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2010-05

天使ちゃんにキュンキュンする。そして拍手レス。

ども、草之です。
 
AB!最新話の天使ちゃん、もとい立花かなで(橘奏? 中の人的に立花の方がしっくり)ちゃんが可憐すぎてもう、なんだか、ヤバいです。
株急上昇ですよ。音無との絡みがいちいち可愛すぎて、ああもう!!
あの、名簿見に行くときの音無の制服の裾をきゅって、きゅって握って止めるシーンとかもう、ね!!
新型花澤病だよ!! A型花澤病? T型花澤病? 天使と立花がかかってるのならT型の方がよさそうだな。
 
とりあえず、他の株急上昇といえば高松だ。
あれは衝撃すぎた。
 
「先生、実は私、着やせするタイプなんです。どうですか?」
「いいから座りなさい」
 
ヤバすぎる(笑)
とりあえず、服は着よう。な?
 
 
そして、ガルデモの新曲発表だが。
かなでちゃんの心情描写というか、他のシリアス部分がライブシーンを喰ってしまって集中して見てられなかった。
あのシーンはガルデモの新曲発表という部分よりも、音無がかなでに感じた違和感を浮き彫りにさせるための温度差を表現したかったんだろうなあ、と思う。
ユイにゃんちょっとかませ犬っぽくなって残念。だけど、かなでちゃんの株がうなぎ昇りの天井知らずなので構わんぜよ!!
 
さあ、来週の「ハンドソニックバージョン2」が気になりすぎて今週も長く感じちまうぜ!!
 
 
ということで、以下拍手レスです。
草之でした。
 
 

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背徳の炎  track:34

 
 雨。
 空から滴り落ちてくるそれらは、地面を打ち、弾け、染み込んでゆく。
 それが実りに繋がることは言うまでもない。
 
 だが。
 雨とは天と地とを結ぶ橋なのだ。
 時にはその曇天より、不幸を運ぶ使者を送ることがあるだろう。
 それは悪魔とも呼ばれ、また神とも呼ばれる。
 古来雨は、河を氾濫させ、山を崩し、そして嵐を呼び込んだとされる。
 それはすべて、曇天より下った悪魔がもたらす悲劇であり、人が逆らえぬ運命でもあった。
 悪魔に人は打ち勝てない。
 誰かがうそぶいたこの言葉に、人はあらがう術を持たなかった。
 悪魔、転じて天災は人に勝てぬ存在である。
 
 あらがうべからず。
 雨が運ぶ不幸、悪魔を退けられるものは存在しない。
 ただ身を縮め、その命を守るがいい。
 
 
 
 「えー、今日は詩の朗読からフランス語を学んでいきましょう」
 
 アクセルさんに同時通訳を頼みながら、講義を進めていく。
 私個人としては、戦術や剣技、法力以外のことを誰かに教え伝えるという行為は新鮮であり、また自己鍛錬にも繋がっているのではないかと考えている。
 人に教えるということは、自分の中で復習をするということだ。
 いつも何気なく口にしていた母語も、こうやって教える側に立つことで見えてくることもある。
 楽しい。
 素直にそう思えていた。
 
 授業が終わると、いつものように生徒が私の周りを囲んで離してくれなくなる。
 学園祭までの短い間、ということで、皆真摯に向き合ってくれているのだろう。
 
 「ここの文法がわからないんですけどー」
 
 「ああ、それは――」
 
 アクセルさんがいつものように同時通訳をしてくれる。
 なんとなく、この人が真面目に働いているのを見るのは新鮮だと思ってしまう。いつもは賞金稼ぎをしているらしいのだが、その賞金稼ぎですらあまりパッとした活躍を見たことがない。何をするにも、遊びを盛り入れる悪癖に似たところが彼にはある。
 だが、あのソルと手合わせが出来るほどの実力を持っているのも確かだ。だからこその“悪癖”なのだろうが。
 
 やっとのことで生徒から解放され、職員室に戻ってこれた。
 アクセル先生は中等部へと帰って行き、職員室には私だけ。
 
 今日はこれで終わりだ。
 次回の授業の内容を整理してから、荷物をまとめて職員室を去った。
 教師としてこの時間に職場から帰るのはマズイのだろうが、学園長からは許可をいただいている。
 鍛錬や調査に使いたい、と言うと、快く頷いてくれたのだ。
 ただ、やはり週に一度だけ、という制約はあるのだが、今それは些細な制約だ。
 
 一度エヴァンジェリンさんのログハウスに戻り、荷物を置いてから出掛ける。
 そのときにディズィーさんが「一緒に行っても構いませんか?」と訊いてきたが、やんわりと断っておいた。
 彼女の残念そうな顔を見ると胸が痛むが、この先はあまり一緒にいても楽しくないだろう。
 だからと言って彼女を一人にするというのは、確かに……ジレンマだ。
 
 後ろ髪惹かれる思いを振り切って、ログハウスから走って離れていく。
 
 「……さて」
 
 大きな道に出てきたところで、落ち着くためにしばらく歩いて移動する。
 先日のことだった。何気なく口にした「学園祭で一番人気の屋台」を、生徒の一人が聞きつけ、その場所を教えてくれたのだ。『超包子』。それが、学園祭で一番人気の屋台なのだそうだ。
 名前からして中華料理を扱っているのだろうが、中華料理は――――、まあ、言うまい。
 
 学園祭以外でも屋台は出しているらしく、人の出入りもそこそこ。
 学園祭期間が一番の稼ぎ時らしいのだが、普通に営業している分にしてもかなり儲けてる方だという話だ。
 それを、中学生の女子ばかりでやっているというのだから驚きだ。
 
 数分も歩けば、芳ばしい香りが道いっぱいに漂ってきた。
 
 「このあたり、か」
 
 まさか、いきなり「働け」とは言われないだろうが、なんというか、少し腰が引ける。
 確かに、彼女の中華料理は素晴らしい味だった。あの味以上のものを食したことはない、と断言できるほど美味だった。だが、あの積極的すぎる勧誘は、どうにかならないものか。
 あれがなければ、私ももう少し行きやすくなるのだが。
 
 昔のことに思いを馳せていると、何やら屋台の方向から騒がしい空気を感じ取った。
 少し駆け足になって近付いて行くと、なにやらガタイのいい男子生徒の集団が輪になっていた。
 
 「?」
 
 さらに近づいて行くと、その中心にアジア系の褐色肌の少女がいることに気付いた。
 男子生徒達が出す殺気というには小さすぎるが、闘志というには十分な気迫は、すべてその少女に向けられていた。
 口々に何やら言っているようだが、いかんせん、日本語では理解できない。
 こんなことならクリフ団長からもっとちゃんと教えてもらっておけばよかった、といまさらになって後悔する。
 後悔したと同時。
 
 「~~~~?」
 
 褐色肌の少女から、とんでもない覇気が漏れ出した。
 周囲を圧倒する、という意味では、彼女が纏った空気の名は“覇気”で間違いない。
 何者よりも上を目指し、何者をも打ち倒し、頂点へ立つという野心。
 男子生徒の殺気にも届かない闘志は、彼女の覇気の前で縮こまってしまう。
 
 私が驚いているのは、その覇気そのものに、ではない。
 あんな少女がそんな覇気を出しているということが問題なのだ。
 
 「これが、“気”か……」
 
 呟くのと同時。
 周りを囲んでいた男子生徒達が一斉に彼女に踊りかかった。
 360度、全方位から迫る肉の波にも怖気ず、彼女はただ一歩踏み出す。
 
 ――どしン!!
 
 タイルを砕き、巻き上げる勢いの踏み込み。
 一点突破。槍の一突きのような鋭い拳が波の一角を捉え、男子生徒(ガタイのいい)を数人まとめて吹き飛ばした。
 そのまま前へステップして波を避け、包囲を抜けた。
 
 それからはあっという間だった。
 少女はズシリと重く構え、向かい来る生徒の波を千切っては投げ千切っては投げ。
 死屍累々。
 いつの間にか、彼女の周りに気絶する男子生徒の山が築かれていた。
 彼女は気だるそうに「フン」と鼻で笑うと、私の方を向いた。
 ……?
 なんで私の方を向いたんだ?
 
 「~~~~!」
 
 何やら言っているようだが、日本語はわからない。
 しかも、なぜか軽く構え、ステップまで踏み始めた。どっしりと構えていた先ほどまでとは違い、ステップを踏みながらの構えは、一瞬で距離を縮められるような、そんな俊敏さが見え隠れしている。
 これはマズイ。ので、いちるの望みを託して英語で語りかけて見た。
 
 「Please wait! I'm not your enemy!(待ってください! 私はあなたの敵ではありません!)」
 
 「??」
 
 残念ながら、英語は通じないようだ。
 仕方ない。波風立てぬように、できるだけ穏便に済ますとしよう。
 こちらも軽く構えると、褐色肌の少女は嬉々として笑みを浮かべた。先ほどまでの気だるそうな雰囲気は吹き飛び、ただ勝負を楽しむだけの少女が、目の前へ現れた。
 マズイな。こんなまっすぐな視線を向けられたら、波風立てないように、とか言ってられないではないか。
 ちゃんと相手をしなければ、彼女にも失礼だ。
 
 しかし、少女だというのには少しばかり気が引ける。
 
 「Come!」
 
 「ハッ!!」
 
 鋭い踏み込みと、爆発的な威力を集束した拳の一突き。
 もし法力の強化なしで直撃を受ければ、私であろうとも危うい威力を持った貫通性。
 
 しかし、まだ“もし”という仮定が出来る。
 もし、“当たれば”という仮定が出来る。
 それすなわち、未熟。
 
 「――――、う」
 
 「…………」
 
 ビタリ、と彼女の拳が届くよりも速く。
 私の拳が、彼女の前髪に触れていた。
 拳に切られた空が、風圧となって彼女の前髪を揺らす。
 
 数秒の硬直。
 私の拳は彼女の面前にあり、彼女の拳はまだ私に届いてすらいない。
 この状況を見て、勝敗がわからないほどの拙さは持っていないだろう。彼女は、静かに拳を下ろした。
 続いて、私もそれに倣う。
 
 ぺこりとお辞儀した彼女は、清々しいまでの笑顔で泣いていた。
 本当は、ここで大声を出して泣いてしまいたいに違いないのに、瞳に涙をためながら、それでも彼女は満面の笑みで笑っていた。震える声で笑い声と共に何かを言う。私がもし日本語を理解できていたとしても、その言葉がわからないほどに、彼女の声は震えていた。
 
 「…………」
 
 「What do you do to the employee in my shop?(私の店の従業員に何してる?)」
 
 横から近づいてきた、これまた少女は、流暢な英語でそう言った。
 ……ん?
 
 「Ah...Your shop?(あ、と……あなたの店?)」
 
 「Yes.This shop name is "TYAO-PAO-ZU".It my shop(ええ。店の名前は“超包子”。私の店ですよ)」
 
 この、褐色肌の少女と同年代に見える目の前の少女が、この屋台のオーナーだというのか?
 まさか、学生と言っても大学生が開いていると思っていたのに、なんてことだ。
 この時代の、この国の労働基準法は一体どうなってるんだ?
 ……いや、まあ、それは些細なことだろう。そう思わないと、やっていけそうにもない。
 残りのたった数週間が、やけに長く感じる。憂鬱だ。
 
 とにかく、彼女に通訳を頼み、なんとか意志疎通が出来るようになった。
 褐色肌の少女の名前は『古菲』。通訳をしてくれたのが『超鈴音』。二人ともがネギ君の生徒らしい。
 
 「…………」
 
 「……あの」
 
 「今はそっとしておくがいいネ。ま、そのあとの展開が目に見えるようで私は楽しみヨ」
 
 「なんですか、その展開って」
 
 「お兄さんが気にすることじゃないヨ」
 
 その言い方は明らかに気にしなければいけないと思うのだが。
 まあ、いい。それよりも、今は情報収集だ。
 
 「えっと、それで――」
 
 「それじゃ改めて、いらっしゃいませー! 超包子にようこそ、ご注文をお聞きするヨー」
 
 「……いや、あの」
 
 「なに、冷やかしカ! 五月ー、こいつ冷やかしなのに席陣取ってるヨー」
 
 「ちょっ、あーもう、えっと、じゃあ、この肉まん? をひとつ」
 
 「ひとつ?」
 
 「…………」
 
 「ひとつでいいのカ? お兄さんが思てる以上に小さいかもしれないネ? それでもひとつだけカ?」
 
 「……ふたつ」
 
 「ふたつ?」
 
 「いい加減に――――」
 
 「お兄さん、情報だって等価交換というヤツがあるネ。そこらへんはわかてる思たけどネー?」
 
 「……、あなた」
 
 気がついている。
 私が何らかの情報収集のためにこの場に来ていることを。
 どこまで私の事情を知っているかはわからないが、この少女は確かに“何か”を知っている。
 あるいは。
 
