り込まれた。
 フェイトは振り向かず、プラズマランサーの弾幕で距離を離しにかかる。発射と同時に振り向く。
 プラズマランサーの弾幕の中、被弾しながら、弾きながら、ミルヒアイスが驀進してくるのが見えた。
 息を飲む。急所に当たる軌道を取っているものだけを的確に拳で撃ち落とし、それ以外は完全に無視。電撃の槍の雨の中、ミルヒアイスはフェイトに向かって突き進んでくる。
 
 「いいわね。あなたすごくいい!!」
 
 フェイトは後ろへ下がりつつ、さらにプラズマランサーを放っていく。
 若干歩みが止まったものの、またすぐに進撃が開始される。それでも構わない、とフェイトはランサーを撃ち続けた。急所でなくとも、当たっているのなら、いつか隙が出来るはず、と信じていたからだ。
 そこに、砲撃を叩き込む。
 それで沈まなくても、今まで以上に確実な足止めにはなるはず。
 なのはとヴィータ。そして武装隊。彼女ら、彼らがまだ『ゆりかご』内部にいるとするのなら、まだ『ゆりかご』を落とさせるわけには、いかなかった。
 せめて脱出するまで、それまで待ってくれれば。フェイトは奔る。
 
 「バルディッシュ!!」
 
 《Plasma Lancer》
 
 ミルヒアイスが拳でランサーを弾いた瞬間を狙って、単発式のプラズマランサーを放つ。
 開けた体の中心。ミルヒアイスの胸めがけて、ランサーがほとばしる。今度こそ、間違いなく。
 
 「む……ッ?」
 
 ミルヒアイスの、動きが止まる。
 それがミルヒアイスに当たったか確認する暇もなく、プラズマランサーを放った瞬間から、フェイトは砲撃の演算を開始していた。止められる時間はほんのわずか。当たったかどうかを確認していては、間に合わない。
 ゆえに当たると確信して、ほとんど勝ち目のない賭けに出て、そして、フェイトはその賭けに勝った。
 ランサーは当たり、ミルヒアイスの動きは止まり、そして――――、
 
 「トライデント――――ッ!!」
 
 砲撃が、煌めく。
 
 「スマッシャァあ―――――ッ!!!!」
 
 三叉の雷撃槍。
 まっすぐに伸びていく。ほとんど時間差のない、コンビネーションボンバード。
 フェイトには砲撃でミルヒアイスの表情は見えてはいなかったが、彼女は笑っていた。この上なく嬉しそうに、ニタリ、と。
 
 「――――紫電一閃……」
 
 静かにつぶやいたのは、剣閃の名。
 しかし彼女が突き出したのは、自らの左腕だった。
 
 「!?」
 
 右腕はレヴァンティンに伸びており、それは、居合い斬りをするにしてもおかしな構えだった。
 そして着弾。雷撃と、衝撃と。放射が続くその先で、ミルヒアイスはトライデントスマッシャーを防いでいた。
 
 「――――“蒼天”」
 
 抜き放った刃が、ミルヒアイスの盾ごと一閃する。バシャん、とガラスが砕けるような音がして。
 そして、
 
 「う……そっ……」
 
 砕けたものは、盾だけではなかった。
 氷がささくれだって割れていくように、トライデントスマッシャーが粉々に砕けていく。
 
 「な、なんで……」
 
 「…………」
 
 金色の魔力素がその場に降り注ぐ様は、黄金色の雪が降るようにも見えて幻想的だった。
 それ以上にその黄金の雪の中、佇む“聖帝”は――――、
 
 「身の程を知れと、言ったはずだ魔導師」
 
 ――――なによりも神々しかった。
 紫電一閃“蒼天”。“紅蓮”、紅の剣閃に続く、蒼の剣閃。
 魔力結合を断ち切る、ブロウクン・マジック。
 それが防御であろうと、砲撃であろうと、真正面から断ち切る剣閃奥義。
 膨大な魔力量と、超絶の極みにあるミルヒアイスの剣技があって初めて成り立つ、“戦意を殺す”剣閃。
 
 「う、あ……っ」
 
 フェイトが一歩後ずさる。
 それを見て、ミルヒアイスは驚いていた。間を置かず、その表情が険しくなる。
 フェイトには、その表情の推移の意味がわからなかった。そもそも、考えられるだけの余裕を持っていなかったと言える。
 たじろぐフェイトを見て、ミルヒアイスはあからさまに舌打ちをした。
 絶対に入ったと思った渾身の攻撃が防がれたあげく、粉々に砕かれてしまったのだ。どこに戦意をなくさずに戦場に立っていられるものがいるという。
 あるいは、高町なのはなら、強い意志を瞳に込めて佇んでいただろうか。
 
 「…………そう、あなたもなのね」
 
 機嫌の悪さから一変。ミルヒアイスは悲しそうにそう呟いた。
 憐みとも、諦めとも見える表情で視界からフェイトを外した。
 
 「あなたは弱くないわ。……ええ、私が、強すぎるだけなのよ」
 
 傲慢ともとれるセリフが、なぜか悲しそうだった。
 フェイトはもはや戦えない。戦おうという気が起きない。
 
 「残念だけど、行かせてもらうわね。この時代、案外悪くないのかもしれない」
 
 フェイトの横を猛スピードで通り過ぎていく。
 残されたフェイトは、ただ茫然としているだけしか出来ない。
 なにも、出来ない。
 
 「……ごめん、なさい」
 
 出た声は、風に消えてしまいそうなほどの弱々しいものだった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「レジアス、久しいな」
 
 「……ゼストか」
 
 「ゼストさん……!?」
 
 地上本部の、中将の執務室。
 ゼストの傍らを歩きつつ、私も続いて入室した。それにアギトが続く。リィンの方は、先に主はやてのほうに向かうように、私が指示した。それを聞いてリィンは渋ったが、最後には頷いてくれた。
 執務室は、しん、と静まり返る。レジアス中将、オーリス秘書官、オーリス秘書官とは別の秘書官の三人が、部屋にはいた。
 
 「復讐か、ゼスト」
 
 「……お前に問いたい。俺と、お前で誓い合った正義はまだあるのかどうかを」
 
 「――――それは」
 
 「俺は、お前の正義になら殉じる覚悟があった。……だが、俺の部下たちはなんのために死んでいった?」
 
 つ、とレジアス中将が顔をそらした。
 苦虫をかみつぶしたような表情で、ゼストの話を聞いていた。
 
 「どうして、こんなことになってしまった? 俺たちが護りたかった世界は、俺たちが欲しかった力は、俺とお前が夢見た“正義”は……、いつの間に、こんな姿になってしまった……?」
 
 そのときだった。
 視界の端で縮こまっていた秘書官が、すっと消えた。
 否、消えたのではなく――――
 
 「――――ぅ、……ぁっ」
 
 水よりも重く、水よりも濃いその液体が執務机を染め上げた。
 ビタタッ、と勢いよく噴出した血の出所は、レジアス中将の胸からだった。
 
 薄ら笑いを湛えて、秘書官がレジアス中将の胸を刺し貫いていた。
 
 「な――――!?」
 
 「貴様ッ!」
 
 走り出そうと構えた瞬間、バインドで拘束される。
 アギト、ゼストも同様にバインドで縛られ、動けない。ただひとり、動けるオーリス秘書官がレジアス中将に走り寄ろうとした、瞬間。
 
 「父さ――――あァッ!?」
 
 衝撃波。
 魔力ではない、別の何かで編み上げられた魔法。
 
 「貴様は、戦闘機人か……」
 
 「ご明察。まさか、あなたまで来るとは思ってませんでしたよ、ミルヒアイス……」
 
 「……、ん」
 
 キン、と魔法を解く音がして、その姿が変わる。
 同時に、レジアス中将を刺し貫いた得物を彼の胸から抜いた。
 
 「……まさか、あなたが隙を見せてくれるなんて思ってもいませんでした。鈍りましたか、ミルヒアイス?」
 
 戦闘機人の一人が、つらつらと口上を述べていく。
 どうやら、私をミルヒアイスだと思っているらしい。
 だからと言って、否定しても肯定しても状況は変わらないだろう。
 
 「さて、レジアス中将閣下。あなたの存在は、もはやドクターの妨げにしかなりませんので、どうか静かに舞台からお降りください」
 
 妖艶に微笑む戦闘機人が、レジアス中将を見下ろしていた。
 
 「ゼスト……俺、俺は……っ」
 
 「レジアス……っ!」
 
 レジアス中将の伸ばした手は空を切る。
 力なく下ろされた腕が意味するもの、それは、死だった。
 
 「さぁ、これにてあなたの役目も復讐も終わりです」
 
 「いつもだ……いつも俺は……遅すぎる……ッ!!」
 
 へらへらと笑っていた戦闘機人に、緊張の色が戻る。
 だが、その表情はバインドがあるという安心を含めたものだった。
 だから、
 
 「――――」
 
 「なぁ――……っ!?」
 
 ばきン、と。
 ゼストがそのバインドを苦も無く破壊した瞬間、驚きに表情はかたまり、隙が出来る。
 どうにも、昔からバインドの解除だけは苦手だ。力任せにしても、丁寧に解除するにしても……っ!!
 
 「旦那ッ!? だめだ、それ以上はっ……!」
 
 そのアギトの叫びもむなしく、ゼストは奔った。
 この近距離、さらに閉鎖された空間での突撃。避ける場所も暇もなく――――、
 
 「ガ、ぁハッ!?」
 
 戦闘機人は、巨大な獣に激突されたかのように吹き飛ばされた。
 一目でわかった。完全に機能を停止――、人の死が、目の前にふたつ築かれていた。
 
 自然と術者のいなくなったバインドも解ける。
 握りしめた拳を解こうともせずに、ゼストは肩で息をしていた。
 
 「……俺は……ゼスト、お前を許したかった」
 
 独白。
 
 「やり直せるなら、俺とまた、一緒に歩み直して行ってほしかった」
 
 騎士の、お互いが信じた正義を信じ続けた騎士の独白だった。
 
 「遅すぎた。届かなかった。俺の想いも、レジアスの想いも」
 
 「…………」
 
 「旦那……」
 
 言葉が続かなかった。
 いや、続けようと思えば、続けることは出来た。
 続けたくなかった。
 
 「……――――シグナム」
 
 「はい」
 
 「往け。お前がいるべき主の場所へ。俺は逃げん。罪は償う。だが、今は、レジアスとともに居させてはもらえないか。……別れを告げたい」
 
 「……はい」
 
 「アギト、お前もいっ……」
 
 「行かねえ!! アタシは行かねえぞ、旦那!! 旦那を護るって決めたんだ、その旦那がここにいるってんなら、アタシだってここにいる!!」
 
 「……そうか、悪いな、シグナム」
 
 「構いません。……それと、ルーテシア・アルピーノは私の部下が保護しました。各地での戦闘も終結の体を見せ始めているそうです」
 
 執務室に来る前に入っていた通信の履歴を見返して、それをゼストに伝えた。
 そうか、と深く頷くだけで、ゼストは顔も上げようとしていなかった。
 
 「――――ありがとうございました」
 
 そう言って振り返る。
 大仰に騎士服をはためかせながら、それを餞別とした。
 
 廊下を走り抜け、吹き抜けのエントランスへ到着する。
 階段やエレベーターなど使っている暇はない。手すりを飛び越え、そのまま自由落下。
 風が耳を打つ。体の震えは武者震いか、それとも、畏れか。
 
 「――――」
 
 着地寸前に飛行魔法を行使。
 そのまま通路を飛び抜け、戦場へと舞い戻る。
 
 感覚が告げている。
 もうすぐ、私たちは相対するだろうと。
 もうすぐ、私たちは戦うだろうと。
 
 わからない。
 勝てるのか、それとも負けてしまうのか。
 ブリュンヒルド、つまり、おそらくアギトの真の名。
 それを手に入れて、私はやっとミルヒアイスと対等の位置に立てる。
 クーは、苦々しい表情でそう言った。
 
 今のままでは、私だけでは勝機はない。可能性はない。零である、とまで言ってのけた。
 
 それでも、戦わなければならない時がある。
 その時、その瞬間に、越えられない壁は、“越えなければならぬ壁”に変わるのだ。
 どんなに分厚く、高く、堅い壁だとしても、それを打ち負かし、自分を壁の向こう側へ持っていかねばならない。
 その時が、近づきつつある。
 
 そして、その狼煙だろう。
 黒い閃光が、青空を切り裂いていった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 大きな地震があった。
 なにもかもがわけのわからないまま、ゼストとアギトは外を見ようと進んでいた。
 
