2018-04

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その優しい星で…  Navi:46

『それじゃあ、それでよろしくお願いしますね』
「はい、一ヶ月後のご予約、承りました」
『それでは失礼しまーす……』
『おおっ、予約は取れたか? 取れたのか?』
『ちょっ、まだ切ってないですってば!? す、すいませんっ』
「いえいえ、お構いなく。それではご来星、お待ちしております」
 
 ――と、そんな予約の電話があったのは、ちょうど一ヶ月前。
 予約表には、しっかりと本日の十三時半からにお客様の名前が書き込まれている。
 予約者の名前は『若藻亜子』という名前の女子大生で、印象的だったのが彼女の後ろで騒ぐもう一人の女子の存在だった。
 名前はわからないが、とにかくテンションが高く、不遜な言葉遣いの目立つ女子だったのはよく覚えている。
 
「士郎さん、予約表なんかじっと見てどうかしましたか? ダブルブッキング?」
「ああ、灯里か。いやな、今日の十三時からのお客さんなんだが……」
「えーっと、わかも、あこ、さん? 二名様ですね」
 
 ちなみに、アリシアは今午前中最後のお客様を乗せて回っている最中。
 灯里はというと、今しがた午前中の練習を終えていつもの三人で俺の昼食を食べに戻って来たところだ。
 
「この、若藻さんがどうかしたんですか?」
「いや、なんだろう。久しぶりに変わった――って言ったら失礼だけど、不思議な感じのお客様だったからな」
「なるほど。気になってるんですね」
「衛宮さんってば浮気は駄目ですよ」
「ちょっ、いきなりなんだよ、藍華……」
 
 いきなり話に割って入ったと思えば、口を開くなりそんなことを言う藍華にたじろぐ。
 アリシアと婚約したことは瞬く間に広がり、仲間内で知らない者がいないほどになっていた。
 おそらく、アリシアから晃、晃から全員へと話が矢のように駆け抜けて行ったのだろう。
 
 ただ、それでも会社の電話が鳴り止まない、なんて事態になっていないところを見るに、本当に仲間内だけに留めておいてくれたのだろう。
 アリシアに確認すると、「折を見て正式に発表する」と言っていたので、タイミングは完全に彼女任せだ。
 婚約指輪も今は人目につかないよう、チェーンにつないでネックレスにしておこうということで、二人ともそうしている。
 
「だって女の子が気になるってことでしょ? つまり」
「そりゃそう言えばそうなんだろうけど、言い方ってもんがあるだろ?」
「アリシアさんを不幸にしたら私が容赦しませんからね!」
 
 冗談めかしてそう言う藍華。
 言動の端々からは俺たちを祝福してくれている雰囲気を漂わせているところを見るに、照れ隠しなのかもしれない。
 にやにやしてるのがその証拠だ。
 
「も、もう、藍華ちゃんってば姫屋でもそんな調子じゃないよね?」
「大丈夫だよ、灯里。心配ないって、私は口が硬くて有名でしょ?」
「調子に乗ってでっかい口をすべらせるに決まってます」
「なにおうっ!?」
 
 こんな調子で談笑していると、「ただいま帰りました」と外から声が聞こえた。
 四人でベランダへ出ると、間違えるはずもなく、そこにはアリシアが帰って来ていた。
 俺の姿を見つけると、彼女はやわらかくはにかむ。知らずドキリと心臓が躍り、顔が熱くなる。
 
 アリシアを加えた五人で昼食の続きを摂り、談笑を続ける。
 そこで話にあがるのは、もちろん先ほどの話題だ。
 
「アリシアさん、今日これから予約を取ってる人なんですけど」
「? えーっと、若藻亜子さん、かしら」
「衛宮さんが、でっかい不思議な雰囲気がするって言ってました」
「そうなんですか、士郎さん?」
「ああ、まあ、不思議っていうか、なんていうか……」
 
