FC2ブログ

2018-12

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その優しい星で…  Navi:37 後編

 
 本当に今さらだった。
 自分自身、なんであんなことを言ってしまったのか、本当にわからない。
 正直なところ、あのときのエミヤンの目を見て怯えなかった自分を褒めてやりたい。あのときのエミヤンの目は、人を殺せるような目だった。見たことがなかった。あんなに怒ってるエミヤンを、私は見たことがなかった。
 
 「大好きだよ、だってさ。はは、馬ッ鹿じゃないの?」
 
 ベッドが軋む。
 寝がえりをうつたびに、ギィギィとスプリングが鳴る。
 眠れない。夕御飯も、意地になって食べていない。お母さんに怒られた。
 でも、それでも、私は道端のネコにはなれそうにない。
 
 本当は知っていた。
 アイラも、私のことをそんな目で見てないってことくらい。
 あの子は卑怯だ。卑怯なくらい、私のことを可愛がる。
 学生の頃だって、たぶん、アイラがいなくちゃ私はあんなにクラスに馴染めなかった。
 ただの、馬鹿で終わってた。
 
 「……私、なにしてんだろ」
 
 落ち着いて考える時間が、欲しかった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 アリシアがARIAカンパニーに通わなくなってから数日が経った。
 いや、数日なんてもんじゃない。ほとんど一ヶ月だ。
 夏はもう終わりが見え始め、明日はもう『送り火』の日だ。
 
 アイナからの告白があった翌日に、アリシアがいると灯里から聞いて、姫屋を訪ねた。
 予想はしていたが門前払い。姫屋からしてみれば、どこの誰とも知れない人物が、しかも男で、それがいきなり訪ねてきて、「アリシアに会わせてほしい」なんて言ってきても気持ちの悪いだけだ。そもそもアリシアが姫屋にいるということ自体、おそらく晃あたりが情報をいじっているはずだから、とんちんかんな事必至だろう。
 
 仕事のスケジュールはどうするつもりかと思っていたら、藍華がスケジュール表を見て、翌日の分をメモして連絡するという徹底ぶり。藍華にどうにかして取り次いでもらえないか、と言ってもアリシアが首を横に振るらしい。
 
 だったら、とさらに考えた。
 アリシアの一日のスケジュールはこちらが管理している。
 とすれば、お客様を乗せる場所もわかる。ならそこで待ち伏せしていれば会える、という結論にたどりついた。
 が、お客様を私情でお待たせするわけにもいかず、「ごめんなさい」という言葉だけを残してアリシアはゴンドラを漕ぎだし、水路の向こうへ消えて行った。
 だがしかし、こちらがスケジュールを管理しているのだ。わざと時間を空けて話すチャンスを作ることだってできる。
 ……そう思った。思った、だけだった。
 
 アリシアと落ち着いて話すには、まだ時間がいる。
 ならば、とアイナの家を訪ねると、ここ最近ずっと部屋に籠りっぱなしで話しかけても返事もしないとのことだった。
 食事はちゃんとしているようなのだが、部屋からは絶対に出てこないのだと言う。
 女将さんは何があったのか知っているかと訊いてきたが、答えられるはずもなく首を横に振るしかなかった。
 
 「ただいま帰りましたー」
 
 そうこうしているうちにいつの間にか時間は過ぎ、『ゴンドラの火送り』が明日になってしまった。
 この夏は、アリシアと一番離れた夏だった。俺のわがままで地球へ旅立ち、そして、今回の事。
 
 「士郎さん士郎さん!」
 
 自分のすることなすこと、すべてがから回ってる気がする。
 俺は本当にここにいていいのか、なんてまたくだらない疑問が浮かび上がってくる。
 いると決めたんだ。……いや、違うな。いたいと思ったんだ。ずっと、ここで、いたいと思ったんだ。
 いたいと思って、それでいていると決めた。
 なぜならば――――、
 
 「士郎さんってば!」
 
 「お? おお、なんだ灯里か。おかえり」
 
 「聞いてください士郎さん、晃さんがなんとかやれたって!」
 
 「はぁ……? 何を?」
 
 「アリシアさんですよ! 明日のお祭りのときに一緒に行くから、ちゃんと話せって晃さんが!」
 
 「――――お、あ、ほ、本当か!」
 
 勢いよく灯里は頷く。
 やっとアリシアと話せる。やっと、やっとだ。
 そう思うと、一気に脱力してしまった。こんなことじゃいけないのは判ってる。
 だけど、そうだとも。アリシアと、話せるんだ。
 