 「……そうですね、では今食べる分をふたつと、持ち帰りの分で5つお願いします」
 
 「おお、太っ腹ネ! アイ、了解ヨー! 五月ー、肉まん7つネー」
 
 「それで、あなたが掴んでいる情報というのは?」
 
 「ん、なんのことネ? 私しがない一女子中学生ヨ。大人のお兄さんが知らないこと知ってるなんてまさか!」
 
 「…………」
 
 なんというタヌキ。
 商売上手というか、なんというか。
 というか、あまりにも白々しい。
 少し、突いてみる方がいいかもしれない。
 
 「お待たせしましたネ、肉まんふたつとお持ち帰り5つー」
 
 「ありがとう」
 
 超さんが持ってきた肉まんは、思った以上に大きかった。
 手早くふたつを平らげ、超さんへ近づいて行く。
 
 「おいしかったよ。まるで“魔法”のような味だった」
 
 「ふふ。おかしなこと言うお兄さんネ。確かに五月の腕はすごいけどネ」
 
 そうだ、エヴァンジェリンさんは言っていた。
 『私は、この世に『魔法』をバラそうとしている奴を知っている』と。
 そして、彼女はこう言った。
 『学園祭前から学園祭中、人気のある出店に行けば、その少女に会えるかもしれんな』
 ハッキリと、“少女”と言った。
 それがあまりにも自然と言った言葉だったから、あまり気にならなかったが、少女。
 
 この世界に『魔法』をバラそうとしているのは、少女なのだ。
 
 「例えば、ですよ。あくまで例えば。彼女、五月さんでしたか。彼女のような魔法の腕があれば、あなたはどうしたいですか?」
 
 「ふむ。五月のは冗談だたけどネ。例えばヨ? それが五月だけの力ではなく、誰しもが手に入れうる力なのだとしたら、私は遠慮なく広めたいネ。なぜ、と訊かれると困るけど、誰もが幸せになれるかもしれない力なのだったら、私は人を信じたいヨ。それが、違うベクトルに向けられないことを信じて、ネ」
 
 「…………」
 
 彼女は知ってはいない。
 だが、解ってはいる。『魔法』という力が持つ可能性と危険性の両面を。
 彼女は人が危険を越える可能性を信じている。
 
 「ありがとうございます。いいお話ですね」
 
 「アイ。ご利用ありがとうございましたヨ。また来てくれると、嬉しいネ」
 
 「ええ。では」
 
 超鈴音。
 彼女で間違いないのだろうが、確証がない。
 彼女が『魔法』をこの世界にバラそうとしている理由がわからない。
 まさか、ただの愉快犯であるわけがない。
 最悪、ここ麻帆良の魔法使いたちを敵に回すことになるのだ、愉快犯であるわけがない。
 彼女は何を知っているのか。
 
 「――探る必要があるか」
 
 そして、彼女は何を見ずにいるのか。
 
 
 *  ~  *  ~  *
 
 
 「世界各地で、不安定な“ゆらぎ”を連続で観測。過去そこに存在しなかったものや、現在は失われているはずの存在が過去の姿のまま幻視されるなどの現象が見られます。また現在の総人口から2%ほど、短時間で人口が不自然に増えています。あたかもそこにいたのが当り前のような生活を送り、周囲の人間もそれを違和感や不自然と捉えてはおらず、昔からの知人、隣人友人恋人などの認識をしています」
 
 漆黒の外套を纏った男が、静かに報告書を読みあげている。
 それを玉座に座ったまま傾聴している男もまた、黒い外套を纏い、表情が読みとれないほど深々とフードをかぶっている。
 
 「そうか」
 
 「特に、ジャパンのあった海域での目撃例が凄まじいようです」
 
 「引き続き調べておいてくれ。……イノの方はどうなっているかな」
 
 「は。並行して捜索中ではあるのですが、どこにも」
 
 「また、彼女の独断専行か。そう言えば、この歴史も彼女が創ったのだったかな」
 
 座っている男は呟く。
 あの時は食い止める必要がなかったので何も言わずにいたが、今回は話が違う。
 世界が危うい。イノは向こうにいるせいでそれに気がつけずにいる。
 
 「……並行世界は枝分かれした可能性を指す。時間の大樹の、別れた枝。別れた枝は一人の人間に例えれば解りやすいことだ。二人の人間の境界が無くなれば、人間というカタチを保てるはずもない。我らが集う時間軸と、彼の時間軸。一度別れた枝が、また一本の枝になれるはずがない」
 
 「分かつ世界に生きた人々がいる。彼の世界にも同様に生きた人々がいる。交わりは矛盾を生み、矛盾は破滅を導く。そうなっては取り返しがつかない。そうなる前に、必ずや」
 
 「ああ、僕もそろそろ動くとするよ。もうすぐ、座標解析が終わるんだ」
 
 「お気をつけて。私はこちらで動くとします」
 
 そう言うや、報告を続けていた男は影にまぎれ去って行った。
 玉座に座ったままの男は、再び自分の作業に没頭する。
 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、それでも手は止めない。
 
 「フレデリック、君がそっちに行ったことで世界は交わり始めた。それの責任を君だけに背負わせるつもりはないよ。元々、僕の部下の不手際が原因だからね。だけど、協力はしてもらうよ。そのために僕もそちらに行く必要がある。イノが、なにか大変なことを起こす前に……間に合えばいいのだけど」
 
 呟き、そして作業を続ける。
 その男の動きに迷いはない。
 
 男は動く。
 ただ、世界を救うために。
 
 
 * ~ * ~ *
 
 
 「いやぁ、わざわざ傘貸してもらっちゃって悪いねチヅルちゃんにナツミちゃん。おかしいよなー、今日雨降るなんて言ってなかったぜ天気予報士のミツキちゃん」
 
 「あの人、外すっていうので有名ですよ。本当、なんで天気予報士なんてしてるんでしょうねー」
 
 「げ、マジかよナツミちゃん。でも、それはそれでアリだよな。ドジっ娘ってーの? ニシシ」
 
 「アクセル先生の趣味ってよくわかんないです。それで本当に彼女さんがいるんですかー? 実は脳内彼女なんてシャレになりませんからね?」
 
 「ぐは、ひっでー。何気にヒドイね、ナツミちゃんって」
 
 今朝のニュースの天気予報で、今俺イチオシの天気予報士ミツキちゃんが言うには『午後からは気持ちのいい洗濯日和の快晴になるでしょう』と言われてた天気だが、はたして降り注いだのは日光ではなく雨だったりして。
 傘を持ってきていなかった俺が途方に暮れていると、チヅルちゃんとナツミちゃんが声をかけてくれたのだ。
 
 折りたたみの傘を借りて、ついでだから道中お守りいたします、と恭しく頭を下げると、チヅルちゃんがよろしくお願いします、と言ってくれたのだ。
 訊くと、「副担任になってからちゃんとお話したことがないから」だそうだ。
 その割にはさっきからしゃべっているのは俺とナツミちゃんだけなんだが。
 
 「夏美、アクセル先生。行き倒れだわ」
 
 「行き倒れ!?」
 
 なにやら物騒なことを言い出したチヅルちゃんの視線の先を見てみると、黒い毛並みの仔犬が一匹ぐったりとして倒れていた。確かに行き倒れだが、その表現はどうだろう。ナツミちゃんは「犬か……」とホッとしている。
 チヅルちゃんはそのままその犬に近づいてぎゅっと抱きあげた。その姿はまるで聖母のようで、なんて言ってる場合じゃなくて。雨にぬれるチヅルちゃんに傘を差し出しながら、その犬を覗きこむ。
 
 「しかもケガしてるわ、この子」
 
 「車にはねられた、んならこんなケガで済むはずないか。誰かに虐められたか?」
 
 「どちらにせよ、このまま放っておくわけにもいきません。部屋に連れていきます」
 
 「俺も手伝うよ。こう見えても、ケガの手当てとかスッゲー上手いんだぜ?」
 
 「頼りにしてます」
 
 息をのんだ。
 驚いた。チヅルちゃん、中学生には見えないほど落ち着いてるのに、なんなんだ、この可憐な笑顔はっ。
 ギャップが素晴らしい。大人っぽさを兼ね備えた少女特有の笑顔。反則だぜ。
 
 「お、おう。まかせとけ!」
 
 
 女子寮。
 何度も前を通ったりはしたが(決してやましい理由ではない。夜間パトロールだ)、中に入るのは実はこれが初めてだ。
 ネギはなんか知らんけどここで住んでるっていうんだから、うらやま……けしからん話だ。
 
 チヅルちゃんとナツミちゃん、あとアヤカちゃんの部屋の前で、俺はボーっとしている。
 犬は中にいる。ならなぜ俺が外で待たされているかというと、彼女らが着替えるのを待っているのだ。
 さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。いや、入りたい思いはあるよ。だってあのチヅルちゃんだぜ?
 そりゃ入りたくもなるよ。いろんな意味で。だけど相手は中学生なわけで、正直そう考えると自制が利く。
 
 ざあざあと降る雨音を聴きながら、ぼんやりと考える。
 この世界に来てから、タイムスリップが起きる間隔が長くなってる。それはいいことだ。
 ただ不思議なのが、絶対にこの学園都市から離れた場所へ飛ばないということ。修学旅行中はなかったが、もしかするとキョウトでタイムスリップしてしまったら麻帆良まで返されていたかもしれない。
 学園都市内ではそこここに飛んでしまうのだが、絶対に別の場所へ飛ばない。
 それに時間だ。
 今までで一番大きなタイムスリップは、せいぜい半日。
 場所にも時間にも縛られている。
 
 「なんなんだ、まったく」
 
 なにか、違和感。
 おかしい。これは、何かがおかしい。
 どうおかしいのか答えろと言われても、俺には難しいことはサッパリだ。
 とにかくなにか、背中がむず痒いというか、気持ち悪いのだ。
 
 何かが起こる前兆みたいな。
 脆い。何かが脆い。
 砂の山の上に立てられた平穏、なんてのはよく聞くが、つまりそんな感じだ。
 
 『キャーッ!?』
 
 「ほらきた」
 
 扉をたたく。
 中からナツミちゃんの悲鳴が聞こえた。何が起こったのかは解らないが、とにかく悲鳴をあげるようなことが少なくとも起こっているということだ。
 
 「おい! どうしたんだ!」
 
 『アクセル先生、犬っ、犬があ!』
 
 「犬がどうしたっ!」
 
 『犬が男の子になっちゃった!!』
 
 そんな、耳がでっかくなっちゃったみたいに言わないでくれ。
 えーと、つまりどういうことだ?
 
 「入ってもいいかー」
 
 『え、ちょっと待って、今ちづ姉下着のまま……』
 
 「入らせ……ごめん、冗談。もうちょっと待っとく」
 
 耳を澄ませて扉にくっついておく。万が一のことがあっちゃいけないからな。
 あくまでも、彼女らの安全を守るために仕方なくだ。
 と。
 
 ――がしゃん!
 