 「……旦那」
 
 「……ああ、すまないなアギト」
 
 アギトがゼストの頼りない足取りを支えた。
 レジアスに別れを告げた後、ゼストはオーリスを抱えて医務室の前まで運んだ。そのまま医務室に顔を出すわけにもいかず、そのままオーリスを放置しておくことにした。それを申し訳ないと思いつつも、ゼストは進んだ。
 
 「でも、旦那。ホントに、行くのか?」
 
 「最後まで心配をかけるな、アギト。大丈夫だ、俺は死なん。ルーテシアと、お前とにまた会えるまで、俺は死んでも死にきれん」
 
 「……嬉しいよ」
 
 アギトは解っていた。ゼストのそれが、ただのやせ我慢でしかないことを。
 レリックウェポンとして、再びこの世に生を受けたゼストの、その限界がもうすぐそこまで来ていることを、アギトはそれとなく悟っていた。
 だから、「護る」と言っておきながら、アギトは彼の行動を止めることが出来なかった。
 
 『管理局側に加勢する』
 
 スカリエッティに協力せねばならん理由はなくなったとして、ゼストが放った言葉だった。
 それを是としようにも、アギトは彼の体の状況をよくわかっていた。ゆえに、止めようとした。
 だが、それが出来なかった。なぜか? 瞳だ。
 その強い意志を湛えた瞳を見て、アギトは確信した。「ああ、何を言っても無駄だ」と。
 
 ならばせめて、それに並び続け、共に闘うことが騎士として、融合騎としての自分の役目なのではないのか。
 アギトは決意した。
 ゼストを護る。今までも同じようなことを何度となく思い続けていた。
 だが、今以上にはっきりと想ったことなど、一度もなかったように思う。
 
 「アギト」
 
 だから。
 
 「お前とはここまでだ。お前は、シグナムの元へ往け」
 
 その、ゼストの言葉に凍りついた。
 護ると決めた。なのに、護る前から、それを断られた。
 その失意は、アギトの中で怒りに変わっていく。
 
 「どうして、どうしてなんだよォ……っ!!」
 
 「……落ちつけといっても、お前は落ちつかんだろう。勝手に話させてもらうとするぞ」
 
 「旦那、おい、待てよ……なんだよ、それ!」
 
 「俺は、死人だ。護ってもらう理由も、護られるだけの価値もない」
 
 「そんな……そんなことねえよ。んなこと、言うなよォ……」
 
 「だが、それを応として受け止める気はない。抗ってやる。このまま眠りにつくのでは、騎士の名折れだ。だから俺は、戦いへ赴く。――――そしてアギト。お前も戦いへ往け」
 
 「だったら、連れってってくれてもいいだろ、なぁ!」
 
 「お前が今戦うべき戦友は俺ではない。お前が今話すべき相手は俺ではない。往け、アギト」
 
 アギトは睨みつけるだけで、ゼストの言葉には答えなかった。
 ただじっとゼストを見つめているだけだった。
 
 「アギト、お前は俺にこれほど尽くしてくれた。だったら、最後の願いを聞いてくれ」
 
 「最後なんて、言うなよ。悲しいだろ」
 
 「俺と一緒に戦えという願いでも、シグナムと一緒に戦えという願いでもない。お前の業火で、戦場を焼き払え。それが俺の願いだ。お前の業火で、戦場の一切の“悲しみ”を焼き払え。俺と会えない悲しみでもいい、ルーテシアと会えない悲しみでもいい。お前でなくてもいい。ただ、戦場に突っ伏す悲しみを、お前の炎で照らしてやってくれるなら、俺も戦える。お前の炎が道しるべになって、俺は見失わずにお前たちのもとへ帰って行ける」
 
 「旦那……?」
 
 「戦え、アギト。それが、俺の願いだ!!」
 
 烈火の剣製。
 それがアギトの名も無き名であり、アギトという名をもらう前に存在した、自分のモノ。
 烈火とは、すなわち炎。鮮烈たる赤で染め上げた、炎を言う。
 剣製とは、すなわり窯。紅く濁った釜の底の、鉄鋼の意思を言う。
 
 烈火の剣製アギトとは、すなわち。
 炎の意思を、言う。
 
 「――――、見てろよ、旦那」
 
 「ああ」
 
 「ちゃんと、見てろよ。あとでぜってー確認するからな」
 
 「ああ」
 
 「この戦場を照らし出す、炎の意思を、その眼にしかと焼き付けなよ!!」
 
 「ああ」
 
 「烈火の剣製、アギト……推して参る!!!」
 
 アギトは飛び立った。
 壁に寄り添うゼストを振り向こうともせず。
 ただ、悲しみで覆われた空を目指し、アギトは飛び立った。
 
 
 残されたゼストは、もはや立っていることすら困難だった。
 ずるずると壁を滑り落ちていく。どさ、と尻が床に着いた。
 
 「……もう、時間なのか」
 
 アギトの炎を見てはいないだろう。
 だとすれば、それは嘘だ。
 
 「終わりじゃない。まだ、この意思は燃えている。諦めるには、早すぎる」
 
 腕に、拳に、足につま先にと力を入れ直す。
 がくがくと震える身体に、ゼストは絶望していた。
 どうして、動いてくれない。どうして見るだけも許してくれないのだ、と。
  
 「死人に口なし。俺が言ったことすら、否定するだけのモノ、か」
 
 どさりと前のめりに倒れた。
 それでもあきらめきれないゼストは、匍匐前進でずり進む。
 
 「はァ、は、あ……ハァ」
 
 息をするだけで全身を熱が駆け巡る。
 じとりとしたそれは、身体の先から解かされているような感覚があって、とても不快だった。
 まるで、地の底から伸ばした手に、地の中へ引きずり込まれていくような、そんな感覚。
 
 「くそ、ままならんな……」
 
 先程から、前へ進めど進めど、前に進んでいる気がしない。
 その場所でもがいているような、そんな気がして、ならない。
 
 「まだ……遠いな……」
 
 もがいて、もがいて。
 
 「アギト、ルーテシア」
 
 もがいてもがいてもがいてもがいて。
 
 「すまん」
 
 ゼストの意識は、地の底へ落ちて行った。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 0:04:11
 
 
 閃光がきらめく。
 絶閃と始閃が見えない。どこが剣戟の始まりで、終わりなのか。
 お互いが切り抜ければ、一瞬で正面に相手が現れる。息つく暇もない、刹那の剣楽。
 奏でられる鉄音は、八拍子を軽く超越する。不規則でありながら、それは不協和音などではなく、澄みきった空に似合う、剣と剣の共鳴。
 まったく同じ。
 存在も、手にする剣も、剣技も、剣閃も。
 
 「――――っ」
 
 「ハ――――」
 
 超感覚『“竜の感覚”ドラッヘン・ズィン』。
 その能力を共有し、剣と同様に、担い手も共鳴していた。
 溶け合うような勢いで、振動が空気を伝う。
 
 「ゼ――――ぁ」
 
 「ふ――――ッ」
 
 片や踊るように。
 片や舞うように。
 剣楽は続く。
 
 たった一瞬が、何秒にも、何分にも、何時間にも感じる。
 終わることのない、感応の波と剣の戦慄き。
 純粋な剣技同士のぶつかり合い。どちらが優れていて、どちらが生き残るのか。
 指先の動きひとつで、その運命は大きく変わってしまう。
 不退転。退か不、転ば不。
 是進踏。進むを是、踏み出すを是。
 たった一歩の足踏みが、未来を壊し絶望をもたらすというのならば。
 
 このたった一歩の前進に、どれだけの未来が詰まっているという。
 
 『あ・あッ!!』
 
 感応が剣に伝わり、それが担い手の力になる。
 ぶつけ合う刀身が共鳴し、また、それがさらなる感応を生む。
 終わりなき剣劇は、始まりなき剣楽。だとすれば。
 
 ――――この戦いは、まったくの無意味。
 
 「……お前はッ――――ミルヒアイスお前は!!」
 
 「……くはッはァ!」
 
 叫ぶ。
 嗤う。
 なぜそこまで闘争を願う?
 なぜなら、そこに私の“死”があるから。
 なぜそこまで楽しそうに嗤う?
 なぜなら、そこに私の“絶”があるから。
 なぜそこまでの“終焉”を望む?
 なぜなら、私はきっと“生きすぎた”から。
 
 伝わる感応。
 そこから読み取れる、ミルヒアイスの願いと望み。
 彼女は、“死”を、“自らの絶滅”を望み願っている。
 自らでは死ねず、それは騎士としての誇り。
 戦いの中にその死を望む。だから、私は――――。
 
 「私を殺してほしいのよッ!!」
 
 「そんなことのために、お前は――――!!」
 
 魔力の奔流。
 強烈なそれが、ミルヒアイスの身体から溢れ出す。
 ごうごうと渦を巻いてミルヒアイスが身体にまとうその魔力は、もはや人離れした、“魔人”と呼ばれるにふさわしいほどのものだった。
 深い藍の瞳が、漆黒の色に染まっている。濁っても見えるそれは、彼女自身の絶望を投影したものなのだろうか。
 
 「プログラムという前提があるあなたには解らない。人の身でありながら、滅びを経験できない痛みが、愛した者が先立つ深淵の絶望が、笑い笑われ、さようならと呟かれる、その、苦しみが――――ァッ!!!!」
 
 「知りたくもない!! 理解したくもない!!」
 
 「なら――――!!」
 
 「だが――――!!」
 
 お互いが死線に飛び込む構えは、大上段。
 振り下ろすその剣が導くのは、一体なにか。
 
 「殺せッ、私を、殺してみろッ!!」
 
 「私は、生きて……ここに生きているぞッ!!」
 
 ばキィン!!
 弾きあう剣鉄。
 
 「……ふ、ふふふ。死を望む本物と、生を望む偽物ね。どうやら、あなたになら、殺して貰えそうだわ!」
 
 「――――、く」
 
 シグナムは構え直す。
 その実、彼女の身体はボロボロだった。
 ドラッヘン・ズィンによる、脳の処理許容量以上のオーバーワーク。
 完全についていけない肉体の、軋みと痛み。頭痛がする。全身を槌で打ちつけられたかのような倦怠感。
 一度醒めれば、おそらく、もう熱されない。
 限界を超えての、生命の慟哭。
 しかし、シグナムにはそれが苦だとは思えなかった。
 
 今こそ、命を燃やすときなのだと。
 
 「シグナム、ミルヒアイス!!」
 
 声がした。振り抜くことはせずに、シグナムはただその声の主を待った。
 ふわりと、彼女の肩のあたりにその声の主は留まった。
 
 「……アギトか」
 
 「……よう、シグナム」
 
 軽口を叩いてから、アギトはミルヒアイスと向き合った。
 その光景を見て、ミルヒアイスは嬉しそうに笑っていた。
 
 「アギト。あなたは、私を止めに来たの?」
 
 「違ェよ。アタシはただ、旦那に私の炎を見せに来たんだ。……だから、その、一番見えやすくするんだったら、こいつと一緒の方が都合がいいんだよっ!!」
 
 「そう。なら、もうあなたの真なる名はアギトよ。烈火の剣製、アギト。……私があげた名前は、あなたの信念には相応しくないもの。あなたの本当の名は、アギト」
 
 その言葉に、アギトは大きく頷いた。
 シグナムと視線を合わせ、そこでも頷く。
 
 一人は、死ぬために。
 一人は、生きるために。
 一人は、炎を轟かせるために。
 
 「《ユニゾン・イン!!》」
 
 シグナムに、火天が降りる。
 二対の炎翼。黄金の火籠手。澄んだ紫炎の瞳。燃え盛る燈炎の髪。
 一人の火だった烈火の将は、もうひとつの火を手に入れる。
 “烈炎の将”として、この場に君臨した。
 
 烈火は今まさに、烈炎となり、“鮮炎”に追い縋った。
 
 お互いが一撃必殺の構え。
 避けることも、防ぐことも考えない。
 ただ、相手も同様の一撃必殺なら、こちらの一撃必殺を以てして、それともども悉くを斬り捨てる。
 
 紫電の剣閃、烈炎の将。
 「死線のうちにこそ、我生を見いだせり。不退転。是進踏。我、叢雲之騎士団‐ヴォルケンリッター‐が烈火の将、シグナムと《烈火の剣製アギト》」
 
 天蓋の劫火、鮮炎の騎士姫。
 「烈戦のうちにこそ、我死を見いだせり。不退転。是進踏。我、頂之国‐ギプフェル‐が鮮炎の騎士姫、ミルヒアイス」
 
 お互いの一撃必殺。
 最大にして、最強の奥義。
 天空が震え、大地が鳴動する。
 
 ただ一振りの究極。
 斬り裂く一閃は、結い結んだ歴々の剣閃が生んだ軌跡。
 「《猛り唸れ、炎熱烈火……ッ!!!!》」
 
 ただ一振りの終焉。
 飲み込むように、鯉口が開く。底から覗く刃は白く、焔は黒く。
 「天蓋劫火――――穿て、紫電一閃」
 
 居合い。
 それは、お互いの存在を賭けて立ち向かう、ただ一振りの場。
 居合いとは、技の名前ではない。
 居合いとは、居合うと書く。
 お互いがお互いを認識し、そのうえで、振り抜く一閃。
 
