2018-04

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その優しい星で…  Navi:38

 
 お祭りは、少し延長した。
 アリシアさんとエミヤンはみんなから祝福を受け、ネオ・ヴェネツィア公認カップルなんて明日の記事にされそうだった。本当に、幸せそうだった。
 
 「……はぁ」
 
 なんであんなこと言っちゃったのか、今でもわからない。
 とりあえず今日は、朝日が昇ってくるまでここで考えてみることにした。
 お祭りが終わった後のサン・マルコ広場は、寂しかった。
 今の今まで馬鹿みたいに騒ぎ倒していた分、人がいなくなって余計にそう思ってしまうんだろう。
 
 夜色の海は、なんとなく心が落ち着く。
 潮の匂いと波の音。なんでこんなに詩的になってるのかわからないくらいに、気持ちにブルーが入っていた。
 
 「エミヤンなら、傷つけてもいいんじゃないかなって思ったんだよ。ヒドイ話だよね、本当馬鹿みたい」
 
 足音を出さずに近づいてきていた人が、ふと足を止めた。
 振り向かなくても解る。こういうとき、私のところに来るのはいつも――――
 
 「フラれちゃいましたね」
 
 「まーね」
 
 いつも、アイラがいる。
 彼女は事情を詳しく知らない。けど、そんなことを言わなくても、彼女はなぜか知っていたりする。
 不思議な子だった。
 掴みどころのない、ふわふわした人だった。
 彼女自身に言ったことはないけれど、私はアイラに憧れてる。
 もういっそ、私もシスターになったらいいんじゃないかなって思ったこともある。けど、ガラじゃない。
 
 「フラれたって言うよりも、なんだろ。私別にエミヤンのこと本気で好きしてたわけじゃないしね」
 
 「衛宮士郎さまは、アイナのおかげであの言葉を言う踏ん切りがついた、みたいな感じでしたよ」
 
 「しーらない。で、慰めにきてくれたりしたの?」
 
 「逆です。たしなめに来ました」
 
 「……私、悪い子だもんね」
 
 「ええ。アイナは悪い子です」
 
 そう言って、アイナは私の隣に腰かけた。
 長い髪の毛は、今はフードの下に隠してあるようだった。この時間にここにいるってことは、たぶんまた教会から抜け出してきたんだろう。就寝時間はとっくに過ぎている。
 
 「マフラーが必要になってくる時期が、またやってきました」
 
 「アイラんとこはそういうの禁止なんでしょ?」
 
 「女の子がスカートの下に体操着を着るのと同じです」
 
 「あ、そ。寒いもんね」
 
 フードを脱ぎ去り、長い髪の毛を外へさらした。
 髪の毛が痛みそうなものを、この子はまったく気にする風もなく潮風に遊ばせる。
 だというのに、私よりも髪質がいいときたもんだ。まったく勘弁してもらいたい。不公平だ。
 
 もう一度、夜色の海を眺めた。
 なんともない。私はたぶん、なんともないんだから。
 
 「アイナ」
 
 「ん?」
 
 呼ばれたのでアイラの方を向く。
 と。
 
 ――ばっチィッ!!
 
 「痛ぁっ!?」
 
 思いっきりデコピンされた。
 首を引っ込める隙もない。振り向いた瞬間の奇襲だった。
 ジンジンと痛みが広がる。もしかしたら血が出てるんじゃないかと思うほど、そのデコピンは痛かった。
 なにするんだ、と視線で訴えかけるようににらむと、彼女はそよ風でも受けるように涼しい顔をしていた。
 
 「アイナ。本当に、わからないのですか?」
 
 「……なにが」
 
 「あなたは衛宮士郎さまを後押しした。追えと、後押しした。その心変わりはなぜですか? あなたは、なにを思ったのですか? なにを考えて、なにを言おうとして、衛宮士郎さまにあんなことを言ったのですか?」
 