 何かが砕けた音。
 皿の音じゃない。しゃべり声が聞こえるが、それでもよく聞こえない。
 中の状況がわからない手前、突入が最善だとは思えない。犬が男の子に、と言ったナツミちゃんの言葉も気になる。なにか、それに似たようなものをつい最近見た覚えがあるのに、思い出せない。
 
 『って、きゃあああああ!? ちづ姉、血!! 血!!!』
 
 これを聞いてはもう構っていられない。
 ドアノブに手をかけ、扉を開け中に突入する。リビングに出ると、上半身下着姿のチヅルちゃんと彼女に抱かれた少年。救急箱を取ってきたナツミちゃんがいた。
 よく見なくてもその救急箱の用途はわかった。ナツミちゃんの手から少し乱暴に取り上げると、チヅルちゃんの肩の応急手当てを始めた。
 
 
 簡単な手当のあと、落ち着いてからちゃんと病院に行って診てもらうように言っておいた。
 チヅルちゃんとナツミちゃんは呆気に取られていて、どうしたんだと訊けば、「慣れてて驚いた」と言われた。
 まあ、怪我をしたら自分で手当てするのが当り前な日常だったから、嫌でも上達するんだ、とは言えないので昔ちょっと医療をかじっていた、とかなり嘘っぽい嘘を言っておいた。
 そうした方が、俺のキャラ的にごまかしが利く。
 
 「…………」
 
 そして、犬が男の子になった、というナツミちゃんの言葉通り、部屋からは犬が消え、少年が現れていた。
 しかもこいつ、知ってる顔だ。キョウトで、戦った……えーっと、なんて名前だったっけ?
 男の名前ってあんまり覚えることねーのよね。
 
 「……それじゃあ、俺は帰るけど、こいつのことよろしく頼むな」
 
 「えー」
 
 「えーって。男がいつまでも女子寮にいるわけにゃいかねーでしょうよ」
 
 「先生にしてはまともな意見」
 
 「にしてはってなんだよ。俺はいつでも大真面目だぜ?」
 
 はいはい、と流されつつ彼女らの部屋からは退散。
 帰り際、チヅルちゃんからは傘を渡された。「まだ降ってますから」と。
 その優しさに少し泣きそうになった。いい子だなぁ。めぐみもこれくらい優しかったよなあ。逢いたいなあ、という想いが溢れて来たのだからしょうがない。
 
 お言葉に甘えて傘を拝借し、それを差して女子寮を後にした。
 が、女子寮の入り口が見える場所で、それでいて誰からも見つからないような場所でじっと待機した。
 
 キョウトで戦ったあの小僧は、敵側だった。
 それがわざわざこちらに来る意味。襲撃? だとしたら、あの傷はなんだ?
 他の魔法使いが応戦したのか? だとしたら不自然だ。なぜなら、道端に放置されていたからだ。
 もし、俺たちが通りがかったのがちょうど決着がついた瞬間だったとしても、魔法使いならどうとでも出来たはずだ。まあ、それは俺の勝手な思い込みかもしれないが、最悪放置ということはないだろう。そもそも魔法使い=先生ならば保護するというカタチで俺たちの前に姿を現しているはずなのだ。
 
 小僧の道端への放置。
 これが何よりも強烈な違和感。
 魔法使いが小僧を倒したのでないなら、一体誰が倒したのかという問題が出てくる。
 外部犯。
 可能性としてはこれが一番高い。
 あの瞬間に決着がついていたという仮定で、姿を見せなかった理由もこれである程度説明は出来る。
 
 そうなると問題なのが、あの小僧の強さだ。
 あの小僧の強さは、そこらへんに転がってるようなヤツがホイホイ倒せるようなものじゃない。
 外部犯だとして、そいつの実力が高いのか、複数犯なのかは謎だが、それでも強いのは間違いない。
 
 ケータイを取り出して、アドレス帳からセツナちゃんの番号を呼び出す。
 コール。一回、二回、三回、四回。俺の名前を見て顔をしぶらせているのが目に浮かぶようだ。
 5回目が鳴り終わったところで、やっと繋がる。
 
 「もしもし?」
 
 『なんですか。私あなたほど暇ではないのですが』
 
 「侵入者がいるみたいな報告は入ってきてる?」
 
 『いえ。なにかあったんですか?』
 
 「まだ何もない。キョウトにいたあの狼小僧が行き倒れてたのをチヅルちゃんとナツミちゃんとで拾った。応急手当だけはしておいた。で、だ」
 
 『応急手当、ということは傷ついていた。では誰に襲われたのか? 魔法先生ではないと睨んだあなたは、外部犯の可能性を考慮して私に連絡を入れた』
 
 「そゆこと」
 
 『あなたにしては上出来ですね。特別に褒めてあげます。それで、私になにをしろと?』
 
 「コノカちゃんだけでもしっかり見とけって話だよ。じゃあな」
 
 『言われなくても。あなたも、無理だけはしないでくださいね』
 
 「コノカちゃんが気にするってんだろ。判ってるって」
 
 電話を切って、また女子寮を監視する。
 雨はやむ気配を見せず、今夜はずっと降りっぱなしのままだろうことが予想できる。
 スーツの中の相棒を確認する。ちゃんとある。
 勝てないまでも、時間稼ぎなら出来るかもしれない。
 
 「……今は俺様がやらなきゃな」
 
 これも後々の子育ての練習だとでも思っとけ、と自分に言い聞かす。
 どんだけ物騒な子育てするつもりだ、なんてめぐみから突っ込みが入りそうだったが、幸いなことにここに彼女はいない。
 
 どれほどそこにいただろうか。
 麻帆良広しといえども、あんなに胡散臭いオッサンは見たことがない。
 明らかに、部外者。
 
 出来るだけ相手が気付くように、大きな音を出して近づいた。
 オッサンはすぐに振り向き、やけに冷めた目で俺様を睨みつけてきやがった。
 
 「ごめんなさいね、ここ、女子寮なんだわ。基本男子禁制だから、お引き取り願いませんかねえ?」
 
 「君は……?」
 
 「俺様? 麻帆良学園女子中等部の非常勤教師」
 
 「運の悪い男だ」
 
 「やっぱアンタか。あの狼小僧をブッ倒したの」
 
 「何? 君は一体……?」
 
 「言っただろ、俺様は教師だってな」
 
 「……魔法使いか。よもやバレるとは」
 
 「証拠を残しすぎた犯人が言うセリフじゃねえな。『よもや』なんてよ。状況証拠は十分揃ってたんだ、外部犯だってのは簡単に想像できる」
 
 オッサンは帽子を深くかぶり直した。
 むしろ、オッサンが気をつけるべきだったのは、キョウトへ行き、あの戦いに関わった人物と小僧の接触を出来るだけ避けさせることだっただろう。と、言ってもダンナが見つけていたとしても無視していただろうし、団長さんや団長の彼女さんは小僧と面識がなかったはず。
 とすれば、そう。
 
 俺様がダークホース。
 
 「あまり騒ぎ立てたくはない。君には申し訳ないが、黙らせてもらうよ」
 
 「へっ、やれるもんならやってみな。ちょっぴり本気出しちゃうぜ?」
 
 ここで止めなきゃカッコ悪い。
 ここで踏ん張らなくて、どこで踏ん張る。
 行くぜ、俺様。頑張れよ……!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
               track:34  end
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

その優しい星で…  Navi:39

 
 ――前略。
 お元気ですか?
 今日は私の提案で、マンホームの日本の風習、秋を彩るイベント、お月見会を開催しました。
 
 夏の士郎さん大告白から約2ヶ月が経ちました。
 付き合う前と後で何が変わったかわからないくらいに今まで通りの自然体なふたりですが、それって、逆に考えるととっても素敵なことですよね。
 だって、好きな人と、いつも通り、いつもの時間を過ごせてるってことなんですから。
 私もいつか、そんな人を見つけられるのでしょうか?
 
 「私、お月見って初めてです。アクアの月はどっちも小さいから、じっくり眺める習慣がありませんでした」
 
 「そっかあ」
 
 アリスちゃんが感心したように、月を見上げながら言う。
 
 「ところで、なんでお月見にはお団子なんですか?」
 
 「うん。マンホームのお月さまの形を見たててるんだよ」
 
 「へえー」
 
 私の隣に積んで置いてある月見団子を見て、また感心。
 もう一度空を見上げて、ほう、とため息をつく。
 
 「きっと、でっかいまん丸で綺麗なんでしょうね。いつか生で見たいです」
 
 さあ、と吹き抜ける風は、もう冷たい。
 冬の肌を裂きそうな冷たさとはまた違う、秋の秋らしい冷たさが感じ取れる。
 
 「そう言えば、月見団子衛宮さんが作ったんですよね?」
 
 「うん。頼んだら、朝からこねこねしてたよ」
 
 「でっかいおいしそうです」
 
 「あはは。みんな揃ったら食べようね」
 
 「そう! そうよ、衛宮さんの月見団子があるっていうのに、アル君ってば遅いわね!!」
 
 藍華ちゃんは急に息を荒げて、勢いよく立ちあがった。
 毎度のことだけど、照れ隠しがバレバレというか、そこが可愛いというか。
 なんていうか、素直じゃないんだよね、藍華ちゃん。何気なく言ってるように見えても、きっと内心スッゴク楽しみにしてたはずだもん。
 
 「てゆーか、いつの間にアルさんが来ることになっていたんですか。私たち3人でお月見じゃなかったんですか」
 
 そして、それを見逃すアリスちゃんでもない。
 しっかりとツッコミを入れるあたり、アリスちゃんも藍華ちゃんのヤキモキしたものを楽しんでいるように思う。
 士郎さんとアリシアさんのことがあって、それは余計に大きいのかもしれない。
 
 「そりゃ星絡みのイベントと言えばアルくんでしょ! いろいろとおしえてくれるわよ」
 
 「ほほーっ、そうですか」
 
 ちょっとだけわざとらしいアリスちゃんの言葉を華麗にスルーして、藍華ちゃんは歩き出した。
 
 「どーせまた仕事が押したのね。ちょっと迎えに行ってくる」
 
 「うん。いってらっしゃい」
 
 すたすたと歩き去る藍華ちゃんを見送りつつ、アリスちゃんがハッと何かに気づいて周りをキョロキョロとし始めた。
 あれ? アレ? と焦った様子で周囲を見回している。そうして出た言葉は――
  
 「まぁくんがいない?」
 
 「ええっ?」
 
 「まぁくーん?」
 
 返事は返って来ない。
 さあっとアリスちゃんが青くなる。どうしていいのか判らずに右往左往し始めた。
 探しに行けたら一番いいんだろうけれど、ここから離れちゃうわけにもいかないし、だからってまぁくんを放ったらかしに出来るわけもないし……。
 
 「で、なんで俺なんだ?」
 
 「いや、それはその……頼れる人が士郎さんくらいしかいなくて」
 
 「了解。確かに、時間も遅いしな。行ってくるよ」
 
 「でっかいお願いします」
 
 「やれやれ」
 
 そう言って、士郎さんは夜の街へ走り出していった。
 アリシアさんはそれを見送りながら、少し残念そうに肩を落とした。見ると、テーブルの上にはグラスとお酒、おつまみになるかどうかはわからないけど、お団子の残りもお皿の上に盛りつけられていた。きっと、今から呑もうとしていたんだろう。……ちょっと、悪いことしちゃったかな。
 
 「あらあら、いいのよ、灯里ちゃんとアリスちゃんがそんなに気にしなくても」
 
 『悪いことをした』とそのまま顔に出ていたのだろうか。アリシアさんはやさしく笑ってそう言ってくれた。
 それでも、やっぱり気になるわけで。今度何かあったら、できるだけ士郎さんには頼らないようにしようと思う。
 そうでなくとも、私たちだってもういい歳(こう言うとちょっと悲しいのは気のせいだろう)なんだし、自立が出来なくっちゃいけないと思う。いつまでも、士郎さん士郎さんって言ってられない。
 そうだ、頑張らないと。
 
 「灯里先輩、なんだかでっかい燃えてます」
 
 「え? あ、そ、そうかなあ?」
 
 「あらあら、うふふ」
 
 二人が微笑みながら私を見た。
 ちょっと気恥ずかしくなって頬をかく。照れ隠しに空を見上げると、ちょうど水平線の向こうからルナツーが回って来たところだった。空のてっぺんで輝いているルナスリーを追いかけるように、または、追い抜くようにルナツーが空を回っている。
 と。
 
 「まあ!」
 
 「まぁくんっ」
 
 ひょっこりとまぁくんが帰ってきていた。アリスちゃんは慌てて駆け寄り、まぁくんを抱き上げる。
 しかし、待てども待てども、士郎さんの姿はない。不思議に思ってアリシアさんと顔を見合わせると、アリスちゃんが言う。
 
 「? どうしたの、まぁくん。ついて行くの?」
 
 「どうしたのアリスちゃん」
 
 「いえ、なんだかまぁくんがどこかについて来てって言ってるみたいで」
 
 その証拠に、床に下ろされたまぁくんはアリスちゃんの服の裾をあまがみしながらひっぱっていた。
 首をかしげるのと、アリシアさんがポン、と肩を叩いてくれたのはほとんど同時だった。
 
 「きっと、藍華ちゃんとアルくんになにかあったんじゃないかしら。ほら、なんだか慌ててるみたいに見えない?」
 
 「え?」
 
 「だって、アリア社長がすぐそばにいるのに、すぐにかみついて来なかったでしょう? それはたぶん、自分のことよりも、きっと大事なことがあったからなんじゃないかしら」
 
 なるほど、とうなずく。
 アリスちゃんもアリシアさんの言葉に納得したようにうなずいた。
 アリスちゃんが立ちあがり「案内して」とまぁくんに頼むと、まぁくんは軽やかに駆け出した。それに続いて、ヒメ社長も続く。
 
