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2018-12

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その優しい星で…  Navi:41

 
 前略――。
 お元気ですか? こちらはすっかり肌寒くなってきました。
 ネオ・ヴェネツィアに冬到来です。
 
 日課の早朝練習、士郎さんの朝ごはんを食べ終わると、アリシアさんはお客様を迎えに待ち合わせの停船場へ。そして、半人前の私は私でお仕事が始まります。
 まずは、お店の受付、シャッターを開けるところから。夜を越えて朝日を迎えたシャッターはまだ冷たくて、開こうと触った瞬間に指先から全身に冬の気配が駆け巡ります。ガラガラっと勢いよくシャッター開けると、潮風と一緒に、ひんやりとした冬の空気が受付を吹き抜けて、ARIAカンパニー全体の空気を入れ替え始めます。
 新しい一日。新しい朝。
 新しい季節の到来。
 
 「今日も一日、がんばりますっ」
 
 「にゅ!」
 
 足元のアリア社長と一緒に気合を入れて、本格始動。
 まずは開店前のお掃除。士郎さんと協力して、パパッと片づけちゃいます。掃除はこの時だけ、とは決めずに、掃除がしたいと思ったときにすることにしているんです。これは士郎さんが言っていたことなんですけど、「掃除がしたい」と思ったときには、部屋が少しでも汚れてる証拠だ、とのことです。やはり接客業ということもありますし、社内の雰囲気は常にふんわり、ほわほわーっと、和むことのできる空間にしておきたいものですからね。
 掃除の途中ももちろん営業時間内なので、ご予約の電話は鳴ります。ひっきりなし、というわけではありませんが、それでも一時間に数本、少なくても2時間に一本はかかってきます。アクアへの旅行予定のある人、地元のリピーターさんなどなど……。みなさん、とても楽しそうに電話をかけてきてくれるんですよ。
 
 それから、士郎さんからも任せられている私だけのお仕事。パソコンでのお申込みデータの確認処理。
 士郎さん曰く、「昔と使い勝手が違いすぎて大事な作業はやれない」だそうです。インターネットでの情報収集くらいなら士郎さんもやれるらしいのですが、こういう会社の経営に関わることとなると、「危なくて触れない」と敬遠してます。
 それにしても士郎さん、どれくらい昔の端末使ってたんだろう……。この型になったのって結構前だと思ってたけど。
 
 あとは、士郎さんと協力確認し合いながら次々と埋まっていく、アリシアさんのスケジュール管理。
 それと、ご来店いただいたお客様への応接も重要なお仕事です。私が練習に出ている間は基本的に士郎さんがしてくれるんですが、私がいる間は士郎さんは二階に上がって書類仕事をされています。どうも、士郎さんはウンディーネの仕事関連では自分は表舞台に立つべきではない、という考えを持っているらしく、出来るだけお客様の目につかないように気配りをしているみたいです。全然そんなことないのに。
 
 「にゅっ、にゅっ」
 
 「あっ、はーい」
 
 乗降時の付き添い補助はもちろん、お客様の人数が多い時は同乗してガイドもします。
 
 「いってらっしゃいませー」
 
 ガイドと言えば、私たちの間ではガイドの練習の付き添いは士郎さんにお願いしていたりします。
 士郎さんって、何気に私たちよりも知識が広くて深くて、ガイド中、ガイドブックにも載っていないようなことも教えてくれたりするんですよ。特に、マンホーム時代のヴェネツィアのことに関しては、士郎さんの右に出る人がいないほどなんです。
 ただ、道に関しては私たちの方が知っているみたいですが。士郎さんは「迷ったら高い所に行けばたいていなんとかなる」と言って、道を覚える気がないようです。
 
 ――それにしても、この予約表。
 
 「…………」
 
 アリシアさんは、本当に大忙しです。
 丸一日お休みの日は、士郎さんと事前に決めて月に2、3回入れるようにしているのですが、それ以外ではびっしりと予約で埋まっています。いつみても圧巻。こんなに文字だらの予定表、そうそうお目にかかれるものではないと思ってます。
 
