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2018-09

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背徳の炎  track:34

 
 雨。
 空から滴り落ちてくるそれらは、地面を打ち、弾け、染み込んでゆく。
 それが実りに繋がることは言うまでもない。
 
 だが。
 雨とは天と地とを結ぶ橋なのだ。
 時にはその曇天より、不幸を運ぶ使者を送ることがあるだろう。
 それは悪魔とも呼ばれ、また神とも呼ばれる。
 古来雨は、河を氾濫させ、山を崩し、そして嵐を呼び込んだとされる。
 それはすべて、曇天より下った悪魔がもたらす悲劇であり、人が逆らえぬ運命でもあった。
 悪魔に人は打ち勝てない。
 誰かがうそぶいたこの言葉に、人はあらがう術を持たなかった。
 悪魔、転じて天災は人に勝てぬ存在である。
 
 あらがうべからず。
 雨が運ぶ不幸、悪魔を退けられるものは存在しない。
 ただ身を縮め、その命を守るがいい。
 
 
 
 「えー、今日は詩の朗読からフランス語を学んでいきましょう」
 
 アクセルさんに同時通訳を頼みながら、講義を進めていく。
 私個人としては、戦術や剣技、法力以外のことを誰かに教え伝えるという行為は新鮮であり、また自己鍛錬にも繋がっているのではないかと考えている。
 人に教えるということは、自分の中で復習をするということだ。
 いつも何気なく口にしていた母語も、こうやって教える側に立つことで見えてくることもある。
 楽しい。
 素直にそう思えていた。
 
 授業が終わると、いつものように生徒が私の周りを囲んで離してくれなくなる。
 学園祭までの短い間、ということで、皆真摯に向き合ってくれているのだろう。
 
 「ここの文法がわからないんですけどー」
 
 「ああ、それは――」
 
 アクセルさんがいつものように同時通訳をしてくれる。
 なんとなく、この人が真面目に働いているのを見るのは新鮮だと思ってしまう。いつもは賞金稼ぎをしているらしいのだが、その賞金稼ぎですらあまりパッとした活躍を見たことがない。何をするにも、遊びを盛り入れる悪癖に似たところが彼にはある。
 だが、あのソルと手合わせが出来るほどの実力を持っているのも確かだ。だからこその“悪癖”なのだろうが。
 
 やっとのことで生徒から解放され、職員室に戻ってこれた。
 アクセル先生は中等部へと帰って行き、職員室には私だけ。
 
 今日はこれで終わりだ。
 次回の授業の内容を整理してから、荷物をまとめて職員室を去った。
 教師としてこの時間に職場から帰るのはマズイのだろうが、学園長からは許可をいただいている。
 鍛錬や調査に使いたい、と言うと、快く頷いてくれたのだ。
 ただ、やはり週に一度だけ、という制約はあるのだが、今それは些細な制約だ。
 
 一度エヴァンジェリンさんのログハウスに戻り、荷物を置いてから出掛ける。
 そのときにディズィーさんが「一緒に行っても構いませんか?」と訊いてきたが、やんわりと断っておいた。
 彼女の残念そうな顔を見ると胸が痛むが、この先はあまり一緒にいても楽しくないだろう。
 だからと言って彼女を一人にするというのは、確かに……ジレンマだ。
 
 後ろ髪惹かれる思いを振り切って、ログハウスから走って離れていく。
 
 「……さて」
 
 大きな道に出てきたところで、落ち着くためにしばらく歩いて移動する。
 先日のことだった。何気なく口にした「学園祭で一番人気の屋台」を、生徒の一人が聞きつけ、その場所を教えてくれたのだ。『超包子』。それが、学園祭で一番人気の屋台なのだそうだ。
 名前からして中華料理を扱っているのだろうが、中華料理は――――、まあ、言うまい。
 
 学園祭以外でも屋台は出しているらしく、人の出入りもそこそこ。
 学園祭期間が一番の稼ぎ時らしいのだが、普通に営業している分にしてもかなり儲けてる方だという話だ。
 それを、中学生の女子ばかりでやっているというのだから驚きだ。
 