 居合いとは、場のことである。
 
 音もなく、お互いの剣戟が放たれた。
 十重二十重の鳴動、共鳴、感応。
 
 「《煌牙・結一閃》」
 
 「黒白」
 
 炎戟の結い結ばれた一閃と、白刀が放つ黒炎。
 お互いがお互いを食い散らかし、爆炎が飲み込み飲み込まれる。
 炎の渦となった剣閃は、周囲の酸素を悉く喰らい尽くしていく。
 
 深紅の炎牙と、黒き炎閃。
 
 爆心地、剣戟が起こった中心点。
 烈炎と鮮炎は、拮抗していた。
 劫火の中に生まれる雷撃の槍が、炎を細かく撃ち砕いていく。
 ぶつかり合い、ぶつけ合い、爆発炎上。
 黒と深紅の渦は、いつしか円を造り、擬似的な太陽を形作っていた。
 
 その核たるふたり。
 核は、ひとつだけ。
 振り抜ける剣閃は、相手に届く剣閃は、ただ一閃。
 
 刹那。
 斬り抜けた両者の一閃が太陽を両断した。
 
 訪れる静寂。
 肺が焼けつくような熱せられた空間に、氷のような鋭さで緊張が走っている。
 チリチリと、ギシギシと。
 
 「…………」
 「…………」
 
 かチン、と。
 どちらかがレヴァンティンを鞘に納める音がした。
 
 《シグナム……》
 
 それは、シグナムの動作だった。
 バックリと割れた騎士服の前身ごろと、その奥にある肌に横切る血閃。
 あと数ミリ傷が深ければ、内臓が流れ出すという、それでなくとも大きな傷。
 散々痛めつけた身体に、さらに大量の出血。魔力で無理矢理血を止めてはいるものの、それもいつまで続くか解ったものではない。
 
 がくり、と膝が崩れる。
 
 「ぐ、ぎ……ッ!」
 
 《おいっ!!》
 
 続いて、ミルヒアイスがレヴァンティンを鞘に収めた。
 シグナムの方は向かずに、ただ一言。
 
 「……私の力と、アギトの火、そしてあなた自身の願い。ありがとう、シグナム。私はやっと、死に近付けた。縁があれば、また死逢いましょうね」
 
 「……、こ、断る」
 
 「私たち、縁はあるわ。だって、私はあなたで、あなたは私なのだもの」
 
 「……くそくらえだ、“私”」
 
 「ふふ、その意気よ。さぁ、あとは、ユーリに任せておきなさい。とどめは、彼がしてくれる」
 
 「……何?」
 
 「ラインハルトは竜殺しの一族。そして私は、竜を取り込んだ魔人。なぜ、私がラインハルトを仕えさせたか、それが言葉の答えよ、シグナム」
 
 「……まさか、お前……ッ!!」
 
 「私自身を殺させるために、私はあえて、竜殺しの一族を選んだ。ただ、それだけよ」
 
 
 0:00:49
 
 
 シグナムが振り返り、ミルヒアイスの姿を視界に収める。
 収めた、はずだった。
 
 「――……な、ん?」
 
 確かに、それはミルヒアイスだった。
 シグナムが斬った傷から、黒い影が流れ出ていた。
 
 《ミルヒアイス……? なんだ、それ……?》
 
 ミルヒアイスは微笑むだけで、答えようとしない。
 その間にも、ごぼごぼとミルヒアイスの身体を影が包み、肥大化していく。
 その姿が、蒼黒く、鋼の竜鱗に包まれていく。人の身に余る力が顕現していく。
 
 「っく、アギト、離れるぞ」
 
 《お、おう、合点だ!》
 
 
 0:00:10
 
 
 漆黒の甲殻。蒼黒く光る竜鱗。闇の淵をはめ込んだような瞳。
 地上本部襲撃のときに見たサベージよりも、サイズは小さい。ヴォルテールよりも、まだ一回り大きいかという程度だった。
 だが、それが放つ異様な威圧感が、蛇のように纏わりついてくる。
 
 『我、ここに再臨せり』
 
 「しゃべった、だと……!?」
 
 どこまでも、世界中にでも響きそうな重厚な低音の声。
 見えない手が、シグナムの足を引っ張っているような、そんな錯覚を彼女は感じていた。
 逃げられない。直感がそう告げている。
 しかし――――。
 
 『余興だ、屑ども。ひとつ、日が上がるまで待ってやる。せいぜい逃げ惑うがいい』
 
 
 0:00:00
 
 
 『我はヴィルヘルム。“永遠の疾駆者”、皇竜ヴィルヘルム』
 
 影のようだったものが、完全な形を保った。
 それは、竜だというには、あまりにも禍々しい。
 ミルヒアイスが人を超えた化け物、“魔人”であるのなら。
 ヴィルヘルムは竜を超えた化け物、“魔竜”だ。
 
 もうすでに数百メートルと離れた位置にまで来たというのに、鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮。
 
 それは世界を穿孔し、存在を轟かせるための咆哮。
 地に響き渡る重厚な低音と、天に轟く超高音。折り重なった声音は、レゾンデートル。
 
 『我は地、我は水、我は火、我は風、我は空』
 
 謳うように、ヴィルヘルムは続けた。
 
 『我は、第六天《魔》を従えし、第七天の使徒。我に集え、我に乞え、我に全てを!!』
 
 呵々大笑。
 愉快なことを話すように、ヴィルヘルムは嗤いながら謳っていた。
 それは、まさに皇帝の言。
 絶対従事の、原初の言葉。
 
 『さぁ、抗って見せろ屑ども。我を驚喜させよ!!』
 
 咲いてはいけない花があるとするならば。
 シグナムは、そう考えた。
 
 ――咲いてはいけない花があるならば、私はそれに『ヴィルヘルム』と名付けよう、と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Act:Last-1  end
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

その優しい星で…  Navi:35

 
 「え?」
 
 灯里ちゃんたちが急に相談がある、と言ってきたので、聞いてみると、ちょっと私個人としてはマズイ相談ごとだった。
 いやいや、士郎さんに贈るとすればみんなでやったほうがいいのかしら?
 
 「? アリシアさん、どうしたんですか」
 
 「あら?」
 
 思わず考え込んでしまったらしい。
 不思議顔で三人が見上げてきていた。なんでもないわ、と微笑んで返して、さてどうしようかと考え始める。
 士郎さんとの『約束』。ちょうど一年前。士郎さんは言ってくれた。
 
 『なに、来年だってレデントーレはあるんだ。その時にでも招待しよう』
 
 士郎さんも、それを建前ではなく、『約束』として覚えていてくれた。
 嬉しかった。
 あわよくば二人で、なんて思ってたんだけど……うーん。
 
 「アリシアさーん?」
 
 「でっかい考える人です」
 
 「おーい、聞こえてますか、アリシアさーん?」
 
 「えっ? ああ、うん。……そうね、じゃあ、みんなでお帰りなさいパーティー、しましょうか」
 
 嬉しいことは、士郎さんと分けあいたいと思う。
 けどそれと同じように、たぶん、今の私よりも、この子たちの方がみんなのことを見ていた。
 ……ちょっとだけ反省。浮かれすぎちゃってたのかもしれない。
 
 「そうと決まれば、舟借りに行かなきゃね。どれくらいの人を呼ぶ予定なのかしら?」
 
 訊くと、三人はそれぞれが指折り数え始める。
 パタパタと折れていく指にちょっとした冷や汗を流しつつ、賑やかになりそうだという期待もあった。
 そして、三人がそろって言う。
 
 『たぶん10人以上!!』
 
 ずいぶんアバウトな答えだった。
 曰く『私たち三人と、アリシアさんたち三人、それと暁さんを筆頭にする男の子たち三人、あと、グランマ。それでちょうど10人。それにアイナさんとか、女将さんも呼ぶ予定。あとは、意外な人から士郎さんの交友関係が解ってしまうかもしれない。だから、10人以上なんです』とのことだった。
 それもそうだ。そう考えれば、これはいい機会なのかもしれない。士郎さんがこの星に来て、どれだけの人と関わって来たのか、その関わった人たちから彼がどれだけ想われているのか。
 それが解る、いい機会なのかもしれない。
 
 うん。だんだんやる気が出てきた。
 
 「予定だと、あと2週間くらいだっけ?」
 
 「うん。士郎さん、一ヶ月くらいだって言ってたから、そうだと思う。帰ってくるときは連絡するって言ってたからいきなり『ただいまー』はないと思うんだ」
 
 士郎さんには、マンホームへ発つ前に、帰ってくるときに灯里ちゃんのパソコンにメールを入れるか、会社の方に電話するかしてくださいと伝えておいた。
 帰りのマンホームの空港に着いたあたりで連絡するよ、と言っていたから、連絡があってから3日くらいでこっちに帰ってくるということだ。
 みんなで迎えに行ってあげよう、という段取りにもなっていて、出来る限りそのあたりのスケジュールは空けておくようにしている。士郎さんが聞けば、わざわざそこまでしなくていいのに、と苦笑いしそうだ。
 
 そして、2週間後といえば、ちょうどレデントーレの時期でもある。
 正確には、あと17日後になるわけなのだけれど、約2週間ということで。
 
 「うーんと、それじゃあ、基本的な段取りは任せてもいいかしら?」
 
 「はい。どーんと大船に乗ったつもりでいてください!」
 
 「当日にも大船に乗りますけどね」
 
 「後輩ちゃん、うまいこと言ったつもり……?」
 
 かくして。
 士郎さんお帰りなさいパーティーの準備は始まったのだった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「て、ことなんですけど、晃さん、もちろん来ますよね?」
 
 「美味い飯が食えるなら」
 
 「……それ、女の子がいうセリフじゃないですよ」
 
 「すわっ! 日々クタクタになるまでこちとら働いてるんだ。それに、急すぎるだろ。……去年はお前らのこと見てたから会社の方のレデントーレに顔出せなかったし、だから、出来るだけ今年は顔出しときたかったんだよ」
 
 「……だってぇ……」
 
 「だってもくそもない。とにかく、行けばいいんだろ?」
 
 「え?」
 
 ピクリ、と晃さんのこめかみが動いた。
 私の側頭部をがっしりと鷲掴みにして、万力のように両側から力を込めてくる。
 
 「あだだだだだっ!?」
 
 「お・ま・え・がっ、誘ったんだろうがっ!!」
 
 「だっ、だって、晃さんっなんか行かないみたいな空気になってましたもんっ!」
 
 「会社と友達と、私がどっちを取るかぐらい、わかるだろたわけっ!!」
 
 「いだだだだっ、ご、ごめんなさい~っ!?」
 
 ぶんぶんと前後に振り回されて、離された時には完全に目が回っていた。
 うう、気持ち悪い……。胸焼けがする……。
 
 「この程度で酔っていたら、立派なプリマにはなれんな!」
 
 「言ってることめちゃくちゃですよぅ……」
 
 いつものことだけど、とは口が裂けても言えない。
 まだ痛みが残る側頭部をさすりながら、涙目で晃さんを見上げると、なにやら考え込んでいた。
 スケジュールとか、言い訳でも考えているのだろうか。
 
 「……そうだな。いっちょ誘ってみるか」
 
 「? 誰をですか?」
 
 「キサラギ親子。お前は知らんだろ」
 
 「はぁ、まぁ、そうですね」
 
 どこかで聞いたことがあるような気もするけど、やっぱり知らない。
 浮かんでこないってことは、知らないってことだろう。うん。
 
 「私のお得意様だ。で、そこの娘さん、たしかアミちゃんが衛宮にべったりでな」
 
 「そうなんですか」
 
 「かなり懐いてるな。アリシアのライバルになるくらいには懐いてる。いつ『しろうさんのおよめさんになるー』って言い出してもおかしくないぞ」
 
 「……なんかシュールなんですけど」
 
 晃さんが、真似とはいえ『しろうさんのおよめさんになるー』と言ったのだ。
 違和感がないわけがない。
 正直、背中がかゆい。すっごいかゆい。
 
 「まぁ、こっちで話はつけておくから、お前はお前で出来ることをやれ。どうせ私たちは仕事であんまり手伝えないんだ、去年の要領で進めていけば問題はないからな。あ、量だけは気を付けとけ。いっぱい呼ぶんだろ?」
 
 「はい」
 
 なんだかんだで世話を焼いてもらいながら、晃さんとキサラギ親子との約束を取り付けることが出来た。
 晃さんも、やっぱり楽しみなのかもしれない。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「大丈夫。行けるわ」
 