 「…………どうせ、甘えたかっただけだよ。言ったでしょ、エミヤンなら傷つけてもいいって思ったって」
 
 「なら、アントニオさんはどうなるのですか?」
 
 「あの人? だって知り合ってからまともに話したこともないし。エミヤンと同列視なんてできないよ」
 
 「……本当に?」
 
 「本当に」
 
 アイラは私に穴が開きそうなほど見つめてくる。
 薄紅い瞳が、私をまっすぐに見つめてくる。
 
 「同列視出来ないのは、衛宮士郎さまではなく、アントニオさんなのではないのですか?」
 
 「何言ってるの?」
 
 「アントニオさんを同列視出来ないのではなく、衛宮士郎さまを同列視出来ないのではないのですか?」
 
 「……どういう意味? なに言ってるの? 意味によっちゃ、アイラでも容赦しないよ」
 
 「私だって容赦はしません。あなたのその“構わないでくれ”という空気、気に入りません」
 
 「…………はは。何それ? ケンカ売ってるの?」
 
 そう言うと、アイラの目がぎゅっと鋭くなった。
 背筋に氷を流しこまれたような悪寒が走る。けれど、それを表情には出さないよう努力する。
 あくまで、強気に。私はわかってる。全部、わかってるんだから。
 アイラに言われなきゃ解らないなんてほど、子どもじゃないんだから。
 
 「ケンカ? 私がアイナに? とんでもない、ケンカなんて私が一方的に勝ってしまうようなこと、するわけないでしょう?」
 
 「それ、言っちゃうんだ?」
 
 「子どものような言い訳はもうよして。『汝左の頬叩かれれば、右の頬も差し出せ』なんてほど、私は甘くありませんよ。頬を叩かれれば、あなたの鼻っ面を叩き潰します」
 
 「……怖いね、そりゃ」
 
 「……考えることはやめないで、そこで終結させないで。アイナ、考えるんです」
 
 「…………敵わないよ、アイラ。もう、やだよ。もう、疲れたよ」
 
 「ダメです。考えなさい。考えることをやめてはいけない。人間は考えることのできる生き物なのです。思考停止は大罪ですよ、アイナ」
 
 「だから、もうやだって言ってるじゃない。もういいじゃない。私なんてどうせ究極的には他人なんだから、もう放っておいてよ。しんどいよ」
 
 「最後にもう一度だけ訊いておきます。……それは本当に?」
 
 「――――、本当に」
 
 アイラは、「そう」と言うだけ言って立ち上がった。
 長い髪を風に弄ばせながら、彼女の足音がどんどん遠ざかって行く。
 帰ったのだろう。彼女の就寝時間はもうとっくに過ぎているし、門限だってそれ以上に過ぎているはずだから。
 
 また、一人になる。
 ざざぁ、と波の音がよく聴こえる。耳を閉じても、聴こえてきそうなほどに波の音しかしない。
 ずっしりと重そうな色をした海水は、まるで私の心のようで。
 
 「だから詩的だって言ってるのに。あー、もー、しんどいー」
 
 日が昇るまで、こうやって何かを考えた振りをしたまま何も考えないでいたい。
 だけど。
 だけど、アイラの言葉が、いやに頭に残っている。
 
 「……思考停止は大罪、ね」
 
 知ったこっちゃない。
 思考停止なんて、いつものことだもの。私はいつも、考えなしで動いてる。
 イチイチ考えて生きていくなんて、きっとしんどいだけ、疲れるだけだから。
 
 でも。
 だから。
 それなら?
 
 私はなんでこんなに疲れてるのだろうか。
 こんなに、ずっしりと、胸に、重りを埋め込まれたみたいに、苦しいのだろうか。
 立ち上がろうとしても、立ち上がれない。
 頭も重い。こんなに重かったかな、と疑うほど、頭が重くて痛い。
 胸が痛い。苦しい。しんどい。疲れる。
 
 「……なんで」
 
 考えることなんて、やめることができない。
 やめたら、どうなるかわからない。やめるのは厭だ。
 
 「…………白馬に乗った王子様じゃなくてもいいや、ネコの男爵でなくてもいい」
 
 昏い海に向かって、それを沈めるように重く言い放つ。
 誰にもこれは聞かれないように。
 でも――――。
 
 「誰か、私を拾ってよ……」
 
 誰かに、聞いてほしくて。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 『送り火』の翌日は、大変な騒ぎだった。
 昨晩のことを聞きつけた出版社からの電話がひっきりなしに鳴り響き、営業がロクに出来ない。
 営業妨害で訴えるぞ、と言っても、その程度で引き下がっていては記者など出来ないということなのだろうか、切っても切っても、何度でもかかってくる。
 向こうも、こちらが対応に追われて訴えるどころではないのを判っているのだろう。
 なんとも性質の悪い話だ。
 