 数分も歩けば、芳ばしい香りが道いっぱいに漂ってきた。
 
 「このあたり、か」
 
 まさか、いきなり「働け」とは言われないだろうが、なんというか、少し腰が引ける。
 確かに、彼女の中華料理は素晴らしい味だった。あの味以上のものを食したことはない、と断言できるほど美味だった。だが、あの積極的すぎる勧誘は、どうにかならないものか。
 あれがなければ、私ももう少し行きやすくなるのだが。
 
 昔のことに思いを馳せていると、何やら屋台の方向から騒がしい空気を感じ取った。
 少し駆け足になって近付いて行くと、なにやらガタイのいい男子生徒の集団が輪になっていた。
 
 「?」
 
 さらに近づいて行くと、その中心にアジア系の褐色肌の少女がいることに気付いた。
 男子生徒達が出す殺気というには小さすぎるが、闘志というには十分な気迫は、すべてその少女に向けられていた。
 口々に何やら言っているようだが、いかんせん、日本語では理解できない。
 こんなことならクリフ団長からもっとちゃんと教えてもらっておけばよかった、といまさらになって後悔する。
 後悔したと同時。
 
 「~~~~?」
 
 褐色肌の少女から、とんでもない覇気が漏れ出した。
 周囲を圧倒する、という意味では、彼女が纏った空気の名は“覇気”で間違いない。
 何者よりも上を目指し、何者をも打ち倒し、頂点へ立つという野心。
 男子生徒の殺気にも届かない闘志は、彼女の覇気の前で縮こまってしまう。
 
 私が驚いているのは、その覇気そのものに、ではない。
 あんな少女がそんな覇気を出しているということが問題なのだ。
 
 「これが、“気”か……」
 
 呟くのと同時。
 周りを囲んでいた男子生徒達が一斉に彼女に踊りかかった。
 360度、全方位から迫る肉の波にも怖気ず、彼女はただ一歩踏み出す。
 
 ――どしン!!
 
 タイルを砕き、巻き上げる勢いの踏み込み。
 一点突破。槍の一突きのような鋭い拳が波の一角を捉え、男子生徒(ガタイのいい)を数人まとめて吹き飛ばした。
 そのまま前へステップして波を避け、包囲を抜けた。
 
 それからはあっという間だった。
 少女はズシリと重く構え、向かい来る生徒の波を千切っては投げ千切っては投げ。
 死屍累々。
 いつの間にか、彼女の周りに気絶する男子生徒の山が築かれていた。
 彼女は気だるそうに「フン」と鼻で笑うと、私の方を向いた。
 ……?
 なんで私の方を向いたんだ?
 
 「~~~~!」
 
 何やら言っているようだが、日本語はわからない。
 しかも、なぜか軽く構え、ステップまで踏み始めた。どっしりと構えていた先ほどまでとは違い、ステップを踏みながらの構えは、一瞬で距離を縮められるような、そんな俊敏さが見え隠れしている。
 これはマズイ。ので、いちるの望みを託して英語で語りかけて見た。
 
 「Please wait! I'm not your enemy!(待ってください! 私はあなたの敵ではありません!)」
 
 「??」
 
 残念ながら、英語は通じないようだ。
 仕方ない。波風立てぬように、できるだけ穏便に済ますとしよう。
 こちらも軽く構えると、褐色肌の少女は嬉々として笑みを浮かべた。先ほどまでの気だるそうな雰囲気は吹き飛び、ただ勝負を楽しむだけの少女が、目の前へ現れた。
 マズイな。こんなまっすぐな視線を向けられたら、波風立てないように、とか言ってられないではないか。
 ちゃんと相手をしなければ、彼女にも失礼だ。
 
 しかし、少女だというのには少しばかり気が引ける。
 
 「Come!」
 
 「ハッ!!」
 
 鋭い踏み込みと、爆発的な威力を集束した拳の一突き。
 もし法力の強化なしで直撃を受ければ、私であろうとも危うい威力を持った貫通性。
 
 しかし、まだ“もし”という仮定が出来る。
 もし、“当たれば”という仮定が出来る。
 それすなわち、未熟。
 
 「――――、う」
 
 「…………」
 
 ビタリ、と彼女の拳が届くよりも速く。
 私の拳が、彼女の前髪に触れていた。
 拳に切られた空が、風圧となって彼女の前髪を揺らす。
 
 数秒の硬直。
 私の拳は彼女の面前にあり、彼女の拳はまだ私に届いてすらいない。
 この状況を見て、勝敗がわからないほどの拙さは持っていないだろう。彼女は、静かに拳を下ろした。
 続いて、私もそれに倣う。
 