 「本当に大丈夫ですか?」
 
 「だって、アレサに確認も取ったんだもの。その日は会社側の方には出れないって言っておいてねって伝えておいたし、大丈夫だよ」
 
 アリスちゃんにいまだに疑いの目を向けられながら、問題はないと伝える。
 アレサの名前を出したからだろうか、しぶしぶといった風にアリスちゃんは納得してくれた。
 
 お帰りなさいパーティーか。
 去年は衛宮さんに呼ばれて行ったけど、今年は衛宮さんを呼ぶということらしい。
 今までのお返しにもなるかもだし、快く頷いてもらわせた。
 
 アレサにレデントーレの日は会社側には顔を出さない、と言ったらちょっとおかしな声を上げたけど、そのまま承諾してくれたから、そんなに気にすることもないとは思う。
 
 そのままアリスちゃんとは別れて、お仕事へ。
 快晴の夏の日差しの下、こちらも気持ち良く歌いながらガイドを進めていく。
 ふと空を見て、マンホームってどのあたりだろうなんて思っていた。
 
 「アテナ」
 
 「?」
 
 オレンジぷらねっとに帰ってきて、廊下を歩いていると(決して迷ったわけではない)、後ろからアレサに声をかけられた。
 
 「どうしたの?」
 
 「いえ、会社側のレデントーレに来ない理由を聞いていなかったもので。それがないと、やっぱり会社の方も納得してくれないんで。ほら、みんなあなたの舟謳を楽しみにしてるのよ」
 
 そういってくれるのはうれしいけれど、と思いつつもアレサにわけを話す。
 今、衛宮さんはマンホームへ旅に出ていること。それがただの旅行ではなくて、意味のあることだということ。
 それで、衛宮さんが帰ってくるのがちょうどレデントーレの直前だということ。それで、アリスちゃんたちが衛宮さんのお帰りなさいパーティーをレデントーレでやってしまおうと考えていること。
 それに、私も出ることを話した。
 
 「なるほど。事情は判りました。……それはもう定員ですか?」
 
 「ううん。はっきりした人数がまだわからないから、今は人数確認なんだってアリスちゃんが言ってたわ」
 
 「なら、私も入れておいてください。そっちの方が楽しそうですしね」
 
 他意はないと思う。思いたい。
 でも、集まってくれるんなら、それでいい。
 いっぱいの人に聴いてもらった方が、舟謳も嬉しいはずだもの。
 
 「それじゃあ、当日ね。楽しみにしているわ」
 
 「あ、アレサ」
 
 「なにかしら?」
 
 振り向いた彼女は、どことなくバツの悪そうな顔をしていた。
 他意はないと思いたい。
 じゃなくて。
 
 「……あの、私の部屋って、どっち?」
 
 迷っているわけでは、ない。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「こんにちわー」
 
 「おー、いらっしゃいませませアカリン。今日はどったの?」
 
 扉を開けた瞬間、涼しい冷房の風が流れ出していく。
 それを逃がさないように、店内へするりと入っていく。
 
 「それで、どうしたの? 今日は朝にも買いに来てくれてたけど」
 
 またお買いもの? と首をひねりながらの質問。
 違いますよ、と遠慮がちに首を横に振り、本題を切りだす。
 
 「レデントーレの日って空いてますか?」
 
 「……それって皮肉? ひどいっ、アカリン……っ」
 
 「はひっ? ち、違いますよっ」
 
 よよよ、と時代劇のお姫様の泣くようなふりをして、次の瞬間にはパッと明るく笑ってくれた。
 アイナさんのペースは、結構独特で掴みどころがない。
 
 「で、えっとレデントーレの日だっけ? おっけー空いてるよ。残念ながら」
 
 「あはは……」
 
 思わず苦笑い。
 
 「で、なんでなんで? 今年は灯里ちゃんがお誘いに来てくれんの?」
 
 「はい。実は、士郎さんの帰ってくる時期とちょうど重なってて」
 
 「お帰りなさいも兼ねてレデントーレに屋形船出すんだ」
 
 「はいっ」
 
 「んじゃ、お断りはできんね~。私もエミヤンにお世話になってるしさ」
 
 「ホントですかっ、わーひっ!」
 
 店の中で小躍りする。
 アイナさんも一緒になって踊りだして、二人とも女将さんが店の中に入ってくるのが気がつかなかった。
 
 「アイナ!」
 
 「うわっ、お母さん驚かさないでよー、ちょっとー」
 
 「驚かさないでよー、じゃないよ。店の中でなに踊ってんだい。商品に傷がついたらどうすんの?」
 
 「ごめんってー。ていうか、踊り出したのアカリンだし」
 
 「はひっ!? ご、ごめんなさいっ」
 
 「いいんだよ、灯里ちゃんは。万が一傷つけられたら買ってもらえばいいんだし」
 
 「えー」
 
 アイナさんが微妙な声を出して女将さんをじとりとにらんだ。
 
 「じゃあ、お前が傷つけたら誰がそれを買うんだい。まったく」
 
 当り前のことを言ってるのに、なぜか不憫な気がしてならないんですけど私自身が。
 
 「それで、なんで踊ってたんだい。わけもなく踊りだすほど会えて嬉しいって仲でもないだろうに」
 
 「あ、はいっ。よければなんですけど、女将さんもレデントーレの日、空いてますかっ?」
 
 「おう。バッチリ空いてるよ」
 
 「じゃあ、よければ、私たちの屋形船に来てくださいませんか?」
 
 「野郎ばっかりの船より全然楽しそうだしねぇ。なにより、灯里ちゃんの頼みじゃ断りゃしないよ。行くよ」
 
 「わーひっ!」
 
 また踊り出しそうになって、踏みとどまる。ばんざいだけして、我慢我慢。
 それがおかしかったのか、アイナさんと女将さんが声を出して笑った。
 そのまましばらく雑談して、アイナさんが思い出したように手を打った。
 
 「エミヤンのお帰りなさいパーティーなんだよね?」
 
 「そうですよ」
 
 「んじゃ、アイラも呼んだげてよ。あと……えっとアントキノ? ……じゃなかった、アントニオだった。彼も」
 
 「アイラさんに、アントニオさんって誰ですか?」
 
 「アイラは私の親友。エミヤンとも仲イイよ。あと、アントニオはよく知んないけど、お花屋さんらしいよ、エミヤンが言うには」
 
 「うーん、どのあたりにいるか、とかわかりませんか?」
 
 「アイラは希望の丘の近所の教会にいるよ。アントニオくんは……ねえ、たぶんこの近所」
 
 「なんでアントニオさんだけそんなにアバウトなんですか……」
 
 だってー、とアイナさんが年甲斐もなく駄々をこね始めた。
 
 「この近所の花屋って言ったら、あそこかねえ」
 
 「女将さん、場所わかるんですか?」
 
 「衛宮さんが使ってる花屋だってんなら、たぶんそうじゃないかってところだけどね。あのでっかい兄ちゃんがアントニオって名前なんじゃないのかい?」
 
 「そーそー。エミヤンよりでっけーの」
 
 「んじゃ、教えてあげるよ灯里ちゃん」
 
 「ありがとうございます!!」
 
 女将さんに大体の場所を聞かせてもらい、アイナさんからはアイラさんがいるという教会の住所を聞かせてもらった。
 
 「そんじゃ、がんばんなよ」
 
 「はいっ!」
 
 だんだん、賑やかに楽しくなってきた。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 アントニオの方は、問題なく見つかった。
 灯里が女将さんに居場所を聞いた翌日に、灯里と藍華、アリスが訪ねると、アントニオは飛び上がって嬉しがったという。最初はアリシアもいる、という部分で感動していたようだったが、彼が「なぜここに?」という質問を灯里にしたところ、灯里が「アイナさんに聞きました」と答えると、とたんにアントニオが狂喜し始めたのだ。
 
 「なんていうか、情熱的な人だったね」
 
 「そう? 私はやかましくてちょっとうっとうしかったけど」
 
 「でっかいエネルギッシュな人でした」
 
 三者三様の感想をこぼして、彼女たちは歩いている。
 本当はゴンドラで行けばよかったのだろうが、場所が場所だ。ゴンドラでは行けない。
 『希望の丘』。そこはウンディーネの昇格試験の際に使われる場所だ。まだペアのアリスを連れていては、迂闊にゴンドラで行くことはできない。
 そう考えた灯里と藍華が、しょうがなく歩いていこうと言いだしたのだ。
 アリスは最初はそれにブータレていたが、不承不承と納得してついてきている。
 
 「それにしても、結構道は整えられてないのねー。石畳くらいはしいてると思ってたけど」
 
 藍華がそうこぼす。
 彼女の言うとおり、教会までの道のりはほとんど整えられていなかった。道を少し踏み外せば、そこはもう草原。
 土がむき出しになった、歩きにくい道を三人の足音が進んでいく。
 
 「むー。こうなるんだったらスニーカーでも持ってきたらよかったわ」
 
 もう一度、藍華がそう言った。
 彼女が所属する『姫屋』の定めた制靴は、ヒールのついたものだからだ。
 さすがにこの道のりはヒールで歩くにはキツイものがあるようだ。
 
 「だからゴンドラでくればよかったんですよ。なんでわざわざ歩くんですか」
 
 アリスは小馬鹿にしたような視線で藍華を見た。
 本当のことを言うわけにもいかず、藍華は黙り込んでしまう。
 
 「ま、まぁまぁ、きっともうすぐだよ」
 
 そういう灯里も、少し真面目につらくなってきていた。
 途中まで連絡用の電車が走っているといっても、駅前の地図で見た限り、教会までは5キロほどの道のりがあった。
 そろそろ着いてもいい頃だろう、という考えだけが先行して、よけいにつらくなってしまっていた。
 
 「なんで、教会がこんなとこにあんのよ……誰もお祈りにこれないじゃない」
 
 「調べたんですけど……」
 
 言って、アリスが手帳を広げた。
 
 「どうやら、ここはマンホームのドイツ騎士団の流れを組んだ教会らしいです」
 
 「あによ、それ」
 
 「つまり、この道のりもまた修行、ということらしいです」
 
 「……質素だったらいいってわけじゃないのね、シスターって」
 
 「どういう目で見てたんですか、藍華先輩」
 
 「口を動かさずに足動かすの」
 
 「それは藍華先輩です」
 
 「あんだとーっ!」
 
 「はひぃ、ケンカはだめだよー」
 
 そんなこんながあったものの、三人は無事に教会へ着くことが出来た。
 が。
 
 「……ねえ、後輩ちゃん」
 
 「なんでしょう、藍華先輩」
 
 「教会のなかに入って、そこからどうやってアイラさんを探すのよ?」
 
 「灯里先輩、こう言ってますけど」
 
 「はひっ? 私?」
 
 「ダメだこりゃ」
 
 さて困ったぞ、と三人が教会の聖堂前で唸り始める。
 誰かが通りかかればその人に訊けばいいのだろうが、さきほどから誰も通る気配がない。
 止まっていても仕方がない、と藍華が彼女らしい結論に至り、教会の敷地内を歩いて回ってみることになった。
 教会の敷地はなかなかに広大だった。まわりが草原や林だけということもあって、一回りするのに、数十分と時間がかかってしまった。
 
 「誰もいないわねー、しかし」
 
 「でっかい幽霊教会です」
 
 「大声出すにも、なんだかいけない気がするしねー」
 
 手詰まり。
 最初に動いたのはアリスだった。
 
 「入ってみましょう」
 
 『え』
 
 何の躊躇もなく、アリスは聖堂の扉に手をかけた。が、それを藍華が必死で止めた。
 
 「ま、待って待って。もし中でミサ的ななにかしてたらどうすんのよ!?」
 
 「それが悪い事だったら謝ればいいじゃないですか。私たちは善意のウンディーネです」
 
 「善意って、あんた……」
 
 確かにそうだけど、と藍華が力を抜いた瞬間、アリスは力一杯に扉を押し上げた。
 ぎぎぃ……、と大きく軋む音がして、人一人分の隙間があいた。
 
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 
 どうする、と三人で目を合わせる。
 どうするもこうするも、開いたのならば中に入る方がいいに決まっている。
 一致団結。扉の隙間をさらに広げて、三人が並んで聖堂に入った。
 
 「お、おじゃましまーす」
 
 灯里が呟くように言う。だが、それが予想以上に大きく聖堂内に反射してしまったことに、灯里自身はおろか、藍華とアリスも驚いていた。
 しかし、ここにも誰もいなかった。
 