 「あ、い、いってきます!」
 
 「うん。気をつけてね」
 
 先に行ったアリスちゃんとまぁくんとヒメ社長を追いかける。私に続いて、アリア社長も駆け出した。
 仔猫といっても、その足の早さは人よりも速い。アリスちゃんと並んで、ひぃひぃと喘ぎながらなんとかついていく。
 いくらゴンドラを漕ぐのに体力がいると言っても、こういうのとはまた違う体力の使い方だから、あっという間に息があがってしまうのだ。しょうがないと言えばしょうがない。情けないと言えば、情けない。
 
 「はぁ、ふぅ」
 
 「まぁくん、まだですか……っ」
 
 水平線に見えていたルナツーが、いつの間にかルナスリーに重なって見えていた。
 と、まぁくんが急に足を止めた。視界の先には古井戸があって、さらにその向こうには、士郎さんが走ってきていた。私たちと違ってまったく息のあがっていない士郎さんは、首をかしげる。「なんでまぁ社長までここにいるんだ?」と言いたげな顔に、私たちは苦笑を押さえられない。
 そして、次の瞬間。井戸の中から大きなお腹の虫の音がなった。続いて。
 
 「だいなしよ――――っ!!」
 
 三人と三匹が井戸の中を覗く。
 
 「何がだいなしなんですか?」
 
 「藍華ちゃん、大丈夫?」
 
 「二人してそんなところで何してるんだ」
 
 三人が続けざまに声をかけると、藍華ちゃんはぎょっと目をむいた。
 途端にくしゃっと表情が潰れた。
 
 「ぎゃ――――すっ」
 
 
 「あんた達、いつからいたのよ。ていうか、なんで衛宮さんまでいるのよ」
 
 「それが助けてもらった人への言葉ですか? まぁくんへのお礼もなしだし」
 
 「『だいなしよー!』からだよ、藍華ちゃん」
 
 「俺が訊きたいのは、なんで探してくれって頼まれたまぁ社長がアリスらと一緒にいたかってことなんだが」
 
 全員が微妙に会話の成り立っていない会話を交わし、帰路についていた。
 
 「で。何がだいなしなんですか?」
 
 「……」
 
 アリスちゃんは問答無用で突っ込んだ。
 藍華ちゃんはむっとした顔で黙りこんでしまったけど、すぐに口を開いた。
 
 「遠心力のなせるワザよ」
 
 ぼそり、と低いトーンで言う。
 妙な迫力があって、それ以上突っ込むことを戸惑わせるようなニュアンスがあった。
 
 「近づくことを怖れて、遠ざかろうとジタバタするとお腹が空くのよ!」
 
 「ほへ?」
 
 「でっかい訳わかんないですっ」
 
 結局、藍華ちゃんが何で「だいなし」だと言ったのかは、わからないままでした。
 ただ、その日一日、藍華ちゃんが上機嫌だったから、それほど深刻な「だいなし」ではなかったようです。
 
 ただ、士郎さんだけがしたり顔でアルくんと藍華ちゃんを眺めていたのには、ひっかかりがありましたけどね。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「本当にいいのか?」
 
 「なんで今さらそんなこと言うんですか。お店と私の家の違いですよ」
 
 「そりゃまあ、勝手が違うというかだな」
 
 アリシアは呑み足りなかったのか、ARIAカンパニーから帰るときに彼女は「私の家で呑み直しませんか?」と誘って来たのだ。そんなに呑んだら明日に響くぞ、というと、にこりと笑いながら「それもいいですね、そうなったら士郎さんが看病してくれるんですよね」だ。たまったもんじゃない。それは仕事に支障が出るという意味ではなく。
 
 アリシアが言うには、自分の家にならお酒がまだまだ残っているのだそうだ。
 俺がリビングまで入ると、彼女はそそくさと冷蔵庫へ向かって、冷やしてあったボトルを順番に両手一杯に抱えてテーブルまで持ってきた。
 対面でテーブルに座ると、アリシアは少しだけ拗ねたような顔をして、グラスを持って隣に座った。
 
 「うふふ」
 
 さっそくボトルを開け、自分と俺のグラスに酒を並々と注いでいく。
 軽く乾杯すると、アリシアは一気にグラスの中の酒を呑み干した。氷が空になったグラスにあたってカランと音を立てる。俺もそれに倣って、酒を一気に煽る。喉がかぁっと焼けるように熱くなる。
 
 「こんなに呑んで、下手なことさせられないな」
 
 「例えば?」
 
 「今日は満足したら、さっさと寝ること。こんなに酒入ってるんだ、本当に明日仕事出来なくなっても知らないぞ」
 
 「……満足って、どういう意味です?」
 
 「ど、どう、とは?」
 
 空になったグラスをテーブルに置いて、アリシアがずいっと身体を寄せて来た。
 俺にもアルコールが入っているはずなのに、アリシアから漂う酒の匂いが鼻を突く。
 そうとう酒がまわっているようだ。
 しかし、いつもと変わらない笑みを浮かべながら、するすると衣擦れの音を鳴らしながらすり寄って来る。
 
 「私、そんなに弱そうに見えますか……?」
 
 「弱い? なんだ、それ」
 
 「ごめんなさい。いいんです。違うんです。ちょっと、酔っちゃったみたいです」
 
 「そりゃ今日は呑みすぎだ。いつもより数本多く呑んでたじゃないか」
 
 「はい」
 
 「何か嫌なことでもあったのか? それとも、ちょっとはしゃぎすぎた?」
 
 「私、自分でも酔わないって知ってるんですけど、でも、お酒が入ってるときと、そうじゃないときだったら、きっと、たぶん、もっと…………」
 
 彼女が言わんとしていることはなんとなく判った。
 つまり、俺があんまりにも行動に移さないから、自分から行動しようとしたわけだ。ざっくりと言うと。
 悪いことをしたな。俺は、仕事で疲れてるだろうアリシアがちゃんと休んでくれて、俺といて安らげるんならそれがいいと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。
 
 アリシアの髪を、やさしく梳いた。
 こそばゆそうに身をよじらせた彼女は、酒がまわっているせいなのか、顔が真っ赤だった。気持ち瞳も潤んでいるようにも見える。
 彼女の前髪をかきあげ、額に軽く口づける。
 
 「……っ、……っ」
 
 息を飲む声が聞こえる。
 アリシアは俺の服をぎゅうっと握ってきている。それを拒むことなく、ゆっくりと、やさしく髪を梳き続ける。
 柔らかくもしっかりとした髪質を楽しみながら、同時に首筋にも手を這わせた。びくっと、アリシアの身体がこわばる。その反応が面白くて、髪を梳いては不意打ち気味に肌を触ることを繰り返した。
 アリシアの息遣いが荒くなる。こちらに伝わるほど、心臓が脈打っていることもなんとなくわかる。
 
 「士郎、さん」
 
 「ん? なに」
 
 「いぢわる、ですっ」
 
 「そんなに意地の悪いことはしてないつもりだけどな。どう意地が悪いのか、教えてくれるか?」
 
 「そ、それは……」
 
 身をよじらせながら、アリシアは気持ちよさそうに息を吐く。
 とろんとした瞳は、とても眠たそうに見えた。
 
 「今日はおやすみ。明日もきっと、いい日だから」
 
 「ん……あ」
 
 いやいや、と首を横に振る。まだ寝たくない。そう言っているようだ。
 俺が一撫でするごとにしかし、彼女の眠気は大きくなっていく。それから数分もしないうちに、彼女は眠ってしまった。起こさないようにゆっくりと抱えあげ、ベッドへ寝転ばせる。さすがに制服のまま、というのは問題があるだろうかと思ったが、俺がここで着替えさせるよりは問題はない。きっとない。全然ない。
 すぅすぅと眠るアリシアを見てから、リビングへ戻った。
 
 テーブルの上にある酒のボトルを冷蔵庫へ戻し、グラスは洗っておく。
 食器がこすれる音や水道の音で彼女が目覚めるのではないかと心配だったが、どうやらそれは杞憂のようだった。
 
 部屋を去る前に、もう一度アリシアの顔を見に来た。
 前髪をかき分け、また同じ場所に口づける。「おやすみ」そう言って、俺は玄関へ向かった。
 
 「おやすみ、アリシア。また明日な」
 
 そう、また、明日。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:39   end
 
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

クロス! レンッ!! ゲキッ!!

ども、お久しぶりです草之です。
 
この音信不通な約一週間何をしていたかと言いますと、基本的に学業ですが、その合間に『.hack//Link』を。
買ったんですよ。
はっきり言って思い出したら買おうと思っていた程度なので、本当に衝動買いに近かったと思います。
 
けど、後悔はしていないというか、むしろ楽しいから後悔なんてする暇もない。
とりあえず、『.hack//G.U.』の世界に入りました。トキオのレベルは60越えました。
タビーが可愛すぎてもう、常に連れて行ってます。タビー大好きです。タビー、タビー。
おそらく仲間内で最速で親密度が5になりました。
ネコ型ってだけでもう草之に対しては反則気味の萌要素ですよ。リアルネームも萌だし。
リアル見ただけで鼻血だすレベルってどういうことだろう……。
スク水がセクハラ……って、どう考えてもごちそうさまでした。
 
 
ということで以下拍手レスです。
では草之でした。
 
 

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テーマ:物書きのひとりごと - ジャンル:小説・文学

背徳の炎  track:35

 
 雨はやまない。
 頭や肩に降りかかる雨粒は、パラパラと音を立てている。
 
 「どうしても、退く気はないのだね?」
 
 「言ってるっしょ、オッサン。俺は、教師なんでね」
 
 「素晴らしい精神だとは思うが、それが後悔に変わらないことをせいぜい祈っておくといい」
 
 ぎゅうっ、とオッサンの皮手袋が鳴る。
 離れていても聞こえるほどの強烈な握力。あの拳で殴られたら、きっととんでもなく痛いんだろう。
 痛いのはごめんだ。だからって避けてばかりじゃいられないだろう。
 大丈夫、きっと本気のダンナほどじゃない。落ち着け、相手をよく見ればいくらでもチャンスは巡って来る。
 
 「こう言っては何だが、私は強いよ。君が思っているよりもずっと」
 
 そう言って、こちらの返答も待たずにオッサンは踏み込んできた。
 速い。こっちは武器も構えも取っていないのに、とんでもないスピードで踏み込んできた。
 瞬間焦った。とにかく防がなければ、と防ぐ構えを取った。全身を固める。
 
 「ぐ……ッ!?」
 
 横殴りの衝撃。灼熱感すらある横腹は、雨に冷えた体から浮いていいる。
 また衝撃。地面に叩きつけられた体は二転三転して、数メートルを吹き飛んでいく。
 
 「めちゃくちゃ強えじゃねえかよ……!!」
 
 すばやく立ち上がり、鎖鎌を取りだす。
 
 「ほう、今の攻撃を受けてすぐさま立ち上がるとは。なるほど、私の前に出て来るだけはあるということか」
 
 感心したように言ってるけれど、実は膝が笑ってるんだよね。
 でも、決して勝てない相手じゃない。諦めるほどに実力が開いているとも思えない。
 慎重に戦えば、なんとかなる。
 
 「それに、素晴らしい観察眼を持っているようだ」
 
 やっかいだ、とでも思ったのだろうか。
 帽子を目深にかぶり直し、表情を読ませまいとつばで隠した。
 
 「しかし残念だ。私は、成長した才能には興味がないのだよ」
 
 目深にかぶったままの帽子に、そっと手を置いた。
 途端に、オッサンの存在感が膨れ上がる。庭という開けた場所のはずなのに、狭い部屋に押し込められたような精神的圧迫感。
 
 「……く」
 
 「例えば、そうだね。君が今すぐそこをどいて、私を通してくれると言うのならば考えないこともない。取引だよ」
 
 「そんな取引、俺様が答えなくても返事くらい解るだろ。お断りだ」
 
 「そうかね。いやぁ、素晴らしい精神を持った青年だ。少し好感が持てたよ」
 
 「あんたが女の子だったらそりゃ大歓迎だけどね」
 
 「すまないね、見ての通り、みすぼらしいおじさんだよ」
 
 軽い会話のはずなのに、オッサンの声には俺様の首を絞めてくるような威圧があった。
 じとりと冷や汗が滲む。息を整えようとしても、全然落ち着かない。
 そもそもこのオッサンの目的は何だ? 誰の刺客でやってきた? あの狼小僧を追ってきたのか?
 それにしちゃ、おかしいわな。
 狼小僧を追って来たのなら、そしてこれだけの力があるのなら、あそこに寝転ばしておいた意味が解らない。
 それとも、負傷しながら小僧が逃げたか?
 