 「……でも、その、士郎さん」
 
 「なんだ?」
 
 「大丈夫、ですよね?」
 
 「ああ。きっと、きっと大丈夫さ」
 
 はっきり言って、根拠なんかない。
 今大丈夫なんて、簡単に口にしていいことなんかじゃないのはわかってる。
 だけど、これだけはっきりと言える自信が、なぜだか俺にはあった。
 自惚れじゃない、確信でもない。
 ただ、大丈夫だということだけが、はっきりとわかる。
 
 言い訳をいうんじゃない。
 あれは違うんだと、言うんじゃない。
 アイナは言ってしまった。なら、俺も言おう。
 彼女の言葉を、それは嘘だと、真っ向から否定するなんて権利、俺にはない。
 だけど、そうだとも。
 
 「俺の想いを、伝えるから」
 
 「士郎さん」
 
 「さ、てと。ごはん、食べるか、灯里!」
 
 「――――はいっ」
 
 俺の想いをアリシアに伝えることに、誰にも文句は言わせない。
 ――――ああ、決まった。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 夜が明けた。
 もう日は昇り切っているのか、窓から差し込む朝日は目に痛かった。
 隣で寝ている晃ちゃんを起こさないように起き上がって、顔を洗いに洗面台へ向かう。
 ヒドイ顔だった。昨日はいつごろ寝たのだろうか。何回寝がえりをうっただろうか。
 
 何回、同じことを考えただろうか。
 
 もし、士郎さんがアイナさんを選んだら?
 もし、士郎さんが私を選んだら?
 どちらに傾いても、どちらかが傷ついてしまう。それは当り前のことなのに、なぜかすごく嫌だった。
 アイナさんがあそこで、私の目の前で士郎さんに告白した理由。少なくとも、士郎さんに好意を持っていなくちゃあんなことはしないはずだもの。
 まだ、心の整理がついていない。全然落ち着かない。
 私の想いは決まっているはずなのに、なんでこんなこと思ってしまうのかが、まったくわからない。
 答えが出ない。
 答えが、出せない。
 答えを――――出したく、ない?
 
 「おはよー。って、ひっどい顔してるなアリシア」
 
 「うん、おはよう晃ちゃん」
 
 「まあ、今日は仕事ないんだろ。ゆっくり寝とけよ」
 
 「うん」
 
 「元気出せって、ほら、顔洗って、歯ぁ磨いて」
 
 「うん」
 
 「――――~」
 
 もうだいぶ前のことだけど、晃ちゃんが士郎さんにキスしたように見えた時はあんなに嫉妬したのに、なんで今回はこんなに悲しいんだろう。
 それもわからない。答えが出ないまま。
 なんで悲しいのか、なんでアイナさんに嫉妬しなかったのか。
 ……別に、嫉妬がしたかったわけでもないのだけれど。
 
 「はい、っと。起きろ藍華。朝だぞー」
 
 「う~あ~、眠いですってばぁ……あと5分」
 
 「アリシア起きてるぞ」
 
 「はい目が覚めました。ンもうばっちり!」
 
 「……殴るぞ」
 
 「じょ、冗談ですよぅ……」
 
 晃ちゃんと藍華ちゃんのいつものやりとり。
 この一ヶ月でこの会話もずいぶん見た気がする。私の朝にはなかった、賑やかさ。
 楽しかったし、幾分気が楽になったような感じもする。
 
 「ほら、朝飯食べに行くぞ。アリシアも、いつまでも突っ立ってないで」
 
 ほらほら、と晃ちゃんが私の背中を押す。
 苦笑いで返しながら、三人揃ってテーブルに着く。
 簡単な朝食をとって、一足先に晃ちゃんがお仕事に行く。今日は午前中だけで切り上げて、午後はゆっくりとお祭りに備えて身体を休める、のだそうだ。
 藍華ちゃんは、今日は姫屋の中で行動するらしい。跡取り娘にもいろいろあるんです、とは言っていたが、詳しくは教えてもらえなかった。やっぱり会社のことだからかしら。
 
 というわけで、今この部屋には私しかいない。
 
 できるだけ、ひとりにはなりたくなかったのだけれど。
 どうしようか、と首をひねっていると、窓からヒメ社長が入ってきた。
 そのまま、彼女は私の膝の上まで来ると丸まってしまった。今度こそ、どうしようかと真剣に悩まざるを得なくなってしまった。
 動いてもいいけど、それだとヒメ社長が起きちゃうし……。
 
