fc2ブログ

2023-09

その優しい星で…  Navi:43

 
 ――前略。
 お元気ですか?
 
 クリスマスが近づくと世界は急速に色づき始めてきて、街中が色とりどりのお化粧をして、綺麗になります。
 ここネオ・ヴェネツィアでは、エピファニアと呼ばれる1月6日まで、クリスマスツリーやイルミネーションは輝き続けます。クリスマスを締めくくるエピファニアの日は、東方の三賢者が赤子のイエスに捧げ物を持ってきた日とされていますが、藍華ちゃん曰く「主役はやっぱり、魔女のべファーナよね」とのことです。
 
 この、よい子には意中のおもちゃやお菓子を、悪い子には真っ黒な炭を配るおばあさんは、一説にはサンタクロース(バッボ・ナターレ)の奥さんとも言われています。
 
 エピファニアを迎えるまで、私達のナターレ(クリスマス)気分は、まだまだ続きますっ。
 
 ではまた、エピフォニアを迎えてからメールします。――
 
 
 「エピフォニアは、日本では公現祭だとか、顕現節、公現節、主現節なんて呼ばれ方もする、キリスト教の祭日のことだな」
 
 メールを打つ傍らで、士郎さんがいつものうんちくをお披露目していた。
 熱心に聞いているのは藍華ちゃんで、アリスちゃんはどこか不機嫌そうな顔をしている。
 私たちがプレゼント交換をした昨日から、アリスちゃんはああやってムスッとしたまんまだ。
 
 それに気付いているだろうに、士郎さんはいつものようにフォローしようとせずに、うんちくを延々と続けていた。
 
 「詳しくは知らないけが、ルーツはマンホームのトルコあたりの地域にあると言われてる。イエスの誕生、東方の三博士、もしくは三賢者の来訪、イエスの子ども時代すべての出来事から、彼が洗礼を受けるまでの降誕祭、つまりクリスマスを含めたすべての祝いを含んでいたとかで、まあ、年を越えて長々と続くお祭り強化週間みたいなもんだな」
 
 「ほほう。お祭り強化週間。わかりやすい例えですねえ」
 
 「そりゃよかった。もうちょっと詳しく言うと教会によって扱いが違ったりしてる。西方教会では、イエスの誕生の記念として12月25日、つまりクリスマスを祝う習慣は元々昔からあったんだ。だけど、同じようにイエスの誕生を祝う公現祭である1月6日との位置づけの整合性を保つために、クリスマスから始まる12日間を降誕節として扱うようになったとか」
 
 「へえ。なんかめんどっちくなってきましたね、説明」
 
 「お前がどういうものなのか教えろっていうから俺は説明してるんだけど」
 
 「えー。だって、なんか夢がなくないですか?」
 
 「現実ってのはそんなもんだ。まあ、小説なんかよりよっぽど面白いことだって起きるのが現実だけどな」
 
 いいこと言いますね、と藍華ちゃんは士郎さんといつもの会話。
 その隣で、アリスちゃんはしょんぼりと縮こまっている。
 
 「アリスは、授業とかで習ったことないか?」
 
 「ありません」
 
 士郎さんもそんなアリスちゃんを見かねたのか、声をかけるもぴしゃりと会話は終了。
 それにはさすがの士郎さんも苦笑いを浮かべていた。気まずそうに頭をかいてから、少しだけわざとらしく「冷えてきたからお茶でも淹れるよ」とキッチンへ向かった。
 
 アリスちゃんがご機嫌ナナメな理由は、私と藍華ちゃんにはだいたい予想がついている。
 大人になるのはつまらない、と彼女は愚痴を言うようにこぼしていた。私はそんなに風に深く考えたことはないけれど、アリスちゃんが言わんとしていることくらい、なんとなくわかる。
 つまり、なんて知った風に言うのはちょっと気が引けるけど、『見えていなかったものが見えてきてしまう』からなんじゃないかな、と私は思う。
 