 「しっかしまあ、キツイわな、こりゃあ」
 
 ふぅ、と息を吐く。
 大きく深呼吸。それだけで落ち着くわけじゃないが、気持ちの問題だ。
 十分眼で追えるスピードだけど、あの重い攻撃。そもそも俺様攻撃を避けるってのあんまり得意じゃないのよね。ま、だから当て身技とか覚えたんだけどさ。防御から反撃に転じるってのもなんかカッコいいし。
 まあ、今はそんなこと言ってる場合じゃないんだけど。とにかくこいつをどうにかしなきゃダメだ。
 
 「なら、楽になってみるかね?」
 
 「え?」
 
 オッサンはゆっくりと帽子を下ろしていく。
 顔を撫でるように、まるで被っていた皮を引き剥がすように、ゆっくりとゆっくりと。
 
 「ごきげんよう、名も知らぬ青年。それでは、眠りたまえ」
 
 のっぺりとした仮面のような顔が、そこにあった。
 雨に打たれた冷え切ったはずの身体が、さらに冷え込む。凍りつくような悪寒。
 まずい、これ以上戦ったら勝ち負けの次元じゃ済まなくなる。逃げろ。本能が叫ぶ。逃げろ。心が叫ぶ。
 
 「ごめん、めぐみ。俺やっぱ、馬鹿だと思うわ」
 
 だけど、そんな俺に惚れてくれた女もめぐみだった。
 だから――、俺は“そんな俺”を貫く。
 
 「こいつで決めるぜ……ッ!!」
 
 大鷲が両翼を誇らしげに広げるさまにも似て。
 雨が降る中、ゆらりと陽炎が立ち上る。法力を限界まで練り上げ、生命力さえ法力に変換する。
 相討ち狙いなんざしてやらねえ。俺が勝って、お前を突きだす。
 
 「鎌閃奥義……!!」
 
 「させると思うかねっ!?」
 
 先ほどとは比べ物にならないほどの速度で迫って来る。
 膨張した存在感は、巨人を錯覚させた。押し潰さんと片腕が伸びてくる。
 渾身を込めた拳が、頬をかすめる。バツン、と肉が抉られる。こんなパンチ食らったらひとたまりもねえな、ちくしょう!
 ほとんど反射的に、ひざ蹴りを腹に叩きこんでいた。ぐむ、と唸るようなオッサンの声。
 一歩よろけると、すぐさま態勢を立て直してまた向かってくる。まるでビデオを早回ししているような速度と手数。捌き切れずに何発も何発も体に衝撃を受ける。鈍痛を通り越して、もはや熱さしか感じられない。
 膝がカクン、と崩れる。マズイ、と思った時には、オッサンが全力の拳を振り下ろした後だった。俺を地面に叩きつけ、そこだけが陥没する。雷の音に邪魔されて、爆発音にも似たその音は誰の耳にも聞こえないだろう。
 
 「が、ぁはッ!?」
 
 息が詰まる。
 体の奥で熱いモノが吹き出している。
 腹を抱えてのたうつ余裕もなく、一方的に潰された。
 
 「やれやれ、手間をかけさせてくれる」
 
 「ぃ、ぐ……」
 
 だけど、これが最初で最後のチャンスだ。
 
 「Have a niceday. いい夢みなよ、オッサン……!!」
 
 「な、にぃ!?」
 
 鎖が走った。
 牢獄のように、オッサンを取り囲んでいく。
 ヘッド部分がオッサンの側頭部を思い切り打った。よろけた相手に持ち直す暇も与えずに、次々に体を切り刻んでいく。勢いを増した嵐のような鎖の包囲は、いつしか相手の身体を持ちあげていく。
 それは磔刑を連想させた。鎖はオッサンを雁字搦めに締め上げ、抵抗すら出来ないほどに固める。
 あとは、思いっきり法力をブチ込むだけ。
 
 「亂髪……ッ!!」
 
 爆発は真上で起こった。爆風と火炎が一気に襲いかかって来る。
 フォルトレスを張れるはずもなく、残った微量な法力だけでそれを緩和する。緩和しきれなかった衝撃と熱気は、俺の身体を焼いていった。
 だけど、死ぬような傷じゃない。ツバつけてりゃ治る。
 
 「はぁ……、はぁ……」
 
 「これは驚いた。魔法ではないな……っ、ぐうう」
 
 「おいおい、嘘だろ」
 
 オッサンには確かに亂髪を直撃させた。
 だというのに、よろけながらもオッサンは立ち上がってきた。
 全身から煙が上がっている。焦げた跡さえ見受ける。
 それでも、届かない。
 
 「ああ、くっそ……」
 
 「悪態をつきたいのはこちらもだが、私はまだこれからも仕事が残っているのでね」
 
 そう言うのが早いか、オッサンの口から光が漏れ始めた。
 甲高い音は、口元から響いて来ている。あれはマズイ。オッサンと対峙して幾度目かのマズイという思考。
 つまり、このオッサンは何もかもがマズかった。
 
 「さらばだ」
 
 瞬間、“俺がここにいる”という違和感が膨れ上がった。
 俺がここにいるのがおかしい。なんでこんな場所にいるんだ。俺がいるはずの“時間”は――。
 いつものアレだった。なんてタイミングできやがる……。
 
 「な、なんだ……!?」
 
 攻撃を仕掛けようとしていたオッサンは、とっさに身を引き、俺との距離を取った。
 まあ、命拾いはしたからいいか。
 
 「ダメだ……俺、ちょっと眠い……」
 
 生命力まで削った亂髪を放ったんだ。そりゃ疲れる。
 このままオッサンに殺されるかも、という恐怖はなかった。オッサンは俺を完全に警戒し直した。安易に攻撃を仕掛けてくるってことはないだろう。つまり、ここで寝ても、起きたらまた麻帆良のどこかで寝転がってるってわけだ。
 そのときは、優しい女の子に介抱されてたりしたら最高だね。
 
 「むう……! これは、時間移動だと……!?」
 
 その声が、最後に聞こえた声だった。
 意識が途切れる。体が軽くなる。俺がこの時間から、消えていなくなる。
 
 
 どれくらい寝てたのか。
 目を覚ますと、そこは――――
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「何? エヴァ、そんな話は聞いとらんぞい」
 
 「言ってないんだから当り前だろ」
 
 「しかし、悪魔がのう……」
 
 「ぼーやとあの犬っころがしっかりと倒した。それで問題ないだろう」
 
 「大ありじゃ。侵入を許したのじゃぞ」
 
 「一般生徒にもそれほど被害が出たわけではない。お前らは情報隠蔽だかに努めとけばいいだろう」
 
 「そうは言ってものう……」
 
 昨日の出来事をジジイに話しに来たのはいいが、ここまでグチグチと文句を垂れるとは思わなかった。
 どうやら侵入された、という事実にのみ目が行っているらしい。結果オーライだろう。ぼーやが成長したと判ったし、なによりも、ぼーやの底を掘り下げられたものを見れて私は満足している。
 あの調子ならもっとしごいても大丈夫だということがわかったからな。修行を今の3、4割増しにしても大丈夫そうだったな。明日からが楽しみだ。
 
 「イノのこともあるしのう。結界が弱まってるとなると問題なんじゃよ」
 
 「イノぉ? 貴様、世界樹が活性化し始めるこの時期にイノごときに手間取ると思ってるのか」
 
 「そりゃお前さんはな。しかし魔法先生・生徒が太刀打ち出来る存在ではなかろう」
 
 「知るか。殺されるか逃げるかどっちかにしておけ。死体があったら私が操ってやろうじゃないか」
 
 ジジイは深くため息を吐く。
 あの無駄に元気なジジイが、この頃やけに老けてきている。心労が絶えない。そんな顔をいつも見る。
 心配なわけではないが、戦力らしい戦力になるこのジジイの状態がこれでは、他の魔法使いどもの士気もさがるというものだろう。……ていうか、いつから私がこのジジイのお守役になったんだ。知らん知らん。勝手にしろ。
 
 「……それに、ジャスティスじゃったか」
 
 「GEAR。生体兵器の親玉だったか……」
 
 「ソルくんやカイくん、アクセルくん、ディズィーくん、メイくんが来てしまった以上、そのジャスティスが来ないと言える可能性は一体どれほどのものじゃ?」
 
 「さあな。少なくとも、一桁であることを願っておけばいいんじゃないか?」
 
 「一桁は多いのぉ」
 
 だろうな。
 そもそも、ソルたちがこの世界に来る確率から言ってどれだけ少ない可能性ことか。それが、5名も。
 一度目は偶然、二度目も偶然、三度目は必然などと言われるが、ならとっくにこれは必然だ。
 なら?
 ジャスティスがこの時代へ飛んでくる可能性は一体どれほどだという。
 
 「……さて、どうしようかな」
 
 損得勘定くらい、私にも出来る。
 なら、どちらがより有益で安全な世界になるのか。
 どちらがより、生きていられる世界になるのか。
 
 超鈴音は、一体何を見たのか。
 
 「……今日はこれで失礼させてもらうよ。眠い」
 
 「今度から報告はもっと早く頼むぞい」
 
 「うるさいな、今回のは気紛れだ」
 
 「その気紛れをいつも起こすから言っとるんじゃろうが」
 
 「うるさい」
 
 ジジイの文句を背に受けながら、それを適当にあしらって学園長室を退室した。
 廊下に出れば、陰鬱としていた空気はなくなり、麻帆良のかしましい騒がしさが帰って来る。
 少しウザく感じるものの、今の気分を薄れさせてくれるのには感謝できる。
 
 まだ腹の中に抱えたままの懐疑は晴れない。
 どちらかが嘘を言っている可能性はないか? それとも、どちらも本当に本当なのか?
 だとしたら、取るべき道はどちらが正しい?
 
 「頭痛いな……、胸焼けもする」
 
 答えなどあってはならない。
 ソルらが未来から来た人物なのだとすれば、超の言葉もあながち嘘ではなくなるのだろうか。
 異なった可能性の未来から、同一歴史のこの時間に飛んでくるという可能性はあるのだろうか。
 そんな思考こそ時間の無駄だ。一か、零か。つまり、在るか無いか。
 
 「…………フェアじゃない、か。なんだそれくらい、こんな吸血鬼一匹に運命を任せる方がよっぽどフェアじゃないだろうが、くそったれ」
 
 昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。
 足を向ける先は、3-Aの教室……ではない。
 麻帆良女子中等部の学区から出て、乗ることのない電車に揺られる。
 昼からの授業はどうせサボるつもりだったし、今さら気にする必要も感じない。
 ガタンゴトン、と小気味のいいリズムに揺られていると、うっかりうたた寝してしまいそうになる。
 眠気を我慢しながら、目的の駅で降りる。聖ウルスラ前駅。
 
 「さて……」
 
 クツクツと笑いをこらえながら呟く。
 
 「カイ先生はどこかしら、っと」
 
 冗談まじりに言ってから、警備員の目につかないように気配を断ってウルスラ学内へ侵入した。
 まあ、どうせ授業中だ。目立った行動をしなければ誰かに見つかるようなこともないだろう。
 
 警備員の目を避け、やけに広い中庭を抜け、ようやっと校舎内へ。
 基本的には麻帆良中等部と変わり映えのしない廊下だが、なんというか、落ち着きはらった雰囲気が漂っている。
 まあ、らしいと言えばらしいか。
 
 「さて、職員室は……と」
 
 廊下を姿勢を低くしながら駆け抜ける。
 出来るだけ足音にも気をつけながらの走りは、なかなかに面倒だった。
 
 「まったく、魔法が使えないことを恨むな……」
 
 使うことが出来れば、認知阻害の魔法でも使えばこんなコソコソする必要もない。
 これで職員室にいないとなると、演技のひとつでも入れなければならなくなるだろう。
 その演技に付き合えないくらいには(付き合えても嘘を通せるだけの演技力を持っているとは思えないが)、あの坊やが空気が読めないということは予想できる。あくまで本当っぽい嘘を言わなければならない。
 
 職員室に向かいながら、何かいい嘘はないかと考えていた時だった。
 面倒くさいのが目の前にやってきた。シスター・シャークティ。私を目の敵にする魔法先生の一人。
 あいつに見つかれば有無を言わさずに学内から放り出されてしまうだろう。
 
 「……いや、ていうか、今さらだが」
 
 ここまで行動して、それが“暴走”だったことに思い至る。
 なんで私がカイを訪ねねばならんのだ。あいつは私の家に居候してるんだぞ。放課後になれば帰って来るに決まってるじゃないか。馬鹿馬鹿しい。あまりの馬鹿馬鹿しさにこのままシスターの目の前に出そうになって、ハッと思いとどまる。
 
 「ま、これも一興だな。授業よりは少なくとも面白い」
 
 そうとでも考えねば、ここまで来た馬鹿さ加減にうんざりしてしまう。
 息を殺す。気配を消して、とにかく背景になることを心がける。刻一刻と近づいて来る足音に耳が痺れる。
 見つかるか、見つからないか。緊張の一瞬、ってやつだな。
 