 「うわ、ステンドグラスすご……」
 
 「あっちはパイプオルガンです」
 
 「うわーうわーうわーっ!」
 
 「って、ちょっと灯里!?」
 
 灯里のいつもの暴走が始まった。
 聖堂の中をたーっと駆けて行き、パイプオルガンやステンドグラスの前できゃっきゃと騒ぎ始めた。
 それを見て、藍華とアリスがためいきを吐く。呆れつつも頼もしいヤツ、と諦めが入る。
 
 「そこでなにをしているのですか?」
 
 三人の身体が飛び上がった。
 比喩ではなく、三人が三人とも床から飛び上がったのだ。
 それは、ちょうど正面奥の左手から聞こえてきていた。一番近いのは、ステンドグラス前にいた灯里である。
 
 「……ウンディーネ……」
 
 女性らしき声は灯里の制服を見て呟いた。
 その声にハッとした灯里は、まくしたてる様に声をだした。
 
 「あ、ああのっ、ここにアイラっていう人がいるって聞いて、その、えっと」
 
 「――――ああ、あなたが水無灯里さまですか。アイナから聞いていますよ」
 
 コツン、と一歩踏み出す音。
 それがどんどん灯里に近づいて行って、ステンドグラスから降り注ぐ光で姿を浮き出しにした。
 
 「私がアイラです。アイラ・フェンデ・バラライカ。以後、お見知りおきを」
 
 「は、はひっ」
 
 艶やかな肌と、縁取りしたようにグラデーションのかかった薄赤い瞳。
 フードがかぶられていてその髪は見えないが、前髪が少しこぼれていた分を見ると、深い藍色をしている。
 
 「うわ、めっちゃ美人……」
 
 藍華が思わずこぼした。小さな呟きでも大きく反射する聖堂内で、その声はアイラまでしっかりと届いていた。
 藍華の方を向いたアイラは、微笑んだ。
 
 「あなたも、とてもかわいらしいですよ」
 
 「え、あ、そ、そうですかぁ?」
 
 「藍華先輩、だらしないです」
 
 「う、うっさい!」
 
 謙虚な態度に出ない藍華にツッコミつつ、アリスが本題を切りだした。
 
 「アイナさんから聞いている、ということは、お話はもう通っているんですか?」
 
 「衛宮士郎さまの『お帰りなさいパーティー』だとか。素敵ですね。それに、アイナが出るなら、私もぜひ出なければ。あの子の暴走を止められるのはそうそういませんからね」
 
 なかなかの毒舌シスターだ、と藍華は思った。続けて思えば、『美人』という評価を否定していない。
 実はそこまで堅くない人なんじゃないかな、と彼女はなんとなく考えていた。
 
 「ここまで来て疲れたでしょう。少し休んでいきませんか? ちょうど、昼食の時間です」
 
 アイラが言うか早いか。
 教会の鐘楼から鐘の音が鳴り響いた。
 
 「ついてきてください。出せるものは限られていますが、客人をもてなすくらいのものはありますからね」
 
 少し遠慮がちに、三人はアイラのあとを追いかけて行った。
 四人の足音が廊下に響いている。
 
 「そう言えば、気になってたんですけど」
 
 「なんでしょう」
 
 「他の人は、今どこに?」
 
 「全員食堂ですよ。一人も欠けることなく食事の準備をし、食事を始める。私は、まぁ、誰かが入ってきた気配がしたのでお迎えにあがったまでのことですよ」
 
 「気配って……」
 
 「それほど不思議に思うこともありませんよ。長年、同じところに住んでいると、空気が変わるのがわかるようになってくるんです。誰かが聖堂へ入れば、それだけで教会の空気がピリリと張り詰めるので」
 
 その言葉を、なんとなく灯里は理解していた。
 少人数のARIAカンパニーだから感じられることなのだが、2階や3階にいて、誰かが訪ねてきた瞬間になにかが伝わることがある。それが藍華やアリスといった友達から、アリシアへのお客様であったりと、様々ではあるが、灯里は誰かが来たと、判ることがある。
 
 が、ここはARIAカンパニーとは違って広く、また人数も多い。
 その中で雰囲気が変わったことを感じ取ることが出来るアイラは、この教会のことが本当に好きなんだな、と灯里は思えた。
 だからと言って藍華が『姫屋』を嫌いであるとか、アリスが『オレンジぷらねっと』を嫌いであるとかとそういう意味で言ったわけではない。
 ただ、本当に好きなんだな、と灯里は思ったのだ。
 
 アイラについていくことしばらく。食堂らしき場所に着くと、全員が着席し、しかし、どの料理にも水にすら口をつけていなかった。
 ただ、雑談だけはしていたので、灯里たちが入って行ってもあまり目立つということはなかった。
 
 「トレイを持って、食事を受け取ります。そのあたりはきっと、ウンディーネの会社の食堂などと変わりはないでしょう」
 
 アイラが先立って移動していく。灯里たちもそれに習うようにトレイを持って並ぶ。
 初めての場所ということと、それが教会の食堂だということもあり、三人は緊張で足が震えていた。
 その気配を感じたのか、アイラが振り向いてニコリと笑った。
 
 「あなたたちがいつもしているようにしてくれれば、それでいいのです。行儀が悪いからといって、ここでは特に気にされることはありませんよ」
 
 その言葉にほっと安堵する。
 アイラが「4つ」と厨房側のシスターに注文すると、あっという間に皿が出された。
 すくって皿に入れただけのようだった。
 
 その早さに、藍華とアリスはギクリとした。灯里はその二人の反応に首をかしげながら、アイラから皿を受け取る。
 それ以上の料理は出てこなかった。灯里は皿の中のスープのような、ゼリーを細かく砕いたようなものを興味深そうに眺めた。それとは逆に、藍華とアリスはあからさまに顔をしかめていた。
 
 
 灯里たちがアイラに案内され、席に着くと、アイラが席の中央に置いてあったベルを大きく鳴らす。
 今まで雑談していたシスターや神父たちが一斉に言葉を止め、姿勢を正す。
 その行動に灯里たちの一気に緊張が舞い戻ってくる。それをアイラは、優しく微笑んで言う。
 
 「大丈夫。お祈りの時間です」
 
 アイラが言うか早いか、食堂の中で、一人の神父が立ち上がり、なにかを唱え始めた。
 灯里たちは距離的によく聞こえなかったが、あれがアイラの言う『お祈り』なのだろう、と予想した。
 
 しばらくその言葉が続き、食堂のシスター、神父が一斉に各々の皿へ飛びつく。
 
 「もう食べてもいいですよ。さぁ、いただきましょう」
 
 「あ、はいっ、いただきますっ」
 
 『い、いただき、ます……』
 
 灯里とは対照的な雰囲気の二人。それがなぜかわからない灯里は、とにかく首をかしげることしかできなかった。
 木製のスプーンで、皿の中のスープ状のなにかをすくい、灯里が口の中へ含んだ。
 
 とたんに、
 
 「う」
 
 それ以上、スプーンを動かしたくなくなった。
 口の中にあるものだけは飲み込もうと、もそもそと噛み、水で流しこむ。
 
 灯里が隣のアイラを見ると、彼女はなんでもないようにひょいひょいとそれを口に運んでいた。
 
 「あ、藍華ちゃん、アリスちゃん、これ、なぁに?」
 
 「マンホーム育ちのあんたは知らないでしょうね」
 
 「私はでっかい嫌いです」
 
 小声で、周りの誰にも聞こえないように、三人はひそひそと内緒話をする。
 
 「オートミールよ、これ。もしかして、とは思ってたけど、まさか本当に出てくるなんて……」
 
 「おーとみーる?」
 
 「灯里先輩にわかりやすく説明するなら、日本のお粥のようなものです。ただ、それよりはマズイと思います」
 
 確かに、と灯里は頷いた。
 言ってしまっては何だが、一言で説明するなら『マズイ』に尽きる味である。
 
 「おいしくないでしょう?」
 
 苦笑いしながら、アイラが三人に言った。
 その言葉にぎょっとしながら、三人はそろって首を横に振る。
 それを見て、さらにアイラは苦笑を深めた。
 
 「ここのオートミールは牛乳を水でといたものを使用して煮たものです。それに、少量の塩しか入っていないので、とかく初めて食べる人にはひどい味に感じるでしょう」
 
 「…………」
 
 そっと、アイラが灯里に紙包みを手渡した。
 続けて、周りに気がつかれないように、ぽそりと告げる。
 
 「それには砂糖を包んでいます。周りにバレないように、入れて食べてください」
 
 にこりと、彼女は微笑んだ。
 
 アリスから順番に、藍華、灯里とオートミールに砂糖をまぶしていく。
 それで、少々ではあるが、食べやすくなったのか、止まっていたスプーンが徐々に動き始めた。
 それでもたっぷりと20分かけて、灯里たちはオートミールを完食した。
 
 「お世話になりました」
 
 「いえ。では当日、またお会いしましょう」
 
 また来た道を戻るのかと思うと、三人はごはんがおいしくなくても教会にいたくなってしまった。
 だが、帰らなければみんなが心配する。おいしいごはんが食べられない。
 残念なんだか嬉しいのだかわからない感情を抱えながら、灯里、藍華、アリスは草原を駅に向かって歩き出した。
 
 「ちょっと思ったんだけど」
 
 藍華がぼうっとして、空を見上げながら言う。
 
 「アイラさんってさ、もしかして、おいしいご飯が食べたくて来るとかだったりしてね?」
 
 「まさかー」
 
 「それが本当なら、とんだ破戒シスターですね」
 
 三人で目を合わせる。
 昼食時、アイラは『誰かが来たと思ったから』聖堂へ来たと言っていた。
 灯里たちと顔を合わせて、そこから食堂まで、アイラが砂糖をどこかから取り出すような暇はなかった。
 元から持っていたのか、それとも、“砂糖を取りに来たら灯里たちを見つけたのか”。
 
 「……、ま、まさかねー?」
 
 真実を知るのは、当人だけだった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 士郎さんが旅立ってから、ちょうどひと月が経とうとしていた。
 あと数日でレデントーレ。電話がかかってくるなら、そろそろのはず。
 年甲斐もなく、私は毎日会社にいるあいだは、電話の前にいた。電話が鳴った時、すぐにわかるように出来るだけ音を立てずに生活するような癖がついてしまったのも、この頃だったりする。
 
 「ふぅ」
 
 今日は昼から休みだった。
 というより、ここ数日は昼以降はできるだけ予約を取らないようにスケジュールを組んでいた。
 まったく、思い返してみればなんて恥ずかしい。
 
 灯里ちゃんたちは、今日はまだ練習らしい。
 レデントーレの準備も着々と進み、今では、主賓である士郎さんが帰ってくるのを待つのみとなった。
 
 「…………」
 
 紅茶を口につけながら、ちらりと電話を見る。
 見ても鳴らないことくらいはわかっているのに、つい視線が電話の方をむいてしまう。
 もう一度、紅茶を飲む。
 
 「…………」
 
 にらめっこ。
 電話を凝視する。士郎さんにあの電話越しに想いよ届けと念を送ってみる。
 むむ、と唸ってみても、鳴るわけでも想いが届くわけでもない。
 けど、ついやってしまう。自分自身でクスリと笑って、紅茶を飲み直す。
 
 夏の日差しがじりじりと降り注いでいる。
 影が濃い。海面からの反射光で、影の上でもひかりがチロチロとゆらめいている。
 少し、ぼうっとする。暑さにやられて、頭が少しくらくらする。
 ちょっとだけ、眠い。
 
 「…………」
 
 再び目を開ける。
 空は少し、赤みがかっていた。
 
 「……風邪ひいちゃう……」
 
 もぞりと動いて姿勢を正す。
 汗が制服にべったりと張り付いていて、気持ちが悪かった。
 
 「シャワー、浴びよう」
 
 二階に上がって、制服を脱いで、シャワールームに入った。
 ぼーっとしたまま、頭から冷たい冷水のシャワーを浴びる。少しして、温かな水に変わり、また冷水に戻す。
 ぼーっとする頭で、それを繰り返す。
 繰り返す繰り返す。
 
 「……ん」
 
 シャワーを締める。
 チョロチョロと水道に残ったお湯がこぼれて、頭を打つ。
 
 「…………あ、バスタオル忘れちゃった」
 
 どうしよう、と考えて、誰もいないんだし、気にすることはないか、と結論付ける。
 脱衣所のそばに、バスタオルは置いてある。そこまでだったら、裸で出て行っても誰にも見られないだろう。
 ガション、とシャワールームの扉を開けるのと、ガチャン、と脱衣所の扉を開けるのは同時だった。
 