 で、いつも思うんです。
 この予約表を見て、いつも。
 
 私も早くプリマになって、お役に立てるようにって。
 そのために、今は日々精進でありますっ。
 
 「?」
 
 窓の拭き掃除をしていると、ふと視界に綺麗な黒髪が入って来た。
 寒空の下、ARIAカンパニーの壁にもたれかかりながら、腕を組んでいる女性。
 晃さんだった。
 
 「こんにちは、晃さん」
 
 窓越しに声をかけるとむこうも気付いてくれたようで、こちらを向いてくれた。
 しばらく見つめ合っていると、晃さんは急に踵を返してスタスタと去っていってしまった。
 
 「ええ――――っ」
 
 慌てて外にでると、まだ会社の外付けの廊下の上にいた。
 
 「うちに何か用があったんじゃないんですか?」
 
 「いやっ、たまたま通りかかっただけだから」
 
 つっけんどんな態度はいつものことだけど、今日はどこか照れが入っているように感じる。
 ……それっていつものことってことか。
 と。
 
 「うそうそ。アリシアちゃんがいなくてガッカリしているのよね」
 
 晃さんの陰から、アテナさんまでが顔を出した。
 私が呆気に取られている間にも、晃さんとアテナさんは話を進めていく。
 
 「だから事前に今日の仕事の予定を確認しようって言ったのに」
 
 「んーっ、めんどい!」
 
 私がポカン、としているのに気がついたのか、アテナさんが苦笑いしながら説明を始めてくれた。
 
 「実はね、灯里ちゃん。今日は私達、アリシアちゃんにお誕生日プレゼントを渡しに来たの」
 
 アテナさんの説明に、ふと疑問が浮かぶ。
 確か、と思い返しながら口に出していく。
 
 「でもアリシアさんの誕生日は10月で、今日は22月30日ですよ?」
 
 と、そこまで言ってから、今日がなんの日なのかを思い出すことができた。
 
 「今日は裏誕生日ですね」
 
 そう、今日はアリシアさんの裏誕生日。
 アクアだけにある特別な誕生日のことで、文字通り、裏の誕生日なのだ。
 裏、と聞いてもピンとくる人は多くはない。特にマンホームからのお客様はこんがらがることが多い。
 
 一年が24ヶ月あるアクアの暦では、マンホームの2年に一度しか誕生日を祝えません。
 それじゃ、もったいないということで考案された風習が、12ヶ月後の同じ日に祝うという裏誕生日です。
 私もマンホーム生まれで、最初はよく判らなかったものです。特にアクアに来て最初の裏誕生日。アリシアさんがいきなりプレゼントをくれたものですから、混乱してそのまま「受け取れませんっ」とか言って返してしまった覚えが……。
 
 「私たちウンディーネのプロフィールはマンホームから来るお客様が混乱しないように、誕生日も地球歴のみの表示になっているから、仕事で忙しいと誕生日はともかく、裏誕生日はつい忘れがちになっちゃうのよね」
 
 「わかりますー。同じ理由で、カレンダーもマンホームの西暦表示になっているから、つい火星歴で今が何年なのか忘れちゃうんですよね」
 
 マンホームからの移住者はこの風習に慣れるのに一番苦労するとかなんとか。
 まあ、私は2倍ある季節の長さの方が難敵でしたが。
 
 「うん。自分が今何歳なのかも時々忘れちゃうし……」
 
 「いや、それはおまえだけだ」
 
 アテナさんに突っ込む晃さんだが、実を言うと私も時々忘れちゃうんだよね……。
 口に出しては言えないけれど。
 アクアに来てもう3年半だから、えーっと……。
 これ以上は考えちゃいけない気がする。うん、考えずにおこう。
 
 「まあ、アクアの数え年だと年齢が半分になっちまうからな。私20歳だけど本当は10さーいってか……ん」
 
 笑い話のように話していた晃さんが、急に黙り込んだ。
 なんだろう、と様子を見ていると、急に大笑いし始めた。お腹を抱えて、机をバシバシと叩いてもまだ収まらないと涙を浮かべながら笑いを噛み殺そうとして、やっぱり出来ずにまた笑っている。
 アテナさんと顔を見合わせ、晃さんが笑い終わるのを待った。たっぷり数分ほど笑うと、ひーひー言いながら晃さんが顔を上げた。笑いすぎで顔が真っ赤になっている。
 