 「――――」
 
 シスターは私には気がつかずに、そのまま廊下を歩いていった。
 足音が遠くなるのを確認してから、また職員室に向かって走り始めた。
 が、さすが10歳の身体。魔力の補助なしではそう長くも走っていられない。集中力は続くが、その集中力に身体がついてこれていないと来たもんだ。
 廊下の柱の陰に隠れ、息を整える。
 さすが超マンモス校の一角。中学の方も無駄に広いが、高校となるとさらに広い。
 教室移動が軽いランニングになりそうだ。
 
 とまあ、冗談はさておき。
 息も整った。職員室に向かうとしよう。
 
 「……」
 
 それから1分もしない場所に職員室はあった。
 さて、ここからはスニーキング(こそこそ)ではなく、アクティングだ。
 まあ、やることはスニーキング(告げ口)に違いはないのだが。
 
 「し、失礼しますっ!!」
 
 出来るだけ焦った様子を装って職員室の扉を勢いよく開いた。
 ここにきて、まだいい演技が浮かんでいない。さて、どうするか。
 
 「ど、どうしたんですか? ここは聖ウルスラですよ。あなた、麻帆良女子中等部じゃないの……?」
 
 一番手前の職員が驚いた様子で寄って来た。
 ふむ。私のことを知らないということは少なからず魔法関係者ではないということ。ま、好都合だ。
 シスターが帰って来る前に用事を済ませてしまうとしよう。
 
 「カ、カイ・キスク先生はおられますかっ!」
 
 こんな声を出したのは一体いつぶりだったか。ああ、こんな“いつぶりか?”なんて考えてしまうなんて、いやだな。
 これからはもうちょっと若く生きてみてもいいかもしれんな。
 
 「カイ先生? ちょっと待ってね」
 
 そう言って、教師は職員室の奥へと走って行った。
 数秒と待たず、私に対応した教師が「こっちよ」と手を振っていた。
 それに出来るだけ焦った様子で、小走りになりながら近づいていくと、怪訝な顔をしたカイが机の前に座っていた。そのあまりに間抜けな顔を見て吹き出しそうになったが、それをぐっと堪えた。
 
 「カイ先生、大変なんです!」
 
 「大変なのはあなただ、エヴァンジェリンさん。あなた、本当にエヴァンジェリンさんですか?」
 
 「ディズィーさんが!!」
 
 「え?」
 
 結局、こいつを釣るならこの餌が一番いい。
 椅子から飛び上がり、危機迫った顔で詰め寄って来る。ここまでか。正直引くぞ。
 ま、それはいい。本題に入るとしよう。
 
 「と、とにかく大変なんです! 今すぐ来てください!」
 
 私の焦りっぷり(演技だが)を見た傍らの教師らは「急いで行け」だの、「上には話を通しておくから」だの、なんだかんだでコイツ、人望が厚いな。まあ、確かにこいつはお人好しのうえに、能力が高いゆえ、頼まれた仕事はすべてこなしてしまっているのだろう。
 忙しい奴にほど仕事が回る、なんてのはよく聞く話だが、こいつはその典型的なものだろう。
 
 「すいません、お先に失礼します……ッ!!」
 
 私の後ろにくっつくようにカイがついて走っている。
 校庭、校門と抜けたところで走るのをやめた。カイを振り向くと、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。苦虫を噛み潰すような、でもいいかもしれない。とにかく、わけがわからない、という風な顔をしていた。
 
 「さて、と。ちょっとついて来い。ここは人が多い」
 
 「……嘘、ですか」
 
 「嘘ですよ。ああ、嘘ですとも。それがなんだ?」
 
 「はあぁ……」
 
 ほっとした顔をしたと思えば、急に怒り出した。忙しのないヤツだ。
 何と言って怒っているかは聞き流し、気が済むまで怒らせてから、適当に「はいはい」と流す。
 呆れた様子でため息を吐き、それでなんの用ですか、と訊いてきたところで本題を取りだした。
 
 「教えてやる。お前に賭けてみることにした」
 
 「はい?」
 
 「魔法をバラそうとしてるヤツをだ」
 
 「……なん、ですって?」
 
 「大方見当はついてるだろうが、確信が持てないんだろ、お前」
 
 「……そうですね」
 
 俯き加減に、カイはそう言う。
 どこか「ありえない」という顔をしながらも、聴かなければという意志も見え隠れしている。
 生真面目なヤツだよ、お前は。
 
 「名前は“超鈴音”。超包子のオーナーで、おそらく麻帆良一の秀才。それが、この世界に『魔法』をバラそうとしている張本人だ」
 
 「……やはり、彼女なのですね」
 
 「まあ、あれだけヒントを与えてあいつに辿りつけなかったら、それこそお前を疑うよ」
 
 「理由は……、理由は一体?」
 
 カイは、やはりというか、どこか戸惑っているようだった。
 あまりに少女。超鈴音は、あまりに少女すぎる。その少女が、なぜ世界を揺るがすほどの珍事を起こそうとしているのか、ヤツにはそれが理解できないのだろう。
 だからこそ、あれほど必死に理由を問う。
 
 「理由か。私に聞かずとも、あいつ自身に聞けばいい。いや、あいつに聞かねばならんだろう」
 
 「どういう……」
 
 「本人と対面して、話し合えと言ってるんだ。説得するんだろう」
 
 「……ええ。そうでしたね」
 
 「ちょうどいい。私が学校から連れ出してやったんだ、このまま店に立ち寄ればいいだろう」
 
 「しかしまだ授業があるでしょう、あなたたちは」
 
 「……いいだろ、そんなことは」
 
 適当に暇でも潰しておけ、と言って背を向けた。私だってせっかく抜けだせたんだ、この自由な時間を楽しむとしよう。と、思っていると、ふわりと身体が宙に浮く。
 
 「な、カイ、お前!」
 
 「このまま麻帆良まで送ります。授業には出るべきです」
 
 「こんなときまで真面目ぶってるんじゃない! 離せ! 私は帰らんぞ!!」
 
 「…………」
 
 「いたっ!? な、急に離すな! 膝打ったぞ、痛いだろ!」
 
 「ありがとうございます」
 
 「……変態か」
 
 「ち、違いますッ!! あなたの判断にですよ!!」
 
 一瞬、本気で引いてしまった。
 まあ、それはともかく、どうして礼を言われたのか。私の『判断』?
 ……厭だな。それはとんでもなく厭な礼だ。
 
 「ち」
 
 ムカつく。
 カイの顔を見ると、なんとも清々しい顔をしてやがる。
 これほどムカつく笑顔も久々に見る。こりゃあ、ソルに嫌われているのも解る。
 あんまりにもムカつくもんだから、自分でも知らずのうちに足を出していた。ローキックをカイのふくらはぎに叩きこんでいた。かくん、とカイが膝を折る。
 
 「な、なにするんですかっ」
 
 「お礼だよ、お前のムカつく笑顔を見せてくれたお礼」
 
 「意味がわかりませ――、いっ!?」
 
 今度は意志を持って、思いっきりローキックを叩き込んだ。
 カイは飛び上がって痛がる。というか、なんだこれ。なんのコントだっちゅーの。
 こういうことをするためにコイツを呼びだしたんじゃないだろうが。
 
 「お前に話した理由、な。逃げたかったから、なのかもしれない」
 
 「逃げ?」
 
 「私は、ソルからお前らの世界のことを少なからず聞いていた。そして、超からはアイツなりの理由も聞いている。だが、私自身アイツに協力する気にはなれなかった。気が乗らなかったからだ。だけどな、敵になるつもりもなかった。だが、もし……、はは。“たられば”と言い始めたら、それはもう逃げだ。だろう?」
 
 カイは私の問いに答えない。
 ただ黙って、私の眼を見ている。
 こいつはいけない。ああ、こいつは本当にいけない。カイは真面目すぎる。カイは、優しすぎる。
 だからこいつは、こんな顔をしやがる。
 
 「お前、舐めてるだろ。なんだその目は」
 
 「え?」
 
 「やめろ。そんな目で私を見るな。それは私を憐れんでる目だ。私を馬鹿にしてる目だ。私がそんなに可哀そうか? 私はそんなに弱く見えるのか?」
 
 「そんな、そんなつもり……」
 
 「ないのか? 自覚が。よっぽど性質の悪い病気と見えるな」
 
 「そんなこと……」
 
 「お前の正義は独善的すぎてる。お前はなんだ……? お前はなんなんだ……? え、言ってみろよ?」
 
 「私の……、正義」
 
 カイはそのまま口をつぐんだ。
 こいつは本当にダメだ。ぼーやもダメだが、こいつは逆の意味でダメだ。
 カイとぼーやは似ていると思っていた。だがこれでは逆じゃないか。
 
 ぼーやは、口だけで実力が追いついていない。
 対して、カイは実力をシッカリ持っているはずなのに、精神力が追いついていない。
 実力を持て余している。力を持て余し過ぎている。
 制御の効かない強さなんて、暴力と同じだ。
 カイの正義は、つまりは“暴力”なんじゃないか。ただの押しつけじゃあないか。
 
 「はぁ……。言っておくぞ。そんな程度で、超を説得できると思うのか?」
 
 「え?」
 
 「ガタガタだ。ガタガタなんだよ、お前は」
 
 「…………」
 
 カイはその場に立ち止まってしまった。
 その様子を一瞥して、私は帰路に着く。追いかけてくる足音は聞こえない。
 
 歩く。ただまっすぐに。ただ、そこから離れたくて、私は歩いていた。
 逃げたかった。そして、私は押しつけてしまった。カイに。あのガキに。
 私が逃げたすべての重責を、あのガキに押しつけてしまった。その上説教だと……?
 大概にしろ。
 なんだというんだ。
 
 「……情けない話だ」
 
 とんでもなく、情けない話だった。
 重責から逃げて、重責を背負わせた人間から逃げて。
 逃げてばかりの情けなさ。
 
 戦うとはなんだ。
 逃げないことか? 立ち向かうことか?
 だったら私は戦ってすらいない。
 いつから私は逃げていたのだろうか。吸血鬼になってから? サウザンドマスターに出会ってから? 麻帆良学園にやってきてから? ソルたちがやってきて、世界に強烈な二択が存在していることに気づいてから?
 
 そのたびに、逃げてるんじゃないのか。
 
 「――――っう」
 
 喉がひりひりする。目頭が熱くなる。
 胸が苦しいほどに締め付けられる。泣きたくなる。
 思い返せば思い返すほど、自分の情けなさに泣きたくなる。
 
 「禿げる。コレ絶対に禿げるな」
 
 ここ最近のストレスが計り知れないほどに大きい。
 ベッドに顔をうずめて、泣き叫びたい。声が枯れるほどに、喉から血が出るほどに、叫びたい。
 叫びたい。
 
 「誰か、私を助けてくれ……っ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
               track:34  end
 
 
 
 

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

その優しい星で…  Navi:40

 
 『さぁ、今年もやってきましたこの季節!』
 
 サン・マルコ広場がにわかにどよめく。
 にぎやかさならカーニバルも負けちゃいないが、これはまた違う盛り上がりがある。
 
 『スタート地点には、早くも参加者たちがスタートを今か今かと待ち望んでいます!』
 
 ヴォガ・ロンガ。
 合法的に水路でスピードの出せる日。それに伴って先頭集団は、後方集団に比べて割合接触事故も多い。
 と、言ってもそこまで大事故になるわけではなく、バランスを崩した人が水路に落っこちる程度だ。まあ、それでも結構なスピードを出しているゴンドラが迫ってきたりするから、危険ではない、とも言いきれない。
 しかしそれでも、速さを求めて前へ前へ行こうとする者たちがいるのもまた事実。
 お祭り的要素が強いとはいえ、速度をも競う『ヴォガ・ロンガ』は、立派なスポーツとして成り立っている。
 
 「士郎さん、がんばってくださいね!」
 
 「ああ、しっかり応援してくれよな」
 
 去年は参加しなかったが、今年は流れで参加することになってしまった。
 その流れというのも、アイナが「勝負だ、エミヤン!」と押しかけてきたからというなんとも単純なものなのだが。
 まったく、彼女との関係を気にしていた俺が馬鹿だと思うほどの清々しさで押しかけてきやがった。
 