 子どもの頃は背が届かなくてイスや棒を使って取っていた棚の上のクッキーが、いつの間にか、何事もなくひょいと取れてしまうようになった、と気付いた時のなんとも言えない喪失感は筆舌に尽くしがたい。私たちは一体何を失ったと思ってしまったのだろうか。
 ――クリスマスに例え直すと、サンタさんに会おうと24日の夜は一生懸命に眠いのを我慢して起きていたのが、いつの間にか、その正体はお父さんやお母さんだと判るようになって、むしろ気を使って早く寝てしまうようになってしまった時の、なんともいえない感覚に似ている。
 
 私たちは大人になって、いつのまにか大きくなって、届かなかったものに手が届くようになって。
 だけどきっと、手に届いていたものを、新しく手に届いたものと交換するように足元に置き忘れてしまって。
 置き忘れてしまったもの、というのが、きっと私たちの喪失感の正体で。
 不思議なものだなあ、とほほえんで。
 
 「あに笑ってんのよ」
 
 「いひゃいよぅ、あいかひゃんっ」
 
 そんな顔をしたほっぺを藍華ちゃんにひっぱられてしまったりして。
 
 「うぅ。寒くてかじかんだほっぺをつねるのは痛すぎるよー」
 
 「はいはい、ごめんごめん。私がわるぅございました。で? なに笑ってたのよ、灯里」
 
 「え? あー、うん。えへへ」
 
 「へらへらするの禁止っ」
 
 「いひゃいぃっ!」
 
 ピリピリした痛みがほっぺに走る。
 痛みが治まるのを待って、アリスちゃんには聞こえないように藍華ちゃんの耳元で囁いて伝える。
 私が言ったことを反芻するようにこくこくと頷いてから、ちょっとだけ赤くなった顔でこちらを向きなおした。
 
 「恥ずかしいセリフ禁止!」
 
 「ええっ、なんでそうなるのっ?」
 
 「これが恥ずかしくなくて、どれが恥ずかしいってのよ」
 
 「そうかなあ……」
 
 と、藍華ちゃんにちょっとしたいじわるを受け終わったころ、見計らったように士郎さんがキッチンから帰って来た。
 いつものようにお茶をカップに注いで私たちに配ってくれる。今日のおやつはクッキーだ。
 だけども、やっぱりアリスちゃんだけはムスッとしたまんまだった。
 
 困ったもんだなあ、と士郎さんはこぼす。
 アリスちゃんが不機嫌な理由を「くだらない」の一言で片付けることはできる。けれども、私たちはそれをしない。
 くだらないことかもしれないけど、アリスちゃんはその「くだらない」ことを気にして、ああやってムスッとしているのだから。
 
 どうすればいいのか、なんて考えるだけ無駄なのかもしれない。
 けれど、どうすればいいのかを考えれば、私たちだって完璧とは言えないけれど、アリスちゃんと同じように悩むことができる。考えたこともなかったことを、改めて考えることだってできる。
 
 大人になるということ。
 見えていなかったことが、見えるようになるということ。
 届かなかった棚の上のクッキーが、いつの間にか手の届く位置にまできていたこと。
 
 サンタさんや魔女のべファーナが、お父さんやお母さんだと気付くということ。
 
 「悪いことばっかりでも、ないんじゃないかなあ……」
 
 誰にも聞こえないように、口の中でそう呟いて。
 呟いた言葉が口から出ていってしまうよりも早く、お茶と一緒にそれを飲み込んだ。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 アリスのご機嫌が優れなくなってから、もうどれほどになるだろうか。
 年越しの最中も、周りが「アウグーリオ!」と馬鹿騒ぎしている中で、彼女だけがムスッとむくれていた。
 気にし出すと、本当の意味で解決するまで気になってしまうのだろう。灯里や藍華からよく聞く、アリスの自分ルールもそういった性格が産んだ遊びなのかもしれない。
 何かをやり遂げること。
 それは口に出すだけなら簡単だが、実行するとなると話は違ってくる。
 