 「…………」
 「…………」
 
 目が合う。
 私と、相手が目をぱちぱちと瞬かせる。
 目の前の現実は本当か、それともぼーっとしすぎて夢でも見ているのだろうか。
 
 「き」
 
 「き?」
 
 胸一杯に息を吸い込む。
 目に涙がたまる。喜んでいいのか、悲しめばいいのか、わけがわからなくなる。
 
 「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
 
 
 結論から言うと――――、
 
 「えっと……ただいま、アリシア」
 
 「……おかえりなさい」
 
 「え、と」
 
 士郎さんが帰ってきていた。
 ――――帰ってきていた。
 
 「帰ってきたら、誰もいなくてだな、えっと……、シャワールームから音が聞こえたから、誰か入ってるのかな、と思って開けたら、その……ごめん」
 
 「……それもありますけど、もっと違うところで謝るところ、ないんですか?」
 
 怒っているわけではなかった。
 ただ、笑顔で、士郎さんをまっすぐ見据える。
 
 「う。……電話、忘れてた」
 
 「……。まったく、みんな、迎えに行こうって言ってたんですからね?」
 
 「それは……悪いことしたな。うん、明日にでも謝りに行くよ」
 
 少し、距離があった。
 気まずいからそれはしょうがないんだろうけど、やっぱりちょっと、ツンケンしすぎたかもしれない。
 
 「士郎さん」
 
 「うん?」
 
 「おかえりなさい」
 
 今は、彼が帰ってきてくれたことに、ありがとう。
 士郎さんは、きょとんとして黙ってしまった。バツが悪そうな顔をして、視線をそらす。
 それもすぐに正面を向いて、やさしく微笑んでくれた。
 
 「ああ、ただいま、アリシア」
 
 「はい」
 
 沈む夕日を眺めながら、彼が、私の日常に帰ってきた。
 
 「おかえりなさい、士郎さん」
 
 彼は、そう、帰ってきただけ。だけなのに。
 
 「う、……ぐすっ」
 
 「――――っ、あ、の……ごめん」
 
 「なんで、謝るんですか……」
 
 「いや、その……裸、見ちゃったし……」
 
 「……忘れてください」
 
 「善処する」
 
 「忘れられないんですか?」
 
 「……個人的なことを言うと、その」
 
 「?」
 
 「忘れたくない」
 
 「――――っ!?」
 
 不意打ちだった。
 それが嬉しいことなのか、恥ずかしいことなのかの区別が上手くつかない。
 どうやって切り返せばいいのか、まったくわからない。
 
 「あ、あらあら……」
 
 どうしましょう、と悩んでいると、外から声がした。
 
 「ただいまかえりましたー!」
 
 どたどたと騒がしく駆けあがってくる足音と、陽気な笑い声。
 どうやら、灯里ちゃんたちが練習から帰ってきたようだった。
 
 「アリシアさん、今日こそ士郎さんから連絡あり――――ええええええ!?」
 
 「どしたの灯里…………って、うえ!?」
 
 「――――でっかいイリュージョンです」
 
 これが魔法か、と三人は騒ぎ立てる。
 私が説明しようと前に出た瞬間、藍華ちゃんが「あっ!」と声を上げた。
 
 「アリシアさん、泣いてたんですか……? 衛宮さん、まさか、泣かせたんですか?」
 
 「ちが――わないけど、違う!」
 
 「どっちですかっ! 連絡もなしに帰ってきたと思ったら、それだけでは飽き足らずまさかアリシアさんをも泣かせてしまうとはどういうことですか衛宮さん!」
 
 「士郎さん……」
 
 「でっかい甲斐性なしです」
 
 言われたい放題だった。
 だというのに、士郎さんはどこか楽しそうにそれを聞いていた。
 彼女らの声を聞けるだけで嬉しい、といった感じの雰囲気が滲んでいた。
 
 「違うって言ってるだろ」
 
 「でもアリシアさん泣いてるじゃないですかー。アリシアさん自身が動かぬ証拠ですよ、衛宮さんっ?」
 
 「アリシアは動くぞ」
 
 「そんな屁理屈聞いてませんよっ!」
 
 笑顔と、笑い声と。
 彼女らに愛されている士郎さんは、同じように彼女らのことも愛していて。
 ……じゃあ、私は?
 疑問が渦を巻く前に、灯里ちゃんと藍華ちゃんとアリスちゃんが合唱した。
 
 『おかえりなさい!!』
 
 士郎さんは、笑っていた。
 ……士郎さんは、それらしい態度をとるだけで、面と向かって好きだと言ってくれたことがない。
 ときどき、不安になる。士郎さんはそんな人じゃないってわかってるのに、どうしても、疑う心が生まれる。
 本当は、私の勝手な思い込みで、士郎さんは、私のことなんて――――と。
 
 「――――シア?」
 
 士郎さんは誰にでも優しい。
 その優しさをむけるひとりが、私だというだけで――――。
 
 「アリシア!」
 
 「わっ?」
 
 「どうしたんだ、ぼーっとして」
 
 「い、いえ……その……なんでもないんです」
 
 「また熱でも出たんじゃないのか?」
 
 そう言って、士郎さんの腕が私のデコに伸びてくる。
 触られると同時、びくりと肩をすくめてしてしまう。ぎゅっと目をつむって、また、泣きそうになる。
 ……いけない。甘えられる人が見つかって、つい、そればかりに目が行ってしまう。
 
 関係と、依存は違う。
 支え合うことと、寄りかかることは違う。
 
 「うん。熱はないみたいだな。……それじゃあ、アリシアが元気になるように、今日は俺が夕飯を作るからな」
 
 袖をまくりあげて、士郎さんが台所へ向かった。
 私は、求めすぎているのだろうか。甘えすぎているのだろうか。弱さを見せてくれた士郎さんになら、と。
 対価を求めているのだろうか。安心を、求めてしまっているのだろうか。
 
 好きだという気持ちに嘘はない。
 だけど、その好きだという気持ちが強くなればなるほど、士郎さんが私をどう思っているのかがわからなくなる。
 不安になる。何も言ってくれない、彼のことが、怖くなる。
 
 一方通行でしかない、今の私の気持ちが、怖くなる。
 止まらない私の心と感情が、とても、怖くなる。
 
 「おかえりなさい……って、言えたのに」
 
 私だけが、空回り。
 なんだかちょっと……、バカみたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:35   end
 
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

胸がしめつけられるようなバッドエンドが書きたい。それから拍手レス。

ある程度の構想はあったりする。短編ですが。
ども、草之です。
 
物語を書くとき、もちろん「なにが書きたい」という思いはあるんですが、それとは別に、「どういうもの」を使ってそれを書きたいか、という思いも別にあります。
 
つまり、世界観と、それをどういうキャラクタで表現しよう、という部分ですね。
世界観からキャラクタが生まれるのではなく、むしろ、キャラクタから世界観を生み出したい。
そんな話です。
 
「夢」という単語を使って「バッドエンド」を書きたい。
が、今回の草之の気持ちに当てはまります。
あらがえない運命に立ち向かい、破れてしまうという物語が、破滅的なものが書きたい。
年末だし。いやな気持はおいて来年に、ってな感じでね。
 
というわけで、ある程度ゲリラ的に更新するかも知れません。
それを読んでどういう気持ちになるかは、あなた次第。
というものが書きたいのですよ、とにかく。そういう物語が!!
 
という心の叫びでした。
以下拍手レスです。
 
 
以上、草之でした。
 
 
 

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

B.A.C.K   Act:Last-2

 
 オレはいつから、それを苦だとは思わなくなっていたのだろう。
 
 絶望の世界を俺にくれた、戦闘機人が憎かった。
 心情風景の中で幾度となく蹂躙し、凌辱し、血の飲み、肉を喰らった。
 幾星霜そうし続けても、苦しみは消えなかった。心のどこかで、深く根付いた憎しみと憎しみと憎しみと憎しみと憎しみと憎憎憎しみと憎しみ憎と憎憎憎憎し憎憎みと憎憎憎憎憎し憎憎みと憎と憎憎憎み憎憎憎憎憎みみ憎憎憎憎憎と憎しみと憎憎しみしみ憎憎憎し憎憎憎憎し憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎み憎憎と憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎しみと憎憎憎ししし憎憎――――――――……………。
 
 殺したかった。それで全てが終わると信じていた。
 心の中ではなく、肉を抉って、骨を砕いて、血を溢れさせて、この手をアイツの油で染めて。
 
 それを思うだけで、苦しかった。その瞬間を思い出して、幾度も幾度も、涙した。
 親父を殺されただけじゃあなかった。こんな感情を抱くことなどない未来を、食い潰された。
 誰から何と言われようと、オレは憎しみを込めて刃を揮っていた。それで強くなっている実感があった。
 いつもいつも目の前の存在を消したとき、言い表せないほどの快感が、悦楽が身体を襲った。
 
 だが、笑えなかった。
 自嘲の笑みを、出せなかった。
 笑えども笑えども、いつもいつも、それは悦びの笑みだった。
 振り返るように、自嘲的な笑みを、オレは出せなかった。
 
 『何をしてるんだ』なんて疑問を、持てなかった。
 なぜなら、それが、本当に正しいことだと思っていたから。いや、思うなんてものじゃない。
 そうしないと、自分が保てなくなっていたからだ。
 憎しみに染められた自分が、憎しみを忘れようとしているのは、つまり。
 
 ――――それは自己否定。
 
 振り返ることをしないのではなく、振り返られない。
 振り返ってしまった瞬間、オレは、壊れる。帰る場所などなく、ただ、崖に向かってのろまに歩くだけ。そんなことしか出来ない。
 
 だったら、いつから、オレは…………。
 オレは、それを苦に思わなくなったのだろう。
 
 
 -0:13:44
 
 
 「初めは、ただ、うっとうしかっただけなのにな……」
 
 閉じていた目を開けた。
 空は青く、雲は白い。当り前のことに、どうしてか胸が透いた。
 起き上がると、騎士甲冑が修理されていた。どうやら、寝ている間にジークフリードとバルムンクがやっておいてくれたらしい。
 どれくらい寝たかはわからない。が。
 
 「ミーア……」
 
 禍々しいまでの魔力の流れ。
 ヴィルヘルムが、表に出てきてしまっているようだった。
 バルムンクに確認を取ると、ヴィルヘルムは一晩の猶予を言い渡してきたとのことだった。
 
 「飛べるか?」
 
 飛行魔法を行使する。
 自身のリンカーコアに乱れはない。魔力の流れも安定している。
 どうやら、魔力はほどよく回復したらしい。
 
 騎士甲冑からバリアジャケット『魔導甲冑』へシフトする。
 ジークフリードをストライクモードで起動。目的地は――――
 
 「アースラだ。急がなくてもいい。行くぞ、決戦だ」
 
 体が風を切って進む。
 遠くまで見渡せるように高度を上げた。充満する禍つ魔力などお構いなしに、空は青々としていた。
 気流に乗る。ご、と身体が風に押される。雲を切り裂いて、さらに高度を上げる。
 
 「――――ああ、いつからなんて、どうでもいいだろ、そんなこと」
 
 居場所になってくれという、オレ自身から出たなんて信じられない言葉。
 それは、本当に、信じられなくて。
 
 だからこそ、これから彼女に言わなければならないことを思うと、ああ。
 
 ――――笑えた。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「どうなってんねん、これ……?」
 
 ヘリに乗り込んだのとほとんど時間差なく、それは現れた。
 黒い竜鱗。広げれば、いったいどれほどになるのか予想もできない巨大な翼。
 それが咆哮するだけで、ヘリが軋んだ。ギシギシと、空気を伝わった音の振動がヘリを唸らせる。
 