 「いい? 負けた方が勝った方の言うことを何か聞くんだからね!」
 
 「なんでそんな中途半端なんだ。だいたい、お前が勝って俺に何を聞かせるつもりだ」
 
 「そりゃあ、旅行費とか雑費とか諸々」
 
 「出すか、馬鹿!」
 
 「だったら勝ちなよ。言っておくけど、私は速いからね」
 
 「知ってるよ」
 
 俺の買い物帰りに配達の行き帰りにアイナに乗せてもらったことなんて何度もあったからな。
 そのたびにアイナは合法速度突破ギリギリでゴンドラを漕ぐ。それでいて角で曲がるときや、大きな水路に出るときはきっちりかっちり丁寧に速度を落とさずにシュッと曲がる。
 操舵技術は、おそらくアリスと同等かそれ以上。最高速度は、プリマウンディーネにも引けを取らないだろう。
 ハッキリ言って、勝機は薄い。
 だからと言って、【投影】を使うつもりはない。
 
 俺だって、伊達にARIAカンパニーで働いちゃいない。ゴンドラを漕ぐ機会がないわけじゃない。
 何度も見てきた。何度もアリシアの漕ぎ方を見てきた。
 漕ぐたびに、その動きをトレースした。確かに、それは俺自身の漕ぎ方じゃないかもしれない。
 だったら、やってやる。この『ヴォガ・ロンガ』の中で俺の漕ぎ方を見つけてやろうじゃないか。
 
 「気合入ってるねー、エミヤンってば」
 
 「お前がその気なら、俺だってその気になってやろうと思ってな」
 
 「お?」
 
 「俺が勝ったら旅行費とか雑費とか、いろいろ払ってもらおうか」
 
 「ふふん。言ったねー」
 
 にわかに周囲がざわつきを増す。
 そろそろスタートの時間が近づいてきたらしい。
 
 「士郎さん頑張ってくださいー!」
 
 「衛宮さん行け行けーっ!」
 
 「で――ばってく――」
 
 アリスの声だけがかすれて聞こえる。まだまだ大きな声を出すのには慣れていないらしい。
 ただ、その必死な顔を見るだけでどれだけ一生懸命応援してくれているのがよくわかる。その応援に片腕をあげて応えると、さらに大きな声で応援が帰って来る。
 
 「人気者だねぇ、エミヤン」
 
 「お前だって応援してくれてる人いるだろ」
 
 ほら、とその人を指差す。
 灯里たちとは対岸にいる長身の男性。大仰な身振り手振りでアイナを応援している。
 言うまでもなく、アントニオだ。
 
 「いやあ、アントニオは別だよね。こう、ファンっていうかなんていうかさ」
 
 「ファンねえ……」
 
 灯里らが俺のファンかどうかは怪しいところだが、応援してくれてることに変わりはない。
 この大勢の参加者の中で、これだけ応援してくれるっていうのはたしかに嬉しいことだ。
 
 それをアイナに指摘されるっていうことはなんだか癪に障るのだが。
 
 とりあえず、スタートが近い。
 コンセントレートを高めていく。魔法とは違う、意識の奥でオールとゴンドラと同調していく感覚。
 みなもを触る感覚がオール越しに伝わる。ゴンドラ越しに伝わって来る。
 
 やっぱり、ウンディーネは尊敬できる。こうやって漕いでみるとよく解る。
 これだけ漕ぐことに神経を研ぎ澄ましたうえで観光案内までやってのける彼女らは、本当にすごいと思う。
 アクアの看板職といわれるだけはある。
 シングルやペアであろうとも灯里や藍華、アリスだって、十分リスペクトできる子たちだ。
 
 『さぁー、スタートの準備が整いましたー!』
 
 アナウンスが広場に響く。
 それに合わせて、参加者や観客がより一層どよめきを大きくした。
 俺とアイナは並んではいるが、参加というよりもレースをしに来たスタート位置としてはえらく後ろの方だ。
 今、前の方ではきっとレース前の小競り合いが始まっている頃だろう。より前に誰よりも前にという感じで。それに伴って、スタート直後の接触事故は絶えない。マラソンなんかと同じだ。下手に前に出るよりも、少し後ろにいる方がいい。まあ、それもスムーズなスタートを先頭集団に切られれば意味のないものなのだが。
 
 「エミヤン、約束だよ。絶対に約束だからね」
 
 「そこまで言うからには、なにか策でもあるのか?」
 
 「自然に聴き出そうとするとはやりおるな、エミヤン」
 
 「その言い草は、あるってことらしいな」
 
 「にゃあ!?」
 
 しまった、と頭を抱えてリアクションを取る。
 ていうか、最後のリアクションが確証に繋がったわけなのだが。
 ずるい! 卑怯だ! そんなのってないよ! 隣りからアイナの怒鳴り声が聞こえる。それをやんわりと無視しながら、スタートの合図を待つ。
 
 『それでは、今年度の『ヴォガ・ロンガ』スタートですっ!』
 
 わぁっと歓声が広がる。
 先頭集団が一気に漕ぎだす。それに続いて、どんどん前へゴンドラの行進が進んでいく。
 アイナと目を合わせながら、ゆっくりと漕ぎだしていく。
 ゴンドラ同士の間隔が広がっていく。先頭はおそらく、もう数十メートルと先に行っているだろう。
 だが、まだまだレースは始まったばかりだ、慌てる必要はまだない。
 
 「エミヤン、先行くよっ」
 
 「おう」
 
 アイナはさっさとスピードを上げて、先頭集団を追い始めた。
 俺はまだここの辺りでゆっくりとウォーミングアップがてら漕いで行くとしよう。
 それでも、この位置の参加者からすればその速度は速い。すいすいと他のゴンドラを追い抜いていく。
 このあたりの参加者は基本的に漕ぎたいという目的の参加者だ。まだ抜いたら抜き返される、ということはない。
 俺の方も適当に流しながら、周りを見て楽しむ余裕がある。
 アイナはもう見えない位置まで先行してしまったが、心の余裕も必要だ。
 
 ざざぁっと波を切る音が耳に届く。
 気持ちのいい潮風が身体を打つ。潮の匂いは鼻をくすぐっていく。ARIAカンパニーは海に面したところに建っているが、やはり海上に出て感じるものはいつものそれとは一段と違うものがある。
 
 さて、と考える。
 取らぬ狸の皮算用と言うが、まあ、いいだろう。
 
 「ああやって啖呵切っちゃったけど……、さて、どこに行こうかな」
 
 旅行費雑費他諸々を支払ってもらう、なんて賭けごとをしてしまったが、思い返すと俺の立場って実に微妙なんだよなあ。働いているとはいえ、勤め先はARIAカンパニー。それはつまり、俺の収入はアリシアの稼ぎから出ているわけで、悪い捉え方をすれば……、これ以上は言いたくない。
 いい捉え方をすれば、それはもちろん俺の給料なのだが。
 
 つまるところ、俺自身が払っても、アイナが払っても、なんら変わりがないということ。
 正味な話、情けないとも思う。やろうとすればサーヴァーでもなんでも出来るんだけど、なんていうか。
 ……これってやっぱり、そうなんだろうか。
 
 いや、考えるな考えるな。
 
 「さて、と」
 
 そろそろいい感じに身体も温まってきた。
 位置的にも、ここから先からがレース組のようだ。
 集中。オールとゴンドラに神経を張り巡らせる。ゴンドラの底に触る水の感触が足に伝わってくる。オールがかく水の感覚が腕に伝わってくる。
 水と一体になっていく。あとは、アイナに追いつくだけだ。欲を言えば、一着を取ってみたい。
 
 「さぁ――――って、と」
 
 俺に鮮やかさはない。水面に大きな波を作ってしまうし、カーブだって横滑りのある荒々しい曲がり方だ。
 ざあ、ざあ、と水が割れていく音がする。一人、二人、三人、四人。次々に前のゴンドラを抜き去っていく。
 
 ある程度のスピードを維持しながら進むことを続けて、20分程度だろうか。
 ようやく先頭集団の尻尾をつかんだ。
 先頭集団の人数は約200人前後。前から後ろまで、1キロ近い長さがあるようだ。
 その全員が、ほぼ同じスピードで漕いでいる。今俺がいる一番後ろでは、目に見えてスタミナ切れの参加者が数名。汗を滝のように流しながら、それでも追いすがろうと必死に漕いでいる。おそらく、俺が後ろから抜けばその集中力は途切れ、最悪途中退場となってしまうかもしれない。
 まだ先は長い。今で10キロ行くか行かないかくらいだ。
 そろそろ、体力回復のために先頭集団がスピードを落とし始める頃だろう。インターバルだ。
 
 数分もしないうちに、みるみるスピードが落ちてきた。規定速度を守るようにゆったりと流れていくゴンドラの中を、俺は少しペースを上げて前に出ていった。
 ちょうど先頭集団に100メートルほど食いこむと、見知った金髪が揺れているのを見つけた。
 
 「アイナ」
 
 「おーっす、エミヤン。憎たらしいほど汗かいてないね」
 
 「そうか? これでも結構汗は出てると思うけど」
 
 そう会話を交わしたアイナの額にも、うっすらと汗が滲んでいた。
 息切れもしていないところを見ると、彼女もまだまだ余裕があるらしい。
 
 「こっから先、大体100人くらい。すり鉢型になって進んでる」
 
 「ふうん。抜くにはちょっと手間取りそうだな」
 
 「そりゃアね。こっから先は酔狂なプリマだっているし、この日のためだけに腕を磨いてきたレーサー気質の場違い野郎だっている。まあ、一着狙うなら、って話だけどね」
 
 「なんだ、狙わないのか?」
 
 「狙うの!?」
 
 「狙うさ。でないと、面白くないだろ?」
 
 「まいったね」
 
 そう言うアイナの顔が、ニヤリと笑みに歪んだ。
 その気らしい。まあ、今はまだ焦らなくてもいい。
 勝負は、小島を周回し始めるあたりから。だいたい25~30キロ地点だ。
 街から離れて、カーブも激減する。ほぼ直線の、純粋にスピードが求められる場所だ。
 そこに行くまでには、もう少し距離を詰めていたい。
 
 インターバルも終わりを告げ、また徐々に速度が上がってきている。
 さすがの先頭集団と言っても、そろそろ疲労が見え始めている。まあ、このあたりで落ちていくのは体力自慢、速度自慢一辺倒の参加者たちだろう。
 ここから先は、出来る限り体力を浪費せずに速く漕ぐことの出来る人物だけが残ってくるだろう。
 一昨年はちょうどこの辺りが限界だった。先頭集団に混ざることはできたが、それ以上の速度を出すことが出来ずに結局一着にはなれなかった。100位以内にはなっていたと記憶しているが。
 
 「あの角曲がったら、カルナグランデ(大運河)に出るから、街から離れ始めるね」
 
 「そうだな。そろそろ勝負仕掛けていくか」
 
 間もなくして、大運河に出た。
 視界が一気に広がる。ずっと先の方までゴンドラがいる。と、数十メートルほど前方に白いゴンドラを見つけた。
 プリマウンディーネだ。
 アイナも彼女を見つけたのか、意地の悪そうな笑い声を混じらせながら俺の方を向いた。
 
 「最初はあの娘から行こうよ、エミヤン」
 
 「別に構わないけどな、なんていうか、意地が悪い奴にしか見えないぞ」
 
 「えー、そんなことないっすよー」
 
 と、言いながらもニヤけた顔が戻っていない。
 すごく楽しそうに笑っている。
 
 いち、にの、さん!
 アイナが掛け声をかけると同時、俺たちはスピードを上げた。
 ゴンドラという乗り物の性質上、爆発的な加速、なんて表現ではないが、それでも驚異的な加速を見せつけ、後続のゴンドラを置き去りにしていく。後ろからは驚きともあきれとも取れる声が聞こえてきた。馬鹿だな、疲れるのがオチだぞ。すごい、速い。
 それを気に留めることもなく、ぐんぐんと白いゴンドラへ近づいていく。
 
 「わっ」
 
 白いゴンドラのプリマが驚いた声を出す。
 どうやら、この人は普通に漕いでいてこの位置にいるらしい。さすがプリマといったところか。
 顔を見るかぎり、これ以上スピードを出すつもりも、レースに参加するつもりもないらしい。軽く手を振って、「がんばってねー」と応援してくれた。
 それに手を振り返して、もう一度アイナと目を合わせる。
 
 「見えないのが気になるね」
 
 「何が?」
 
 「昨年度優勝者のアンドリュー」
 
 「へえ」
 
 「昨年度っていうか、ここ5年くらいはアンドリューが優勝してる」
 
 アイナが言うには、そのアンドリューなる人物は、ここ最近のタイトルホルダーらしい。
 大型ゴンドラでの運搬業を営んでいるらしく、体力・技術ともに高いレベルでまとまっている、ということらしい。
 たしかに、大型のゴンドラでの運搬は舟を進ませるための力が必要だし、荷物を落とさないためのバランス管理・丁寧な操舵技術も必要になる。
 話を聞くだけでも、相当の操舵者だということが判る。
 
 「で、その人の姿が見えないって?」
 
 「もうちょっと前にいるのかな」
 
 「ちょっと待ってろ」
 
 「?」
 
 視力を【強化】する。
 ここあたりから直線が多く、遠くを見るだけならば問題ない。
 十人、二十人と前にいることが分かるが、アイナに聞いたアンドリューの特徴、長身、赤茶の髪、綺麗な肉付きをした人物は見当たらない。正直、今まで抜いてきた参加者の顔なんて覚えてもいない。
 
 「いないな」
 
 「見えるの!?」
 
 「後ろの方の参加者の顔も覚えてないし、たぶん後ろだな」
 
 アイナはある程度納得した様子でうなずくと、またゴンドラの速度を上げた。どうやら、今のうちに差を広げておこうという魂胆らしい。
 同じく速度を上げ、今はとりえあず、アイナについていくことにした。
 
 
 ――――なんだ、こいつらはっ!?
 汗が滝のように流れ落ちてくる。体力には自信があるつもりだった。操舵技術は確かに自慢するほどないだろう。だけど、それすら補って余りある体力が、俺にはあると信じていた。
 なのに、この汗はなんなんだ。
 足腰がどんどん効かなくなってきている。腕が重い。
 これ以上、スピードが出せない。どうしてもこれ以上の速度を出せない。出せたとしても、百メートルも持たないだろう。スピードを保つという行為だけで、汗が止まらない。膝が折れる。すぐに立て直して、また漕ぎ始める。
 
 「はぁ……ッ!」
 
 肺が締め付けられるようだ。どれだけ全力を出しても、どれだけ早く漕ごうと、追いつけない、追い越せない。
 アイナと、アンドリュー。
 なんて、遠い……!!
 