 「いや、なんつーか……ぶはっ、ダメだ。口に出したらまた、笑う……っ」
 
 「?」
 
 「いやー、あはは。笑った笑った。そういや、今衛宮はどこにいるんだ?」
 
 「士郎さんですか? 今は書類を片付けてるので2階にいますけど」
 
 なんでそんなことを聞くんだろう、と思うと、晃さんはにんまりといたずらな笑顔を浮かべた。
 すぅーっと大きく息を吸い込むと、晃さんは続けて大声でとんでもないことを叫んだ。
 
 「やーいっ、衛宮のロリコーン!」
 
 空気が一瞬固まった。2階から怒りとも恥ずかしさとも取れるような気配が漂ってくる。
 どうやら、晃さんのいつもの士郎さんいじりが始まったらしい。
 
 「おいおいマジかよ、衛宮ってば三十路のくせして10歳のかよわい女の子に~」
 
 「晃ぁっ!!」
 
 やばい衛宮が来た! そう楽しそうに声を張り上げ、晃さんは全力で逃げ始めた。
 2階から真っ赤な顔をした士郎さんが降りてくる頃には、晃さんはとっくに会社の外へ逃げていっていた。
 すぐ外から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。受け付けの前を一回、二回、三回と二人が通り過ぎ、四回目に晃さんは士郎さんに捕まった。肩に担がれながら、晃さんはそれでも笑いを止めようとはせずにまだ言っている。やーい、ロリコーン。
 
 「うるさいっ、それなら俺だって15歳だろうが!」
 
 「それ言ってて恥ずかしくないか、お前?」
 
 「その歳して『私10さーい』ってほざいてた方が恥ずかしいだろ」
 
 「べっつにー? だって事実だしぃ?」
 
 「くっ」
 
 そうなのだ。地球歴表記では20歳ということになっている晃さんだけど、彼女は間違いなくアクアジェンヌなのだ。
 つまり、地球歴表記は仕事の都合上仕方なく名乗っていることなのであって、晃さんは火星歴上、つまり事実10歳なのだ。恥ずかしい恥ずかしくない以前に、それは残酷な(士郎さんにとって)現実なのです。
 
 「ま、まあ、あれだよね。久々に取れた半休をアリシアちゃんのために使うなんて、晃ちゃんは本当に優しいわよね」
 
 フォローのつもりなのかその場を引っかき回したいのか、はたまたいつもの天然なのか。アテナさんがそう言う。
 
 「私はただシケた顔して働いてるあいつを冷やかしついでに久々に取れた休みを自慢しに来ただけだっ」
 
 晃さんは士郎さんの肩の上にだらりとぶら下がりつつ、なんとも言えない態勢から素早い返事を返した。
 
 「今日の営業は今のお客様が最後ですから、18時からのゴンドラ協会の会合までフリーですよ」
 
 聞いているのかいないのか。
 士郎さんは相変わらず言葉の小突き合いを晃さんとしているし、なんだか、戻って来たなあ、と思わず考えてしまう。
 
 ――――何が戻って来たのだろう?
 