 「ヴァイスくん!」
 
 「任せてくださいよォっ!」
 
 バランスを崩しかけたヘリが、すんでのところで持ち直す。
 改めてヴァイスくんのパイロットとしての技量を再確認しながら、シグナムに通信を送る。
 
 『主はやて! 無事でしたか、よかった』
 
 「そっちこそな……って、シグナム、腹、それ……」
 
 『血は止まっています。傷も半日もすれば閉じるでしょう』
 
 横一線に、シグナムの腹に刀傷がついていた。
 いや、と首を振る。これで済んでよかったのかもしれない。
 
 「それで、なにがどうなってあんなんが出てきてん?」
 
 独特な魔力の流れと、ロストロギアですらそうそうない魔力の保有量。
 その上、そいつに意識があるという事実。化け物だった。
 
 「普通やない。あんなん、『自我を持ったロストロギア』やないか」
 
 『闇の書』とは違う、完全な自我。
 道具としてではなく、個人として、ロストロギアの魔力を繰ることが出来る存在。
 
 『私が、ミルヒアイスを斬りました』
 
 それだけで十分だった。
 
 「……意識を、投げ出したってことか」
 
 『…………彼女は、『死』を望んでいます。人からすれば、永遠にも思える千年という時の中で、彼女には自滅意識が生まれていたようです』
 
 「……ち。なんやそれ。くそっ」
 
 シグナムは私の怒り方に首をひねった。
 その反応に苦笑し、続けて「ユーリ」と一言言うと、シグナムは納得したように頷いた。
 
 「ユーリは、ミルヒアイスを探しててんで?」
 
 『……どうしますか、主はやて?』
 
 「愚問やな、シグナム。約3日。それだけの時間、ヴィルヘルムから生き残れる自信があるってんやったら別やけどな?」
 
 『戦力は?』
 
 「アースラに帰らんとなんとも」
 
 『では、アースラで』
 
 「よっしゃ」
 
 そこでひとまず通信を切った。
 まずは、アースラへ帰還せん限り、状況確認もままならん。
 
 「ヴァイスくん、聞いてたな?」
 
 「ばっちり聞いてましたよ。了解です、飛ばしますよ!」
 
 ぐん、とヘリが傾く。あっという間に、最高速度まで加速する。
 それを確認してから、無事に脱出を祝うことにした。
 
 「お疲れ様やね、なのはちゃん。それと、ありがとな、スバル、ティアナ。最後に、おかえり、ヴィヴィオ」
 
 全員が笑い返してくれる。
 が、その笑顔が堅い。
 
 「……八神部隊長、状況がよく飲み込めません。あの声と、咆哮はなんだったんですか?」
 
 ティアナがいち早く訊いてくる。
 これからの全員が巻き込まれることだ。隠すこともない。
 
 「あー……と。ユーリの探し人、ミルヒアイスの中身は『ヴィルヘルム』っちゅう真竜や。説明しづらいけど、簡単に言うと、ロストロギアが自我持って暴れてるような存在やね。どれくらい危険なヤツか、わかるか?」
 
 スバルとティアナはごくりとつばを飲む。
 理解が早くて助かる。苦笑して、これからを簡単に説明しておく。
 
 「ヴィルヘルムの言葉が正しいなら、私らはじっとしてても殺される。この世界と一緒にな」
 
 その認識は全員一緒かを、それぞれの顔を見まわして確認する。
 
 「なら、私らに出来んのはなんや? 抵抗やろ。みすみす殺されんのを待つほど、私らはアホやない。そうやろ?」
 
 「……はやてちゃん、勝算は?」
 
 「なのはちゃん、聞いてたか? 抵抗や、言うたねんで?」
 
 「……わかったよ。私も付き合う」
 
 少しあきれた様子で、なのはちゃんは笑った。
 そう、勝算なんて、ほとんどゼロ。私らに出来るのは、抵抗。
 反撃や、勝利や、破壊の二文字ではなく、抵抗。
 
 みすみす殺される、つまり、どうせ殺されるのなら、たった一撃でもその面に叩き込みたい。
 そういうこと。
 
 「向こうが動くのは、明日の夜明け。それまでにこちらの態勢を整え、万全の態勢で迎え撃つ」
 
 それがすべてで、それが、抵抗。
 スバルとティアナ、ヴィヴィオを向く。
 
 「心配せんでええ。少しでも長ぅ、生きさせたる」
 
 明日の夜明けまで、あと20時間もない。
 残された時間は少なくて、それでも、生を感じるには十分すぎた。
 
 
 
 「ただいま」
 
 「八神部隊長!」
 
 アースラの艦橋に戻って来ると、全員がこちらを向いた。
 それぞれの歓迎に、軽く手を上げるだけで答えておいた。グリフィス君が今まで温めていてくれた場所に、立つ。
 
 「状況は?」
 
 「変わりません。“ヴィルヘルム”は出現した場所から動くこともなく、ただじっとしています」
 
 「地上部隊と、航空隊はそれぞれクラナガンへ向かっています。おそらく、向こうも迎撃準備に入っているものと考えられますが……」
 
 「……指揮は誰が取っとるんや? ナカジマ三佐か?」
 
 「地上部隊はナカジマ三佐です。航空隊の方はフォルクス・W・ヴァッサー二佐が指揮しています」
 
 どちらの指揮者も部隊長クラス。
 判断に間違いはないはず。うん、と一人頷く。
 
 「進路決定。本艦もクラナガンへ!」
 
 『了解!』
 
 さて、これからどうしようかと腕を組む。
 逃げ場はなし。打つ手もなし。四方八方塞がって、お手上げ状態。
 クラナガンへ向かい、部隊を合流しても、それでなにが出来るわけでもない。
 頭のいない烏合の衆は、あっさりとヴィルヘルムに食い殺されるだろう。
 
 「みんな、聞いてや」
 
 艦内放送を開く。
 正面モニターにアースラ中の六課スタッフが見えた。
 
 「……これから、私らはあのヴィルヘルムと戦うことになると思う。戦闘要員は気づいてるかも知れんが、あいつは同じ舞台で戦えるほど生易しい奴やない。これは戦闘やない。“足掻き”や」
 
 にわかにざわつく。
 そのざわつきを無視して、続ける。
 
 「クラナガンへ到着次第、各自、明日の夜明け前まで自由行動とする。休んでもええし、逃げてもええ」
 
 今度は、しんとした。
 艦内放送は以上、と伝えると次々とモニターが閉じられていく。
 力が抜ける。なんで、こうなったのだろう。
 
 「……八神部隊長」
 
 グリフィス君が、心配そうに声をかけてきた。
 彼の方を向くと、見たことのない顔があった。それを笑うと、苦々しそうな彼の表情が余計に深まった。
 
 「本当は、何か手を思いついてるんじゃないんですか?」
 
 「……さぁな。例えば、夜天の魔導書を暴走させてあいつにぶつけるとか?」
 
 ロストロギアの暴走を叩き込めば、あるいは。
 それは確かに考えた。やけど、情けない話、それをするだけの覚悟が、私にはない。
 今この状況でも、私はまだ生きたいと思ってる。
 だというのに、口から出るのはネガティブなことばかり。はぁ、とため息をついた。
 
 「……そう言えば、クリームヒルトはどこ行ってん?」
 
 「ワタクシならずっと後ろに居ましたわ」
 
 その声に振り向くと、艦橋への出入り口の隣に、フルサイズの状態で壁にもたれながら立っていた。
 気がつかないくらいに私が参ってたって? ひどいな、こりゃ。
 
 「古代ベルカの融合騎さんには、なにか手はないんか?」
 
 「……ひとつ。ええ、ひとつだけありますわ」
 
 「…………ホンマに?」
 
 「こんなことで嘘をついてどうするのです? ユーリがいれば、その方法を取ることもできますわ」
 
 嫌な汗が背中を伝う。
 その先を聞くのを憚られる。口が動かない。
 金魚のように、口をパクつかせるだけで、声が出ない。
 
 「……まぁ、この先はワタクシが言えることではありませんものね。ユーリからお聞きくださいませ」
 
 そう言って、クリームヒルトは踵を返した。
 長い白髪をはためかせて、艦橋を出ていった。
 
 「八神部隊長、ユークリッド隊長の反応をキャッチ、しました……」
 
 シャーリーが重々しく告げる。
 モニターには、こちらにむかって飛んでくるユーリの姿が映し出されていた。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 連絡を取ると、降下ハッチからの着艦を許可してくれた。
 中に入ると、ティアナとスバル、エリオとキャロが出迎えてくれた。軽く手を上げると、むこうも手を振って走り寄ってきた。
 
 「よう、お疲れ様」
 
 『お疲れ様です!』
 
 四人がそろって敬礼してくる。
 それに苦笑して返して、こちらも軽く敬礼の真似事をしてその横を通り過ぎていく。
 
 「はやては、艦橋か?」
 
 「あ、はい。あの、ユークリッド隊長……?」
 
 「うん?」
 
 ティアナが隊長、と言って呼び止めてくる。それにまた苦笑しながら、足を止めた。
 
 「医務室へは、行かなくて……も?」
 
 「後で行くさ。どうせ――――」
 
 「え?」
 
 「なんでもない。お前らも、ちゃんと休んどけよ」
 
 格納庫から出ていく。
 扉の手前まで来て、後ろからフォワードではない声に呼びとめられた。
 大きく強く叫ぶその声は、聞き間違えるはずもない。
 
 「ユーリ!」
 
 「……よう、“オバサン”」
 
 「こ、ンのッ――――!!」
 
 来ると解って、避けなかった。
 ガツン、と頭に衝撃が走る。その勢いのまま吹き飛ばされ、壁に背を叩きつけた。
 ごほ、とせき込んだ。
 
 「お前は――――ッ!!」
 
 「シグナム副隊長!!」
 
 「や、やめてくださいっ!」
 
 エリオとキャロが俺のそばに座りこみ、ティアナとスバルがシグナムを抑えていた。
 口の中が苦い。切れたようだ。
 
 「お前は主を傷つけた、傷つけ、――――たんだぞッ!!」
 
 「落ちついてくださいってばッ!」
 
 「シグナム副隊長ってば、も、やめてください!!」
 
 壁を杖にして、エリオとキャロに支えられながら立ち上がる。
 そこで初めて、シグナムと顔を合わせた。シグナムの身体を見た。
 泣きたくなった。
 
 「…………」
 
 「――っ、お前は……なんて顔してるんだ」
 
 「戦ったんだな、お前が、シグナム」
 
 「ああ。……私が、斬った」
 
 「…………」
 
 腹部に横切る血閃。
 もうほとんど治りかけているところを見ると、少しほっとした。
 エリオとキャロに離れるように言って、ティアナとスバルにも同じことを言った。
 それでいきなり殴りかかってくるほど、シグナムもバカではないらしい。
 
 「もう一発」
 
 「なに?」
 
 「オレが知ってる限り、お前はもう一発だけオレを殴る理由があるだろ?」
 
 「――――」
 
 「すげえ、よかったよ」
 
 その一言で、シグナムは烈火した。
 エリオとキャロは首をひねり、ティアナとスバルは一気に顔を上気させていた。
 シグナムは拳を振りかぶり、それは――――、
 
 「…………どうした」
 
 振り下ろされることはなかった。
 血がにじむほどに握りしめられた拳は、行き場がなくなった様にも似て、大きく震えていた。
 彼女の瞳には涙がたまり、噛みしめた唇からは血がにじんでいた。
 
 「どうして、そんな顔してんだ、シグナム」
 
 「……私たちは、リンクしている。あの日の夜、確かに、主はやてからあふれ出した感情に中てられていた。イタイという感情よりも、なによりも、お前といれるということが、主には、幸、せに…………感じて…………っ」
 
 顔を伏せていてよく見えなかったが、床に涙がこぼれていた。
 涙のほかに、顎を伝って落ちた血も、拳から落ちた血も床を斑模様に染めていた。
 
 「この、大馬鹿者がッ!」
 
 不意に、その手は振り下ろされた。
 しかし、その衝撃は重いものではなかった。
 
 「――――、は」
 
 頬を、思いっきりはたかれた。
 シグナムはそのまま走り去ってしまった。叩かれた頬をなでると、べとりと血が手についた。
 それを袖で拭って、追うように格納庫から出て行った。
 フォワード全員がぞろぞろと後ろをついてくる。それを咎めようとも思わないし、嬉しいとも思わない。
 歩いて歩いて、途中、何人もの隊員から声をかけられたが、そのすべてに適当な返事しかしなかった。
 
 艦橋へ到着する。
 扉を開けると、すぐにはやての背中が目に入った。
 
 「ユークリッド・ラインハルト、ただいま帰還しました」
 
 扉が開く音で気が付いているだろうが、一応、声をかけておいた。
 バッとはやてが振り向く。しばらく、なにも言わずに見つめ合っていた。
 ただ、それはいわゆる恋人同士の甘いものなどではなかった。
 
 「おかえり、ユーリ」
 
 のどから絞り出したような声だった。
 
 「どうしたんだ、はやて。泣きそうだ」
 
 「そんなんちゃうよ。……クリームヒルトから、聞いたで」
 
 「方法はひとつだけだ。これ以外に、オレは方法を知らない。考える暇もない」
 
 「わかってる。そんなん、わかってるんやよ」
 
 はやては本当に泣きそうだ。
 そういうのじゃない、と言っておきながら、今にも涙で瞳がにじみそうだ。
 はやてに歩み寄った。びくり、と彼女の肩がふるえる。その震えごと、抱きしめた。
 
 「……お前は死なせない。お前だけじゃない。出来ることなら、誰も死なせやしない」
 
 「ふ……ぅ、うぁっ、ああ、あああああああっ!!」
 
 触れ合ってしまえば、彼女は女の子だった。
 いつもは気丈に、飄々としてはいるものの、女の子なんだ。
 艦橋のスタッフに目配せして、はやてをつれて艦橋を出て行った。
 
 廊下を進んで、誰もいない場所を探した。
 歩いている間にも言葉ではなく、はやての背や頭をなでながら彼女を慰めた。だけど、そうするたびに、彼女は泣き声を大きくしていく。安心、なのだろうか。それとも、これ以上、深みにはまってしまいたくないのだろうか。
 オレは、なでることをやめなかった。
 