 「はあ……」
 
 「お疲れ様です、士郎さん」
 
 「電話対応代わってくれないか、灯里」
 
 「お前はダメだ、って言ったの士郎さんじゃないですかっ」
 
 そうだった。
 灯里が電話に出てしまうと、きっと押し切られて全部の出版社からの取材を受けなければいけなくなることになりかねない。それはそれで解決策としての候補ではあるのだが、時間的に考えて無理がある。
 こんなことで「あんなところで告白しなければ」と思うなんて、とことん厭になるな。
 まあ、これはこれで、前向きにとらえようとすれば捉えられる。
 例えばだ。
 
 「はい、もしもしこちらARIAカンパニーです」
 
 例えば、『これもアリシアと付き合うことになったから』だと考えれば、間違いなく俺は彼女に告白――好きだと伝えたのだと思える。実感できる。とんでもなく嬉しいさ。
 そうすれば、こんな電話の一本や二本、三桁に届こうかと思われようとも、気に留めるほどのことではなくなる。
 
 『よお、衛宮。その声から察するに、相当お疲れみたいだな』
 
 「晃か。からかうために電話したなら切るぞ。こっちは忙しいんだ」
 
 『まあまあ、そう言うなって。ARIAカンパニーの電話は一機だろ? だったら、私としゃべってる間は頭を悩ませずに済むじゃないか。どうだ、悪くないだろ?』
 
 「……一理ある。けどな、お前仕事は?」
 
 『んーっと。あと30分は大丈夫だ』
 
 「……ありがとう、助かる」
 
 『じゃ、お礼にくるみパン作ってくれ。この頃お前の食べてない』
 
 「それくらいならいつでも作るさ」
 
 適当に話すだけなのに、だいぶ楽な時間だったと感じた。
 それだけ同じ内容ばかり聞かされているからなのだろう、本当に気楽な時間だった。
 
 『っと、そろそろ出かけるから、電話切るぞ』
 
 「ああ、ありがとう。助かったよ」
 
 『そんじゃ、くるみパンよろしくなっ』
 
 「了解」
 
 ガチャン、と受話器を置く。
 ふぅ、と一息ついたと思えば、またすぐに電話が鳴る。
 今日一日で一ヶ月ほどの電話の音を聞いた気がする。耳の奥で音が溜まってしまいそうだ。
 この際無視してしまってもいいのだが、もしかしたら予約の電話かもしれない。
 そう考えるからこそ、電話線も切らずに置いているのだが。
 
 「はい、もしもしこちらARIAカンパニーです」
 
 今日何度目になるだろう常套句を口から出した。
 と。
 
 『ああ、やっと繋がった! 衛宮さん、ウチの子知らないかいっ?』
 
 「と、女将さん? アイナです、か」
 
 嫌な予感がする。
 昨日最後に見たのは、確か昨日の祭りの最中、呼び止められたときだったはず。
 それ以降、どこに行ったのかは知らない。
 
 「すいません、俺にもよく」
 
 『……あの子は、心配ばっかりかけて』
 
 「もしかしなくても、家に帰ってないんですよね?」
 
 『ああ、そうなんだよ。昨日『送り火に行くから』って部屋から久々に出てきたと思ったら、今度は帰って来ないときたもんだよ。……ありがとう、もうちょっと探してみるさ。まあ、お腹が減ったら帰ってくるような子さね、衛宮さんは心配しなくてもいいからね』
 
 「しかし――」
 
 『いいんだよ。ありがとうね』
 
 それだけ言って、電話は切れた。
 仕方なく受話器を置くと、またすぐに電話が鳴った。
 今度は、いくら鳴っても取る気にはなれなかった。灯里もそれに気付いてやって来た。
 電話が今日初めて、取らずに切れた。
 灯里は心配そうに顔を覗きこんでくる。
 
 忘れていたわけじゃない。
 ――何をしてるんだ、俺は。
 拳を握りしめる。すっきりしない。これでいいはずがない。
 
 だけど、俺に何ができる?
 「追え」と背中を押してくれた彼女に、俺は何ができる?
 何をしてやれる?
 