 ぺこりとお辞儀した彼女は、清々しいまでの笑顔で泣いていた。
 本当は、ここで大声を出して泣いてしまいたいに違いないのに、瞳に涙をためながら、それでも彼女は満面の笑みで笑っていた。震える声で笑い声と共に何かを言う。私がもし日本語を理解できていたとしても、その言葉がわからないほどに、彼女の声は震えていた。
 
 「…………」
 
 「What do you do to the employee in my shop?(私の店の従業員に何してる?)」
 
 横から近づいてきた、これまた少女は、流暢な英語でそう言った。
 ……ん?
 
 「Ah...Your shop?(あ、と……あなたの店?)」
 
 「Yes.This shop name is "TYAO-PAO-ZU".It my shop(ええ。店の名前は“超包子”。私の店ですよ)」
 
 この、褐色肌の少女と同年代に見える目の前の少女が、この屋台のオーナーだというのか?
 まさか、学生と言っても大学生が開いていると思っていたのに、なんてことだ。
 この時代の、この国の労働基準法は一体どうなってるんだ?
 ……いや、まあ、それは些細なことだろう。そう思わないと、やっていけそうにもない。
 残りのたった数週間が、やけに長く感じる。憂鬱だ。
 
 とにかく、彼女に通訳を頼み、なんとか意志疎通が出来るようになった。
 褐色肌の少女の名前は『古菲』。通訳をしてくれたのが『超鈴音』。二人ともがネギ君の生徒らしい。
 
 「…………」
 
 「……あの」
 
 「今はそっとしておくがいいネ。ま、そのあとの展開が目に見えるようで私は楽しみヨ」
 
 「なんですか、その展開って」
 
 「お兄さんが気にすることじゃないヨ」
 
 その言い方は明らかに気にしなければいけないと思うのだが。
 まあ、いい。それよりも、今は情報収集だ。
 
 「えっと、それで――」
 
 「それじゃ改めて、いらっしゃいませー! 超包子にようこそ、ご注文をお聞きするヨー」
 
 「……いや、あの」
 
 「なに、冷やかしカ! 五月ー、こいつ冷やかしなのに席陣取ってるヨー」
 
 「ちょっ、あーもう、えっと、じゃあ、この肉まん? をひとつ」
 
 「ひとつ?」
 
 「…………」
 
 「ひとつでいいのカ? お兄さんが思てる以上に小さいかもしれないネ? それでもひとつだけカ?」
 
 「……ふたつ」
 
 「ふたつ?」
 
 「いい加減に――――」
 
 「お兄さん、情報だって等価交換というヤツがあるネ。そこらへんはわかてる思たけどネー?」
 
 「……、あなた」
 
 気がついている。
 私が何らかの情報収集のためにこの場に来ていることを。
 どこまで私の事情を知っているかはわからないが、この少女は確かに“何か”を知っている。
 あるいは。
 
 「……そうですね、では今食べる分をふたつと、持ち帰りの分で5つお願いします」
 
 「おお、太っ腹ネ! アイ、了解ヨー! 五月ー、肉まん7つネー」
 
 「それで、あなたが掴んでいる情報というのは?」
 
 「ん、なんのことネ? 私しがない一女子中学生ヨ。大人のお兄さんが知らないこと知ってるなんてまさか!」
 
 「…………」
 
 なんというタヌキ。
 商売上手というか、なんというか。
 というか、あまりにも白々しい。
 少し、突いてみる方がいいかもしれない。
 
 「お待たせしましたネ、肉まんふたつとお持ち帰り5つー」
 
 「ありがとう」
 
 超さんが持ってきた肉まんは、思った以上に大きかった。
 手早くふたつを平らげ、超さんへ近づいて行く。
 
 「おいしかったよ。まるで“魔法”のような味だった」
 
 「ふふ。おかしなこと言うお兄さんネ。確かに五月の腕はすごいけどネ」
 
 そうだ、エヴァンジェリンさんは言っていた。
 『私は、この世に『魔法』をバラそうとしている奴を知っている』と。
 そして、彼女はこう言った。
 『学園祭前から学園祭中、人気のある出店に行けば、その少女に会えるかもしれんな』
 ハッキリと、“少女”と言った。
 それがあまりにも自然と言った言葉だったから、あまり気にならなかったが、少女。
 
 この世界に『魔法』をバラそうとしているのは、少女なのだ。
 
 「例えば、ですよ。あくまで例えば。彼女、五月さんでしたか。彼女のような魔法の腕があれば、あなたはどうしたいですか?」
 
 「ふむ。五月のは冗談だたけどネ。例えばヨ? それが五月だけの力ではなく、誰しもが手に入れうる力なのだとしたら、私は遠慮なく広めたいネ。なぜ、と訊かれると困るけど、誰もが幸せになれるかもしれない力なのだったら、私は人を信じたいヨ。それが、違うベクトルに向けられないことを信じて、ネ」
 
 「…………」
 
 彼女は知ってはいない。
 だが、解ってはいる。『魔法』という力が持つ可能性と危険性の両面を。
 彼女は人が危険を越える可能性を信じている。
 
 「ありがとうございます。いいお話ですね」
 
 「アイ。ご利用ありがとうございましたヨ。また来てくれると、嬉しいネ」
 
 「ええ。では」
 
 超鈴音。
 彼女で間違いないのだろうが、確証がない。
 彼女が『魔法』をこの世界にバラそうとしている理由がわからない。
 まさか、ただの愉快犯であるわけがない。
 最悪、ここ麻帆良の魔法使いたちを敵に回すことになるのだ、愉快犯であるわけがない。
 彼女は何を知っているのか。
 
 「――探る必要があるか」
 
 そして、彼女は何を見ずにいるのか。
 
 
 *  ~  *  ~  *
 
 
 「世界各地で、不安定な“ゆらぎ”を連続で観測。過去そこに存在しなかったものや、現在は失われているはずの存在が過去の姿のまま幻視されるなどの現象が見られます。また現在の総人口から2%ほど、短時間で人口が不自然に増えています。あたかもそこにいたのが当り前のような生活を送り、周囲の人間もそれを違和感や不自然と捉えてはおらず、昔からの知人、隣人友人恋人などの認識をしています」
 
 漆黒の外套を纏った男が、静かに報告書を読みあげている。
 それを玉座に座ったまま傾聴している男もまた、黒い外套を纏い、表情が読みとれないほど深々とフードをかぶっている。
 
 「そうか」
 
 「特に、ジャパンのあった海域での目撃例が凄まじいようです」
 
 「引き続き調べておいてくれ。……イノの方はどうなっているかな」
 
 「は。並行して捜索中ではあるのですが、どこにも」
 
 「また、彼女の独断専行か。そう言えば、この歴史も彼女が創ったのだったかな」
 
 座っている男は呟く。
 あの時は食い止める必要がなかったので何も言わずにいたが、今回は話が違う。
 世界が危うい。イノは向こうにいるせいでそれに気がつけずにいる。
 
 「……並行世界は枝分かれした可能性を指す。時間の大樹の、別れた枝。別れた枝は一人の人間に例えれば解りやすいことだ。二人の人間の境界が無くなれば、人間というカタチを保てるはずもない。我らが集う時間軸と、彼の時間軸。一度別れた枝が、また一本の枝になれるはずがない」
 
 「分かつ世界に生きた人々がいる。彼の世界にも同様に生きた人々がいる。交わりは矛盾を生み、矛盾は破滅を導く。そうなっては取り返しがつかない。そうなる前に、必ずや」
 
 「ああ、僕もそろそろ動くとするよ。もうすぐ、座標解析が終わるんだ」
 
 「お気をつけて。私はこちらで動くとします」
 
 そう言うや、報告を続けていた男は影にまぎれ去って行った。
 玉座に座ったままの男は、再び自分の作業に没頭する。
 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、それでも手は止めない。
 
 「フレデリック、君がそっちに行ったことで世界は交わり始めた。それの責任を君だけに背負わせるつもりはないよ。元々、僕の部下の不手際が原因だからね。だけど、協力はしてもらうよ。そのために僕もそちらに行く必要がある。イノが、なにか大変なことを起こす前に……間に合えばいいのだけど」
 
 呟き、そして作業を続ける。
 その男の動きに迷いはない。
 
 男は動く。
 ただ、世界を救うために。
 
 
 * ~ * ~ *
 
 
 「いやぁ、わざわざ傘貸してもらっちゃって悪いねチヅルちゃんにナツミちゃん。おかしいよなー、今日雨降るなんて言ってなかったぜ天気予報士のミツキちゃん」
 
 「あの人、外すっていうので有名ですよ。本当、なんで天気予報士なんてしてるんでしょうねー」
 
 「げ、マジかよナツミちゃん。でも、それはそれでアリだよな。ドジっ娘ってーの? ニシシ」
 
 「アクセル先生の趣味ってよくわかんないです。それで本当に彼女さんがいるんですかー? 実は脳内彼女なんてシャレになりませんからね?」
 
 「ぐは、ひっでー。何気にヒドイね、ナツミちゃんって」
 
 今朝のニュースの天気予報で、今俺イチオシの天気予報士ミツキちゃんが言うには『午後からは気持ちのいい洗濯日和の快晴になるでしょう』と言われてた天気だが、はたして降り注いだのは日光ではなく雨だったりして。
 傘を持ってきていなかった俺が途方に暮れていると、チヅルちゃんとナツミちゃんが声をかけてくれたのだ。
 
 折りたたみの傘を借りて、ついでだから道中お守りいたします、と恭しく頭を下げると、チヅルちゃんがよろしくお願いします、と言ってくれたのだ。
 訊くと、「副担任になってからちゃんとお話したことがないから」だそうだ。
 その割にはさっきからしゃべっているのは俺とナツミちゃんだけなんだが。
 
 「夏美、アクセル先生。行き倒れだわ」
 
 「行き倒れ!?」
 
 なにやら物騒なことを言い出したチヅルちゃんの視線の先を見てみると、黒い毛並みの仔犬が一匹ぐったりとして倒れていた。確かに行き倒れだが、その表現はどうだろう。ナツミちゃんは「犬か……」とホッとしている。
 チヅルちゃんはそのままその犬に近づいてぎゅっと抱きあげた。その姿はまるで聖母のようで、なんて言ってる場合じゃなくて。雨にぬれるチヅルちゃんに傘を差し出しながら、その犬を覗きこむ。
 
 「しかもケガしてるわ、この子」
 
 「車にはねられた、んならこんなケガで済むはずないか。誰かに虐められたか?」
 
 「どちらにせよ、このまま放っておくわけにもいきません。部屋に連れていきます」
 
 「俺も手伝うよ。こう見えても、ケガの手当てとかスッゲー上手いんだぜ?」
 
 「頼りにしてます」
 
 息をのんだ。
 驚いた。チヅルちゃん、中学生には見えないほど落ち着いてるのに、なんなんだ、この可憐な笑顔はっ。
 ギャップが素晴らしい。大人っぽさを兼ね備えた少女特有の笑顔。反則だぜ。
 
 「お、おう。まかせとけ!」
 
 
 女子寮。
 何度も前を通ったりはしたが(決してやましい理由ではない。夜間パトロールだ)、中に入るのは実はこれが初めてだ。
 ネギはなんか知らんけどここで住んでるっていうんだから、うらやま……けしからん話だ。
 
 チヅルちゃんとナツミちゃん、あとアヤカちゃんの部屋の前で、俺はボーっとしている。
 犬は中にいる。ならなぜ俺が外で待たされているかというと、彼女らが着替えるのを待っているのだ。
 さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない。いや、入りたい思いはあるよ。だってあのチヅルちゃんだぜ?
 そりゃ入りたくもなるよ。いろんな意味で。だけど相手は中学生なわけで、正直そう考えると自制が利く。
 
 ざあざあと降る雨音を聴きながら、ぼんやりと考える。
 この世界に来てから、タイムスリップが起きる間隔が長くなってる。それはいいことだ。
 ただ不思議なのが、絶対にこの学園都市から離れた場所へ飛ばないということ。修学旅行中はなかったが、もしかするとキョウトでタイムスリップしてしまったら麻帆良まで返されていたかもしれない。
 学園都市内ではそこここに飛んでしまうのだが、絶対に別の場所へ飛ばない。
 それに時間だ。
 今までで一番大きなタイムスリップは、せいぜい半日。
 場所にも時間にも縛られている。
 
 「なんなんだ、まったく」
 
 なにか、違和感。
 おかしい。これは、何かがおかしい。
 どうおかしいのか答えろと言われても、俺には難しいことはサッパリだ。
 とにかくなにか、背中がむず痒いというか、気持ち悪いのだ。
 
 何かが起こる前兆みたいな。
 脆い。何かが脆い。
 砂の山の上に立てられた平穏、なんてのはよく聞くが、つまりそんな感じだ。
 
 『キャーッ!?』
 
 「ほらきた」
 
 扉をたたく。
 中からナツミちゃんの悲鳴が聞こえた。何が起こったのかは解らないが、とにかく悲鳴をあげるようなことが少なくとも起こっているということだ。
 
 「おい! どうしたんだ!」
 
 『アクセル先生、犬っ、犬があ!』
 
 「犬がどうしたっ!」
 
 『犬が男の子になっちゃった!!』
 
 そんな、耳がでっかくなっちゃったみたいに言わないでくれ。
 えーと、つまりどういうことだ?
 
 「入ってもいいかー」
 
 『え、ちょっと待って、今ちづ姉下着のまま……』
 
 「入らせ……ごめん、冗談。もうちょっと待っとく」
 
 耳を澄ませて扉にくっついておく。万が一のことがあっちゃいけないからな。
 あくまでも、彼女らの安全を守るために仕方なくだ。
 と。
 
 ――がしゃん!
 
 何かが砕けた音。
 皿の音じゃない。しゃべり声が聞こえるが、それでもよく聞こえない。
 中の状況がわからない手前、突入が最善だとは思えない。犬が男の子に、と言ったナツミちゃんの言葉も気になる。なにか、それに似たようなものをつい最近見た覚えがあるのに、思い出せない。
 
 『って、きゃあああああ!? ちづ姉、血!! 血!!!』
 
 これを聞いてはもう構っていられない。
 ドアノブに手をかけ、扉を開け中に突入する。リビングに出ると、上半身下着姿のチヅルちゃんと彼女に抱かれた少年。救急箱を取ってきたナツミちゃんがいた。
 よく見なくてもその救急箱の用途はわかった。ナツミちゃんの手から少し乱暴に取り上げると、チヅルちゃんの肩の応急手当てを始めた。
 
 
 簡単な手当のあと、落ち着いてからちゃんと病院に行って診てもらうように言っておいた。
 チヅルちゃんとナツミちゃんは呆気に取られていて、どうしたんだと訊けば、「慣れてて驚いた」と言われた。
 まあ、怪我をしたら自分で手当てするのが当り前な日常だったから、嫌でも上達するんだ、とは言えないので昔ちょっと医療をかじっていた、とかなり嘘っぽい嘘を言っておいた。
 そうした方が、俺のキャラ的にごまかしが利く。
 
 「…………」
 
 そして、犬が男の子になった、というナツミちゃんの言葉通り、部屋からは犬が消え、少年が現れていた。
 しかもこいつ、知ってる顔だ。キョウトで、戦った……えーっと、なんて名前だったっけ?
 男の名前ってあんまり覚えることねーのよね。
 
 「……それじゃあ、俺は帰るけど、こいつのことよろしく頼むな」
 
 「えー」
 
 「えーって。男がいつまでも女子寮にいるわけにゃいかねーでしょうよ」
 
 「先生にしてはまともな意見」
 
 「にしてはってなんだよ。俺はいつでも大真面目だぜ?」
 
 はいはい、と流されつつ彼女らの部屋からは退散。
 帰り際、チヅルちゃんからは傘を渡された。「まだ降ってますから」と。
 その優しさに少し泣きそうになった。いい子だなぁ。めぐみもこれくらい優しかったよなあ。逢いたいなあ、という想いが溢れて来たのだからしょうがない。
 
 お言葉に甘えて傘を拝借し、それを差して女子寮を後にした。
 が、女子寮の入り口が見える場所で、それでいて誰からも見つからないような場所でじっと待機した。
 
 キョウトで戦ったあの小僧は、敵側だった。
 それがわざわざこちらに来る意味。襲撃? だとしたら、あの傷はなんだ?
 他の魔法使いが応戦したのか? だとしたら不自然だ。なぜなら、道端に放置されていたからだ。
 もし、俺たちが通りがかったのがちょうど決着がついた瞬間だったとしても、魔法使いならどうとでも出来たはずだ。まあ、それは俺の勝手な思い込みかもしれないが、最悪放置ということはないだろう。そもそも魔法使い=先生ならば保護するというカタチで俺たちの前に姿を現しているはずなのだ。
 
 小僧の道端への放置。
 これが何よりも強烈な違和感。
 魔法使いが小僧を倒したのでないなら、一体誰が倒したのかという問題が出てくる。
 外部犯。
 可能性としてはこれが一番高い。
 あの瞬間に決着がついていたという仮定で、姿を見せなかった理由もこれである程度説明は出来る。
 
 そうなると問題なのが、あの小僧の強さだ。
 あの小僧の強さは、そこらへんに転がってるようなヤツがホイホイ倒せるようなものじゃない。
 外部犯だとして、そいつの実力が高いのか、複数犯なのかは謎だが、それでも強いのは間違いない。
 
 ケータイを取り出して、アドレス帳からセツナちゃんの番号を呼び出す。
 コール。一回、二回、三回、四回。俺の名前を見て顔をしぶらせているのが目に浮かぶようだ。
 5回目が鳴り終わったところで、やっと繋がる。
 
 「もしもし?」
 
 『なんですか。私あなたほど暇ではないのですが』
 
 「侵入者がいるみたいな報告は入ってきてる?」
 
 『いえ。なにかあったんですか?』
 
 「まだ何もない。キョウトにいたあの狼小僧が行き倒れてたのをチヅルちゃんとナツミちゃんとで拾った。応急手当だけはしておいた。で、だ」
 
 『応急手当、ということは傷ついていた。では誰に襲われたのか? 魔法先生ではないと睨んだあなたは、外部犯の可能性を考慮して私に連絡を入れた』
 
 「そゆこと」
 
 『あなたにしては上出来ですね。特別に褒めてあげます。それで、私になにをしろと?』
 
 「コノカちゃんだけでもしっかり見とけって話だよ。じゃあな」
 
 『言われなくても。あなたも、無理だけはしないでくださいね』
 
 「コノカちゃんが気にするってんだろ。判ってるって」
 
 電話を切って、また女子寮を監視する。
 雨はやむ気配を見せず、今夜はずっと降りっぱなしのままだろうことが予想できる。
 スーツの中の相棒を確認する。ちゃんとある。
 勝てないまでも、時間稼ぎなら出来るかもしれない。
 
 「……今は俺様がやらなきゃな」
 
 これも後々の子育ての練習だとでも思っとけ、と自分に言い聞かす。
 どんだけ物騒な子育てするつもりだ、なんてめぐみから突っ込みが入りそうだったが、幸いなことにここに彼女はいない。
 
 どれほどそこにいただろうか。
 麻帆良広しといえども、あんなに胡散臭いオッサンは見たことがない。
 明らかに、部外者。
 
 出来るだけ相手が気付くように、大きな音を出して近づいた。
 オッサンはすぐに振り向き、やけに冷めた目で俺様を睨みつけてきやがった。
 
 「ごめんなさいね、ここ、女子寮なんだわ。基本男子禁制だから、お引き取り願いませんかねえ?」
 
 「君は……?」
 
 「俺様? 麻帆良学園女子中等部の非常勤教師」
 
 「運の悪い男だ」
 
 「やっぱアンタか。あの狼小僧をブッ倒したの」
 
 「何? 君は一体……?」
 
 「言っただろ、俺様は教師だってな」
 
 「……魔法使いか。よもやバレるとは」
 
 「証拠を残しすぎた犯人が言うセリフじゃねえな。『よもや』なんてよ。状況証拠は十分揃ってたんだ、外部犯だってのは簡単に想像できる」
 
 オッサンは帽子を深くかぶり直した。
 むしろ、オッサンが気をつけるべきだったのは、キョウトへ行き、あの戦いに関わった人物と小僧の接触を出来るだけ避けさせることだっただろう。と、言ってもダンナが見つけていたとしても無視していただろうし、団長さんや団長の彼女さんは小僧と面識がなかったはず。
 とすれば、そう。
 
 俺様がダークホース。
 
 「あまり騒ぎ立てたくはない。君には申し訳ないが、黙らせてもらうよ」
 
 「へっ、やれるもんならやってみな。ちょっぴり本気出しちゃうぜ?」
 
 ここで止めなきゃカッコ悪い。
 ここで踏ん張らなくて、どこで踏ん張る。
 行くぜ、俺様。頑張れよ……!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
               track:34  end
 
 
 
 
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草之 敬

Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

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