 そこまで考えて、思わずクスリと笑ってしまった。
 今私、悩んでない。
 ありがとう、という想いをいっぱい込めてやさしく撫でてあげると、ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らした。
 ネコは、ときどきこういうことをする。
 人の感情に敏感なのだろうか。やっぱりおひげはレーダーだから?
 なにか嫌なことを吸い込んでくれているような、吐き出させてくれているような、あるいは昇華なんて言うのだろうか、そんな気持ちになる。
 
 「そうよね。きっと、大丈夫よね……」
 
 私のその言葉に返事をするように、ヒメ社長はかわいく一度だけ鳴いた。
 疑う必要なんてない。士郎さんが決めたことなら、私は受け入れることが、きっと出来るから。
 だから、この悲しみはきっと……――――悪いものじゃない。
 
 「怖がってるだけじゃ、ダメですよね……?」
 
 ふと蘇るのは、記憶の片隅に置いてあった彼女の言葉。
 
 『……貴方は、我が誇りを継ぐ覚悟を持っているか』
 
 そのとき、私はどう返したのだったか。
 まるでパズルのピースように、言葉ひとつひとつを思い出していく。
 まずはじめに、
 
 「ごめんなさい」
 
 その次が、
 
 「私は、あなたの意志と誇りを全て継ぐような器を、もっていません」
 
 だから、と。
 でも、そう、でも私は私の――――、
 
 「アルトリアさんの想いのカタチは、きっと私の想いのカタチになってしまう。だから、継げません」
 
 私が私だから。
 私が知ってる士郎さんは、私しか知らない士郎さんだから。
 だから、と。
 
 「私は私のやり方で、きっと、士郎さんのそばにいるから……」
 
 ああそうか。
 そうだった。
 なにが悲しいのか。なにが悲しかったのか。
 少しだけ、わかった気がする。
 
 “わからないということが、わかった気がする”。
 
 「それはきっと、急いで出す答えじゃないのよね」
 
 ベッドの上にヒメ社長を寝かせてあげて、部屋をぐるっと見回した。
 まずは、お世話になったこの部屋の掃除から。
 
 「ありがとうございました」
 
 それから、あのふたりにもお礼を言わなくちゃ。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 日の暮れ始めは、思っていたよりも早かった。
 灯里たちは部屋で浴衣に着替えている。灯里が今日のために内緒で買い揃えておいたらしい。
 
 降りてきた三人は、当り前だが浴衣を着ていた。
 いつもとは違う雰囲気があって、なかなかに似合っていた。
 
 「へへーん、どうですか衛宮さん?」
 
 「馬子にも衣装ってな」
 
 「んなーっ!」
 
 「冗談だよ。みんなかわいいさ。良く似合ってる」
 
 嘘はなかった。
 からかいのまじった口調からは想像しがたいかもしれないが、それでも嘘ではなかった。
 どうしてこんな口調になってしまったのか。少しだけ自己を見つめてみるとすぐわかった。
 
 浮足立っている。
 
 そう、今までにないほどわくわくとしており、また同時に手汗がとんでもないことになっていた。
 動悸が激しく、首回りがジワリと熱を帯びている。熱にうなされているような錯覚もある、が、俺の体調はいたって健康。そう、俺は今、かつてないほどにわくわくしていたのだ。
 
 自分でも馬鹿か、と罵倒したくなる。
 そんな浮足立っている場合じゃないだろう、と。
 
 「士郎さん、早く早くっ」
 
 「レディを待たせちゃ紳士失格ですよ!」
 
 「でっかい楽しみです!」
 
 「ああ、今行く」
 
 そうだとも。
 これがどういう選択なのか、十分理解している。
 俺が伝えたい言葉が、俺にとってどれほどの意味を持っているのか。
 俺が伝えたい言葉が、彼女にとってどれほどの意味を持っているのか。
 
 考えなかったわけじゃない。
 そりゃ、考えたさ。当り前だ。
 こんなこと、誰彼なしに言えることじゃない。
 だからこそ、ああそうさだからこそ彼女に――――、アリシアに言うんじゃないか。
 
 言葉の意味?
 言葉がどれほどの意味を持っているか?
 その言葉は重いのか、軽いのか、辛いのか嬉しいのか。
 
 そうじゃないだろう。
 この言葉は、そんなこと一切を無視してる。
 これに込める意味は一つで十分だし、それ以上はきっと入らない。
 なぜならば――――。
 
 「とうちゃーくっ」
 
 いつの間にか、サン・マルコ広場まで歩いてきていたらしい。藍華の声でそれに気がついた。
 出店も多い。灯里たちの他にも浴衣を着ている人達はまばらだがいる。
 
 「んー。晃さんたちはまだ来てないみたいですね」
 
 藍華が言うには、ここ、広場の入り口あたりで待ち合わせしているのだと言う。
 約束の時間までは、もう10分もないとのこと。待っていればすぐに来るだろうと笑いかけてくれた。
 