 電話をしてきた予約者の『若藻亜子』なる人物については、おそらく問題はない。
 問題とまではいかずとも、なにか引っ掛かるとすれば若藻さんではない、電話の向こうの相手だ。
 傲岸不遜――といえば楽かもしれないが、あれはそんな言葉で収まる性格ではないように思えた。
 あれはそう、なんていうか、ズバリの言葉があったはずなんだけど……。
 
「ARIAカンパニーはここで間違いないかっ!」
 
 快活な声調に、甘いトーン。
 間違いない、この声は……。
 
「ふん。小ぢんまりしておるが、埃一つない。勤めているウンディーネも美人とくれば、うむ、自然と笑みもこぼれよう!」
「もう……言い出したら聞かないんだもんな……」
「何を言う亜子。二時間ちょっとの観光案内で済ますなど勿体ないではないか! あのアリシア・フローレンス、《白き妖精/スノーホワイト》を余すところなく楽しもうというのに、予約など関係ない!」
「めちゃくちゃですよ、いつものことだけど」
 
 受付前に出てみると、大学生くらいの女性二人組がなにやら言い合っていた。
 階段を降りる音でこちらに気付いたのか、二人ともがこちらを向き――
 
「なん……で」
「おっ? ARIAカンパニーの者だな。出迎えご苦労である!」
「ああ、すいません! この人がどうしてもって聞かなくて……って、あの?」
「ふむん? どうした、この私の美しさはミューズも唸らせるのは事実だが、そんな呆けた顔で見られる覚えはないぞ」
 
 見間違えるはずがない。瓜二つだ。
 走り寄って抱きつくなんて暴挙に出なかったのは、一重に彼女の性格と声によるところが大きい。
 あれは別人だと厭でも教えてくれるのだから、まったくありがたい。
 
「あ、ああ、すいません。知り合いにそっくりだったもので」
「ほーう? 驚いた。私のような奇跡がもう一人いるとはな。さぞ美しかろう。まっ、私には敵わぬだろうがなっ!!」
「あはは。……えーっと、若藻亜子さんでよろしいですか?」
「あっ、はい。あの、ご都合が悪いようでしたら出直しますが……?」
「いえ、構いませんよ。ただアリシアの方は昼食を摂っている最中なので……」
「なるほどな、確かに良い香りがここまで漂っている。うむ、そういえば昼食はまだだったな」
「それはアディがここまで急いできたからでしょうに」
 
 艶めかしい、と形容してもいいだろう視線が俺を射抜く。
 とろけるような翡翠色の瞳に、金粉をまぶしたシルクのようなブロンド。
 思わず生唾を飲み込んでしまう。アルトリアと姿は瓜二つのはずなのに、それでも決定的になにかが違う。
 官能に直接訴えかけられるような、あやしい魅力だ。
 
「それで、いつ案内してくれるのだ?」
「はい?」
「ああもう、無視していいです。お昼ごはん食べて出直してきますので、また後ほど」
「ええいっ、このロリータめ! こんないいニオイを前に屋台だと!?」
「ロリータって言わないでくださいよ! あとそこまで迷惑かけらんないでしょうが!」
 
 きーっ! と甲高い声で反論する若藻さん。
 彼女は幾分日本人らしいが、純日本人ではないらしい。
 赤みがかった茶髪と、ハシバミ色の瞳がそれを物語っている。
 
 ロリータ、に関してはその、大変ご立派なものを持っているようなので外見の話ではないようだ。
 
「あの、よろしければ……サンドイッチとかになりますけど、食べます?」
「ほら! ほらほら、亜子! こ奴もこう言っておるではないか!」
「で、でも、お高いんでしょう?」
「あー、いえ、サービスで、いいです、よ?」
「タダより高いものなんてありません! 駄目、ダメダメ、だーめーでーすー!」
「イケず! ケチ! ロリータ!」
「ロリータ言うなーっ!!」
 