 「…………そこ、左」
 
 「ん?」
 
 「私の部屋、あるから」
 
 嗚咽を吐きながら、細々とはやてが言った。
 それ以上は声には出さず、別れ道が来るたびに指でどちらにいけばいいかを教えてもらった。
 さすが、元次元航行艦といったところだろうか。それほど大きくはない艦なのに、居住空間はしっかりとしていた。
 はやての部屋は、わりと質素になっていた。
 
 「必要なもの以外は、あんまりないって感じだな」
 
 「……昔から、そうやから」
 
 「……そうか」
 
 「家よりも、心の中を、いっぱいにしてたいんやよ」
 
 きゅ、と服を握られた。
 ぐしぐしと鼻水や涙をオレの服で拭いていた。それを、軽く頭をはたいて咎める。
 えへへ、となにが嬉しいのか、はやては笑った。
 
 「おかえり、ユーリ」
 
 「ただいま、はやて」
 
 衣擦れの音だけが妙に大きく聞こえる。
 はやてはオレの背中に腕を回して、力強く抱き込んでくれた。
 こちらも抱き返す。すりり、と胸に頬ずりしてくる様が見ているだけでもこそばゆい。
 
 「はやて、かわいいよ」
 
 「あほ。すけべ」
 
 「なんでだよ。なんにもしてないだろ」
 
 「したないん?」
 
 「……アホはお前だ」
 
 上目遣いに、うるんだ目で見上げてきた。うるんでいるのはさっきまで泣いてたからだろうけど、意外に威力が強くて困った。
 そのまましばらくは抱き合いながら、じっとしていた。はやては、あたたかい。それに、やわらかい。
 オレに母さんの記憶はない。オレを産んですぐに死んでしまったらしい。元から病弱だったとかだ。
 でも、もし、抱きしめられることがあったのなら、きっとこんなあたたかさを感じられたはずだ。
 
 「立ってんの、疲れたわ」
 
 「じゃあ、寝る?」
 
 「あほ」
 
 「んじゃ、座るか」
 
 ベッドに腰掛けると、膝の上にはやてが座ってきた。
 それにびっくりすると、はやてはむっとした表情でねめつけてきた。
 
 「なんなんよ」
 
 「いや、隣に座るかなって思ってたからさ」
 
 「重い?」
 
 「やわらかい」
 
 「あほ」
 
 「それで結構」
 
 する、とはやての頬をなぜた。くすぐったそうに身をよじらせて、はやても同じようにオレの頬をなでる。なるほどくすぐったい。
 頬をなでながら、ちょうど手の甲に当たっている髪の毛をすくいあげる様に梳いた。普段は見えないはやての耳が見えて、妙に色っぽかった。
 そのまま耳を指でもむ。くにくにと耳たぶをこね、耳の溝を指でなぞる。耳の裏を、くすぐるようにいじる。
 くすぐったそうに身をよじっていたはやてが、いつの間にかそれだけではなくなっていた。
 
 「ここ、いいんだ」
 
 「くすぐったいだけやもん」
 
 今までの自分の反応が恥ずかしいのか、ぷくっとふくれてしまった。
 膨れた頬をつんつんとつついて、手をそのまま首筋に持っていく。触れるかどうかの微妙なところで首をなぜる。
 ころころと指を転がすようにのどをくすぐると、はやての吐息に色が混ざり始めた。
 
 「ふふ」
 
 「む。なんやのん」
 
 「かわいいな、本当にお前は」
 
 「~~っ」
 
 「いだだだだだっ!?」
 
 つねられた。
 
 「なんだよ」
 
 「ユーリばっかずるいわ」
 
 顔を真っ赤にしながら、はやてが拗ねたように言う。
 彼女の髪の毛を梳くようになでて、笑いかける。
 
 「じゃあ、はやての番だな」
 
 む、と唸ってから、はやてが恐る恐る手を差し出してきた。
 さっきと同じように頬をなで、オレがしたことを思い出しながら、髪の毛を梳いてきた。
 
 「あは、ユーリ髪の毛かったー」
 
 楽しくなってきたのか、はやてがオレの髪の毛で遊び始めた。
 それなりに多い髪の量をもさもさといじりながら、きゃっきゃと笑い始めた。
 
 「ゆーり」
 
 「うん? ――――ん」
 
 不意打ちだった。
 ゆっくりと離れていく唇を逃がすまいと、オレの方からもした。
 
 「んふ。私の番終わり」
 
 「――――はやて」
 
 「ん――――」
 
 残された時間で、精いっぱいの好きを彼女に伝えたかった。
 それが届いたのかどうかはわからないけど、オレが伝えられる方法で、伝えたい方法で、はやてに伝えた。
 だから、言おう。
 かなり笑える、オレの言葉を、彼女に。
 
 
 
 ――――夜。
 日が落ち、空は薄い暗闇に満たされていた。
 
 オレとはやて、フォルクス、ナカジマ三佐が集まり、話し合っていた。
 
 「俺はそれで構わん。俺が全体指揮なんて、とるガラじゃねえよ」
 
 「私も異存はない。大隊としての指揮は取るが、全体としての指揮はお前にまかせよう」
 
 「……任されよう」
 
 地上大隊指揮はナカジマ三佐、航空大隊指揮はフォルクス。
 そして、統括指揮はオレ、ユークリッド・ラインハルト。旗艦はアースラ。
 地上部隊はこの話し合いが終わり次第出発。足の遅さをカバーする。
 航空隊は日が昇る前に、アースラと並んで出陣。最大戦速で攻め入る。
 
 「作戦はひとつ」
 
 今夜に出発する地上部隊は、ある程度まで近づいてから待機。
 航空部隊の援護に回る。
 航空部隊は、地上部隊に速度で上回る分、アースラの護衛兼迎撃、フォワード、両翼、バックスを全て引き受ける。
 地上部隊の援護を受けつつ、雑魚の殲滅。
 
 「そして、本隊」
 
 アースラ、延いては機動六課所属の隊長陣が一丸となる。
 クリームヒルトの超長距離射撃用リニアカタパルトで、音速飛行を以てヴィルヘルムに肉薄する。
 そこで、一気に押し切る。
 
 「ただ、はやてだけはアースラで待機だ。あとは、話した通りやってくれればいいから」
 
 「了解や」
 
 快く頷いてくれた。
 
 「地上部隊には、六課の交代部隊と、フォワードからティアナ、スバル、エリオを出す。航空部隊には、同じくフォワードからキャロ。航空部隊は、ヴォルテールの殲滅砲撃に気をつけながら、戦闘にあたってくれ」
 
 ナカジマ三佐、フォルクスも力強く頷いてくれた。
 質問は? と訊いて、全員を見まわす。ナカジマ三佐とフォルクスが手を挙げた。
 
 「じゃあ、フォルクスから」
 
 どちらかと言えば、フォルクスの方が知り合いとしての度合いが高かったので、彼を指名した。
 
 「ラインハルト。お前の秘策とはなんだ?」
 
 「俺もそれが訊きたい」
 
 質問の内容は同じものだったらしい。
 出来れば、黙っていたかったのだが。
 
 「バルムンクだ。こいつは、もともと真竜狩りのために造られたデバイスだ。オレをヴィルヘルムの近くにまでやってくれれば、勝利を約束する」
 
 「わかった。お前がそこまで言うのなら、信じよう」
 
 「俺もだ。そこまで自信満々なんじゃ、どう言ったって仕方ねえ」
 
 「それ以前に、打つ手がないんやけどね」
 
 はやての言葉に、全員が苦笑する。
 そこで作戦会議なんてものでもない、話し合いが終わった。
 
 「んじゃあ、俺たちはお先に死地に足を運ぶとするぜ」
 
 そう言って、ナカジマ三佐は笑った。
 それをその場にいた全員が見送る。それに彼は背を向けながら、軽く手を振って応えた。
 この指揮官陣の中で、一番死亡確率が高いのは間違いなく彼だろう。魔力をもたない、指揮官というだけの存在。
 いざというときに、魔法を使えないというリスクは大きい。
 
 だが、死なせやしない。
 彼のことは、本当によく知らない。
 ただ、彼がいなくなって悲しむ奴のことなら、よく知っている。
 
 「私も、準備に入らせてもらおう。ではな、ラインハルト」
 
 「ああ、じゃあなフォルクス」
 
 フォルクスもその場から離れて行った。
 魔導師ランクこそ、Aランクという、標準的な隊長格クラスだが、彼の基本に忠実で堅実な指揮は誰もが認めるところだろう。思った以上に、頭の固くない奴だったしな。
 
 「オレたちも行こう」
 
 「そやね」
 
 並んで、アースラに戻っていく。
 隣のはやての顔を覗くと、目が合った。にこりと微笑まれて、また笑えた。
 自分を自嘲出来る。
 それは願ってもできなかったこと。それが出来る。
 
 「はやて、この戦いが無事に終わったら、どうしたい?」
 
 「どうしたいって?」
 
 「オレと、だよ」
 
 「さぁなー。しばらくは恋人続けたってもええんちゃうかなって思ってる」
 
 「しばらくは、か」
 
 「そ。しばらくは。やって、行くとこ行ったら、その、なぁ?」
 
 顔をまた赤く上気させながら、はやてがもじもじとしながら言う。
 なにを言いたいのかがわかって、思わずこちらも赤くなってしまった。はやてはそこまでもう考えてるらしい。
 はやてらしいというか、なんというか。
 照れ隠しに、顔を見られないようにはやての肩に手をまわして、抱きしめた。
 
 「なにー?」
 
 「なんでもない」
 
 夜は、深くなっていく。
 
 
 
 深夜。まだ日が昇らず、空は薄暗い。
 東の空に光が差すには、まだ数十分ほどの猶予があった。
 
 「全部隊に告ぐ!」
 
 アースラを通して、地上、航空、そしてアースラ全体にオレの声が届く。
 
 「今作戦は、決死だ。立ち向かう存在は、“死”そのもの。然り、死を殺すことなど出来ない。殺す相手を間違うな。殺す相手は、自分自身だ」
 
 アースラが飛び立つ。
 航空隊も並ぶように、旗艦を囲うように飛び立つ。
 アースラのエンジンに火が点く。徐々に加速していく中で、今までアースラがいた場所に、ふたつの異なった召喚魔法陣が展開する。
 
 桃色のそれは火焔を吹き荒ばせ、黒き巨竜を呼び寄せる。
 紫のそれは豪風を荒み切らせ、白き甲角を呼び寄せる。
 
 「拭え。自らの恐怖を。“死”の恐怖を超越しろ。抱き飲まれれば、その瞬間が貴君らの“死”を意味する」
 
 アースラと並ぶように、ふたつの巨影が羽撃たく。
 黒き大地の守護者“ヴォルテール”と、白き月下の守護者“白天王”。
 その肩の上に乗るのは、それぞれの使役者。
 
 キャロ・ル・ルシエと、ルーテシア・アルピーノ。
 彼女は、幼いながらに協力を申し出てくれた一人だった。
 
 「自分自身の命を絶やすな。死に蝕ませるな。“死”は享受することではない。“死”は、覚悟するものだ」
 
 地上部隊、航空部隊それぞれの中には、見慣れないジャケットを着込んだものが数人ずつ存在する。
 初めは、耳を疑った。なぜそうするのか、と問うた。
 返ってきた答えは、それ以上ない簡潔なものだった。
 
 『私たちも、生きていたいからだ』
 
 小柄な少女は言った。
 こすれたような銀色の髪をなびかせながら、その少女は言ったのだ。
 
 『だから、私たちにも戦わせてほしい』
 
 「全部隊、決死準備。手に杖を、手に剣を持て。心に、魂に、刃を抱け!!」
 
 戦闘機人。
 戸惑った。はたして信用できるのか、と。
 しかし、同時に思った。
 
 彼女らは、誰の命を受けてこの言葉を発しているのか、と。
 そう、誰も命も受けず、彼女らは彼女らの意思で、一歩を踏み出したのだ。
 
 「恐怖を討ち払え。勝利の戦慄きを、その手に握れよ!!」
 
 これが、決死戦。
 生きるか、死ぬか。
 それがどういうことであれ、望むものはただひとつ。
 
 「震えよ。我が剣の震えに共鳴し、共に奏でよ! 勝利の旋律!!」
 
 ――OOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!
 ――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
 ――OOOOOOOHHHHHおおおおおおおおおおおおおお!!
 
 目指すは、ヴィルヘルムが命。
 
 「全部隊、我が剣の震えに続け。奏でよ、奏でよ――――ッ!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Act:Last-2  end
 
 
 
 

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現在は主に一次創作を書いて活動中。
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