 いよいよ、心臓が破裂しそうになる。
 暑さとは別に、脂汗がにじむ。無意識に周囲をキョロキョロと見回してしまう。
 明らかに、注意が散漫になっていた。
 
 「ああ、もう……」
 
 自分で自分が腹立たしい。
 なぜ、こんなにもわくわくしてしまうのか。
 なぜ、こんなにも緊張してしまうのか。
 なぜ、こんなにも感情があふれてしまいそうなのか。
 痛いほどに、この気持ちは大きい。
 
 「おーい、藍華ー!」
 
 「あ、晃さん! 衛宮さん、来ましたよっ」
 
 より一層緊張が強まる。
 耳元が鼓動の音でうるさい。じーん、と耳鳴りがする。
 何度でも言う。俺はこのとき、注意が散漫だった。
 
 「あのっ、え、エミヤン……?」
 
 「え?」
 
 突然だった。
 後ろからかけられた声は、アリシアと負けず劣らず、ずいぶん聞いていなかった声だった。
 緊張が一気に解け、代わりに、すべての注意がそちらに向いてしまった。
 そう。もう一度言おう。
 俺はこのとき、注意が散漫しすぎていたのだ。
 
 「あのね、その……」
 
 「――――っおい? アリシア、どこ行くんだってば、アリシア!?」
 
 背後から晃が叫ぶ声。
 この祭りの喧騒の中でもはっきりと聞こえるのは、さすがだと思った。
 藍華から、晃を始めアリシアは誰にも理由を話していないと聞いている。ここにアイナがいるということが、どれだけの衝撃を彼女に与えたのか、理解できる者は、ここにはふたりしか残っていなかった。
 だが、違った。
 何が? そう、アイナが、だ。
 
 「エミヤン、追えっ!!」
 
 「え、あ……?」
 
 「追えって言ってんの! 好きなんでしょ!? いいから、ほら行くの!!」
 
 「――――ごめん。ありがとう」
 
 駆けだした。
 遠く離れていく後ろから、十人十色の声援を送られた。それを背にいっぱい受け、さらに加速する。
 なんてことはない。アリシアをすぐに視界に収めることが出来た。
 が、人が多い。うまく前に進むことはできず、身体の小ささで勝るアリシアは逆に人の間を縫うように走っていく。
 手を伸ばせば届くような距離じゃない。声を張り上げて、彼女が止まってくれるかはわからない。
 そうじゃない。
 この手で、追いつきたい。
 
 「アリシア……っ」
 
 呟くように、かすむ声で叫んだ。
 それで距離が縮まるわけでもない。だけど、呼ばずにはいられなかった。
 呼ばなければ、このまま終わってしまいそうで……。
 
 見失いそうになる。人混みにまぎれ、彼女の姿がかすんでいく。
 それは嫌だともがく。広場を回るように駆ける彼女の後姿を見失わないように、精いっぱいに追う。
 ひとりになんてさせたくはない。
 ひとりになんて、させるものか。
 
 「アリシアぁ――――ッ!」
 
 届けと願った。
 声を張り上げた。
 振り向いてくれと祈った。
 
 肩を震わせながら、アリシアは振り返り立ち止まった。
 速度をゆるめながら、彼女に近づいていく。眉根を寄せ、目を伏せ、唇は固く結ばれていた。
 こっちを向いてくれなんて、贅沢は言わないでおく。
 欲を言えば、確かにこっちを向いてもらいたい。けど、それは欲張りだ。
 
 「アリシア。久しぶり」
 
 「…………はい」
 
 「元気だったか? って、まあ藍華に聞いちゃいたんだけどさ」
 
 「…………はい」
 
 「アリシア。アリシアに、伝えたいことがあるんだ」
 
 「――――っ」
 
 アリシアが息をのむ。
 肩を縮ませ、いつもよりも一回りほど小さい気がする。
 口を開こうとした、その時だった。
 
 「私、私……馬鹿、だから」
 
 「え?」
 
 「アルトリアさんに言われたこと、思い出して、思い出したのに、私、ダメで……」
 
 大粒の涙が、次々に彼女の頬を濡らしていく。
 真っ赤になった彼女の顔を、うわずる彼女の声を、俺は何も言えずに見聞きしている。
 胸の奥が、痛い。なにか自分の芯を揺すられているような、そんな錯覚。
 
 「私、悲しかったのがなんでか解りました。士郎さんのこと、好きな人がいたのに、士郎さんを独り占めしてたから、だからきっと、私、私……ぅあっ、ああ、ああああ……ぅっ」
 
 アリシアが崩れた。
 周りの目も気にせずに、ただ大きく嗚咽をもらし、涙をこぼす。
 周りの人たちは何事かとこちらに注視し、人の輪が出来上がりつつあった。
 そして、その涙をこぼしている人物がアリシアだとわかると、いっきに野次馬が群がってくる。
 
 「私は、アルトリアさんの言葉を鼻にかけて……っ、ただ、ただ士郎さんを独り占めしてるだけだった……っ、違うんです……っ、違う……、違う……っ」
 
 ざわつきがより大きくなっていく。
 祭りの中、メインがこちらに移りつつある。
 そんなことは、瑣末事だ。
 
 「私、馬鹿だから……っ。だから、士郎さん、もう……ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
 
 「……ああ、馬鹿だな」
 
 からかうような口調ではなく、自然にこぼした、呆れる様な口調だった。
 一歩、アリシアに近づいた。顔を伏せた彼女の顔はよく見えないけど、きっと、笑顔なんかじゃない。
 
 「アリシア、そんなこと気にしてたのか」
 
 「そんな、こと……っ? 違う、私、そんな……っ」
 
 「それなら、俺の方がごめんなさいだ。心配かけた。世話になってる。かまって欲しいのは、俺の方だ」
 
 「……え? そ、れって……どういう?」
 
 顔をあげたアリシアの表情は、悲しみを今だけ忘れて、いわゆる『ハトが豆鉄砲をくらった』顔をしていた。
 しかし、その顔もすぐに不安に陰ってしまった。
 まっすぐにこちらを見返すことなく、また顔を伏せてしまう。
 
 「……私、でも……こんな私、私は嫌いです……っ、私は士郎さんにふさわしくなんか……」
 
 「そんなアリシアを……お前を好きになった俺はどうする」
 
 「え?」
 
 なんて? とまた彼女は顔をあげる。
 ああ、何度でも言ってやろう。
 この言葉は、そのためにある。人に伝えるために、きっとある。
 
 言葉の意味とか、その言葉がどれほどの意味を持っているかとか。
 その言葉は重いのか、軽いのか、辛いのか嬉しいのかとか。
 
 そうじゃないだろう。
 この言葉は、そんなことを一切無視してるのだから。
 これに込める意味は一つで十分だし、それ以上はきっと入らない。
 なぜならば――――。
 
 そう、なぜならば――――。
 この言葉は、それだけのためにあるのだから。
 この言葉はきっと、ひとつで十分なほど、大きいから。
 だからこの言葉を、精いっぱいの俺の心で伝えるんだ。
 
 そこに嘘も偽物も、入る余地など元からない。
 
 ああ、そうだとも。いろいろあった。
 この世界に来て、初めて会ったのがアリシアだった。
 月光の下で優しげに微笑む彼女を見て、俺は何を思っていたのか。
 なんて言って彼女にあいさつしたのか。そんなこと、もう覚えていない。
 
 だけど、育った。
 俺のこの気持ちも、きっと。
 アルトリアは言った。俺を導いてくれるのはアリシアなのだと。
 
 『みんなが、アリシアがきっと答えに辿り着かせてくれる』
 
 正義の味方の答えが、一体なんなのかはまだわからないけど、その答えよりも、今はもっと大事なことに気がつけた。
 その気持ちに、戸惑いもあった。
 だけど、そう、だけど。
 その気持ちはきっと、答えに繋がっていくと思えたから。
 だから言うんだ。
 アリシアに、その気持ちを抱いた彼女に、俺の気持ちを。
 
 アリシアの髪が、
 アリシアの瞳が、
 アリシアの声が、
 アリシアの肌が、
 アリシアの身長が、
 アリシアの体重が、
 アリシアの肩幅が、
 アリシアの歩幅が、
 アリシアの性格が、
 アリシアの雰囲気が、
 アリシアの微笑みが、
 アリシアの優しさが、
 アリシアのいたずらさが、
 
 問1。お前はアリシアの何をどう思ってるんだ?
 答え。アンサー。さぁ答えろ、衛宮士郎。
 アリシアに、お前の、最大級の答えを。
 
 
 
 
 「俺は、アリシアのことが好きなんだ。こっちから頼む。俺と、一緒にいてくれ」
 
 
 
 
 言った。
 目の前のアリシアは、目を丸くしたまま固まってしまった。
 気がつけば、辺りの喧騒が消えていた。誰もが息をのみ、事の顛末を見届けてくれている。
 アリシアはすぐには答えない。
 ただじっと、俺の瞳を覗きこんでいるだけだ。それからそらさない。こちらも見つめ返す。
 反応しないなら、何度だって言ってやる。伝えても伝えきれない想いなんだから、何度だって、言ってやる。
 それが安っぽいなんて言われてもかまわない。安っぽい言葉だと言われても、俺の気持ちはそうだとは言っていない。
 万感の感情をこめて言うこの言葉は、なにものにも負けないと自負している。
 
 「アリシア、お前が好きなんだ……!」
 
 「え、あ……ふあ……っ?」
 
 アリシアはまだ、俺の言っていることがよくわかっていないらしい。
 なら、もう一度と思った時だった。
 
 「あ、う、あ、ええっ!?」
 
 聞いたことのない、アリシアの素っ頓狂な声。
 頬を濡らしている涙が蒸発してしまいそうな勢いで、彼女の顔が上気する。
 目に見えて慌てふためく彼女は、少しかわいかった。
 
 「あの、えっと……え?」
 
 頭の中で俺の言葉を反芻しているのだろうか、目が右に左にと泳いでいる。
 そして、視界が左右に揺れることで、今自分が置かれている状況を理解したようだ。
 上気していた顔が、さらに赤く染まっていく。頭から湯気を出しそうな勢いの赤さは、これ以上なにも喋られないような雰囲気があった。
 
 これ以上ここでいることもないかと思った時だった。
 不意に、袖を引かれる。
 
 「? どうした、アリシア」
 
 「うふふ、ふふふ」
 
 「アリシア?」
 
 「や、やだ。ごめん、なさい。あ、あらあら……? 涙、止まらない……なんで、嬉しい、士郎さん、嬉しいのにっ」
 
 満面の笑みを浮かべながら、アリシアは泣いていた。
 そこに昏い不安の陰などなく、嬉しさで満ち満ちた表情をしていた。
 感情のコントロールがお互いにうまく出来ていない。どちらからともなしに、歩み寄っていた。
 
 「士郎さん。あぁう……あらあら、えっと……、その、もう一回、言ってもらえますか?」
 
 潤んだ瞳で、見上げるように覗きこんでくる。
 期待と、喜びが入り混じった色が瞳の光に宿っている。
 それに微笑み返すと、もう一度、よく聞こえるように言った。
 
 「ああ、アリシアが好きだ。俺と、一緒にいてほしい」
 
 「――――っはい、こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
 
 先程までの静寂はなんだったのか、広場が憤怒や歓喜の叫びで包まれる。
 と、ほぼ同時に、広場の向こう側から赤い火柱が立った。勢いよく燃え盛るそれは、夜の闇をくりぬいてなお、その存在を主張している力強さがあった。
 途端に祭りは、静けさが戻る前、いやそれ以上の盛り上がりを見せた。
 
 その騒がしさに呆気に取られること数分。
 誰かが――女性の、どこか聞きなれた声だった気がする――音頭をとって叫び出した。
 
 「キーッス! キーッス! キーッス!」
 
 それを聞いた周囲が、とことん乗れとばかりに大合唱を始めた。
 
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 
 広場を揺るがしかねないその大合唱は、火柱にも負けないほどに力強かった。
 しばらくの間、火柱のおかげで少し橙色に染まった夜空を見上げていた。
 その間にも、合唱はますます大きくなる。
 周りを見れば、もしかしたらこの合唱の中に藍華やアリス、晃にアテナたちがいるのかもしれない。
 
 とんだ告白になってしまった。
 苦笑いで周囲のキスを囃し立てる合唱を聞いていた。
 ふと、アリシアに視線を戻すと、彼女は恥ずかしさからか、耳を真っ赤にしながら顔を伏せていた。
 まったく、今日だけで何回アリシアに地面とにらめっこさせるつもりだ、俺は。
 
 「アリシア」
 
 「……はい、士郎さん」
 
 声が震えていた。
 ゆっくりと、彼女が顔をあげる。
 潤んだ瞳と、上気した頬。りんごみたいに赤くなった頬は、美味しそうだった。
 アリシアの顔にかかっている彼女の金髪をサラリとなでるようにはらう。
 
 「……ん」
 
 アリシアが静かに目を閉じた。
 合唱がより大きく膨れ上がる。
 
 「ありがとう、アリシア」
 
 「え?」
 
 ぱっと目を開けた瞬間を狙って、アリシアにキスをした。
 顔が近いなんてもんじゃなかった。俺の目に映るのは、同じくアリシアの目だけ。
 青色の綺麗な瞳が、静かに微笑んだ。
 
 歓声が、広場に降り注いだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:37 後編   end
 
 
 
 
 
スポンサーサイト

テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

コメント

なんだろう…今ならシロウを嫉妬パワーでギッタギタにできそうな気がする

アイナ・・・・ 
悲しすぎる・・・・・

アイナかわいそす

きたきたきたあぁーーーーーーーー!!
本当にごちそうさまです!
アリシアが可愛いすぎるっ!?
今なら士郎をアリシアのファンと共にフルボッコにできるさ!
だが、とりあえずよくやったぞ士郎!

えーと、テンションが高いので言ってる事がよくわからなくなっているので気にしないでください。
何というか最高でした。これ砂糖何トン分だいと聞きたくなるレベルの甘さでした。
個人的には出来るなら周りで自分もキスコールやりたかったです。
ところで、一つ質問です。
士郎君(特にアーチャー)って素面ではずかしげもなく好きって言える人じゃないですか。
だから本当に好きな人には愛してるって言葉も使うのかなあとか思ってました(原作中だと言っていたかどうかは既に記憶にないのですが)。
だから少し違和感(自分の勝手な思い込みかもしれませんが)を感じたので、使わない理由でもあるのかなと少し疑問に思った次第です。
何はともあれ今回もかなり楽しませて頂きました。
次回も楽しみにしています。

酢豚様への返信

ども、草之です。
初めまして酢豚さん。これからもよろしくお願いします。
 
同上。
草之も今なら士郎を殺せそうです。
むしろいつでも殺せます(笑)。作者権限で。
 
では以上草之でした。
ありがとうございましたっ!
 

ask様、名無しさんへの返信

ども、草之です。
ask様
> アイナ・・・・ 
> 悲しすぎる・・・・・
 
名無し様 
> アイナかわいそす

 
初めまして、askさん。これからもよろしくお願いします。
この二つのコメントから、アイナは愛されているんだ、と確認できてやる気が湧いてきた草之です。ゲンキンだなと笑わば笑え!!
 
とりあえず、草之がアイナを放っておくはずがないでしょう!?
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 
追伸。
コメントが短かったので、同コメント内での返信をご容赦ください。
 
 

ノボー様への返信

ども、草之です。
 
> 今なら士郎をアリシアのファンと共にフルボッコにできるさ!
> だが、とりあえずよくやったぞ士郎!

それに草之も混ぜてくれ!(ぇ
というわけで幸せいっぱいの士郎、と思っちゃいけねえぜ!?
これからはアイナ側にも注目だ!
 
> 何というか最高でした。これ砂糖何トン分だいと聞きたくなるレベルの甘さでした。
砂糖でお風呂が出来上がります。
 
> ところで、一つ質問です。
> 士郎君(特にアーチャー)って素面ではずかしげもなく好きって言える人じゃないですか。
> だから本当に好きな人には愛してるって言葉も使うのかなあとか思ってました(原作中だと言っていたかどうかは既に記憶にないのですが)。
> だから少し違和感(自分の勝手な思い込みかもしれませんが)を感じたので、使わない理由でもあるのかなと少し疑問に思った次第です。

ふむ。いい質問だね。
実は、「愛してる」を使うべきかどうかは、悩んだんです。
ちなみに、モノローグだったはずですけど、士郎はセイバーのことを愛していると出てたと思います。セイバールート最後のシーンのモノローグですね。
使わなかった理由は、ちゃんとあります。
 
まず、士郎の立っている立場が聖杯戦争時とは全然違うということ。
あとは衛宮士郎としての言葉で、好きだと伝えたことがなかったこと。
最後に草之個人の「好き」「愛している」「恋している」の使用方法の分け方から、このときの士郎の言葉として一番当てはまるのは、「好き」だと判断したからです。
 
またわからないと思ったことがあればどうぞ。
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 

 ……考えてみると、これだけおおっぴらにつきあっているならば(原作でやったような)灯里の昇格に会わせたアリシアの寿退社のところ、それなりにひねらなくてはいけないのでは?
 まぁすでに考えているでしょうから楽しみにしています。

 んで最初にキスの音頭を取り始めたの、実はアイナだったりしません?