 ――それはちょうど、海面に浮かぶブイが25キロ地点を知らせたときだった。
 後方から、水面を掻き切る音が聞こえた。アイナが先に振り返り、息を飲んだのも彼女が先だった。
 
 「アンドリュー!」
 
 「なにっ」
 
 目の前にはまだ数十人と先行者がいる。
 残り7キロ強。その最後半で、チャンピオンが前に出てきた。
 
 「エミヤン、決めてよ」
 
 「なにを!」
 
 「一着を取るつもりなのかどうかってこと!」
 
 「もちろん、狙うに決まってるだろ!」
 
 アンドリューに横を抜かされてから、追いすがるように俺たちも加速していく。前を行く彼もそれに気がついたようだ。チラリと後ろを覗いてから、逃げるように速度を上げていった。
 
 ――――それがいつの間にこうなったのだろうか。
 俺が、置いてけぼり。
 
 「ぜ――――はっ!」
 
 アイナの背中にどうしても近づけない。
 俺たちの勝負は、もう決着している。アイナの完全な勝利。だが、アイナはなにをそんなにムキになっているのか。
 俺との約束? ――――まさか。約束なんて大げさなことをした覚えはない。ただ、一着を狙うなら狙おうと言っただけだ。
 なのに、なのになぜアイナはついていく?
 
 俺は情けない。
 なんて情けない。速度が上げられない。ただそれだけのために俺は諦めてしまうのか? 諦めざるをえないのか?
 違うだろう。諦めるな。こんなことで諦めて、こんなところで諦めて、どうなる……?
 アイナを見ろ、あいつを見ろ。
 あいつはなんて言ってきた。勝負だ、エミヤン。たしかにそう言って、俺のことろに駆けこんできた。
 
 そのアイナが、まだ諦めていない。
 それなのに、俺が今諦めるのか……?
 
 「あきらめて……っ」
 
 筋肉が軋みをあげる。
 足を踏ん張る。関節のネジが弾けそうだ。戦闘と、漕ぐこととは筋肉の使い方が違う。それは解り切っていたことだ。
 それにしたって、疲れるのが早い。全力が、続いていたからだ。その全力ですら、この速度。
 しかしその速度も、アイナとアンドリューには届かない。それでも、全力で漕ぎ続ける。
 
 諦めない。諦めてたまるものか。
 アイナは諦めていない。アイナは俺の前を漕いでいる。進んでいる。
 勝負だ……。
 
 勝負だ、アイナ……――――ッ!!
 
 「たまるかああッ!!」
 
 くん、と急にスピードが上がった。自分でも意外なほどの加速だった。
 腕に伝わる水の感触が違う。なんだ、これは。この軽やかさは、なんだ。
 進む。まだ、進む。
 
 アイナと、アンドリューに、今俺が並んだ――!!
 
 「エミヤン!」
 
 「遅れた!」
 
 「ちぃっ、どいつもこいつも!」
 
 悪態をつきながら、アンドリューはさらに前に出る。
 30キロを示すブイが、視界の横を通り過ぎていく。残り約2キロ。時間にして、5分を切る。
 あとたったの、5分。
 
 『さあ、今ぁ……先頭が帰って来たァ!!』
 
 実況のアナウンスが聞こえる場所にまで、帰ってきている。
 あともう少し。アイナにも、アンドリューにも負けない。負けてたまるか。
 
 『これは珍しい! ここ5年初めてだ! アンドリューが他のゴンドラをつれて帰ってきているぞ!!』
 
 実況の口ぶりから、このアンドリューという男、どうやら独走優勝が当り前だったようだ。
 その証拠に、後ろにはもう百メートル近い距離がある。
 並んでいるのは、俺とアイナだけ。
 
 最後のカーブ。サン・マルコ広場に入るための、最後のカーブ。
 加速しきったゴンドラでは、大きく弧を描いた曲がり方になってしまう。減速して、コンパクトに曲がった方がロスは少ない。だが、アイナも、俺も、アンドリューも誰も減速しない。
 ある意味、チキンレース。
 誰がもっとも鋭く曲がることが出来るか。減速しきれず曲がってしまうと、大きく弧を描いてしまううえに、中途半端な減速のせいで立ち上がりも遅くなってしまう。
 
 ここが、最後の勝負所。
 
 「――――ぎ、ぃっ!!」
 
 だというのに、ここにきて左腕がつった。
 オールを漕げない。減速する。してたまるか、減速して……!!
 
 「アイナ、スピードは絶対に落とすな!!」
 
 「でも、カーブが!」
 
 「問題、ない!!」
 
 アンドリューが減速する。ここが最後の曲がり角。絶妙なタイミングでの入り。
 俺の言葉に一瞬戸惑ったアイナは、その瞬間を見逃してしまう。焦ったアイナが減速をかけようとするのを、俺は叫んでとめた。やめろ、行け、アイナ!
 
 「『強化・開始[トレース・オン]!!』」
 
 オールを強化する。
 なぞるように大きく弧を描き始めたアイナのゴンドラの船尾に、オールを叩きつける。
 
 「踏ん張れ、アイナ! お前が、勝つんだ!!」
 
 アイナのゴンドラは、オールで叩かれた衝撃で急旋回した。
 トップスピードを保ったまま、アイナのゴンドラが、ゴールを目指し始める。
 
 「行け、行け!!」
 
 行け、アイナ!!
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「行け!!」
 
 エミヤンが叫んだ。
 どうしてエミヤンがそんなに必死なのかも、私には理解できなかった。
 私のはただの意地だった。ここまで来たら、何が何でも一着を取ってやるっていう、意地だけだった。
 約束がどうとか、もうそんなことはどうでもよかった。
 ただ、ここで負けるなんて、あんまりじゃない。そんなの、悔しいじゃない。
 そんなの、イヤじゃない……ッ!!
 
 『これはァ――――! バトンタッチとでも言わんばかりに鋭く旋回ぃっ!!』
 
 私が持てる力全てを注ぎ込んだ。エミヤンは、私とアンドリューがどれだけスピードをあげても、全力で追いすがって来た。私はそれを見て、意地よりも先に、諦めてたまるかって思った。
 エミヤンがまだ頑張ってる。諦めてない。なのに、私が先にへばったらどうなる。
 そんな、エミヤンとの勝負に負けるなんて、絶対にイヤだ。
 
 絶対に、負けたくない……!!
 
 「んだらあああああああああああああああああッ!!」
 
 『アンドリュー間に合うか! それとも、新チャンピオン誕生かァ!?』
 
 気が付けば、真隣りにアンドリューが並んでいた。
 徐々に、徐々に抜かされて行く。ダメだ。これ以上がんばれない。腕が、足が――――
 
 「アイナさあああああああああああああああああああああん!!」
 
 「!」
 
 「もうちょっと、あともうちょっと! 見てますから! 絶対に!!」
 
 「アントニオ」
 
 顔を真っ赤にして、むせるほどの大声で、彼は叫び散らしていた。
 私に、「がんばれ」って。
 私なんかを、最初から最後まで――――。
 
 私のカッコいいところ、ちゃんと見といてよね……!!
 
 「――――つあぁッ!!」
 
 『また並ぶゥ――――!! あと25メートル切った!!』
 
 もうゴールしか見えてない。
 エミヤンの手助けがあった。アントニオの応援があった。
 私は、本当に負けられないんだから……! まけたく、ないんだから……!!
 
 
 『ゴォ――――――――ルっ!』
 
 
 私は、思いっきりガッツポーズを取ったんだ。
 本当に、無性に、心の底から嬉しかったから。
 
 ホントのホントに、楽しかったから。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「いやあ、ドキドキしましたよー、衛宮さん」
 
 「でっかいカッコよかったです」
 
 「うん。なんてったって3位だもんね、士郎さん」
 
 「まあ、アイナには敵わなかったけどなあ」
 
 少し離れたところの、優勝者に贈られるトロフィーを掲げながらアントニオに抱きついて喜んでいるアイナの姿をボーっと眺める。
 感極まっているのだろう、目には涙まで溜めている。
 
 「ほんと、よかったよ」
 
 つぶやいてから、何がよかったのかが解らないことに気づく。
 自然と口から出た言葉は、何気ない言葉だった。よかった。ただ、それだけ。
 
 仲直りが出来たかと訊かれれば、おそらく彼女は最初からケンカしたとも思っていないかもしれない。思わせたくないのかもしれない。とりあえず、俺がよかったとつぶやいた理由は仲直り云々じゃない。
 
 じゃあ、彼女が優勝出来てよかった、と思ったのか。それも正直微妙だ。
 できれば俺が勝って、俺があのトロフィーを掲げたいと短時間で何度も思ったさ。けれど、そうじゃない。
 なにがよかったのだろうか。
 
 たぶん――――
 
 「うまくいってるみたいですね、あの二人」
 
 「アリシア」
 
 そう。
 アイナとアントニオが、うまくいってる。
 たぶん、それがよかったんだと思う。この喜びはそれ以上でも、それ以下でもない。
 
 アリシアから、彼女の考えを聞いた。
 いつまでかかってもいい。お互いが幸せになって、相手を祝福し合えるまで絶対に幸せでいよう。
 それからも、ずっと。
 だからなのかもしれない。
 だから、よかったなんて思ったのかもしれない。
 
 「さて、俺らもお祝いの一言でも言いに行こうか」
 
 立ち上がって、アイナに近づいていく。
 向こうも俺らに気がついて、手を大きく振ってきた。
 
 「おーい、みんなぁ!」
 
 アントニオの首根っこを引っ掴みながら、アイナが笑う。
 トロフィーが彼女の手に収まって輝いている。基本、『楽しむこと』を趣旨として置かれており、勝敗が着くことのないヴォガ・ロンガも、優勝者にだけはこういうご褒美がある。
 アイナは昔、ウンディーネを目指していた時期があると、女将さんに聞いたことがある。
 その夢を、彼女は途中で打ち切った。諦めたわけじゃないんだと、俺は思う。
 今もまだ、彼女の中にその夢は種のまま宿っているんだと思う。そこから芽が出るかどうかは、アイナ次第だろうけれども、たぶんその種は、もう大きな花を咲かせているんじゃないだろうか。
 
 「約束守ってよね! 私が勝ったんだから!」
 
 「守る守る。でもな、お前俺の協力あっての優勝だろ」
 
 「うぐ……。それを言われると……」
 
 「お互いさまってことで、ここはチャラってのはどうだ?」
 
 「えー。それはズルイよエミヤン」
 
 こうやって、以前と同じように話すことが出来る。
 同じように話すことが出来て、同じように笑いあうことが出来る。
 
 日常が戻って来た、なんていうとおかしいかもしれない。
 アイナも、俺も、アリシアもアントニオも。誰も彼もが笑いあえていれば、きっと祝福しあえる。
 
 守ってやろう、この幸せを。
 
 いつまでも、俺が守ってやろう。
 
 きっと、いつまでも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

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Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

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