 なにかを、やりとげること。
 
 挫折したとは思いたくないが、結果として『正義の味方』という在り方を置換してしまった俺としては耳に痛い言葉だ。
 誰も彼も、あるときは悪でさえ救いたいと願い、行動した俺。
 矛盾を孕み、偽善で塗り固められ、がらんどうの俺という機械ができあがる。
 ただそれでも、俺がしてきたことを間違いだとは思わない。アイツに問いかけられるまで、そんなこと気にもしなかった。――しなかったはずなのに、時が経てば経つほど、アイツの問いが重く俺にのしかかった。
 
 今の俺は、本当に、面と向かって、アイツにも誰も彼もにも『間違いじゃない』と言えるのだろうか。
 
 そんな懐疑を抱くのに、それほど時間はかからなかったように思う。
 言い聞かせるように、思い込むように、何度も何度も呪詛のように心で唱え続けた俺の理想は、いつしか感動を薄れさせ、理想そのものが軋み始めるまでになっていた。
 簡単な話じゃない。『正義の味方』を柱にして、支えにして俺は生きていた。
 それをやめるなんて、考えられることじゃなかった。
 
 たとえ潰れてしまっても、俺はその理想にしがみついていたに違いない。
 叶う、叶わないの問題はとうに消え、正しい、間違っているという問題は意味を無くして。
 粉々になってしまった理想に無様に縋り続け――――。
 
 「……難しいよなあ」
 
 また、思考の坩堝に陥りかけた。
 もう誰がどう言おうと、どう思おうと、この世界での『正義の味方』の在り方を信じると決めた。
 本当に、胸を張って『正義の味方』であることを言えるようになるまでは、俺はアリシアの『正義の味方』でいる。
 
 今さらかもしれないけど、それはもうほとんど言い訳になりつつあるのかもしれない。
 そうなり始めたのは、俺の中のアリシアへの感情に気がついてから、だろうか。
 
 「……思考がズレてるな、俺」
 
 今考えるべきは自分の想いや感情ではなく、アリスのことだ。
 つまり、どうゆうことだったか。
 
 確かアリスの不機嫌の理由と、それをどうやって解消するか、だったか。
 
 アリスの性格を考えると、安易な説得は逆効果だ。
 まあ、この場合の安易な説得というのがどういうものかもわからない手前、どうにもできないというのが素直なところなのだが。それでも、だからと言って放っておけるわけでもない。
 さて、どうすればいいものか。
 
 「あら。お久しぶりですね、衛宮士郎さま」
 
 寒さを感じさせない、凛とした声が真上からかかった。
 見上げると、通路の階段の上にアイラがいた。
 
 「レデントーレ以来、だったっけ?」
 
 「ヴォガ・ロンガではアイナがお世話になったみたいですね。最近までずっとその自慢話ばかりされてしまいました」
 
 「それだけじゃなさそうだけど……」
 
 「ええ。つい先日のクリスマスなんて、彼女から『結婚式はよろしく』なんて言われてしまいました」
 
 「考えが早くないか……」
 
 「もちろん、冗談まじりではありましたが」
 
 ふふ、と嬉しそうにアイラは笑う。
 さて、と話を区切り、彼女は続けて問いかけてきた。
 
 「何かお困りのご様子でしたが」
 
 「ああ、いや。なんていうか……、夢の見方を忘れた子がいてな」
 
 「サンタとか、べファーナあたりのことですか」
 
 「ちょっとへそを曲げてるみたいでな。どうしたもんかと」
 
 「うふふ。おかしい」
 
 「え? な、なにが……?」
 
 アイラは意味ありげな、あやしい笑顔を浮かべながら、階段を降りてきた。
 俺の横に立つと、その瞬間手を鞭のようにしならせ、首めがけて手刀を繰りだしてきた。
 反射的にスウェーバックをしてその手刀を避ける。くすりと笑いながら、アイラは踊るようにその場でくるりと回った。
 
 「な、何を……」
 
 「普通、避けられませんよ」
 
 「……何が言いたい?」
 
 「こんなに面白い人が傍にいるのに、その子はおかしいなと思っただけです」
 
 「どういう意味だ?」
 
 「私、オカルトとかそういうの信じてないんですよ」
 
 それでよく教会に所属していられるな、と心の中で呟いて、警戒を強める。
 ここで襲われて負けるつもりは毛頭ないが、身体が温まっていない。万が一も考えておかなければならないだろう。
 