 若藻さんが叫んだときの声が、どことなく藍華に似てるなーと思ったときだった。
 階上から降りてくる足音が二つ。案の定、アリシアと灯里だった。
 おそらく、俺があまりにも遅いうえに言い争いまで聞こえてきて慌てて降りてきた、というところだろう。
 
「士郎さん、どうかしましたか?」
「いや、問題はない……と思う」
 
 どうしても歯切れが悪くなってしまう。
 視線で二人の方へ誘導すると、アリシアと灯里はほとんど同時に名前を呼んでいた。
 
「「アルトリアさん!?」」
「む?」
 
 その声で若藻さんとアディが振り向く。
 真っ先に反応を返したのは、予想通りアディの方だった。
 
「アルトリア、だと? 名乗っていなかった私の方にも非はあるだろうが、待て待て」
「えっ、あ、人違い……ですよね? ああ、すいません、知り合いにとても似ていたものですから」
「先ほども言われたな。よっぽど似ておるのだろう、そのアルトリアとやらに」
 
 大仰な身振り手振り――どこぞの花屋の倅を思い出す――で、アディは自身を大きく見せた。
 
「間違えるでない、そして刻むがよい。私の名前はアデリーナ・ネロ・エヴァンジェリスタ! ちなみにネロは父方の祖父の名前をいただいたものだ。ふふん、生まれたときから芸術を愛せと宿命づけられたといってもよかろう。ああ、実を言うと《天上の謳声/セイレーン》と称えられるアテナ・グローリィの方の予約が取りたかったのだが、どうやら予定がないようでな」
「えっと、アディは音大で声楽専攻してるんですよ」
「なるほど、それで……」
 
 とは言うものの、アリシアはまだ戸惑っているようだ。
 俺と同じく、声と性格から別人だとは認識しているみたいだが。
 さて、問題は灯里か。
 
 彼女の方はというと、案の定というべきか、口をあけたまま固まってしまっている。
 わなわなと手を震わせているところを見るに、ギリギリのところで踏み止まっているのだろう。
 アディの性格ならば、ハグぐらいどうともないと思っているだろうが、ここは灯里の成長を喜ぼう。
 
「で、知っておるだろうがこっちは若藻亜子だ。戸籍名は若藻・ドロレス・亜子だな。ロリータ?」
「ロリータって言わないでください。わざわざ戸籍名まで紹介しないでください。呪いますよ」
「あっはっは! そう怖い顔をするな、可愛い顔が台無しだぞ、亜子?」
「誤魔化さないでくださいってば! もう……」
 
 なるほど、それでロリータか。まあ、大学生にもなって日本でロリータなんて愛称、呼ばれたくないだろう。
 
「ちなみにこの亜子は美大生だ。彫刻なんかを日々彫っておる。将来の夢はこの私の裸婦像を作ることだそうだ、うむ」
「誰もそんなこと言ってませんし」
「あーっと、それで結局食事はどうしますか? なんならお弁当として観光の際に持っていってもらう……なんてこともできますが」
「ほう! それは良いな。アリシア嬢の煌めく美しさと涼やかな声を聞きながらの昼食……、うむ! 想像しただけで腹が減ってきたではないか! それで頼むぞ、そこの黒いの」
「ちょっ、失礼でしょ、アディ! あー、えっと、本当にお構いなく」
「いえ、サービスですので。若藻さんの方も用意しておきますね」
 
 おおよそ話が決まったところで、アディは視線を固まったままの灯里にすっと向けた。
 灯里がびくっ、と身体を強張らせると、アディは甘いほほえみを浮かべた。
 
「そなたは可愛いなあ。名前はなんという?」
「は、はひっ! み、水無、灯里……です!」
「あかり……、灯里か。よい響きだ、うむ、そなたが笑えば千里先までの光明となろう」
「へぁっ!?」
 