 くだらない自問。
 答えなど、とうに出ている。昨日出たじゃないか。
 出したじゃ、ないか。
 
 「……俺は、何もできない。やっちゃいけない」
 
 探すことさえ、やっちゃいけない。
 嘘でも本当でも、俺はアイナを選ばなかった。
 だから、心配だからという理由だけで、動いちゃいけない。
 いけない、はず、なのに。
 
 「そんな常識、いらないよな」
 
 行動した。
 まず、電話線を抜く。それから灯里を呼び、「電話線は抜いておいたからもう鳴ることはない」と言っておく。彼女はしばらくポカンと呆けていたが、すぐに慌てて「どうしてそんなことを」と訊いてきた。答えは単純明快。
 
 「うるさいだろ、電話」
 
 「ええ……?」
 
 だが、灯里はそれで納得した。
 理由はわからない、でもきっとそれでいい。そう言って、彼女は頷いた。
 お礼にもならないだろうけれど、優しく、灯里の頭をなでてやった。
 
 「それじゃ、行ってくる」
 
 「アリシアさんへはなんて言えばいいですか?」
 
 「そうだな……。親友のケツを叩きに行った、とでも言っといてくれ」
 
 「ケツ……」
 
 微妙な顔をしながらも、灯里は頷いてくれた。
 それを確認して、心おきなくARIAカンパニーから出掛ける。
 
 まず向かったのが、アイナがいつも子どもらと遊んでいた広場。
 キョロキョロと見回しても、一人だけ大きな子どもがいる、ということはなかった。そのうち遊んでいた子どもたちが集まってくる。アイナの知り合いとして、いつの間にか俺のことも覚えてもらっているらしかった。
 アイナのことを訊こうとしたら、逆に「今日はアイナ姉ちゃんは来ないのか」と訊かれた。それに驚いて、同時にお前は絶対に道端の猫になんてなれやしないと心から思った。もうすでに、アイナは――彼女は子どもから愛されている。
 彼女は、もうすでに『道端の猫』ではなくなっている。
 
 「……よし。次だ」
 
 走る。
 路地だけではなく、屋根の上を走ってまで移動した。
 景色が飛ぶように後ろへ流れていく。ここまで派手に移動したのは久しぶりな気がする。
 目的の広場まで来ると、速度を落とし、路地へ降りる。そこからは普通に走って移動。一応この広場にアイナがいないかどうかを確認してから目的の場所、アントニオが働く花屋へ入った。
 
 「いらっしゃ……、なんだ衛宮の旦那じゃないっすか。昨日はすごかったらしいですね」
 
 「アントニオ、アイナ知らないか?」
 
 「? いえ。ていうか、来るはずないじゃないですか、オレのところに」
 
 自嘲するようにアントニオは笑った。
 
 「なら手伝え。探すぞ。昨日の『送り火』に出掛けてから帰ってないらしい」
 
 「え?」
 
 「俺じゃない。お前が探しだすんだ。俺が言っても、もう意味はない。意味を持つ言葉でアイナに語りかえることができるのは、もうお前だけなんだ。いいか、お前だけなんだ」
 
 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! ぶっ飛んでますって、いきなりすぎます、なんなんですか一体!?」
 
 「お前が理解できなくてもいいんだ。お前の気持ちが問題なんだよ! 確認の意味で訊くぞ、お前はアイナのことをどう思ってるんだ?」
 
 「ど、どうって……、そりゃ好き、ですよ」
 
 「何?」
 
 「だから、その……好き、です」
 
 尻すぼみに小さくなっていくアントニオの声に、さすがに大声を出した。
 
 「なんだって!? 聞こえないぞ、アントニオ!!」
 
 「す、好きです! 大好きです!! オレは、アイナさんが大好きです!! 愛してるんですっ!! 抱きしめたい、誰かに壊されるくらいなら、いっそオレが抱きしめて壊したいくらいに、オレは、オレは――――っ!!」
 