 さて、告白の台詞ですが、士郎ならばやはり「好き」の方が会っているように思えますね。少なくともこの展開なら「俺、おまえみたいな奴は嫌いじゃない」ってな言い方は出来ないんだし。(ぜってぇーに誤解される)

 では最後に。
「やい、てめぇ! 凛と桜をふってこの世界に来た上にアリシアさんをゲットするとはなんて野郎だ! おまえみたいな奴は間違っても英霊になって輪廻の輪から外れたりなんぞ出来ねぇ! 輪廻転生繰り返しながらずっと来世・再来世……のアリシアさんを幸せにし続けろい!」
……アヴァロンにいるセイバーも待ちぼうけ?

Re: 名無しさん

ども、草之です。
 
>  ……考えてみると、これだけおおっぴらにつきあっているならば(原作でやったような)灯里の昇格に会わせたアリシアの寿退社のところ、それなりにひねらなくてはいけないのでは?
そうでしょうか?
そこまでひねる必要性があるようには思えませんが……、まあ、原作とは違うカタチになるのは間違いないでしょう。
 
>  んで最初にキスの音頭を取り始めたの、実はアイナだったりしません?
ぴゅーっ、ぴゅーっ(口笛
 
>  では最後に。
> 「やい、てめぇ! 凛と桜をふってこの世界に来た上にアリシアさんをゲットするとはなんて野郎だ! おまえみたいな奴は間違っても英霊になって輪廻の輪から外れたりなんぞ出来ねぇ! 輪廻転生繰り返しながらずっと来世・再来世……のアリシアさんを幸せにし続けろい!」

士郎から来たわけじゃないので、振ったかどうかを言うのは野暮ってもんですかね。
まあ、最終回もちょっとづつ見えてきた今日この頃。
これからも士郎ががんばってくれることを祈るとしますかっ!!
とりあえず士郎、一発殴らせろ?
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 
 

最高です!!!!!!。

まさかARIAとのクロスオーバーなんて無茶だろと思いながら読んでいたら、
いつのまにかはまっていました。

応援してます。
がんばってください。

Re: 名無しさん

ども、草之です。
はじめまして。これからもよろしくお願いします。
 
無茶で無謀と笑われようt(ry
結果的にそう言ってもらえることが多くて本当にうれしい限りです。
日記にも書きました通り、今はわけ合って執筆を中断しております。
再開するとき、またよろしくお願いします。
 
ありがとうございましたっ!!
 
 

ここが最新かな?
Fate SSリンクから飛んできました。
知識はFateのみで、ARIAは全く知らなかったですが物語が面白く、wikiやキャラの画像検索もしないままに一話から一気に読んでしまいました。
読み終えて、プロフィール読んで、心の聖典「ああっ、女神様っ!」
…なるほど、アリシアさんに感じてた既視感はそれでしたか。
(原作知らないんで補正なしでその性格なのかもしれないですが)
カップリングもなんとなく納得。
螢一も士郎も根っからの朴念仁なのは同じですからね~。
ARIAを知らずに読んだもので、章の始め等、キャラが入れ替わった時誰か分からなくなる時があったけれど、楽しく読めました。
続きを期待しています。

ジロー様への返信

ども、草之です。
初めまして、ジローさん。これからもよろしくお願いします。
返信が遅れ、申し訳ありませんでした。
 
> 知識はFateのみで、ARIAは全く知らなかったですが物語が面白く、wikiやキャラの画像検索もしないままに一話から一気に読んでしまいました。
ありがとうございます!
 
> ARIAを知らずに読んだもので、章の始め等、キャラが入れ替わった時誰か分からなくなる時があったけれど、楽しく読めました。
さあ、今すぐ書店に向かってARIAを全巻大人買いだ!!
それをしても決して損はしないほどの良作ですよ、ARIAは。
アニメの方もよろしくねっ!! という布教活動(笑)。
 
では、以上草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://haguruma48k.blog87.fc2.com/tb.php/316-81769bad
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

ご来客数

歯車の潤滑油

いわゆるWeb拍手という代物

   

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリ

ガイドライン(初めにお読みください) (1)
作品一覧 (1)
その優しい星で… (58)
その優しい星で…(設定) (2)
背徳の炎  (41)
背徳の炎(設定) (1)
B.A.C.K (42)
B.A.C.K(設定) (1)
ちょっと外れた俺とネコ (2)
今日のアニメ (15)
短編 (8)
イラスト (4)
徒然日記 (216)
自己紹介 (1)

プロフィール

草之 敬

Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

ご意見・ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。