 「でも、この目で見たことは信じられるんです。私は神をこの目で見ましたし、あなたの“手品”もこの目で見ました」
 
 「え……?」
 
 思っても見なかった言葉に、一瞬だけ気がゆるむ。
 その瞬間を見計らったように、アイラは何かを俺に向かって投げつけた。これもまた反射的に干将・莫耶を投影してしまい、それで投げられた何かを防御する。バチッと弾ける音がして、薄く積もった雪の上に、砕けたそれがパラパラと落ちて行く。
 
 「ビー玉……」
 
 「あら。その短刀はどこから?」
 
 「……、わざとらしいな」
 
 「うふふ。まあ、そういうことです。サンタとか、べファーナよりもずっと面白い人が傍にいるんですから、問題なんてきっとありませんよ」
 
 それでは、急ぎますので。そう言い残し、なんでもなかったかのようにアイラはさっさとどこかへ去っていった。
 少なくとも襲われたことに苦言を呈したかったのだが、彼女が去っていったあとだと、それもバカバカしく思えてくる。
 今度会ったら、文句のひとつでも言うとしよう。
 
 手に残った干将・莫耶を眺めてから、いつまでも持っていても意味がないと、さっさと消した。
 どうやら、アイラに俺の朝の鍛錬を見られていたようだ。人通りの少ない場所を選んで、さらに誰もいないことを確認してから投影、鍛錬を開始していたはずなのに、どこから見ていたのだろうか。
 ますます彼女のことがわからなくなってきた。
 
 「……でも、そうか。そういえば、俺魔術使いだったっけ」
 
 鍛錬は毎朝の日課になっているから特に意識していなかったし、こっちに来てまともに魔術を使ったとなると、一体いつまでさかのぼればいいことやら。
 ――なんだ、とっくに俺はこの星と世界の住人になりつつあったんじゃないか。
 
 まあ、今は俺のことは置いておいて。とにかく、アリスだ。
 やっぱり、サンタやべファーナを信じてないとしても、みんなでわいわい騒げば――。
 そこまで考えて、灯里と藍華から聞いているプレゼント交換のときや、年越しのときの彼女の様子を思い出す。
 
 毎日を悩みながら過ごし、ふとカレンダーを見ると、一月四日になっていた。
 ここ数日は解決策を見いだせないまま、もんもんとした毎日を過ごすだけになってしまった。
 
 さて、どうしたものかと今日も悩みながら買い物をしていると、前から見知った顔が近づいて来るのが見えた。
 むこうもこちらに気付いた様子で、ぱたぱたと不器用に雪の上を走ってきた。
 
 「アテナ」
 
 「士郎さーん」
 
 珍しくこけることもなく目の前までやってきて、息を整えた後にこりと笑ってこう言った。
 
 「手伝ってくれませんか?」
 
 「――それはまあ、やぶさかじゃないけど。一体何を手伝えばいいんだ?」
 
 「パーティです。アリスちゃんを励まそうと思って」
 
 「なるほどな。それで、それはいつしようと?」
 
 「明後日の夜中です」
 
 「具体的にはどうするつもりなんだ?」
 
 「私が魔女っ子べファーナに変装して、パーティ会場にアリスちゃんを呼び出して、そこで励ましてあげるんです」
 
 「いろいろと突っ込みたいところだが、まあ、俺もアリスのことで悩んでいたんだ。その話にノらせてもらおうかな」
 
 途切れ途切れの情報しか渡さずに帰ろうとするアテナを呼び止め、さらに具体的なことを聞き出したところ、なかなか面白そうなことをするつもりだったようだ。
 流れはアテナが言った通り、魔女べファーナに変装したアテナがアリスをパーティ会場に呼び出して、そこでパーティを開いて、彼女を励ます。灯里と藍華はすでに「協力をする」と言っているらしく、パーティの内容についてはこちらに任せてほしい、とのことだった。
 俺には、演出をしてほしいらしい。
 アテナの変装がばれないように細工したり、パーティ会場に本当に魔法がかかっているように見せたりだとかをしてくれとのこと。「士郎さん――魔法使いさんが協力してくれれば完璧ですね」とも言われてしまった。
 そこまで信頼されても困るのだが、まあ、その信頼には精いっぱい応えるとしよう。
 