 「ああ言ってるけど、朝一番に電話してきて私の仕事が一時間だけ空くこの時間帯をわざわざ選んだのよ」
 
 その思考を遮るように、アテナさんが私に耳打ちした。
 耳打ちだったはずだけど、晃さんと士郎さんにも聞こえていたらしく、晃さんはじとりと、士郎さんはにやりとした。
 
 「ふぅん。なんだ友達想いじゃないか」
 
 「すわっ、恥ずかしいセリフ禁止!」
 
 と。
 電話が鳴る。
 士郎さんが取りに行こうとするのを行動で制した。私が取ります。
 ていうか、晃さんを担いだままで電話に出ようとしないでくださいよ……。
 
 「はいっ、ARIAカン……」
 
 『もしもし、灯里ちゃん?』
 
 「アリシアさん」
 
 『今、リアルト橋で飛び込みのお客様が入ったの。ゴンドラ協会の会合まで時間ギリギリになるから――』
 
 「え?」
 
 『営業が終わったら、今日の会場まで送り迎えする役員の方との待ち合わせ場所に直接向かうわね』
 
 え?
 いや、だって晃さんとアテナさんが――。
 そんなことを言える暇もなく、アリシアさんは用件だけを告げていく。
 
 『会合は深夜終わりだから、このまま直帰になります』
 
 「あっ」
 
 『それじゃ、お客様を待たせてるから……』
 
 「はひっ」
 
 ガチャ、と向こうの受話器を置く音が耳に届いた。
 虚しさに拍車をかけるように、ツーツー、という音が鳴り続ける。
 それらの音とは正反対に、ARIAカンパニーの受け付け奥は音一つなく、しんと静まり返ってしまっていた。
 言葉が、出ない。
 
 「晃ちゃん……」
 
 「アテナ、そろそろ仕事に戻る時間じゃないのか?」
 
 「あっ、うん……じゃあ」
 
 「おうっ、おつかれー」
 
 アテナさんは何を言うでもなく、会社から去っていった。
 ……仕方、ないのかな。
 わからないよ、こんなの……。
 
 でも、急に入ったお客様が悪いわけじゃ、決してない。
 そこは間違っちゃいけないんだと思う。それは、晃さんもアテナさんも、士郎さんだって判ってるはず。
 でも、でもだからって……。
 
 「さてと。私も夜から社内の研修会が入ってるし、ぼちぼち帰るとするか」
 
 とん、と床が寂しげな音を立てた。士郎さんが晃さんを肩から降ろした音だった。
 
 「プレゼント、置いておくから明日にでも渡してやってくれ」
 
 晃さんが立ち上がる。ドアへ足を向けて歩き始める。止めなきゃ、そう思って呼び止めようとして――
 
 「晃」
 
 「……なんだ、衛宮」
 
 士郎さんが、晃さんを呼び止めた。
 私も喉元まで言葉が出ていたから、思わず言葉ごとごくりと唾を飲み込んでしまった。
 
 「悪いな。知ってたのに」
 
 「なぁに謝ってんだ、ホントは悪いとも思ってないクセに」
 
 「かもな。まあ、俺からよろしく言っとく――――」
 
 「晃さん!」
 
 「……お、おお。なに、灯里ちゃん?」
 
 士郎さんの話を遮るように、会話に割り込む。
 驚いた顔をしているのは晃さんだけでなく、士郎さんも同じ。
 手に持っている書類等々をまとめ、晃さんに向きなおした。
 
 「えっと、私、この後自主トレしたいんですけど、付き合っていただけませんか? 街中の水路を回って、何とかアリシアさんを見つけだして、今日中にプレゼントを渡しましょう!」
 
 それを聞いた晃さんは、ほんの少し救われたような笑顔をくれた。
 ふわりと笑うそれは、いつもの厳しさとはまるで正反対で、それは本当に素敵な笑顔で。
 
 「言っとくが、私の指導は厳しいぞ?」
 
 だのに、言ってることは本当にいつも通りで。
 嬉しくて。また戻って来たと―― 一体何か? ――思えて。
 
 「じゃあ、士郎さん、行ってきます!」
 
 「ああ、行って来い」
 
 「……そう言えば衛宮。お前は買ってるのか? アリシアのプレゼント」
 
 「まあ、そりゃあ、一応」
 
 「歯切れ悪いな。やらしいヤツじゃないだろうな」
 
 「ばっ、ばかいうな! ほら、これだ、コレっ」
 
 と、言って士郎さんが取り出したのは白い封筒。
 外には何も書かれていないけれど、中身が透けて見える。文字が書いてある、紙?
 
 「なんだ、誕生日プレゼントに今頃ラヴレター?」
 
 「違う。もういいだろ」
 
 士郎さんはそう言って、それが何なのかも教えることなく、懐にしまい直した。
 顔がちょっぴり火照ってるような気がする。
 
 「ちょっとは気がきくようになったか?」
 
 「まあ、わざわざお前に言われなくなるくらいにはな」
 
 それはそれで寂しいものがあるな、と苦笑いで答える晃さん。
 晃さんはそれから私に振り向いて、じゃあ行くか、と笑ってくれた。
 
 ゴンドラに先に乗り込んで、晃さんが乗るのをエスコートする。
 士郎さんに見送られながら、アリシアさんを探すため兼私の自主トレに出発する。
 まだお客様の相手をしているはずだから、有名な観光地から回っていきます、と晃さんに言うと、数秒もしないうちに「ここからここを回っていこう」とすぐにルートを指示してくれた。
 こういうのを見てると、やっぱりプリマはすごいなあ、と思う。
 私たちシングルや、ペアは自主トレと言ってガイドの練習もするけれど、どういうルートを通ったら一番いいのかなんてのは二の次で、その場所をガイドすることを第一に考える。
 うぅん……。プリマになると、やっぱりこういうことも考えなくちゃいけないんだろうなあ。
 予約があるわけだから、時間以内にお客様に満足いくガイドをしなくちゃいけない。ということは、つまり観光ガイドをするルートを熟考しないといけない。
 まだまだプリマには遠いなあ。今度から藍華ちゃんアリスちゃんともこういうことを勉強会で話し合ってみることにしよう。
 
 ため息橋からサン・マルコ広場を通って、ネオ・アドリア海に抜けていく。
 晃さんは私にも気を向けながら、周囲にアリシアさんがいないかを探している。
 
 だけど――――。
 
 ザザ―ン、という波打ちの音。
 街灯もひとつまたひとつと灯り始め、空も燃える茜色から落ち着いた藍色に染まっていく。
 ゴンドラを漕ぐオールの音が静かに響いている。
 ぎぃこ、ぎぃこという音が心の軋みに聞こえてきてしまう。
 
 「ありがとう、灯里ちゃん」
 
 晃さんの声にハッとして振り向く。
 
 「ぼちぼち戻ろう」
 
 その言葉に逆らえるはずもなく、でも、逆らいたい心だってしっかりあって。
 ただゴンドラを漕ぐオールだけが、重く、軋む。
 
 「本当はさ、今日はプレゼントを渡すのが目的じゃなかったんだ」
 
 晃さんの独白。
 それは寂しさをまぎらわせるために口にしたのだろうか。そう考えてしまうと、やりきれない想いが募る。
 
 「プリマに昇格してから無我夢中でがんばって、気がつくと水の3大妖精なんて呼ばれてて。……3人とも、仕事で大忙しになってた」
 
 振り向くことなく、目を合わせることなく話す晃さんの背中は、いつもよりも一回り小さく見えてしまう。
 さらさらと流れる長い黒髪も、今だけは寂しさに凪いでいるように見える。鳥の翼のように広がる元気いっぱいな晃さんの髪が、重いなまりをつるされてしまった鳥のように見えてしまって。
 
 「それからは、仕事の合間に何とかふたりで会うことはできても、3人で会える時間はめったにできなくなっちまった。だからさ、すごく思うんだ」
 
 首だけで藍色に染まっていく空を見上げて、吐き捨てるように晃さんは言う。
 
 「3人で逢える時間は、とても大切なものなんだって」
 
 くすり、という笑い声。
 それはどうしても、自嘲の笑みにしか聞こえなくて。
 
 「何でかな? どうしても今日は、久々に3人で逢いたい気分だったんだ」
 
 やっぱりそれは、自嘲でしかなくて。
 
 「……ったく、情けない。小さな女の子じゃあるまいしな」
 
 そこで初めて、晃さんは私の方を向いた。
 ちょっとぎこちないけど、ぐっと力強い笑みを私にくれた。
 
 「あーあ。ったく、らしくないよな。……灯里ちゃん、こういうの聞くの、あんまり好きじゃないかもだけど、聞いてくれるかな? まあ、愚痴だよ、愚痴」
 
 「私は、別に、そんな。構いませんよ。練習だって見てもらいましたし」
 
 「よぉし。そんじゃ、これはアリシアと衛宮には絶対に言うなよ。約束な」
 
 「あ、はい」
 
 そう言うと、晃さんはまた前を向いて、落ちていく夕日を眺め始めた。
 
 「私、さ。アリシアみたいにウンディーネの才能があるわけじゃないし、あいつみたいに女の子っぽくないから男受けがあんまり良くないんだよ。特に恋愛とかそういうのになるとさ」
 
 「…………」
 
 「ありがと。でな、だからっていうかさ。アリシアとアテナは本当に大事な友達なんだよ。親友なんてもんじゃないさ。ライバル、うーん、これとも違うよな。なんてつーか、こう、『敵』と書いて『とも』と読む的な? まあ、そんな感じ。結局ライバルじゃん、ってね。そんなことはまあ、どうでもよくて。何が言いたいかってーと、恥ずかしい話さ、プリマになるのも、彼氏作るのも、たぶん、結婚して子供とか産んじゃうのも、きっとあいつが先になるんだよ。それが悔しくて悔しくてたまらない。あいつはいっつも私の前を行きやがる。私だってさ、衛宮のこと好きだよ。ああ、誤解すんなよ、別にそういう意味の好きじゃないぞ。でも、なんつーか、やっぱ悔しいんだよ」
 
 「晃さん……」
 
 「こういうの藍華には話せないからな。別にあいつを信用してないとかじゃなくて、ま、先輩のメンツってやつだ。さて、で、私が何を言いたいかってーと、アリシアうらやましいぞ、このやろー! ってこと。これ以上言ったら言いたくないことまで言いそうだし、今日のところはこれでやめとくわ。ありがとな、こんなことまで聞かせちゃってさ」
 
 「いえ。なんだか、わかる気がします。だって、私はマンホームから来たから」
 
 「ああ。うん、ゴンドラとは縁のない生活してたんだもんな、灯里ちゃんは。ちょっぴり劣等感?」
 
 「ときどき、ですけど。ちょっとしたことで藍華ちゃんとアリスちゃんが私よりもうまくできちゃうと、こなくそーってなります。でも私、こういう性格だから、練習しててもぽやぽやしてて、藍華ちゃんに怒られっぱなし。あはは」
 
 「……でも例えばだぞ?」
 
 「はい?」
 
 「灯里ちゃんはマンホームから来た。本物のゴンドラとも縁のない生活圏から、ゴンドラが生活の要みたいなネオ・ヴェネツィアにやってきた。で、その灯里ちゃんはウンディーネを目指してる。んで、藍華とアリスちゃんと、肩を並べて練習してる。それもあいつらと変わらんくらい上手い。どうだ?」
 
 「……?」
 
 「わかんないか。ま、頭の片隅にでも置いててくれたら嬉しいかな。先駆けてる同じような悩み持つ先輩ウンディーネからのアドバイス。劣等感っつーか、まあ、こなくそーって思ってるのはさ、灯里ちゃんだけじゃないんだぞ?」
 
 「あ」
 
 「そゆこと。がんがんプレッシャーかけてやってくれな。っと、おおっ、アテナじゃん」
 
 晃さんの視線を追うと、一人飲み物片手に休憩中のアテナさんがいた。
 こちらに気づくと、声をかけた晃さんに挨拶を返した。私の方には軽く手を振って、お疲れ様、と一言。
 
 「今日の営業は終わったのか?」
 
 「うん。今から帰るとこ。…………、今日は残念だったわね」
 
 「まっ、仕方ないだろ」
 
 本当に仕方なかったんだろうか。私がもし、無理を言っていれば、ダメなことはわかってるけれど、電話の向こうのアリシアさんに晃さんとアテナさんのことを、少しでも伝えられていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに。
 少しだけ、涙がこぼれそうになって上を向こうとした瞬間。
 
 それは、奇跡が目に飛び込んできた瞬間だった。
 
 「ああ――――!!」
 
 「なっ? 何だ何だ」
 
 口がうまく利けずに、その奇跡を指差す。
 水路を進んでくる一隻のゴンドラ。その上には――――
 
 「あら?」
 
 「アリ……シア?」
 
 お客様ではなく、電話で話していた通り、役員さんたちを乗せてちょうどゴンドラ協会の会合に向かう途中だったようだ。ぽかんとして固まっていた私たちを不思議がることもなく、アリシアさんはこちらに向かって笑顔を向けてくれている。
 その中で、晃さんが真っ先に動いた。
 
 「よっしゃあ! 協会員のみなさまっ、姫屋所属の晃・E・フェラーリです。一瞬のご無礼をお許しくださいっ」
 
 ゴンドラの上で、晃さんは思い切り腕を振りかぶる。
 揺れるゴンドラの上で、晃さんは揺れない気持ちで、アリシアさんへプレゼントを投げた。
 
 「受け取れ、アリシアっ!」
 
 私のゴンドラの上の晃さんから、白いゴンドラを操るアリシアさんの元へ、ポーンと綺麗な弧を描いて飛んでいく。
 驚いた顔をしたままのアリシアさんの手にプレゼントが渡り、晃さんは勢い余ってゴンドラの上にこけてしまった。
 
 「アリシアちゃんっ、お誕生日おめでとう!」
 
 アテナさんが叫ぶ。それに応えるように振り返ったアリシアさんの笑顔は、惚れ惚れするくらいに素敵で無敵な、笑顔でした。
 
 手を振って去っていくアリシアさんをポケーっとした感覚で見送りつつ、どこか信じられないという想いがよぎる。
 ふわふわと浮いているような、これはまさに奇跡。
 
 「……すごい」
 
 思わずこぼれていた言葉に、晃さんとアテナさんが振り向く。
 
 「すごいです」
 
 私の感情が、止まらない。
 こんなにすごいことってない。こんなに素敵なことってない。
 まさかという現実に、現実味を感じられない。それもある。けれど、それよりももっと、すごい。
 この一言。すごい。すごい!
 
 「晃さん、アテナさん。これぞまさに、みらくるですっ」
 
 「――――」
 
 ぷ、という吹き出す音。
 さっきまで固まっていたみんなが、大声を出して笑い始める。
 
 「あはははははっ、大げさだな、灯里ちゃんは」
 
 目じりに溜まった涙をぬぐいながら、晃さんは――
 肩を震わせて、声を殺すように、アテナさんは――
 
 「でも、本当に奇跡だよな」
 
 ――そう言って。
 水の3大妖精のお二人は、まるで小さな女の子のような、無邪気な笑顔を見せたのでした。
 その笑顔はやむことなく、日が落ちるまで周りに響いていました。
 
 そう。戻って来たんだ。
 みんなの、笑顔が……――――!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:41   end
 
 
 
 
   *  *  *  *  *
 
 
 ◆ おまけ ◆
 
 「で、あるから――――」
 
 各社の代表者、協会の役員さんたちが会議を進める傍ら、私はついさっき晃ちゃんに貰ったプレゼントに手を伸ばす。
 そっとリボンをなでて、ここにあることを確認する。
 
 中身はわからないけれど、このサイズの箱にしては少し重い。
 軽く振ると、カチカチ、と小さな音を立てていたので中にはガラス製品が入っているのかもしれない。
 会議に集中し直して、まずはしっかりと役目を終える。
 
 ちゃんとこのプレゼントをもらったということを喜ぶのは、あとからでも遅くはない。
 
 「各社、各人、なにかご意見は? ないようでしたら、今日の会合はこれで終了とさせていただきます」
 
 会議場である、カフェ・フロリアンの店内がにわかにざわつき始める。
 それぞれが会合終了の合図を待たずに、終わったという空気を滲みだし始めていく。
 私も例にもれずに、隣に座った方々に挨拶をしていく。おつかれさまでした。今日も大変でしたね。
 テーブルの上の水をあおる人、肩をぐるぐると回してストレッチをする人。中には、食事の約束をしている人たちまでいる。
 
 「えー、それでは本日の会合はこれで終了ということで。お疲れ様でした」
 
 腰をあげ、それぞれが外に出ていく。
 私はまだ腰をあげず、人が少なくなってからプレゼントの箱を改めて眺めた。
 
 箱を包んだ包装紙とリボンが店内の灯りに照らされて、とても綺麗だ。
 少し高めに掲げて眺めていると、箱の底にカードが折りたたまれて挟んでいるのを見つけた。
 たぶん、晃ちゃんが書いたんだろう。
 
 「うふふ」
 
 また嬉しくなって、顔がほころぶ。
 
 「おやぁ? まだおられたのですか、ミス・フローレンス」
 
 「あ、すいません。もう出ますので」
 
 「いやいや、構いませんよ。それは?」
 
 「ああ、これですか。友達から私にと、誕生日プレゼントを貰ったんです」
 
 「それはそれは。ああ、今日はあなたの裏誕生日でしたかな」
 
 「よくご存じで」
 
 驚いた。まさか、カフェ・フロリアンの店長さんまで私の誕生日、裏誕生日を知ってるなんて。
 朗らかに笑いながら、店長さんは自慢げに言った。
 
 「いやなに、有名どころのウンディーネの誕生日は記憶してるのですよ。ときどき抜けてしまいますがね」
 
 「はあ、なるほど」
 
 納得だ。
 カフェ・フロリアンに通うウンディーネも少なくない。
 裏誕生日は忘れやすいから、サプライズにはうってつけということだろうか。
 忙しさの中に、一時の癒しの時間。裏とはいえ、誕生日を祝ってもらうのはいくつになっても嬉しいものだ。
 
 「さて、繋ぎ止めてしまいましたな」
 
 「いえ。楽しかったですよ」
 
 「あなたにそう言ってもらえれば、救われます」
 
 「あらあら」
 
 カフェ・フロリアンを後にして、灯里ちゃんに伝えた通り家に直帰する。
 ただ、今日は朝だけしか士郎さんに会えなかったのが残念と言えば残念だった。
 もしかしたら、お昼の休憩に士郎さんからプレゼントが貰えたのかも、なんて良いように考えてみる。
 
 家の近くの停船場にゴンドラを止めたとき、ふと自分の部屋に灯りが灯っているのに気がついた。
 もしかして、と胸が高鳴る。
 いやでも期待してしまう。もしかして、そんなまさか。
 でも、そうだったら、すごくうれしい。
 
 階段を上る足が知らずに早足になる。
 自分の部屋の前に来て、なぜか深呼吸。胸に手を当てると、音が聞こえてしまうんじゃないかというほど心臓が鳴っていた。
 全然落ち着けない。
 おそるおそるドアノブに手を伸ばし、伸ばしたのになぜかその手はドアをノックしてしまっていた。
 
 「あ」
 
 自分の時間が一瞬止まる。なんでノックなんてしてるんだろう。
 いや、そうじゃなくて。どうしよう、髪とか乱れていないだろうか。顔は赤くないだろうか。
 と、瞬間、中から声。
 
 『はい。アリシアか?』
 
 「は、はいっ」
 
 『そうか、今開ける。ちょっと待っててくれ』
 
 なんとか落ち着こうと、今日晃ちゃんから貰ったプレゼントの箱を手の中でころころと転がし続ける。そのたびに中のガラス製品らしい中身がカラカラと音をたてている。
 と、何かが扉の前に落ちていった。はらはらと舞い落ちていくそれは、どうやらバースデイカードのようだった。カフェで見たときに見つけたものだろう。それを落ちるくらいに箱を手の中で転がしていたことになる。ちょっと反省。
 
 廊下に落ちてしまったカードを拾い上げて、折りたたまれているそれを広げた。
 中には綺麗な文字でこう書かれていた。
 
 『中身は香水だ。こいつで衛宮をおとすがいい』
 
 「おかえり、アリシア。夕飯作っておいたんだけど、もしかしてもう食べたか?」
 
 なんてタイミングでこの人は扉を開けてしまうのか。
 泣きたいような、顔から火が出そうな。
 
 何がなんだかわからないうちに、腰が抜けてしまった。
 
 「~~~~っあ、晃ちゃんのっ、ばかぁ!」
 
 「??」
 
 もう、やだあ……!
 
 
 
                             ――――つづく
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草之 敬

Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

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