 アントニオは叫んだ。
 こちらが恥ずかしくなるくらいの気持ちを込めて、あるいは俺が言う“意味”を込めて。
 アントニオは叫んだ。
 
 広場を行き交う人々がアントニオの声に何事かと注目し始め、立ち止まって行く。
 それでもアントニオは止まらない。むしろ、ノッてきている。
 なんだ、こいつはやっぱり役者の才能があるんじゃないか。
 
 「オレは、アイナさんのことを、愛してるんですッ!! あなたを一目見たときから、ずっとずっと、あなたのことが大好きでしたッ!! 一目惚れなんてもんじゃない、あなたの屈託のないあの笑顔に、たち振る舞いに、心が震えた。あの笑顔を、オレに向けてほしくてたまらないんです!!」
 
 花屋の前には、いつの間にか人の群れが出来ていた。
 アントニオには気付かれないように――気付くとも思えないが――そっとその人混みに紛れ込む。
 あとはただ傍観者として、アントニオと、アイナの行く先を見てやればいい。
 今の俺に出来て、考えうる最良の方法が、これだった。これしかなかった。
 
 「誰が何と言おうと、オレは彼女を奪ってみせる! アイナさんが好きなヤツがいれば、今すぐオレの前へ出てきやがれ! 誰にも負けない、オレの言葉を聞かせてやる!! オレだけが言える言葉で、アイナさんに好きだと伝えてやる!!」
 
 周りの人たちが、次第にアントニオを煽り始める。
 それを聞いているのかいないのか、アントニオの告白はどんどんエスカレートしていく。
 アントニオは、踏み出した。そう、アントニオ、は。
 
 「…………」
 
 喧騒が広がって行く。
 広場から路地へ、そしてまた違う広場へその声は届いて行く。
 昨日の今日だ。こんな大々的な告白をしていたら、お祭り好きなこの街の住人たちのことだ、すぐに集まってくる。
 だが、肝心のヒロインがいないのでは、アントニオの一人舞台のままだろう。
 
 「オレは、あなたに尽くしたい! オレのことを知ってほしい、アイナさんのことだって知りたい。お互いを全部知り合いたい!! 心のことも、からだ――――ぎゃっ!!」
 
 喧騒が一気になくなる。
 あまりに不意打ち。人混み外れた場所から、赤いソフトボール大の物体がアントニオの顔面を強襲したのだ。
 他の人の頭を避けてアントニオにだけ命中させるのは、驚愕の一言だが。
 
 「あ、あ、あんたはいつまでそんなことを~っ!!」
 
 その言葉と同時、倒れたアントニオの横にリンゴが落ちてきた。
 それに目を向けてから、全員の目が声の主に注がれる。例にもれず、俺もそちらを見た。
 
 顔を投げつけたリンゴのように真っ赤にして、アイナがズシズシと近づいて来ていた。
 アイナがまるでモーゼのように、人の海を割って倒れているアントニオに近づいて行く。その間、誰も言葉を発しない。何が起きているのか、よくわかっていないのだろう。
 そんな周りの空気もお構いなしに、アイナはアントニオの胸ぐらを引っ掴み、無理矢理立たせた。
 
 「ここがどこだか判ってそんなこと叫んでたの!? 馬鹿じゃないの!!」
 
 「う、うう?」
 
 アントニオは頭を打ってからまだ混乱しているようだ。目の前にいるのがアイナだと気がついていない。
 しかも、アイナの方もガクガクと激しくアントニオを揺らすもんだから、彼の方は余計にアイナを認識しづらくなっている。それもお構いなしに、アイナは叫びながら揺らし続ける。
 
 「私が本当はどんな人間か知ってそんなこと言ってんの!?」
 
 「あう、ううう? あ、あ。ああっ!?」
 
 アントニオが反射的にアイナの腕を振り払い、二歩三歩と彼女と距離を取った。
 右左と見まわして、ようやく俺が人混みにまぎれてしまったことに気づいたようだ。幸い、俺がどこに行ってしまったかまではわかっていないらしい。こちらとしても、それは重畳だ。
 
 「アイナさん、いや、あの、これは、その」
 
 「なんで今さら動揺してるの、あんた。何? 嘘?」
 
 「嘘じゃないっす! オレアイナさんのこと、本当に!!」
 
 「…………」
 
 アイナはじとりとアントニオを見上げる。
 俺よりも頭ひとつ分小さいアイナは、俺よりも頭ひとつ高いアントニオをほとんど真上を見るように見上げていた。
 
 「いや、あの、俺が驚いたのはなんでここにアイナさんがいるのかってことで……」
 
 「それ、驚くことなんだ? まあいいや。いちゃ悪かった?」
 
 「全然構いません!!」
 
 「最初からいたよ。エミヤンが君に話しかけるところだって見てた」
 
 「え、最初、から?」
 
 ――そう。
 アイナは最初からこの広場にいた。
 俺がここに到着したときに広場を見渡し、じっと花屋の方を向いているアイナを見つけたのだ。
 そこで、アントニオのあの大仰なフリをするクセにつけ入ってなんとか彼の想いを聞かせてやろうと思ったのだが、まさかここまで演説じみた大きさにまで発展するとは思ってなかった。
 が、それはそれでよかったのかもしれない。ここまで騒ぎになったから、アイナは出てきたのだろうし。
 
 「ねえ、えっと、アントニオだっけ?」
 
 「はいっす」
 
 「私の何がイイって言ってたっけ? もう一回、私の眼を見て言ってみて」
 
 「……あなたの笑顔に惹かれました。オレだけにむけてくれたあの笑顔を、見てみたいんです」
 
 「笑顔? それだけ?」
 
 「……はい」
 
 「馬ッ鹿みたいね、その理由」
 
 「……好きになる理ゆ――――」
 
 「“好きになる理由なんてどうでもいい”、かな。まあ、いいけどね。私ね、ヒドイ女なんだよ? 君が思ってるよりも、きっと醜くて、怠惰な惰性を持ってて、どうしようもない馬鹿女なんだよ?」
 
 「そんなことない!!」
 
 「っ?」
 
 アントニオは、即答した。
 今まで彼を気圧すような態度を取っていたアイナが、それに押し返される。
 アントニオはゆっくりと両腕をあげ、肩辺りまで上げてからしばらくそのままだったが、結局腕はおろしてしまった。
 アイナは首をかしげた。結局何がしたかったのか、と。
 アントニオは照れ隠しするように、でも、言いたかったことだろう言葉を言う。
 
 「アイナさんは、自分で思ってるよりもずっとイイ女です! だって、オレが惚れた人なんだから!!」
 
 「何それ」
 
 アイナは笑う。だが、どちらかというと失笑に近い。
 それでも、アントニオは続けた。
 
 「自惚れだってのはわかってます。けど、だけど、オレがそう思ってるだけで十分なんです!! 誰があなたのことを何と言おうと、オレがそれを否定する。あなたは最高の人なんです!! どんなに醜くても、怠惰な惰性を持ってても、どうしようがなくても、オレは、あなたが好きなんです!! 愛してるんです!! オレには、あなたに対して持つべき感情は、愛だけで、それだけで十分なんです、あとの感情は贅沢以外のなんでもありません!!」
 
 「……まいったな」
 
 アイナはがしがしと頭を掻いた。ただでさえハネている髪の毛が、さらにぼさぼさになる。
 昨日から家に帰っていない、と女将さんが言っていたことから、昨晩は野宿だったのだろう。潮風に一晩中当たっていたからか、血色も髪の毛もあまりいい状態とは言えない。ハッキリ言って、今の彼女はみすぼらしかった。
 そしてアイナも、そんな自分の格好を判っているのだろう。
 だからこそ、アントニオの言葉が嘘には聞こえない。どんな格好だろうと、性格だろうと、アントニオには関係ない。