 変装がばれないようにするなら、簡単な認識阻害系の魔術がかかった儀礼剣を渡せばいいのだが、パーティ会場に本当に魔法がかかっているように見せる、という注文はなかなか難しい。まず、漠然としすぎている。マジカルチックな雰囲気と言われても俺にはよくわからないし、それを演出するための剣などあったかと記憶の中を探しまわることになるだろう。
 
 さて、どうしたものか。
 
 
 *  *  *  *  *
 
 
 シャワーから出てベッドに腰掛けると、枕元に靴下が吊るされているのが目に見えた。
 予想していたこととはいえ、こうやって実際に目にするとなんだかムッとする。
 当てつけではないけれど、今日このために買っておいた炭の形をしたお菓子を吊るした靴下の中へ詰め込んだ。
 
 自分でも馬鹿馬鹿しいことだとは思うけど、いつの間にか意地を張ってしまっていたのだからしょうがない。
 このままベッドに潜り込んで、明日の朝を迎えるのだろう。炭の形をしたお菓子の上に、ちょこんとアテナ先輩からのプレゼントが置いてあるのだろう。起きてそれを確認した私に、アテナ先輩は「魔女のべファーナだね」と言ってくれるのだろう。それを聞いて私は、アテナ先輩に「ありがとうございます」を――言えるのだろうか。
 
 「…………」
 
 自分の性格がときどき厭になる。
 もっと素直になれればいいのに。でも、今はこれで満足している。意識してすぐに性格が変わるわけでもないし、演技で誰かに接するなんて、それこそ厭だ。
 灯里先輩がいて、藍華先輩がいて、アリシアさんがいて、晃さんがいて、アテナ先輩がいて、士郎さんがいて。
 
 私はそれで満足なのだ。
 私は今が大好きなのだ。
 大人になんて、なりたくないのだ。
 
 ――ン、コンコン。
 コンコン。
 
 「?」
 
 窓を叩く音に目を覚まし、そちらを向くと、知らない人がそこにいた。
 
 「こんばんは、よい子のアリスちゃん」
 
 「…………」
 
 「私は魔女っ子べファーナ。さあ、私について来て」
 
 この状況はなんだろうか。
 大声を出して助けを呼んだ方がいいのだろうか。
 いやそれよりも、自称べファーナを名乗るこの女性は誰なのだろうか。
 
 「……ん」
 
 ふと閃いて、隣のベッドを見ると、案の定アテナ先輩がいない。
 変装はうまくいったようだけど――、あれ? さっきまでアテナ先輩ってわからなかったのに、なんでこんなに丸わかりな変装で私はだまされてしまっていたのだろうか。
 それを始まりに、疑問が次々と浮かび上がり、私の頭の中でカシャカシャとルービックキューブが素早く出来上がるように、頭の中で綺麗な六面正方形の答えが出来上がった。
 
 とりあえず。
 
 「何してるんですか、アテナ先輩?」
 
 「――――」
 
 沈黙。
 相変わらずのポーカーフェイスではあるけど、動揺が目に見えてわかる。
 
 「さあ、こっちですよー」
 
 ごまかすようにアテナ先輩の姿が窓の下に消える。
 まったく、この仕方のない人は……。
 
 「アテナ先輩っ、こんな夜中に外出したら喉を痛めますよ?」
 
 開き直ったのか魔女っ子べファーナ(自称)を貫き通すと決めたのか、アテナ先輩はちょいちょいと手招きをしている。
 呆れるようにため息を吐いてから、カーディガンを羽織って先輩のあとを追いかけることを決めた。
 