 ごく自然な動作で受付のカウンターに身を預け、灯里を手招くようにアディは手首を軽く遊ばせる。
 それをおいでおいでのポーズと思った灯里は、無防備にアディに一歩二歩と近付いていく。
 アディの手の届く範囲――射程距離ともいう――に入った灯里の頬を、彼女がそっと撫で上げた。
 
「ひゃっ!?」
「ふふ、可愛らしいな。この潮風に毎日晒されているというに、肌はきめ細かくしっとりとやさしい。髪は亜子に近いが、瞳は私だ」
「あ、あのあのあのののの……っ」
「なんだ、初心だな? そこもまたよい。どうだ、今晩、私たちの宿に――」
「はーい、そこまでですよー、いい加減にしましょうねー」
「なっ、なにをするひっぱるな痛い痛い痛い! 嫉妬か、このロリータめ!」
「ロリータ言わない! 嫉妬でもなんでもないです、愛の多いアディの毒牙からいたいけな少女を救っただけです」
「なんだと、相手もしてくれぬのに女房気取りか、この!」
 
 ずいぶんと仲がいいらしい。
 解放された灯里はといえば、無理もない。腰は砕けて顔は真っ赤。
 冷静になったらぞっとするに違いない。――灯里がいわゆるノーマルな子ならば、だが。
 
「まったく、亜子は融通がきかなんで困る。美男美女が揃ったネオ・ヴェネツィアだぞ?」
「港に何人も愛人作らんでよろしい、この色魔!」
「ええい、もう! わかった、控える、亜子で我慢する!」
「ちょっと待てい! 誰も『私はオッケー!』なんて言ってない! 呪いますよ!」
 
 笑っていいのかどうなのか。
 まあ、これがアディだけとなったら放っておけないが、ストッパー役らしい若藻さんもいるし、アリシアもそこまで気を揉む必要はないだろう。――そう、少し気遣いながらアリシアの方を向くと、彼女にしては珍しく眉根を寄せて考え事をしていた。しばらく眺めているとこちらの視線に気付いたアリシアは、じっと俺の目を見て――
 
「士郎さん、ああいう台詞を――」
「言わない。言わないぞ、俺は!」
「あらあら……」
 
 なにを期待してるんだ、この娘は!
 いや、でも「女の子は言葉にしてほしい」なんてよく聞くし……。
 だからって俺があんな台詞似合わないだろう。アントニオにでも任せる。
 
 と、アリシアたちまで降りて全然上がってこないと心配したのか、藍華とアリスまで階下に降りてきた。
 そしてすでにお決まりとなった名前を叫び、ノリノリだったアディもいよいようんざりとした表情を浮かべる。
 
「よっぽど似ているのだろうな、その~……あー、アルトリアだかに。もう一度言うぞ、覚えよ、そして讃えよ。私の名はアデリーナ・ネロ・エヴァンジェリスタ! 愛と尊敬を込めて『アディ』と呼ぶのだっ!!」
「わー、アディすてきー」
 
 ぱちぱち、と適当な拍手と見事な棒読みで亜子がアディを讃える。
 
「と、まあ、適当に付き合ってあげてください。えっと、改めまして本日はお世話になります」
「あ、これはどうも、ご丁寧に……」
 
 まだうっとりと心の中の大劇場に籠っているアディとは対照的に、若藻さんがアリシアへ頭を下げた。
 続けてこちらにも「お弁当、ありがとうございます」と深々と腰を折る。
 大学は違うようだが、彼女らはなんだかんだで相性のいい友人なのだろう。
 で、なければあの暴君のような女性にいつまでも付き合っていられないはずだ。
 
 傍目に見る分には愉快で大変結構なのだが、当事者となるとまた別だろう。
 この若藻亜子という女性、これでなかなか侮れないのかもしれない。
 
「ふむ、そちらの黒髪の。名前はなんという?」
「えっ、わ、私ですか?」
「うむ。うむ、他に誰がおる? ここで黒髪といえばそなたしかおるまい」
「た、確かに灯里と若藻さんは赤髪だし、衛宮さんは白髪だし、後輩ちゃんは若葉色だし……」
「そうだとも、ああ。それで、名前は?」
「あ、えっと、藍華です。藍華・S・グランチェスタです」
 
 若藻さんがアリシアと話している隙に、アディは藍華に話しかけていた。
 藍華に名前を聞いた後、アディは目を閉じ、言葉の余韻を楽しむように息を止めていた。
 しばらくして静かに息を吐き出すと、やさしいほほえみを浮かべて藍華の頬へと手を伸ばしていた。
 
「素晴らしい。そなたの声は実に亜子と似た響きだ。まるで、そう、母にやさしく抱擁されているような気分になる。その黄金麦のような瞳も、生意気そうな目尻も、憎らしいほど亜子と似通っている。ああ、すまない、悪気はないのだ。そう、そなたはそなただ。それを忘れるな。励むがいい、藍華」
「え、あ、う?」
「ほら、藍華。応援されたんだよ、お前」
「えっ、そ、そうなんですか!? あ、ありがとうございますっ?」
 
 いつもの「恥ずかしい台詞禁止!」も出ないほど、藍華もアディには翻弄されているらしい。
 それよりも驚いた。とにかく女の子を口説いて回るものだと思っていたのだが、そうではないらしい。
 軽く質問しようとした矢先に、アディからの視線が俺に向けられる。
 
「油断も隙もないな、黒いの。どうせ『口説かないんだな』なぞくだらぬ質問を私に、この私に! 投げかけようとでもいうのだろう、そうだろう? 皆まで言うな、承知している。私は愛が多いのでな」
「あ、ああ。そうですね。どうして口説かなかったんですか、アディ」
「亜子と似ていたからな。いや、もちろん藍華と亜子は別人だ。似ても似つかない。だが、わざわざ自ら荊に抱きつくほど、耄碌してはおらんのでな。――さて、そちらの?」
 
 俺の影に隠れていたアリスの方を向いて、アディの瞳があやしく輝く。
 アリスはぶっきらぼうなところがあるだけで、決して社交性が低いわけではない。
 でなければ、接客業の花形ともいえるウンディーネになどなれないし、目指しもしなかっただろう。
 
 そのアリスが、俺の影に隠れるほどに警戒している。
 そろりと顔を出すと、アディに向けて一言。
 
「でっかい不潔です!」
「ああ、そんな……! そんな悲しいことを言うな、少女よ。アクア特有の突然変異、遺伝子の適応、進化、その証を持つ少女。その瑞々しい若葉色の髪こそ、アクアの珠玉たる証よ。鋭いが、私には見える。その目が大いなるやさしさに満ちていることが。触れられぬ尊さが、水平線に浮かぶ大きな太陽のようではないか……」
「何言ってるかまったくわかりませんが」
「いずれわかる。いや、私が教えてもいい。そなたの可憐さたるや、日の暮れる儚さがごとく……。ふむ、その制服、オレンジぷらねっとのものだな。ということは、アテナ・グローリィを?」
「同室で、私の一番仲のいい先輩ですが、なにか」
「ほう! それはいいな、羨ましい! 毎晩のように紡がれる舟謳はさぞ心地良かろう」
「でっかい自慢の先輩です」
「アテナ・グローリィも、こんなに可愛らしい後輩に愛されてさぞ誇らしいことだろう」
 
 声楽専攻ということで、やはりアテナのこととなると弁に熱が入るようだ。
 アディは心底羨ましそうにアリスと話している。……ちょっと噛み合ってないような気もするのだが。
 
「おっと、名前を聞いていなかったな」
「アリスです。アリス・キャロル」
「なんと! ふふ、アリス、なるほどその神秘に満ちた心の中を、私も探検してみたいものだ」
「でっかい迷惑です!」
 
 と、アリスが言ったところで二人の視線がバチリと合う。
 途端に、アディはやさしく微笑み、アリスの頬へと手を伸ばす。
 もちろん俺を隔てているので届かないが、その表情は前二人よりも真剣味の帯びたものになっていた。
 
「そなたは怖れているのだな。ああ、私をではない。そう、今一歩が踏み出せない、そうであろう?」
「何の話ですか……」
「アリス、そなたは不器用なのだろう。おっと、悪口ではない、そんなところも可愛いと私は思うぞ? いや、そういう話ではなかったな、ああ。うむ、絶対に大丈夫だ。そなたはもう、答えを知らずとも得ている。あとはきっかけひとつで、畳まれたままの翼は大きく羽撃たくだろう」
「最初から最後まで意味がわかりませんでした」
「ふふ、そうか? なら今晩、私が泊まっている宿にくるといい。そこで手取り足取り――痛い痛い痛い!」
「ちょっと目を離したらこれなんですから、まったくもう!」
「鬼っ! 悪魔っ! 女狐っ!!」
「人聞きの悪いこと叫ばないでくださいよっ!」
 
 脇腹をつねられたアディは涙目になっている。
 ぎゃーぎゃーと姦しい二人を横目に、俺は時計を確認。余裕はあるが、そうゆっくりもしていられない。
 離れようとしないアリスを引き連れながら、俺は賑やかな受付を後にして、二階のキッチンへと向かうのだった。
 
 
 
 
「そういえば、そなたの名は聞いていなかったな、黒いの」
「え? ああ、しがない受付事務員ですよ」
「そういうわけにもいかぬ。なにせ、ほら、こうやって弁当を作ってくれたではないか」
 
 出発直前。
 俺が作った弁当を二人に手渡すと、アディはおもむろに俺に名を尋ねてきた。
 てっきり男には興味がないものと思っていたのだが、口説かれたりするのだろうか。
 いや、決して期待しているとかそういうわけではなく。
 まあ、彼女を見る限りそういった雰囲気でもなさそうだが。
 
「衛宮です。衛宮士郎」
「そうか、シロウというのだな。……すまなかった」
「突然なんですか? 謝られるだけじゃ、その、困るんですけど」
「ああ、いや……。私の態度のことではないぞ? なにせ私のありとあらゆるものは褒め称えることしかできぬのだからなっ!」
「ああ、そこはいつもの調子なんだな……」
「……うむっ。いや、そうではなくて。私とそなたが出逢ってしまったことを、謝っておるのだ」
「言っている意味がわかりかねますが」
 
 突拍子もないことだ。
 まさか出逢ったことを謝られるとは。
 出遭ったことを呪われたことは過去に何度か経験があるが。
 
「アルトリア」
「…………」
「そうだとも。アルトリア。私とそっくりな幸運たる人物。……私はこれでも人を見る目があると自負していてな。そなたは本当に大切に想われているのだな」
「……そうでしょうか」
「アリシアという私に負けず劣らずの美女を射止めておきながらよく言う。ずいぶん大胆な告白だったようだが、雑誌ではなく直に見ておきたかったものだな? 参考までに」
「参考になんてなりませんよ。口説き文句だけならアディの方がよっぽど達者です」
「だけなら、か。大きく出たな、え? おい。……ともかくだ。そなた自身は乗り越えたのかもしれんが、その他の皆の瞳が如実に語ってくれた。ああ、間違いはない。そなたは果報者であるよ、シロウ」
「……そうですか」
 
 実に核心を突く女性だ。
 観察眼や洞察力だけでは計り知れない。まるで人の心を読んでいるようだ。
 彼女の瞳に宿っていた力強い輝きは、今だけやわらかくなっているのではないかと思うほど、慈愛に溢れていた。
 元がイタリア人だからか、それとも彼女の生来の性格なのか。
 
 なんて情熱的な人なんだろうと、笑いが込み上げてきた。
 
「ああ、笑え。その幸せは、手に入れようとしても手に入れられぬものだ。この世界に美しいものは多くとも、美しいと思える不可視のモノはそう多くない。……私なぞよりも、そなたの方がよっぽど理解しておるだろうが、な?」
「はははっ、ああ、失礼。その通り、なんてうぬぼれるつもりはありませんが、アディ、あなただってそうじゃないですか」
「ふふん、であろう? なにせ、私の自慢の親友だからな、亜子は。うむ」
 
 瞳は力を取り戻し、不敵な笑みは傲岸不遜。
 不屈の愛を振りまく彼女の名前は、アデリーナ・ネロ・エヴァンジェリスタ。
 アルトリア・ペンドラゴンとはまるで違う、そっくりな外見を持つ女性。
 彼女は俺たちの出逢いを謝罪したが、それならば俺は感謝しようと思う。
 
「それでは、お客様。ひとときの優雅な観光をお楽しみください。いってらっしゃいませ」
「ああ、ではなシロウ!」
「お弁当、おいしくいただきますね~っ」
 
 アディに続いて若藻さんも手を振ってくれる。
 
 これが偶然なのか必然なのかはわからない。
 それでもここで出逢ってしまったのだから、人生わからないものだ。
 まあ、それを言ったら俺がアクアにいること自体、青天の霹靂なのだが。
 
 ……本当に、いろいろなことがあった。
 彼女には悪いが、あの顔で思い出すことはたくさんある。
 ああ、今の俺なら、「どうだ」と胸を張って彼女に会えるだろう。
 
「アルトリアさん、元気にしてるのかな」
 
 不意打ち気味に、そう呟いたのは灯里だった。
 
「元気でしょ。そうでないと困っちゃうわ」
 
 灯里の肩を軽く叩きながら、藍華がそう言う。
 
「でっかい懐かしいです。また一緒に、過ごせたらいいですね」
 
 空を見上げ、アリスが締める。
 さわわ、と木の葉を弄ぶ潮風が吹き抜けていく。
 どうしようもないくらい胸の中をざわつかせるこの感情が、俺は嫌いじゃない。
 
 会いたいと思うのは、いけないことじゃないはずだ。
 もう一度話したいと思うのは、誰だって思うところだ。
 
 アリシアへの愛は決して変わることはないだろうけど、彼女――アルトリアへの想いも薄れたわけじゃない。
 心の中で「それはいかがなものか」と天使が語りかけ、「忘れるな」と悪魔がうなずく。
 この曖昧な心境を、アリシアはわかってくれるだろうか。
 
「さあ、お前らも午後の練習だろ? ついでにお前らの分の軽食も用意しておいたから、おやつ時にでも食べてくれ」
「わあ~っ、ありがとうございます、士郎さん!」
「いやあ、やっぱり衛宮さんってば気が利くんだから!」
「でっかいありがとうございます。がんばります!」
 
 三人と社長を送り出し、その姿が見えなくなるまで見送る。
 アディ一人が三人分くらい姦しかったからだろうか、一人きりになった会社が余計に寂しく見える。
 だが、感じられる。みんながいたという温かさや、心にある思い出が、俺を本当に寂しくはさせてくれない。
 
「さて、お仕事しますか!」
 
 それがわかるだけ、俺も、成長できたのかもしれない。
 
 
 
 
『親愛なる衛宮士郎へ――
 アリシア嬢へ探りをいれておいてやった。
 曰く「私と彼女は親友だったから。だから、忘れられることの方がずっと悲しい」だそうだ。
 感謝せよ、そして讃えるがいい。このアデリーナ・ネロ・エヴァンジェリスタをなっ!
 追伸――、
 サンドイッチ、美味であった。今度は手の込んだ料理を食べてみたいな。
 追々伸――、
 今度があればそのときは敬語でしゃべるな、気持ち悪い』
 
 言いたいことを書き殴った手紙が、ランチボックスの底に入れてあった。
 差し出し人はアディで間違いないだろう。こんな言動をする人物が何人もいてはかなわないが。
 
 そして、やはりというべきか。
 彼女は俺の心まで見透かしていたらしい。
 これはもはや読心術というよりも、もはやテレパスかなにかなんじゃないかと疑うレベルだ。
 芸術を愛するために生まれてきた……みたいなことも言っていたが、あれで案外努力家なのかもしれない。
 
 俺もそこまで人を見る目がないわけじゃない。
 アディのあの性格はもはや馴染んでしまったものなのだろうが、その発端はおそらく自己研鑽だ。
 他に方法はなかったのかと首を捻らざるをえないところではあるが、この方法が一番しっくりきたのだろう。
 
 常に自信満々、そしてその自信を裏切らない結果、そのための努力。
 大言壮語を有言実行。いついかなる時も、自分を追い込み極限状態にその身を置く。
 考えただけで頭痛がしそうな生き方をしているが、それが彼女をあそこまで高めたのだろう。
 
 そして、なによりそれを理解してくれる女性――若藻さんが傍にいること。
 それがアディの精神にどれほどの安定をもたらしたか、想像に難くない。
 
「士郎さん、どうかしましたか?」
「ああ、アリシア。いやね、ランチボックスの底に」
「あらあら、うふふ。アディさんが書いていたのはこれだったんですか」
「それで、この……」
「はい。嘘偽りはありません。彼女は私にとって大切な友人ですし、私の知らない士郎さんを支え続けていた女性でもありますから。自惚れかもしれないけれど、私はそんな人を忘れてしまうような人を、愛しているつもりはありませんでしたから」
「ああ。ありがとう、アリシア。ちょっとだけ、心にしこりがあったから」
「あらあら。……でも、だからって浮気を許してるわけじゃないんですからね?」
「もちろんわかってる。それに、たぶん……」
「? なんですか、顔になにかついてます……?」
「いや、なんでもないよ。それよりも時間は大丈夫か? 次の予約は会社じゃないぞ」
「あっと、いけない。慌ただしくてごめんなさい、士郎さん。それじゃあ、今日のお夕飯も楽しみにしてますからね」
「おう、まかせとけ」
 
 ああ、そうだとも。
 これだけ報われて、幸せになれないなんて嘘だ。
 
 アディは大きなきっかけだ。
 今の終わり、明日の始まり。
 ベッドから起き上がる時間は一人ひとり違うけど、その日出逢えたなら足並みは揃う。
 寝坊すけも、早起きも、人はいろんな奴がいる。
 
 なにも無理に揃って「いただきます」を言わなくてもいい。
 出逢うべくして出逢ったなら、共に過ごした時間は絆に変わる。
 
 今が終わり、明日が始まる。
 
 そう、絆は切れない。
 結んだ絆は、嬉しいほどに放してくれない。
 ここは星との絆を結ぶ場所。人との絆を結ぶ場所。
 
 強く強く、温かく。
 だからもう、誰も独りぼっちなんかじゃない。
 なにも心配はいらない。
 
 明日は今にやってくる。
 みんなと一緒に、やってくるから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                Navi:46   end
 
 
 
 
 
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テーマ:自作小説(二次創作) - ジャンル:小説・文学

コメント

お久しぶりです、以前は別の名前で感想を書いていましたが今回はこちらの名前で書かせてもらいます。
とりあえずあれか、赤王のほうかよww
もう一人はキャス狐かww

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草之 敬

Author:草之 敬
ブログは若干放置気味。
『優星』の完結目指してラストスパート中。
 
現在は主に一次創作を書いて活動中。
過去作を供養する意味もあって、いい発表の場はないものかとネットをさまよっている。

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