『彼女がどんな人間』かが、問題なのではなく、アントニオにとって、『彼女である』ことが重要なのだ。
 
 「ホントに、まいったな……」
 
 「?」
 
 「手間かかるよ?」
 
 「あ。い、いやいや、そんなの全然!」
 
 「幻滅しちゃうかもよ?」
 
 「全然!!」
 
 「……なんで、そんなにやさしいの?」
 
 「ぜんぜ――――え?」
 
 「なんでそんなに優しくできるの?」
 
 「……なんででしょうね。なんて言うんだろう。つまり、その、『愛の力』みたいな?」
 
 「なんでそんなところだけうやむやなんだよー」
 
 アイナは、笑っていた。笑いながら、泣いていた。
 嗚咽と、堪え切れない笑い声が一緒に漏れ出してきている。
 ぽん、とアイナがアントニオの胸を叩いた。
 
 「――じゃあ、拾ってくれる?」
 
 「ひろう?」
 
 「そう、拾うの」
 
 「……それって、あの、その」
 
 「そういうことだよ」
 
 「~~~~っ!!」
 
 アントニオは、今度こそ大きく、翼のように、その両腕を広げた。
 天を仰ぐような大仰な身振りから、嬉しさがにじみ出てきている。
 
 「もちろんですっ!!」
 
 「きゃあっ!?」
 
 宣言通り、アントニオはアイナを抱きしめた。
 見ていてわかるくらいに、力強く、優しく、目一杯の愛を込めるように。
 
 「よかったな、アイナ、アントニオ」
 
 ちょっとわざとらしい、とは思う。
 これだって、上手くいくかどうか賭けだった。アイナがアントニオを無視すればそこで今目の前にある可能性は消えていた。だけど、彼も、彼女も、この可能性を選んだ。
 俺には、出来ないことだから。俺が直接関わることはできないから。だから、間接的に、背中を押すくらいのことしかしてやれない。押してやっても、結局当人らがその気でなければ成功なんてしない。
 
 わざとらしい。
 実にわざとらしい。
 だから、俺は最後までわざとらしさを貫くことにした。
 つまり、こういうことだ。
 
 「キーッス! キーッス! キーッス!」
 
 この人混みだ。誰が言い出したかなんてハッキリすることなんてない。
 昨日、どこかの誰かさんがしたように。
 
 周りも俺の言葉に続く。
 音頭は大きく膨らみ、彼らを祝福という名のからかいで包み込む。
 なに、昨日に比べれば人数は100分の1にも満たない人数だ。
 
 気にすることなんてないだろう?
 
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 『キーッス! キーッス! キーッス!』
 
 許してくれよ。
 ちょっとした、仕返しなんだから。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 「じゃあ、それで?」
 
 「これでよかったかなんてわからないけどな。まあ、なんとかなった、と思う」
 
 その日の夕食時、士郎さんが語ったことは、アイナさんのことだった。
 結局、どうしてあの時あんなことを言ったのかをアイナさんに聞きそびれはしたが、結果オーライ、とのことらしい。
 
 「士郎さん士郎さんっ。そ、それで、どうなったんですか!? キス、したんですか!?」
 
 灯里ちゃんは、どうやらお話の結末にだけ興味があるようで、続きを話してと士郎さんを急かしていた。
 士郎さんは「ああ」と頷くと、なぜだか急に肩を揺らして笑い始めてしまった。
 ちょっとだけ嫌な予感がする。
 
 「いやな、聞いてくれ。二人とも顔を真っ赤にしたところまでは良かったんだ」
 
 曰く。
 そのまま緊張でガチガチになった二人は、両方が両方とも勢いよく顔を近づけ合ったものだから、見事にお互いに頭突きを食らわせてしまっていい笑い物になってしまったらしい。みんながざわついている中で、しっかりとキスはしたらしいけれども。
 うん。よかった、と思う。
 本当に元通りになるまでは、まだもう少しかかるかもしれないけれども、本当に元に戻ったとき、お互いがお互いを祝福できるようになっていれば、それがきっと一番良い。
 だから。
 だからそれまでは、絶対に幸せでいよう。それまでだけじゃない。それからも、きっと、絶対幸せでいよう。
 
 そして、きっとずっと、祝福しあって行くんだ。
 
 「本当に、よかったですね」
 
 「そうかな。……そう、だよな?」
 
 「ええ。きっと、よかったんです」
 
 正しいこと、正しくないこと。
 それはやっている間はだいたいわからない。
 やったあと、結果、到着地点。
 それが本当によかったかどうかで決まるのかもしれない。
 だったら、そうなのだ。
 
 ――私たちは、まだ途中。
 だから、だからきっと、まだ間違ったかどうかなんてわからない。
 なら今は、間違っていても、笑って話せる間違いにすればいい。
 あわよくば、正しかったと祝福し合えるのなら、それがきっと、一番いい。
 