 「もうっ、でっかい手のかかる先輩です!」
 
 今何時だろう。
 確認せずに出てきた。
 眠いし、寒いし、昏いし。
 ついて来いって言っておいて、アテナ先輩はどんどん先に行っちゃうし……。
 
 魔女のべファーナなんて、本当はいないし。
 
 ずしり、と暗闇が私にのしかかってくる。
 前後左右がわからなくなりそうになる。完全にアテナ先輩を見失ってしまった。
 無意味に不安が募る。
 
 「――La」
 
 耳に、聞きなれた歌声が届く。
 瞬間、近くの曲がり角から足跡が聞こえてきた。
 こつり、こつり。曲がり角からぬっと出てきたのは、執事風の格好をして、仮面をつけた男性だった。
 裏の仕掛け人だろう士郎さんかと思ったけど、彼よりもずっと細い。案山子に命が宿ったら、こんな風に動くのだろうかと思うほどにその動きは無機的で、かくかくしていた。
 
 「え? え?」
 
 「こんばんは。そしてヨウコソ」
 
 聞き慣れない声。やっぱり士郎さんじゃない。
 大仰な身振り手振りで、「こちらへドウゾ」と曲がり角の先に行くように促される。
 ちょっと怖い。怖いけど、聞こえてくる歌声は間違いなくアテナ先輩のものだ。
 こんな手の込んだことをするなんて、何を考えてるんだろうか、あの人は。
 
 「アテナ先輩っ――、!」
 
 周りが急にまっ暗になった。
 月明かりで照らされていた路地が、まっ暗になった。
 いよいよ怖い。もう、なんでこんなことするんだろう。
 
 「アテナ先輩、どこですか? いい加減にしないと、一人で先に帰っちゃいますよー」
 
 そう口にした瞬間、ポッと小さな明かりが灯った。
 それは次々と数を増やして、一気に周囲を明るく照らし出した。
 シャボン玉に入った、ろうそく。
 ――シャボン玉。
 
 『シャボンの国のお姫様とでも言えば満足ですか?』
 
 「お姫様。シャボンの国へようこそ」
 
 いつの間にか歌声は途切れ、見上げるような身長のアテナ先輩扮する魔女っ子べファーナが目の前に立っていた。
 
 「今宵一夜、心ばかりのべファーナからの贈り物です」
 
 手を差しだされ、それを取ると、優しく手を引いてくれた。
 ふわふわとろうそく入りのシャボンが浮かぶ中、本当に魔法にかかったように。
 開けた広場に踏み入ると、その瞬間、景色が一変した。
 まるで物語の中の、お城の舞踏会へやって来たような、そんな景色が広がった。
 
 「うそ……」
 
 驚きに身を固めていると、私の両脇にはウサギの被り物をした女の子が二人立っていた。
 聞き覚えのあるような、ないような声で、飲み物とお菓子を勧めてくれる。
 
 景色に反して小さなテーブルにつくと、さっきの案山子の執事さんが料理を次々と運んで来てくれた。
 テーブルいっぱいに料理が並ぶと、よく知った香りが鼻腔をくすぐる。
 
 ああ、やっぱり士郎さんも手伝ってるんだ。
 
 「あ、あの……」
 
 「さあ、お姫様。どうぞお召し上がりください」
 
 アテナ先輩の声に促されるように、まずは一口。
 ほっとする。どこか心が温まるような、優しい味が口いっぱい、身体いっぱいに広がっていく。
 やっぱり、これは士郎さんの料理だ。
 
 と、離れたテーブルではさっきのウサギの被り物をした女の子たちが騒いでいた。
 ぱかっと被り物を脱ぐと、そこから覗いた顔は、やっぱり藍華先輩だった。もう一人のほうの慌て方も、私はよく知っている。灯里先輩もいる。
 