 私たちは、まだ。
 旅の途中――――。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:38   end
 
 
 
 
 
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

コメント

ども、ノボーです。
最新話読ませて頂きました。
アントニオ告白編~エミヤンの逆襲~こんな感じになるのではないかなと思っておりました。
それでも今回アントニオが予想以上に格好良かった事に驚きました。
アントニオやる時はやる子なんですね。
振り回されまくるアントニオ、振り回すアイナ、今回はアントニオが押し気味でしたが、日常的にはそんな感じであろう2人を実にみてみたいですね。
まあ、それ以上に今みたいのはアリシアと士郎がイチャイチャしているところなんですけれど。

アイナとアントニオやっぱりくっついたか・・・・
士郎もアリシアとくっついたしこれからどうなっていくか楽しみです。

実はアイナにヒロインやってもらいたいと思っていた時期がありました(士郎)と・・・

ノボー様への返信

ども、草之です。
 
> それでも今回アントニオが予想以上に格好良かった事に驚きました。
> アントニオやる時はやる子なんですね。

やるときはやる子なんです! アントニオはっ(笑)!!
あー、もうこっちが悶絶するくらいにっ(笑)。
 
> 振り回されまくるアントニオ、振り回すアイナ、今回はアントニオが押し気味でしたが、日常的にはそんな感じであろう2人を実にみてみたいですね。
まあ、基本がそうなんですけどね(笑)。
惚れた弱みにつけ入って、やりたい放題するアイナをこれからもよろしくお願いします(ぇ
 
> まあ、それ以上に今みたいのはアリシアと士郎がイチャイチャしているところなんですけれど。
解っておりますとも。
こういうのは、たぶん頑張って頭ひねって書くものじゃないんですよね。
自然と出るからこそ、ニヤニヤ出来るのであって、狙ったものはそれだけで味が損なわれる。
え? いや、だからって手抜きはしませんよ? シマセンヨ?
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!

ask様への返信

ども、草之です。
 
> 実はアイナにヒロインやってもらいたいと思っていた時期がありました(士郎)と・・・
 
実は草之も……(何
というのは半分冗談(?)ですが、確かに一歩間違えばアイナがパートナーになっていてもおかしくはないのです。
だから、作中の士郎くんは歯切れが悪いわけで。
まあ、二股かけられるような甲斐性も持ってないでしょうけどね、彼(笑)。
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!

 士郎、ちゃっかりと「仕返し」を……。
 「仕返し」された事にアイナが気がついて、「よくもぉ」「いやいや、ただのお礼の気持ちだよ」的なやりとりを(仲良く)やり、それを見ていたアリシアが拗ね、アントニオが焼き餅焼く……なんてのも見てみたい気が……。

 ところでこの間、アリシアは何していたんでしょう?
 普通にプリマのお仕事をして、「昨晩」のことについてあれこれ聞かれていた……のではなく、協会で理事就任するよう口説かれている真っ最中だったりして。
 「アリシアさんあなたが身を固めようという話を聞きましてな、これはその祝いといってはなんですが……」的な形で話を持ち出されていたりとか?

Re: 名無しさん

ども、草之です。
>「仕返し」された事にアイナが気がついて、「よくもぉ」「いやいや、ただのお礼の気持ちだよ」的なやりとりを(仲良く)やり、それを見ていたアリシアが拗ね、アントニオが焼き餅焼く……なんてのも見てみたい気が……。
アイナはどちらかというと皮肉るタイプなので、その展開は残念ながら。
まあ、代わりに何かを要求しそうではありますが(笑)。
 
>  ところでこの間、アリシアは何していたんでしょう?
>  普通にプリマのお仕事をして、「昨晩」のことについてあれこれ聞かれていた……のではなく、協会で理事就任するよう口説かれている真っ最中だったりして。
>  「アリシアさんあなたが身を固めようという話を聞きましてな、これはその祝いといってはなんですが……」的な形で話を持ち出されていたりとか?

前者ですね。
お客様や、すれ違う知り合いやらに片っ端から昨日のことについての話を聞かれて回っていただろうと思われます。
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 

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