 なんだろう。
 ――この気持ちは、なんだろう。
 
 今にも泣きそうで、今にも笑いだしそうなこの気持ちは、いったいなんだろう。
 
 
 パーティはつつがなく進んだ。
 テーブルの上の料理も半分以上がなくなってしまった。
 
 「……アテナ先輩。今日は本当に、ありがとうございました」
 
 テーブルの対面に座る、手のかかる先輩へ私は言う。
 
 「そして、ごめんなさい」
 
 向こうのテーブルで、すっかりウサギの被り物を脱いで騒いでいる灯里先輩と藍華先輩を見て、言う。
 
 「先輩方にも、迷惑をかけてしまいました」
 
 今は姿を見せない士郎さんと、案山子の執事さんへも、言う。
 
 「私がシャボンの国のお姫様なんて無茶を言っちゃったから……」
 
 だから、ごめんなさい、と。
 それに、アテナ先輩は微笑みで返してくれた。
 
 「ねえ、アリスちゃん。もしかして大人になるのはつまらないって思ってる?」
 
 思ってない、といえば嘘になる。
 思ってるから、私はあんな態度をしてしまった。
 だから、こんな迷惑をかけてしまった。
 
 そんな私の悩みを全て吹き飛ばしてしまうように、アテナ先輩は言う。
 
 「それって、とってももったいないわよ」
 
 二コリ、とまた微笑んで先輩は続ける。
 
 「確かに、子供の頃は楽しいことが向こうからどんどんやってくるわ。でもね、いつも、いっぱいいっぱい」
 
 「いっぱいいっぱい?」
 
 「うん。いっぱいいっぱい。余裕ゼロ。……でも、大人になればそれまで見えなかった素敵な世界に気付くことができる。いつも、いつでも、いつまでも。どこでも、どんなことでも、どこまでも。自分の心ひとつで自由自在の変幻自在で楽しめるのよ」
 
 「自由自在の変幻自在……。魔法みたいですね?」
 
 「うんっ。素敵な大人になれば、いつもただ待っているだけじゃない」
 
 自分の帽子を取って、私にかぶせくれながら、アテナ先輩は嬉しそうに教えてくれた。
 それはそれは、とても自由で、変幻自在。
 
 「魔法をかけて、魔女のべファーナ自身にだってなれるのよ」
 
 私みたいにね、と最後の最後で恥ずかしそうに。
 
 こんなに楽しい。
 こんなに嬉しい。
 こんなに幸せ。
 
 私は今に満足だって思ったけど、それは勘違いだったのかもしれない。
 ――今はまだ、勘違いでいいのかもしれない。
 
 だって。
 
 「それは、でっかいわくわくどきどきです」
 
 だって、私は大人になるにはまだ早いと思うのだ。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:43   end
 
 
 
 
 
スポンサーサイト



テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

コメント

一日で全部見させていただきました。
ARIA、Fate両作品好きなので非常に嬉しいです。
プレッシャーになるかもしれませんが、楽しみに更新待ってます。

ザッキー様への返信

ども、草之です。
はじめまして、ザッキーさん。これからもよろしくお願いします。
 
> 一日で全部見させていただきました。
> ARIA、Fate両作品好きなので非常に嬉しいです。
> プレッシャーになるかもしれませんが、楽しみに更新待ってます。

読んでいただき、こちらも嬉しい限りです。
いやもう、今の草之にはプレッシャーが過剰に必要だと思うのでドシドシコメント書いちゃってください(笑)。
いや、笑ってる場合でもないんですが……。
 
では以上、草之でした。
ありがとうございましたっ!!
 
 

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://haguruma48k.blog87.fc2.com/tb.php/366-73f3d84c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

ご来客数

歯車の潤滑油

いわゆるWeb拍手という代物

   

リンク

このブログをリンクに追加する

カテゴリ

ガイドライン(初めにお読みください) (1)
作品一覧 (1)
その優しい星で… (58)
その優しい星で…(設定) (2)
背徳の炎  (41)
背徳の炎(設定) (1)
B.A.C.K (42)
B.A.C.K(設定) (1)
ちょっと外れた俺とネコ (2)
今日のアニメ (15)
短編 (8)
イラスト (4)
徒然日記 (216)
自己紹介 (1)

プロフィール

草之 敬

Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

ご意見・ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる